ある日本の公立小学校で、英語圏から帰国した女の子が親にぼそりとつぶやいた。
「うちの担任の先生、何が好き? って聞きたいときに『What something do you like?』って言うんだよ。『What do you like?』なのに、みんなが間違った英語を覚えちゃうよ」
通常「何が好き?」という意味で「What something do you like?」と表現することはない。しかもこれはじきに教科化される6年生のクラスである。専門外のことを突然教えなければならなくなったという背景を考えると、教師にも同情を覚える。しかし教科化するのであれば、せめて正しい英語を教えられる人が教壇に立つべきではないだろうか。
これは、英語の必修化、教科化スタート前の発展途上ゆえではあるだろう。実際、現在英語の教鞭を取る教師のうち、英検準一級以上を取得しているのは全体の1%未満である。ネイティブ教師の分を割り引くとしても、決して多くない数だ。
「英語を教える訓練を受けていない教師は英語を教えない」ことを徹底しなければ、初めて英語を学ぶ柔らかい脳が間違えた英語を吸収することになりかねない。
オランダの小学校での英語教育は、1986年から初等教育7年生と8年生(最上級生)で義務になった。けれど準備期間として、その3年前の1983年に教員養成校(大学含む)における英語カリキュラムと、現役教師に対する英語授業用の研修コースを開始したのだという。
かつて別の記事でも述べたが、オランダの小学校は憲法23条で「教育費無料」「学校における教育方針の自由」「学校における宗教・信条の自由」などが保証されている。そのため、オランダの小学校は、学校ごとにどのような教育をどのような教え方で行うか自由に決められるのだ。
ただし「教育の自由」があっても、オランダ政府が定めた大まかな学びの枠組みは存在する。
1993年に、オランダ政府は「中核目標」(kerndoelen)という「生徒が卒業までに身に着けるべき内容」を教科ごとに設定した。数年ごとに改定も加えられていて、2012年にはセクシュアリティに関して「初等教育期間中に、社会における性的多様性を尊重することを学ぶ」と追記されている。
ちなみに初等教育における英語教育に関する中核目標は、以下のようになる。
・生徒は、簡単な英語のテキストまたは口頭から情報を得ることを学ぶ。
・生徒は、英語で簡単な項目について質問したり、情報を与えたりすることを学び、英語で自分自身を表現しようとする態度を育む。
・生徒は、毎日の話題に関する簡単な言葉のスペルを学ぶ。
・生徒は、辞書を使って単語の意味や英単語のスペルを調べることを学ぶ。
これで全てである。驚いたことに、たった4項目しかないのだ。前述のように中核目標は卒業までに身に着けるべきことなので、学年ごとに設定されている訳でもない。
具体的な「文法の~まで修めよ」といった指示はない。けれど上の中核目標をよく眺めると、オランダ政府が子供たちに何を教えたいのかということが見えてくる。要するに「どのように必要な情報を(英語で)読み取るか」「分からないことをどのように(英語で)質問するか」「自分自身をどのように表現するか」「知らない単語にでくわした時どう対処するか」といったことを学ばせたいのだろう。
この「学び方のこつ」を学べば、おそらく英語以外の外国語にも流用できるだろう。
実際、欧州委員会のデータによると15歳以上のオランダ国民の94%がバイリンガルで、77%が3ヵ国語話者(オランダ語+2ヵ国語)、4ヵ国語以上(オランダ語+3ヵ国語以上)の話者も37%存在するのだという。これはEU(欧州連合)の中でも、ルクセンブルク、ラトビアに次いで3番目に多言語をあやつる国民の多い国ということになる。