ウォンテッドリーが実践するGitHubによる契約書管理 IT系ベンチャーならではの発想で生産性を向上
IT・情報セキュリティ「GitHub」というサービスをご存知でしょうか。GitHubは、ソフトウェア開発プロジェクトのためのWebサービスで、多くのソフトウェアエンジニアが日常的に利用しています。GitHubの名前にある「Git」とは、プログラムソースなどの変更履歴を管理するバージョン管理システムのひとつで、GitHubではWeb上でGitを用いたバージョン管理をすることができます。
GitHubは、チームメイトとの共同作業を容易に行うための機能を豊富に備えており、現在では、プログラムソース以外にも、原稿やデザインデータ、文書などのバージョン管理に利用するケースも増えてきています。今回は、法務の専任者がいない中、契約書の管理や法務相談においてGitHubを活用しているウォンテッドリー取締役CFO 吉田祐輔氏にお話を聞きました。
GitHubを法務の現場で利用するには
GitHub導入前には、法務においてどのような課題がありましたか。
GitHubを導入する以前は、顧問弁護士に2週間に1度オフィスに来ていただき法務相談をするという仕組みにしていましたが、相談したいときにタイムリーに相談ができないという課題がありました。急ぎの場合はチャットで相談するケースもありましたが、顧問料の範囲で相談できる時間数を超えるとタイムチャージが発生する契約になっていたため、対面やチャットでの同期コミュニケーションをこれ以上増やすのは難しいと感じていました。そこで、非同期なコミュニケーション1で、お互いスムーズにやりとりができる方法がないか検討した結果、GitHubの導入に至りました。
GitHubはソフトウェアエンジニアにとっては馴染みのあるサービスですが、ビジネスサイドで利用されている方はまだそこまで多くない印象です。
当社は創業メンバーのほとんどがエンジニアだったこともあり、創業当初からGitHubでのコミュニケーションを当たり前とする文化がありました。当社では現在、社員全員がGitHubアカウントを作成することになっています。エンジニアはもちろん、営業やマーケティングチームのメンバーも、GitHubの課題管理機能である「Issues」を通して、各プロジェクトや顧客対応の記録などを管理しています。ですので、法務にもGitHubを導入しようという流れになったのは、当社としてはごく自然なことでした。
GitHubのログイン画面
具体的にどのようにしてGitHub上で顧問弁護士とやりとりをされているのでしょうか。
チェックしていただきたい契約書やその他の法務相談があった場合には、まずGitHub上でIssueを作成します。たとえば、契約書のチェックであれば、なぜ契約するのか(WHY)、何を行うのか(WHAT)、考えられるリスク、いつまでに締結したいかなどという情報とともに、Issueへ契約書のWordファイルをアップロードします。弁護士は常にGitHubを見ているわけではないので、Issueが立ち上がったことをチャットで連絡して、その後はIsuue上で議論を進めていくという流れです。
GitHubは、エンジニアでない人たちからすると、少しとっつきにくいところもあります。顧問弁護士の方はGitHubの導入に対して抵抗を感じられていませんでしたか。
幸いにも、当社の顧問弁護士はIT系企業でのご経験があり、ITツールの導入に対してあまり抵抗感のない方でしたので、何の問題もなくGitHubやチャットでのやりとりに対応していただいています。ただ、やはり慣れていない方にとってはとっつきにくい部分もありますので、もしかしたら人を選んでしまうというデメリットはあるかもしれませんね。ただIssueを作成してそこで議論するといったように、掲示板的にGitHubを使うだけであれば、そこまで特別なスキルや知識が要求されるわけではないので、難易度はそこまで高くないと思います。
現在では、GitHubとチャットのやりとりのみで、基本的に顧問弁護士が来社されることはありません。どうしても直接話さなければならないような難しい内容であれば、電話したり当社から担当者が出向いたりすることもありますが、それは稀なケースですね。
GitHubを使って契約書のバージョン管理をしたり、その他の機能を活用できるようになったりすれば、より便利になるような気がします。
「Pull request」という機能を使って変更レビューをしていく方法も考えたのですが、やはり弁護士の負担が増えますし、今のところWordファイルの変更履歴を追うことで対応できていますので、当面は現状のやり方で進めていこうと思っています。大型の契約で何度もやりとりをする必要が出てきた場合には、検討していく必要があるかもしれません。
GitHubを利用した契約書管理のフロー
GitHub導入のメリットとは
GitHubを導入して良かった点と、今後の課題があれば教えてください。
先にあげた課題が解消されたのが、まず何より良かった点ですね。対面やチャットでの同期コミュニケーションからGitHubを用いた非同期コミュニケーションに変更したことにより、それまで固定でブロックしていた顧問弁護士の相談時間を柔軟に利用できるようになりました。標準的な契約書のチェックですと、従来は平均5日かかっていたのが、2.5日程度にまで短縮できています。
また、契約書がどういうやりとりを経て編集されたのか記録として残ることもメリットですね。基本的にGitHubのリポジトリ(ファイルの保管場所)はオープンにしているので、過去の似たような案件に関するIssueの議論を見ることによってポイントを押さえることができ、弁護士との議論にかかる時間を短縮できます。直接お会いして法務相談をする場合には議事録を残す必要がありますし、チャットの場合も過去に遡ってやりとりを確認するのは手間がかかりますよね。
一方、社内全体の課題として、事業拡大につれて契約書のやりとりのボリュームが増えていることがあげられますが、今のところGitHubでのやりとりにおいて課題に感じることはあまりありません。
GitHub以外に、法務コミュニケーションのコストを下げる取り組みはされていますか。
GitHubを利用することで、要件が整理されないまま弁護士に依頼をかけてしまったり、ある程度一般化できそうな案件なのにもかかわらず担当者ごとに個別で対応していたりなど、不必要に弁護士の時間をとってしまっていることがわかりました。そこで、一般化できそうな案件については雛形としてまとめるようにしています。
要件が整理されないまま弁護士の時間を取ってしまう社員については、社内でトレーニングなどをされることもあるのですか。
GitHubでIssueを作成する際に、「なぜ相談するのか(WHY)」を明確にし、相談する目的をきちんと書くという決まりを設けたことにより、要件がはっきりしないまま相談してしまうケースはほぼなくなりました。特別な研修やトレーニングを実施しているわけではないのですが、自然に論理的なやりとりができるようになったと感じています。これもGitHubを導入したことによるメリットのひとつかもしれませんね。
実際に運用されているIssue
法務の専任者は必要ないのか
昨年上場されましたが、会社全体のリーガルに対する意識などに変化はありましたか。
内部統制の観点など、感度は強くなってきているように思います。また、2016年にリリースした名刺管理アプリ「Wantedly People」を準備する際は、多くの個人情報を扱うことになるため、その管理の仕方や取り扱いに関する規約の作成など、弁護士に相談しながら整理をしていきました。ビジネスサイドに限らず、法律上「できる」「できない」があるということ、さらに規約できちんと明記されていないといけないものがあるということなど、社内全体で学習する機会となりました。
今後、法務の専任者を採用する予定はありますか。
はい、この春に入社いただく予定です。法務に関する過去のやりとりはGitHubに全部残っているので、移行はスムーズに行えると考えています。
法務担当者にはどのようなところに期待していますか。
上場して、開示や株式事務といった会社法に則った業務が増え、契約書のレビューだけではない仕事や、将来の拡張性を考えた知的財産の管理といった仕事が発生しています。こういった業務に対して、タイムリーにスピーディーに対応し、社内でナレッジを蓄積していくことが必要だと思い、専任を採用することに決めました。今だと「弁護士へ聞かないとわからない状態」で、逆を返せば「知らないと聞けない状態」なわけです。後になって対処しておく必要があったと思っても、手遅れになってしまう危険性があります。会社全体の動きを把握しながら、ケアすべき点を見つけ対応できるのは、外部の弁護士だと難しいでしょうから、インハウスに期待しているところです。
ウォンテッドリー株式会社 取締役 CFO 吉田祐輔氏
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「非同期コミュニケーション」とは、対面でのコミュニケーション(同期コミュニケーション)とは異なり、双方が同じ時間にコミュニケーションに参加する必要がない形態のことをいいます。 ↩︎