12/6(水)「味で伝えるか、物語で伝えるか、それが問題だ」酒類鑑定官の手法による唎酒講座を開催
公益財団法人日本醸造協会顧問を務める石川雄章先生による「酒類鑑定官の手法による唎酒講座」をFBOアカデミー東京校で開催しました。日本酒の原料や製法で異なる香味の原因を探ると、実際に味や香りを決める要素が消費者の重用視する要素と違うことを再認識していただきます。
講師は国税局酒類鑑定官として活躍し、退官後も(財)日本醸造協会で醸造技術の研究や技術指導に携わり、現在は公益財団法人日本醸造協会顧問(非常勤)を務めるなど、酒類の鑑定を50年もしてきた石川先生にお越しいただきました。
唎酒のために用意されたのは19種類の日本酒。それぞれ「(A)熟成年数の違い(B)醸造アルコール添加量による違い(C)火入れ回数の違い(D)酵母の違い(E)酒母の違い(F)仕込み水の違い(G)原料米の品質の違い」と7つのグループに分け、香味を決める要素で大きいのは何かを探っていただきました。
(A)熟成年数の違いでは、年数の近い3種類の本醸造の日本酒を用意。日本酒は年数を重ねると「老香(ひねか)」と呼ばれる独特の香りが出てきますが、熟成0年・1年・2年のお酒では香りや色に大きな変化がありません。とくに熟成1年目と2年目のお酒では香りに大きな差はなく、味わいでわずかに「ゴツゴツしていて若さを感じる」ことが違いの決め手になったのではないでしょうか。
(B)アルコール添加量による違いでは、蔵本さんにお願いして同じお酒の醸造アルコール添加量0%、25%、50%の3種類を用意。香りと色の差はなく後味に大きな違いを感じていただけたと思います。アルコールを添加するほどアルコール由来の刺激が強くなり、いわゆる「辛く」なります。
(C)火入れ回数の違いでは、生酒と2回火入れをしたお酒を用意。日本酒は瓶詰めした後も中の酵素が生きているので味が変わるため、火入れをして味を安定させます。さすがに生酒のフレッシュな香りは、火入れをするとほぼなくなるので、すぐ違いが分かった人も多いようでした。
(D)酵母の違いでは、現代の日本酒造りの主流となった協会7号酵母と9号酵母を用意。石川先生からは「『新政』で知られる6号酵母が日本酒の祖先と言われるほど、7号酵母からは6号酵母以前と遺伝子が違うと」いう話が出ました。
(E)酒母の違いでは、全て生酛造りの日本酒を用意。日本酒は醸造した乳酸を入れる速譲造りと、天然の乳酸菌を使った生酛・山廃造りがあります。生酛・山廃で造ったお酒は力強くて味が濃いお酒ができると言われているのですが、用意した3種類は最近の生酛のお酒に多い味の濃さは全くないものです。どこも生酛造りの名人蔵ばかりで、香りと味の違いが難しかったようです。
(F)仕込み水の違いでは、よく言われる「灘の男酒」と「伏見の女酒」の比較。軟水と硬水はどちらも香りと味に大きな差はなく、ドイツ硬度を基準に軟水にあたる伏見のお酒は舌の上をすべるような、硬水にあたる灘のお酒は舌に染み込む違いを感じて頂けたと思います。
(G)原料米の品質の違いでは、日本酒造りの最高級米「山田錦」と人気で歴史が古い「雄町」のお酒を飲み比べ。山田錦2種と雄町2種ですが、どちらも香りでの差が少なく、山田錦特有の口当たりの良いまろやかさと、雄町特有のどっしりした味の違いで見極めるしかなかったと思います。
実は今回のグループ分けの順番は、日本酒の香味を決める要素の影響が大きい順でした。A〜Gの順番で見ていくと、香味に与える影響が小さい要素「原料米の品種」「仕込み水」「(生酛や山廃といった)酛摺りの有無」なのが分かります。しかし、この3つは消費者が重要視している部分でもあるのです。
世界中のワイン愛好家が武道の品質別にワインを楽しんでいる事実に着目すれば、米や水の違いは風土の違いであり、伝統的製法はより文化を感じやすいと言えます。世界に目を向けても、日本酒造組合中央会の調査では、日本酒の輸出量はこの10年で倍増しています。日本酒もワインと同じ土俵で魅力を伝えていくことが課題とされる中で、味なのか、物語なのか、日本酒を提供して行く側の工夫が一層求められると言えるでしょう。