2018年02月23日

博士課程学生が論文の責任著者(Corresponding Author*)になってる話

もう博士論文公聴会シーズンも終わり、国公立あたりだと修士論文とか卒論発表真っただ中といったところでしょうか。論文かいてるー?

さて博士論文や修士論文は書いてる学生本人だけの単著ですが、科学関係での学術論文は研究室のボスを少なくとも含んだ複数著者によるものが殆どです。そして論文にはかならずその内容についての責任を負う人間がおり、責任著者(corresponding author、コレスポ)と呼ばれます。大概の論文は名前にアスタリスク*がついているのがそのコレスポで、2000年以降の論文だと本人のメールアドレスが発表グループを代表して掲載されています。責任著者、って言うからにはなんかあったら責任取らなきゃいけない人のはずなんですが、なんとなく世間的には単純に『一番偉い人』みたいな認識。あんまり責任取ってないケースが多いような。このコレスポは一人だけとは限らず、共同研究とかのため複数人いることも最近は多くなってきましたが、基本的には研究室を主宰しているボスがコレスポ*として名を連ね、実働部隊の学生やらポスドクやらはなんも付いてないパターンが大多数かと思います(その代わり名前の順番、特に1st authorをめぐって(ry

まあこの辺の裁量は割と学術分野でも変わるので断定的には言えないものもありますが、いずれにせよ、科学や医学では学生のうちからテーマ自分で一から考えて研究するなんて現実的に難しい話なのでこのコレスポ*として論文に載るってことはあまりないし、僕が学生の時はかんがえもしなかったのですが、特にそういう傾向のない化学やバイオロジーの分野でも学生がこのコレスポになるケースもあるようです。


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Tanja Gaichは現在ドイツのコンスタンツ大で教授をしている有機合成化学者ですが、GaichのPhDコース時代の論文のいくつかは、そのメンターであるJohann Mulzer教授とのダブルコレスポとなっています。なお別にMulzer自体学生みんなにコレスポの*をあげてるわけではぜんぜんなくて、Gaichが参加してる他の論文でもMulzerだけが*だったり、学生が一人でも*あげてない場合もあります。複数人で回したプロジェクトなら確かにボスだけにするのは分かりますが、一人プロジェクトであげたりあげてなかったりするのはなんなんでしょうか。よっぽど出来る人とかそういう評価なのかな。Mulzer自体ももうかなりの歳だから別に一人だけでコレスポとる必要もないからなのかというのも要因としてあるような気もしますけど。
ちなみにGaichはPhD取得後にScrippsのBaran研にポスドクに行っていますが、この時は自身のコレスポ論文はなし。

Total Synthesis of (-)-Penifulvin A, an Insecticide with a Dioxafenestrane Skeleton
Tanja Gaich* and Johann Mulzer*
J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 452


From Silphinenes to Penifulvins: A Biomimetic Approach to Penifulvins B and C
Tanja Gaich* and Johann Mulzer*
Org. Lett. 2010, 12, 272


さて、そんな個別案件をいちいち探していくのは時間の浪費なのでやりません。が、こうした学生にコレスポを取らせるような傾向が強く出ているPhDプログラムもあるようです。

Tri-Institutional PhD Program in Chemical Biology

このケミカルバイオロジーに関するアメリカのTri-Institutional PhD Programはその名の通りウェイル・コーネル・メディカルカレッジ、ロックフェラー大学、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの3機関で構成されるPhDプログラムで、それだけで.orgでのホームページを持つくらいの規模のでかい独立プログラムの様です。学生の所属も上述PhDプログラムになっており(アプライが独立してあるのでそこに所属する人全員が対象というわけではなさそう)、対象者はそのプロファイルが個々人でホームページに掲載されるだけでなく、このPhDプログラムの成果として論文リストが公開されていきます。

Tri-Institutional PhD Program in Chemical Biologyでの学生論文リスト


面白いのがこのプログラムの学生のリスト、所属先ボスの扱い・記述が"Principle Investigator"とか"Mentor", "Research Adviser"ではなく"Thesis Research Sponsor"となってるところ。スポンサーだったのかワシらは。なんにしても結構学生に求める要求も高そうなにおいが。

・A diverse student body forms a tight community (TPCB)

そして、このプログラムによって出た論文は、学生がcorresponding authorになっているケースが結構あります。こうやってまとまってるから目立つだけなのかもしれませんが、別に論文全部がそうというわけではなく、半分ないくらい?まあ学生がコレスポ*っての自体がこういう分野ではありえないレベルのことなので半分もいれば十分すごいか。その辺のさじ加減はPIによるのかも。あとは参画してるのがどういうプロジェクトなのかとか。そして学生がコレスポを取る場合には、上述のGaichのようなボスとのダブルコレスポ(ただし連絡先はボスのみ)であることが多いですが、中にはボスの名前はあるけどコレスポの*は学生だけにしかついてないパターンも。

ボスの名前はあるけどコレスポは学生の例↓
Contingency and Statistical Laws in Replicate Microbial Closed Ecosystems
Doeke R. Hekstra,* and Stanislas Leibler
Cell 2012, 149, 1164


なかでも究極なケースはMemorial Sloan-KetteringがんセンターのDanishefsky研。
なんと学生単著でのコレスポ論文です。

Toward a Unified Total Synthesis of the Xiamycin and Oridamycin Families of Indolosesquiterpenes
Adam H. Trotta* (Danishefsky研)
J. Org. Chem. 2017, 82, 13500


Total Synthesis of Aspeverin via an Iodine(III)-Mediated Oxidative Cyclization
Adam M. Levinson* (Danishefsky研)
Org. Lett. 2014, 16, 4904


なおDanishefsky自体はacknowledgmentに(同じくメンターのDerek Tanとともに)名前はあがっています。Danishefsky自体かなりの高齢だし、そもそもノーベル賞候補に挙がるくらいのひとなので「もう別に論文いいんじゃね?」感もあるからこういうことになってるのかなとも思ったりしたんですが、別に全部が全部そういうわけでもなく、複数人で回した、複数個所との共同研究プロジェクトだと1st authorであってもコレスポ*じゃなかったり、事情はいろいろありそうです。その一方で世の中退官年齢越してもなおいつまでもラスト・ファーストに居座って部下のコレスポ強奪おやだれかきたようだ

前3人がequally contributed。1stが学生(上のAdam M. Levinson氏で*なし)、2ndと3rdがDanishefskyとのトリプルコレスポだけど、そもそもこの2ndと3rdの二人もポスドクっぽいのでコレスポ大盤振る舞いなのは変わらない感じ↓
Total Chemical Synthesis and Folding of All‑L and All‑D Variants of Oncogenic KRas(G12V)
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 7632



とまあ世界的にもかなり珍しいパターンとは思いますが、こんな風に最近はなったりもしてるんですねえ。よっぽどプログラムはっきりさせとかないと責任の所在も大変になりそうですが。オーサーシップの話は世界的にも結構もめること多いしこれが今後の主流になるとも思えませんが、化学やバイオロジーの分野でもこういう動きもあるということは頭に入れておいた方がよさそうです。


ところで、なんでこんなこと調べたかっていうと、そもそもTanja Gaichの論文やDanishefsky研の論文が前から気になってたってのはあるんですが、その次のきっかけとして
『PIの指導を通さなくても論文は投稿出版できる』だの『博士号のポイントは論文1点のみ』だのと、ツイッターでよりによって大学教員がドヤ顔で触れ回ってるのを見てしまったからなのですよ。

これまで確かに学生でのコレスポ論文を見てきましたが、当然指導者はいるわけだし当然それらの人の監修あってのテーマ(自分で提案するにしてもメンターのやってるテーマに沿ったものなのがほとんどだし)、大体絶対ボスとディスカッションするでしょうに。他にもそれらの設備や場所、金を使ってるからこそ研究が出来るわけで、それらのことをガン無視してメンターに無断で論文投稿なんてのはその他co-authorに無断で投稿するのと同じくethical guidelineに対する明確な違反行為であり、実際いくつもそれで撤回処分になっている例はあります。嫌がらせで論文出してやらないとかいう実にみみっちいアカハラだかなんだかそういう問題はあるのは分かりますが勝手に投稿なんて悪手でしかないですよ、大体それ自分の方に非を作ることになるし。てかそういうこと以前に「博士号は論文のみがポイント」って学位自体を根本から履き違えてませんかね。あんなものの可否は審査委員が首を縦に振るかどうかであって、論文なんて納得させるための証拠ネタにすぎんわけで。実際ゼロ報でも学位取れるし逆に何報あっても取れないもんは取れないしさ。という半分あたまきたというかあきれたというしょうもない理由で書いたわけですが、以下学生だかポスドクだかがボスに無断で勝手に投稿してretractされた論文を載せて終わりとします。

ところで以下の「ボスに無断で」という以外のオーサーシップ違反(逆にボスが一人で勝手に出したり関係ない人間を入れたりとか)での撤回論文もこれ集める過程でいろいろ拾ったんだけど、書いてある内情が結構ごたごたで色々とワイドショー的な下種な勘ぐりがはかどってオラわくわくすっぞ

"The article was submitted and published without the full knowledge or consent of the principal investigators under whose guidance the research was conducted."
ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 5670
ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 5671

↓再現性がないことに加えて、" the paper, based primarily on Ph.D. thesis research, was published without the acknowledgement or knowledge of the corresponding author’s research advisor."
J. Org. Chem. 2015, 80, 2942

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posted by 樹 at 08:00 | Comment(0) | 有機化学雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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