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2018.02.25

[書評] 9.11後の現代史(酒井啓子)

 『9.11後の現代史』(参照)という表題になっているが、9.11後の現代史の全体を扱った書籍ではない。ロシアや中国、東アジア、南米などの処地域やジオポリティクなパワー、また分野としては金融や経済、サイバー戦争といった側面など、9.11後の現代史を特徴つける諸要素も含まれていない。その意味で、9.11後の現代史を俯瞰する書籍ではないが、中近東の現在とそれが世界にもたらす影響についてはほぼ網羅的に扱われているうえ、簡素に読める点で貴重な書籍となっている。その思いは著者の次の言葉にまとめられるだろう。

 《本書は、21世紀の中東しか知らない若者には、「今見ている世界と中東がこんなに怖いことになってしまったのは、そんなに昔からじゃないんだよ」と伝え、20世紀の中東を見てきた少し年嵩の人たちには、なぜ世界と中東がこんなことになってしまったのかを考える糸口を示すために書かれたものである。》
 内容については、目次からもわかりやすいように、中東問題について各トピックを章ごとにしめし、そこでのクロニカルな説明を展開している。

第1章 イスラーム国(2014年~)
第2章 イラク戦争(2003年)
第3章 9.11(2001年)
第4章 アラブの春(2011年)
第5章 宗派対立?(2003年~)
第6章 揺れる対米関係(2003年~)
第7章 後景にまわるパレスチナ問題(2001年~)
終 章 不寛容な時代を越えて

 第1章がイスラム国となっているのは、日本の読者の関心を意識してのことだろう。この章の内容は概ねプレーンに書かれているが、意外にもトルコの要因については言及されていない。このため、現下のクルド勢力(YPG)の構図などが本章では解きにくい。別の言い方をすれば、発売されて1か月してすでに状況が大きく変化している。この面については、第6章につながっているので、参照ポインターのような編集の配慮があるとよかったかもしれない。
 第2章のイラク戦争については、その年代が2003年とされているように、湾岸戦争からの背景史は捨象され(イラクでの国連制裁の問題なども含まれていない)、概ね、米国ネオコン暴走というかイデオロギー主眼の視点に立っている。対照的にエネルギー問題、つまり原油のコモディティ性の維持と米国の関わりの視点は本書では薄い。オバマ政権の中東への脱関与もシェールガス革命の側面の説明はない。
 第3章の9.11についても、ソ連のアフガン侵攻の前史は簡素に描かれているが、スコープはやや狭い。ヘロイン生産などの視点は薄い。アフガニスタンの問題は現在も大きな問題だが、その面での展望を知るヒントは得づらい。別の言い方をすれば、オバマ政権時のアフガニスタンの扱いについての言及が少ないからだとも言えるかもしれない。
 第4章のアラブの春については、日本では現状にあまり関心が向けられていない状態では、本書の現状の概要は重要だろう。個人的にはリビアの扱いについては、イラク戦争との対比でもう少しその矛盾について言及があってもよいように思えた。
 第5章の疑問符が付された宗派対立についての説明は、次章、第6章の揺れる対米関係との著者の専門分野であることからも、二章関連して、かなり濃い内容になっている。また、現在の中東情勢を理解するヒントも多い。この二章を中心に一冊にまとめたほうがよかった印象もある。
 第7章の「後景にまわるパレスチナ問題」もこの章題に思いが込められているように、まさに「後景」となる現在性が重要である。トランプ政権の、国際的には非常識に見える対イスラエル対応も、こうした後景の問題が潜んでいる。またこの問題に関連して、なかでも、ヒズボラの扱いについてはあまり日本では知られていないようなので重要だろう。簡素に言えば、本書では括弧つけされているが「アサド政権の悪行に手を貸すシーア派の民兵」という問題である。
 終章の「不寛容な時代を越えて」については、欧米における排外主義の問題を指摘しているが、率直に言って、本書の全体的な問題提起には対応していない。
 全体的に、このテーマではどうしようもない矛盾が存在する。冷戦期を挟む南米問題での米国の関与が概ね好ましくないことから、では中近東に米国が関与しないほうがよいのかというとそうとも単純に言い切れない。その矛盾の最大点はシリア問題で起きた。オバマ政権に何ができただろうかという擁護もあるだろうが、その曖昧な非関与が悲劇を拡大したことは確かだろう。トランプ政権の外交戦略は、世界のリベラル派からは表面的には批判されているし、特にトランプ大統領の直接的な言動を見ればそうした批判も当然だろうが、米国としての対応で見るなら、オバマ政権からの大きな変化はない。
 安易な解決策はない。問題はかなり複雑である。それでも、平和とはただ念じて達成するものではないなら、現代の人々は世界を学んでいかなくてはならない。本書はそうした視点で見るなら、とても読みやすい入門書であると思う。

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