写真はイメージ=PIXTA 仮想通貨や米株価の急落など、2018年のマーケットは出だしから波乱含みとなった。市場関係者は「歴史は繰り返す」とばかりにバブル崩壊のリスクを改めて認識している。こうしたリスクに投資家はどんな心構えで臨めばいいのか。バブルとその崩壊を幾度も経験し、投資家に乗り越えるすべを伝え続けてきた大ベテラン、三菱東京UFJ銀行シニアマーケットエコノミストの鈴木敏之氏に聞いた(以下談)。
■まずは歴史に学ぶ
バブルの前兆を見極めるうえで重要なのは、歴史にきちんと向き合うことだ。たいていの人は過去の経済情勢がどう変遷してきたのか、あまりにも知らない。
過去の例から学ぶことは驚くほど多い。古くは(ビットコインバブルでよく例えに出てきた)17世紀のチューリップバブルや、18世紀の英投資会社が引き起こした南海泡沫(ほうまつ)事件。1920年代の世界恐慌も良い教材になる。
「市場を分析するうえで今後より重要になっていくのは、バブルが実際に崩壊した後を予想するシミュレーションだ」
こうした過去の事件にはバブルを示す共通の兆候があると思う。まず、価格の上昇が似たような形状を描く。昨年のビットコイン価格の急上昇がわかりやすい例だ。
最初は何らかの買い材料があって相場は上がるが、そのうち何の理由もなく上昇カーブがきつくなる。米国株は今年の年初から上げが急になり「(乗り遅れを恐れた投資家の買いが集まる)メルトアップ」といわれた。ただ、相場の異常な上昇は急落の予兆でもある。
バブル相場のこうした動きを「登りはエスカレーター、下りは(高速の)エレベーター」と評した人がいる。至言だ。いずれにせよ相場の曲線がごく自然な上昇を示しているのか、急騰・急落の前兆なのかをしっかり見極めておく必要があるだろう。
■初心者が参加してきたら疑う
過去のバブルから学べるもう一つの共通点がある。ふだんは経済や投資に関心の薄い、なじみのない人がこぞって市場に参加してくることだ。
日本のバブルの局面では「絶対に値上がりするから」とはやされ、学校を出たばかりの若者が建設予定の家を買ったり、「三菱系と名のついた会社の株は全部買え」などと勧められ、商品性をろくにチェックせず投資に踏み切っていた。こうした状況は市場の投機熱が高まりすぎているサインだ。何に投資してももうけられるほど、うまい話はない。
バブル環境では、経済の専門家であるエコノミストまでもが市場を過信し、強気相場に飲み込まれてしまう。米国で低所得者向けの「サブプライムローン」問題が顕在化する前、私は米国で仕事をしていた。当時住んでいたニューヨークの自宅から最寄り駅までの間、すべての家が住宅工事や改築を始めたのを今でも忘れない。近隣にはエコノミストが多く住み、競って住宅を買っていたのだ。
■異常値を素通りしない
相場の変調を計量的に見分ける方法がある。相場関連のデータを一定期間集め、統計学を用いた分析で「標準偏差」と呼ばれる散らばり具合を示す数値を出す。やや専門的になるが、そのうち1シグマの標準偏差から外れた部分を数える。
過去の例から、一定期間に数値が1シグマを何回飛び出るのかの回数を求めれば、次に枠を飛び出す回数の予想をたてられる(ポアソン分布)。例えば、過去の平均が月3回だったものが、8回になっていれば何かがおかしいと気づける。かなり単純な方法だが、最近注目を浴びている人工知能(AI)による経済分析より、よほど有用だと思う。
相場の逆回転は、しばしばささいな出来事から起こる。リスクにいち早く気づくためにも、指標となる統計データを一覧できるよう、自分だけの表に落とし込んでいる。30くらいの経済指標を一つの画面に並べ、ことあるごとにチェックしている。短期金融市場の指標から、世論調査による米大統領の支持率まで、これから起こりうる問題に関わりそうなデータは常に手元に置いておきたい。
統計の異常値を絶対に無視してはいけない。振り返ると、数値に異常が生じたにもかかわらず素通りし、バブル発生に気づけなかったケースは枚挙にいとまがない。
サブプライムローン問題が顕在化し、多数の金融機関が危機に陥ったのはリーマン・ショック後の09年だが、07年に既にサブプライムローンから手を引いた金融機関は傷が浅かった。データの異常にすぐに気付き、トップダウンの経営判断によってすぐに対応したのだろう。
■「経済はアート」で片付けない
経済をアートのようだと称する人がいる。美しい絵を前にしてなぜ美しいのかをきちんと説明できないように、経済も結局は主観で判断するしかないからだ。今後の為替相場について聞けば、必ず円高になると話す人と、円安を語る人が出てくる。同じものを見ても、違う結論を導き出せるのが、経済の魅力であり悩ましい部分だ。
だがエコノミストを名乗る以上、最後の最後に判断する際は、計量的な判断領域をなるべく増やす努力をすべきだ。もちろん経験に頼るところはあるが、さいころを振って決めるのではなく、あくまでも真摯に粘り強く分析を続けることが決め手になる。
市場を分析するうえで、今後より重要になっていくと考える視点がある。バブルが実際に崩壊した後を予想するシミュレーションだ。
■個人や企業にいかにリスクをとらせないか
「何月何日に地震が起きる」との予測が難しいように、バブル崩壊の日時を正しく予測するのは無理だ。その一方で、巨大地震が起きた際にいかに早く生活基盤を立て直せるかは、日ごろの備えによる部分が大きい。投資も同じだろう。
市場では、株が一日に1000ドルも暴落する事態がたまに起きる。その時に個人や企業にいかにリスクをとらせないようにするか。想定される中で最悪の事態が起きた時、どれだけの被害があるのか、どう対処したらよいか、常にシナリオを作っている。
勘や経験頼みではなく、過去の事例をていねいに分析し、最悪のシナリオが起きる「蓋然性」に備えていきたい。
鈴木敏之
1979年慶大経卒。三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行し、調査部、資金証券部、三和投資顧問などを経る。エコノミストとしてロンドン、ニューヨークに駐在し、09年より現職。米国の金融政策に強く、日経CNBCやテレビ東京にも多く登場。
〔日経QUICKニュース(NQN)荒木望〕
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