<JR北海道の試練2>札幌~旭川~名寄~稚内と鉄道移動して肌で感じたJR北海道の「問題」

 前回『<JR北海道の試練1>留萌~深川路線の営業係数は1500。人口減少も追い打ちをかける』に引き続き、JR北海道の現状を追っていこう。

 2013年には、JR函館線で、基準値の2倍以上に達したレール幅の異常な広がりを原因とする貨物列車の脱線事故が起きた。事故発生当時は、異常を把握しながら補修をせずに放置したJR北海道のずさんな保守管理体制が批判にさらされた。だが同社が直面する経営難や周辺問題に鑑みると、単なる線路のメンテナンスではない、北海道全体の問題であることが見えてくる。

 北海道議会議員・浅野貴博氏との対面で北海道の窮状を間接的に知ることとなった筆者はその翌日、旭川で書店営業した後、お昼時までに友人である石田五段のご母堂がおられる名寄に向かう予定だった。電車移動にこだわるのであれば、札幌から旭川まで特急に乗るしかない。

 旅行の際に鈍行でのんびり移動しながら読書に励むのも一興だが、そういう贅沢は北海道においては許されない。午前中に札幌から旭川まで行く鈍行は朝6時と10時半過ぎの二本しかない。移動時間は約3時間弱となる。しかし、どちらの便も中途半端に時間が合わない。

 残された選択肢は特急しかない。これなら30分ごとに出ており、所要時間も約1時間半なので現実的だ。本数も割とある。8:30発の便なら9:55着だから10時開店の書店巡りにはぴったりだ。

 特急であれば途中で止まる駅も5つほどで、何よりも乗り換えの必要がない。ただシートに腰かけていればいいだけだ。

 ちなみに、もしバスで行けば移動時間は約2時間半で料金は2000円少々となる。JRのほうは、鈍行の場合は2490円、特急の場合4290円となる。よほどの急ぎでなければ、バスのほうがコストパフォーマンスはいいといえよう。

ハーバービジネスオンライン: 「安牛駅」photo by IRishikawa521 via wikimedia commons(CC BY-SA 4.0) © HARBOR BUSINESS Online 提供 「安牛駅」photo by IRishikawa521 via wikimedia commons(CC BY-SA 4.0)

 10時少し前に旭川駅に到着する。建物自体は割と新しいのか、傷みはほとんどない。

 ただ、人が少ない。もちろん、新宿や渋谷駅と比べているのは馬鹿げているし、札幌駅より人が少ないのもわかる。ただ、人口が34万人いて、北海道の中心ともいえる位置にある駅としてはやはり客人数が少なく見える。

 つい先年、JR九州が上場を果たした。といっても、鉄道事業だけで収益をあげているわけではない。筆者は昨年、鹿児島・熊本・長崎・佐賀・福岡を訪れたが、どこでもだいたい県庁所在地の駅には直結するデパートが併設されていた。鹿児島なら観覧車も含めたちょっとした遊園地もある。子供たちをそこで遊ばせておいて買い物に行くママの姿が多々見える。

 もちろん、ホテル事業も重要である。現時点でも収益の六割を鉄道以外からあげているという。最近は、東京や大阪での不動産事業にも進出していると聞く。

 だが、JR旭川駅の周辺にそれらしきホテルやデパートなどが見当たらないのだ。かろうじて、駅ナカの売店で内陸地にもかかわらず海産物を豊富に使った駅弁や、北海道ならではのおやつを提供しているだけだ。

 せっかく旭山動物園があって旭川に人が来る理由ができているのだから、何とか駅前の「JR北海道ホテル」に一泊してもらってもう少し市内でお金を落としてもらえる流れを作りたいところだ。

 もう一つ、人の流れが駅から「出て」行くばかりで「入る」流れがほとんどないように感じた。筆者も含めた余所者・来訪者が旭川に来て駅を「出る」ことはあるわけだが、どう見ても旭川市民がどこかへ行くために駅に「入る」という姿が見られないのだ。

◆北海道の鉄道を巡る「悪循環」

 北海道訪問に際し、著者は二冊の小説を持参していた。吉村昭著「赤い人」と池澤夏樹著「静かな大地」である。

 「赤い人」は明治初期に本州の囚人を北海道に「島流し」にして、これを無報酬の労働力としてこき使うことにより開拓を進めいく過程で、看守と囚人の間におきた憎悪と闘争を描き出した傑作である。

 「静かな大地」は同じく北海道に移住した開拓民が直面する、アイヌとの相克を描いた大作である。ハードカバーで700ページ近くの大作だが、全く飽きさせることがない。

 上記の二冊や多くの書籍で描かれている通り多くの人たちの血と汗と涙の結晶が今の札幌を作り上げたのだということはよくわかる。

 だが、現在のJR北海道を巡る状況を鑑みると、今も人口密度が低く、したがって産業にも限りがあり、だからこそ有望な若者は外へ出ていく……それゆえに鉄道の絶対的本数が少なくなり、不便だから誰もが車で移動して、さらに鉄道の維持が困難になっていくという完全な悪循環に入っている。

 浅野氏が指摘する通り、飛行機で札幌入りする人ならほぼ全員が乗るはずの新千歳―札幌線ですら営業係数が105、つまり赤字なのだから、市内の地下鉄は別としてもそれ以外の道東や道北の路線が黒になることなどどうやってもありえないのだ。

 筆者は旭川での書店営業を終えると、石田直裕五段の実家がある名寄行きの電車を待った。

 名寄行きの電車は、車両一両だけである。ぱっと見たところ、乗車率は大体三割から四割くらいだろうか。満員になることなど、どう転んでもありそうにない。11:29分旭川発で12:52名寄着、つまり移動時間は1時間20分程度で運賃は1640円となる。

 これがバスだと移動時間が2時間少々で運賃は1300円である。これなら、どっちもどっちといえよう。

 何気なく窓の外を見ると、カラフルな民家が並んでいるわけだが関東一帯とは明らかに違うことが一つある。屋根の傾斜が大きいということだ。理由は聞かなくてもわかる。傾斜を大きくしておかないと、雪が積もってどうしようもなくなってしまうからだ。

 結局、北海道で鉄道を維持しようと考えると、雪との戦いが一つの課題となるのだ。

 東京なら雪が積もってもせいぜい5cmか10cmで、年に数回それで電車が遅れる程度だが、北海道は毎年冬になると毎日雪が積もるわけで、深刻度が全く違う。

 当然、費用も関東や東海と同じ基準で考えてはいけない。経営が苦しくなるのもわかる。

◆名寄から稚内までの電車は乗客なんと自分1人

 そんなこんなで名寄に着き、石田五段の母親である寿子氏と対面し、数時間後、彼女に見送られながら次の目的地である稚内行きの電車に駆け込んだ。14:52発の電車だったが、私が駅に着いたのはおそらく14:52:40くらいだった。にも関わらずなんとか乗れたのは多少融通をきかせて乗せてくれたのかもしれない。ただ、急いで乗車したため、料金を支払う余裕はなかった。

 ちなみに、午後に名寄から稚内まで電車移動しようとするなら、一日三便しかない。

 14:30ごろ出発で17:20ごろ到着の特急が一本、筆者が乗った14:52発で19:49着の鈍行が一本、これを逃したらその次は特急で21時ごろ発で23時50分ごろに到着の特急しかない。乗り遅れたら一大事である。運賃は鈍行3990円、特急6150円である。

 さらに、この二都市をバスで移動しようとしても、直行便はない。2回の乗り換えが必要となり、所要時間は8時間~11時間、運賃は6000円~11000円とまちまちである。これに関しては、鉄道が圧勝といえよう。

 そして、この電車に乗った私は愕然とした。なんと、乗客が筆者一人だけなのだ。「青春18きっぷ」の時期だったらもう少し違うのだろうが、そうでない時期にわざわざ4000円を払って鈍行で名寄―稚内を移動しようとする奇特な人は筆者だけのようだ。

 肘置きを見ると、昔ながらの引き出し式灰皿が残っている。

 もちろん現在は車内禁煙は当然のマナーなのでこの灰皿もセメントか粘土かで固定して使えないようになっている。今時、関東の電車で灰皿がついているなど想像すらできない。つまりは、20年かそれ以上この車両を使い続けていて買い替える気配すらないという証明である。

 事実上の貸し切り車両で、外は延々と緑の中に一本だけ線路が続くという風景が変わることがない。もしPCを持ち込めば、原稿執筆には最高の環境である。小説家志望なら一度は乗ってみるべきだ。

 今から約30年前、国鉄民営化が断行された。筆者は「小さな政府」の信者なので、政府が事業をすることは基本的に全て反対である。つまり、民営化大賛成である。

 しかし、道北の電車に揺られていると、国鉄民営化とは、要はJR北海道の切り捨てだったのだとよくわかる。

 あの当時、「オレにJR四国をやらせてくれるなら、黒字にして見せる」と言い放った経営者がいた。だが考えてみると、日本の経営者でJR北海道の立て直しに手を挙げた人は未だに一人もいない。つまり、JR北海道再建はあのJAL再建より難しいということだ。

 そんなこんなを考えていると、車掌が検札にやってきた。無賃乗車をするつもりは毛頭ないので、切符を買う時間がなかったことを詫び、どこでどのように運賃を払えばいいのかを聞いた。

 すると、その答えは衝撃的なものだった。

◆車掌が言った言葉に衝撃を受ける

 乗車時に料金を払い損じた私は、車掌に切符を買う時間がなかったことを詫び、どこでどのように運賃を払えばいいのかを聞いた。

「もうすぐ音威子府(おといねっぷ)という駅に泊まりますので、そこで支払って下さい」

 そこまではごく普通のやりとりだった。筆者は了解の旨を伝えたが、その次に驚くべき言葉が出てきた。

「ただし五分以内に、必ず16:10までにお支払いください」

 どういうことかと聞くと、次のような説明が返ってきた。

 この電車自体は16:05に音威子府駅へ到着する。その後電車は約一時間の休憩に入り、次に動くのは17:07となる。

 そして音威子府駅には窓口があるわけだが、(普段は人が来ないので)16:10にはシャッターを閉めてしまう。だからその前にお支払いください、とのことだった。

 つまり、JR北海道でも特に道北へ行くと、そもそも人が乗ってこないという前提ですべてが動いているのだ。これでは働き甲斐とか張り合いといったものがないに違いない。

 その音威子府駅に着くと、たしかに駅舎はしっかりとした構造になっている。それまでに見たおんぼろ駅とは違う。

 幸い、乗車券の会計はカード支払いが可能だった。同駅の「黒そば」はネット上でもかなり評判が高く、開店していればぜひ試してみたいところだったが、営業時間は10時~15時半、つまり四時をすぎるととっくに閉店しているのだ。

 筆者は近くの駄菓子屋へ買い出しに行った。荷物は電車の中に残したままにしたが盗られる心配などする必要もなかった。そのとき買ったのが北海道限定「リボンナポリン」だ。

 車両に戻ると、手持無沙汰の車掌氏がいたので少し会話してみることにした。

「私は今日東京から来ていますけど、普段はどんな方が乗ってくるのですか?」

「普段ですか……毎日乗ってこられるのは、近くの村からこの音威子府の郵便局に通勤してこられる女性が一人ですかね」

 一人だけかい! 私はずっこけそうになった。

 果たして、たった一人の女性の足のために血税を投入して鉄道を維持することが正しいのだろうか。企業としても、これ以上赤字を垂れ流してどうするのか。さっさと損切りするのが常道なのではないかという思いに駆られた。

 よく「地元住民を見捨てるのか」という人がいるが、心配しなくても北海道民は自動車移動が全ての前提になっている。

 念のため、筆者の友人で北海道の名寄出身である石田五段にも聞いてみた。

「将棋の札幌大会に初出場したとき、移動手段はどうしたの?」

「親に自動車で送ってもらいました」

「そうすると、鉄道ってどんなときにいるのかね?」

「もういらないと思いますよ。今は高速もできて便利になりましたから、名寄と札幌が直結になるバス路線があればそれで十分ですよ」

「名寄市民が旭川に行くのなんて、スタルヒン球場で日本ハムの試合を見るときくらいだろうし」

 とのことだった。

 こうして約一時間の停車を終え、筆者を乗せた電車は稚内を目指し北へ北へ向かった。

 その後の駅も、どうみても人の乗降が多いようには思えない。近隣に村があるわけでもなく、駅舎も修繕が一切施されていないのが一目瞭然である。中でも、秘境駅として知られる「安牛駅」は極め付きである。

 結局この約5時間の移動のうち、七割か下手したら八割の区間が筆者の「貸し切り車両」だった。

 結局この電車は7時過ぎ、南稚内から稚内の間のみ部活を終えた帰りと思われる中学生・高校生が数多く乗り込んできた。

 やっと、この路線で電車を維持する意義が見いだせた。言い換えれば、南稚内と稚内間だけ登下校時に電車を動かせばいいのではないか。いや、それさえもバスに置き換えが可能ではないか。

 これからJR北海道を再建するには、よほど中国や台湾・東南アジア諸国の観光客を呼び込んで何か劇的な対策をうつか、新千歳と札幌近辺の路線・地下鉄のみを残して大胆な廃線・スリム化を進めていくくらいしか、方法はないかもしれない。

【タカ大丸】

 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。

 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト

 
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