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第十二話:四大公爵の食事会
四大公爵の食事会当日になった。
ここで俺の真価が試される。
俺は厨房で仕込みの最終チェックを行っていた。ティナたちも一緒だ。彼女にしかできない仕事が残っている。今は昼過ぎ、そろそろ時間のかかるものから料理を仕上げていかないといけない。
ほとんどの工程は順調に進んでいる。あと懸念になっているのは……
唯一、今日仕入れないと意味がない食材が届いていないことだ。
「クルト料理長。食材が届きました!」
部下が厨房に入ってくるなり叫んだ。心待ちにしていた言葉だ。
「来たか!」
俺の望んでいた食材が到着した。
それは鹿だ。街で出会った狩人に頼んでいたもの。
今日の早朝に獲れたばかりの新鮮な鹿。
「すぐに厨房に運んでくれ。下拵えに入る」
「はい!」
見事な鹿が運ばれてくる。
血抜きは完璧だ。それに状態もいい。一撃で致命傷を与えたようで暴れた形跡がない。
最高の鹿だ。
「クルト料理長。獲れたての肉はあまり旨くないですが、本当にこれを使うんですか?」
「確かに、肉は死んだばかりだとうまくない」
肉は死んだばかりだと、旨み成分がない。熟成させて初めて旨く感じる。
「なら、どうしてわざわざ獲れたばかりの鹿なんて」
「使うのが肉じゃないからだ。……俺が使うのはこれだ。内臓は、少しでも新鮮なほうがうまい」
解体用のナイフで鹿の腹を裂き、レバーを取り出す。
美しい深紅の輝きを放つ。鹿のレバーだ。
「まさか、四大公爵相手に、内臓料理を出すつもりですか」
「何を言ってるんだ? レバーはありとあらゆる部位の中で一番うまい。野生の獣だってまっさきに内臓を食べる。そして鮮度が高ければ高いほどいい。なにより、鹿のレバーのうまさはありとあらゆるレバーの中でも最上位だ。これから世界で一番うまい。刺身を作って見せよう」
呆然としている部下を尻目に俺はレバーの処理に戻る。
シカのレバーの処理には少しコツがいる。
シカには胆嚢がなく、胆汁をレバーの中に貯蓄している。この胆汁は、黄緑色で苦く、まずいし体に悪い。これを取り除かないといけない。
レバーをナイフで真っ二つにする。レバーの中心部に林檎の芯のような空洞があり、そこに溜まっている胆汁を捨てる。そして水で洗い流す。
構造上胆汁にほとんど触れていない、レバーの上半分だけをよりわけ、下の胆汁に触れ続けている部分は別の皿に移す。
いくら洗っても、胆汁に触れていた下半分は嫌な味が抜けない。十分すぎるほどうまいが、四大公爵にはうまい部分だけ提供するのだ。
「ティナ、このレバーを凍らせてくれ」
「かしこまりました。クルト様」
ティナの炎の魔術……その実、熱量操作の魔術でレバーが急速冷凍される。
これは細菌と寄生虫を殺すためだ。鹿は極めて体温が高く、レバーは生食に適しているが、用心にこしたことはない。
しっかりと凍らせたあとは、ゆっくりとティナの力で解凍する。
これで、食あたりはまず起こり得ない。
「さて、もうひと工夫だ」
いくらレバ刺しがうまいからと言って、このまま切って出すわけにはいかない。
用意していた炭火の上に金網をのせ、レバーの塊を転がし表面だけをあぶる。
こうすることで、うまみが活性化するのだ。
くるくると金網の上でレバーの表面に焼き色を付けたあと、氷水につけてレバーを冷やす。
そして、薄切りにして皿に盛りつける。
外側は、褐色の食欲をそそる色、中央は鮮やかなルビー色。そこに、ビネガーにハーブを刻んだエメラルド色のソースをかける。隠し味は大豆を発酵させて作る味噌の上澄み。醤油のような風味がする。この世界ではあまり広まっていない。
「これで出来上がりだ。世界で最高の刺身だよ。食べてみてくれ」
部下に、客には提供できない切れ端を渡す。
彼はごくりと生唾を飲んだ。褐色とルビーと、エメラルドの取り合わせ。その鮮やかな見た目に食欲を刺激されているのだろう。
そして口に含んだ。
「これはすごい。甘くて、コリコリして、ぜんぜん臭くなくて、こんなのは初めてです。ここまで美味いものが鹿に隠されていたなんて」
「今日獲れた鹿じゃないとここまでの美味さは出せない。そのために、とれたての鹿が必要だったんだ」
レバーの甘味の正体はグリコーゲンなのだが、鹿のレバーは牛のレバーの四倍以上のグリコーゲンを蓄えている。
ここまで圧倒的なうまさを秘めているレバーは鹿以外にない。
なにより、これだけの旨みがありながら、脂肪分が少ない上に調理に油を一切使わないので、まったく胃がもたれない。
俺のコースの基本思想であるバターや油に頼らない。旨味によって組み立てられるコース。その掴みとして最善のものだ。
前菜の役目は、これから始まるコースがどのようなものかを紹介し、期待を持たせること。
鹿のレバーたたきを食べれば、間違いなく度肝を抜かれ、期待が高まるだろう。
「クルト料理長。素晴らしい料理なのは理解できますが、少しレバーの量が少なすぎませんか? これでは」
「鹿のレバーのたたきは四大公爵だけの特別料理だ。さすがに獲れたての鹿のレバーを人数分用意できないからね」
ほかの貴族たちにはマグロのタルタルステーキだけを提供することにしている。
「なら、十分足りますね」
「君は運がいいかもしれないな。四大公爵しか食べられない料理を口にすることができたんだから」
「はい、身に余る光栄です! この感動を一生忘れません」
よほど、今の料理を気に入ったのか、憧れの混じった目で俺を見てくる。
「さて、前菜に使える時間はこれまでだ。さあ、料理をどんどん仕上げていくぞ。もう時間はない」
「はい!」
そうして、厨房は戦場のような忙しさに包まれていった。
俺も料理を始める。
四大公爵に提供する料理はすべて俺が作り上げていくのだから。
◇
いよいよ、食事会が始まった。
レナリール公爵家にはパーティ専用の部屋がいくつか用意されており、その中で、最上のものが今回のパーティに使われた。
その部屋にあるもの全てが、最高級品。絵画一枚、シャンデリア一つ、皿一枚。それ一つで、アルノルトの屋敷が買えるだろう。
四大公爵は一段高いところに、彼らだけが座る専用の卓が用意され、それ以外の貴族たちは巨大な卓についている。
ただ、四大公爵が別格なだけで、巨大な卓についているその他大勢も、辺境伯、侯爵、子爵と、俺から見れば雲の上の存在ばかりだ。
これほどの面子が集まる食事会など、他に存在しないだろう。
俺は料理を運ぶ使用人に交じって、その場に足を踏み入れる。
レナリール公爵の命令だ。配膳時には現れ、必要に応じて料理の解説をしろということらしい。
一段高い四大公爵のいる卓までいくと、周りの視線が俺に集まってくる。
とくに異様な力を感じたのが、先日ひと悶着あった四大公爵の一人、ヘルトリング公爵だ。
俺を試すような目。
食前酒と前菜の皿が参加者すべてに行きわたると、レナリール公爵が立ち上がる。手にはマイク。
「本日は、私が主催する食事会にお集まってくださって、感謝するわ」
なかなか堂に入っている。
俺とほとんど同い年だというのに女帝の風格があった。
「此度のコースは、帝国の東を司る私、レナリール家が総力をあげて用意したわ。まったく新しく、そして最上の美味であることを約束する」
あたりがどよめく。
ある意味当然だ。四大公爵の食事会は持ち回りせい。そこで新しく最上なんてことを言えば、他の四大公爵すべてを凌駕すると言うのに等しい。
毎回、四大公爵は己の力を示すために最上のコースを準備しているのだ。けしてこの言葉は軽はずみには言えない。
俺は苦笑する。ここまで露骨にハードルをあげてくるとは思ってなかった。
だが、ひるむつもりはない。その言葉に値する料理を作り上げた。
「でも、皆さま。乾杯といきましょう。より一層の帝国の発展を願いまして」
この場にいる誰もが、グラスを掲げる。
「乾杯」
そして、食事会が始まった。
貴族たちは食前酒で喉を潤し、そして俺の用意した前菜に手を付けた。
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