堀義人氏(事務所提供)

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将棋」と「囲碁」子どもにやらせるならどっち?(2)

 子どもにやらせるなら将棋と囲碁、どっち?をテーマに著名人が持論を展開。「学力」について語って頂いた前回につづき、今回は「就職」や「収入」という“実”について、である。

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 大隈重信は「将棋は戦い、碁は経済である」と評した。「王」の首を取る将棋と、相手と妥協を重ねながら利益、つまり自陣を増やす碁を端的に言い表したのだ。

「囲碁と経営はほぼ一緒で、類似性は非常に高いと実感しています。私は40歳から始めましたが、経営の感覚を磨くのに囲碁を打つことはとても重要なんです」

 と語るのは、ベンチャーキャピタルのグロービス・グループ創立者で、経済同友会幹事も務めた堀義人氏(55)だ。いったい将棋と何が違うのだろうか。

堀義人氏(事務所提供)

「将棋は王を取るだけの直線的なゲームですが、経営はそんな発想では成り立ちません。経営者は単純に売り上げを増やす、競合他社を潰すといった相手を打ちのめすことばかり考えるのではなく、広い世界で自分の陣地を増やしていくのが目標です。自社のマーケティングや財務、人的資源管理に目を配りながら、ライバルの経営戦略との相関関係を理解する。良い経営者はそうした大局観を持つからこそ、変化に応じ適切な指示を出せるのです」

 そんな戦略的思考を子どもに教えるのに、囲碁は最適だと堀氏は言うのだ。

「私は5人の子ども全員に囲碁を習わせていました。彼らが負けた時、私はなぜ負けたのかと必ず尋ねます。運が悪かったとは決して言わせない。配牌によって勝負の行方が左右される麻雀とは違いますからね。言い訳ができない子どもたちは、自分の力で勝つため、戦略を必死に練るようになる。そのおかげで、毎年夏に開かれる全国大会では、私の子どもたちが中心となったチームが3連覇したんです」

ホテルに「将棋サロン」はない!

 そんな囲碁派の猛攻に、将棋好きの企業人はどう応えるか。日本将棋連盟非常勤理事でフジテレビ専務の遠藤龍之介氏(61)が言う。

「昭和の時代、重役になったら『サンゴ』をやらないといけないとよく言われたものです。3つの“ゴ”という意味で、ひとつはゴルフ、もうひとつは小唄、最後が碁なんです。ゴルフは社交、小唄はお座敷で、囲碁は人脈作りに有効だとね。実際、サラリーマンでもお偉方はよく碁を打つ。将棋は庶民の娯楽で財界人との対局は少ないですね。ホテルオークラや全日空系列のホテルなどには囲碁サロンがあって社交場として賑わっていますが、私は将棋連盟にそういう場所を作った方がいいと言っているんです」

 確かに、都内の高級ホテルを調べると、囲碁ができるサロンは点在しているが、将棋については皆無なのだ。そんな遠藤氏も、囲碁を始めたのは40歳の時だそうだが、

「将来、重役になるのを見据えて始めたのかって? そうではないですよ。たまたまCS番組に出演した時、プロの囲碁棋士に負けて醜態を晒したので本格的に始めたのです。もともと父(作家の遠藤周作氏)は将棋を指していたので、私も小学生で自然と将棋を覚え、慶應大学でも将棋部でしたけどね。実際、どちらを子どもに教えてもいいと思うけど、井山君や藤井聡太君は何百年に1度の天才だから、皆さんのお子さんが2人のようになれないことだけは断言しておきますよ」

食っていけるのはどちらの「棋士」か

 確かに、羨望の眼差しを受ける棋士たちは、全体でみれば一握り。彼らが有名棋戦で勝ったとなれば数千万円の賞金が懐に入るが、棋界の両雄である羽生竜王と井山七冠で、収入を比べてみよう。

 まず日本将棋連盟によれば、2017年の獲得賞金・対局料で3位の羽生竜王は5070万円。一方の井山七冠はといえば、日本棋院発表の17年の獲得賞金・対局料ランキングでトップの1億5981万円だ。これで7年連続1位となり、デビュー17年目の井山七冠の生涯獲得金額は約12億円とされる。同じく羽生竜王は推定で約27億円を手にしているが、2人はキャリアも1回り半違うから、単純な比較はできない。総じて食べていけるのは、いったいどちらの世界の「棋士」と言えるのだろうか。

 一昨年に引退した将棋の田丸昇九段(67)が言う。

「約400人の棋士を抱える囲碁界の方が収入は少ないのでは。将棋は約160人の棋士がいるけど、将棋連盟、日本棋院と各々の母体に入るお金の額に大きな差異はないと聞いていますから、棋士数で割ったら将棋の方が有利でしょう」

 将棋界では現役棋士に連盟から基本給にあたる手当が支給されるそうで、

「支給額は、その年の名人戦で決まるクラス、他の棋戦の実績、棋士年数で査定されます。トップクラスで毎月50万円以上、そうでない棋士だと月数万円と開きがある上、実力が落ちれば引退となる制度です。囲碁界にはありませんから、厳しい実力社会ですよ」

 対する囲碁界はどうか。現役棋士の白石勇一七段(33)に尋ねてみたところ、

「囲碁は初段からプロになれるので間口は広いですが、将棋は四段からプロなので、なるのが大変という違いがあります。囲碁の棋士も日本棋院から毎月の固定給は貰えますが、実力に乏しい棋士なら月数万円といったところ。金額は、毎年の賞金・対局料ランキングによって査定されます。実力がこれからという棋士であれば、年間に獲得できる対局料は一般の会社員の月収くらい。病気など特別な事情で対局できなければもちろんゼロですから」

 それぞれ教室や政財界人への指導、講演などで糊口を凌いでいるが、それも実力あっての世界なのだ。

「週刊新潮」2018年2月22日号 掲載