http://www.janjannews.jp/archives/2772198.html
先住民族は「コップなんとか」で活躍できるか? 秋辺日出男さんのお話
- 2010年03月01日
1月24日、中部大学のグルーバルESD対話集会に参加してきました。
この集会は「伊勢・三河湾流域ESDフォーラム・COP10・グローバルESD対話集会『生命の多様性と持続可能な地域&地球の未来を話し合いませんか?』」という、長い名前の集会でした。
この集会のパネラーに、阿寒湖畔で活躍している秋辺日出雄さんが話をされました。

●秋辺日出男さんのお話
私は北海道の阿寒湖温泉からきました。
阿寒湖の周りは国立公園になっていて、原生林などが残っています。
自分の生まれた1960年には阿寒湖は観光地化していました。
だから私にとってアイヌは観光民族です。
同胞からは見世物だと批判されてきましたが、私は恥ずかしいことだとは思いません。
観光は、もともとは中国語でその土地の宝、光を見るという意味です。
お国自慢やその土地の産物のことで、阿寒湖ではアイヌになります。
自信をもって観光アイヌをしています。
私の父も母もアイヌ民族です。
アイヌ民族の定義とは全く関係がありませんが、アイヌの血が入っているかときかれれば、ほぼ100%アイヌであるのではと思っています。
自分が髪や髭を伸ばしているのは、そのほうが人の覚えがよくなるからで、個人的な営業戦略で伸ばしているものです。
アイヌは北海道、千島、南樺太、東北に昔から住んでいた先住民族です。
先住民族はなにかというと、ほかの人達が勝手に入ってきて、近代国家を作って、国や政権を樹立して、もともといた人たちの土地や権利を奪ってしまい、いまでもその影響が残っている人達のことをいいます。
その人たちが個性を持ち、文化、言語、あるいは帰属意識をもって持続していたならば、それを先住民族として考えるわけです。
とても政治的な定義です。
ですから、生物多様性にとって先住民であることは関係ありません。
伝統的な生活の知恵を守っている人の話を聞きたいというのが、生物多様性との関連での、皆さんの目線だろうと思いますので、その話をします。
北海道は自然が沢山残っているわけではないです。
飛行機から森をみてもらえれば分かりますが、木が一列に並んでいます。
明治・大正・昭和と、日本政府がどんどん切ってしまって、昔ながらの森はなくなってしまいました。
そして、跡地にカナダ杉ばかり植えました。
何故かというと、早く伸びるので、早くお金になるからです。
それしか植えないので、森にはカナダ杉にとって都合の良い虫しか残りません。
昔は、色々な木が生えていて、それぞれの木につく虫がいて動物や鳥もたくさんいたのですが、いまはいなくなってしまいました。
そこに住んでいたアイヌはどうなったのか?
皆さん耳にタコが出来ていると思いますが、アイヌ達は農家になれと言われて、180度生活が変えられました。
急な変化で生活できなくなり、ついでに差別も発生しました。
その格差はまだ残っていて、最近の調査でも経済も進学率も低いです。
私たちはG8の年に先住民族サミットを開催して世界に訴えました。
サミットの直前になって日本政府はアイヌを先住民族だと認めました。
私はそのことに驚きました。
サミットの直前に乱暴に認めるなんて、私だったら、そんなバカなことはしません。
なぜなら、先住民族として認めると必ず権利の問題が出てきます。
そのような対策のために、今後、莫大な資金がかかるはずです。
6月6日に国会の決議が通ったのは、日本政府はよく理解していなかったのではと思います。
それから一年かけて有識者懇談会が出した報告書に基づいて、アイヌ民族に対し日本政府は、160年分の保障をしなければならない、という話になっています。
もちろんアイヌのほうから言えば、それは当然のことなのですから、きっちりやってください、という話になります。
どこまでアイヌの民族政策が出来るのかは未知数ですが、ちゃんと出来たら、生物多様性についても良い影響が出て、お互いに貢献できる社会が出来ると思っています。
アイヌの人口は、現在23000人と言われていますが、それは親戚も、親も、兄弟も、周囲の人も、本人も、アイヌだと認めて、帰属意識がある人で、公言できる人の数です。
他にも、本人が隠している、俺はアイヌだと言われたくない、和人のままでもいい、あるいは、親も兄弟もアイヌ、でも隠されていて知らない人がたくさんいます。
そういう人を入れると、5万人か、10万人か、50万人か、よくわかりません。(*1)
伝統的な方法で、北海道でクマを獲ることは禁止されています。
毒矢は禁止、トリカブトの毒は禁止です。シカも獲れません。
私の同胞で伝統的なアイヌのやり方でクマを獲った人はいません。
サケは、シペ(*2)、あるいはカムイチェプ(*3)ともいいますが、アイヌ民族のほぼ中心に位置する主食ですが、今は一匹も獲れません。
アイヌでも漁業権があれば漁師として、商売として、獲ることができます。
ですが、アイヌだから、先住権があるから、俺っちは魚を食べたいから、という理由では、獲れません。
それが現実です。
ですから結果として私は、狩りをしたことがないアイヌです。
じゃあお前どこで肉食ってるんだ、と。スーパーで買います。
普段着ているものも、今日と同じです。このような場にも伝統的な着物では来ません。
学校などに着物で行くと、容貌ともあいまっても、イメージを刷り込んでしまいます。
おじさん、普段からそんな格好で山で生活しているの、カッコいいね、クマ食べてるのと誤解をされます。
いまはこういう暮らしだけでも、かつてのアイヌは、自然と共に生活をしていました。
その、わずかに残ったところから、自慢げに、生物多様性にたいして意見を述べてしまうわけです。
やっぱり現代社会に生きざるをえない、現代化したアイヌです。
ところが、アイヌとしてのこだわりはちゃんと持っています。いろいろと教えられてきました。
川に対して、アイヌの子供と和人の子供では感覚が違います。両親の言うことが違ったのです。
みんな川にはおしっこをすると思いますが、川にはしょんべんをするな、川は生きていると、厳しく教わりました。
川は海から入って奥山に登るもので、結婚もして、子供も出来て、離婚もします。人間の生き方となぞらえて考えます。
このような考えが残っているところが、何十年前に置き忘れてしまった和人と、違うところかなと思っています。
アイヌは北海道の自然は無くなってアイヌでなくなったのでしょうか?
そうではなくて、そのような現実に直面しながら、
失ったものの中で、良いものは取り戻そうと、がんばっているのが世界の先住民族の現状なのです。
むかしの北海道では、川面を泳ぐサケは背が日に焼けて、川底のサケは腹が岩にこすれ、その中に棒を立てても倒れなかった、という表現がユカラにあります。
川が真っ黒になるほど、北海道の川にはサケが登ってきました。
今は和人の業者が全て海で獲ってしまいます。
漁期が終わったころ、遅れたのが上ってくるだけです。
それでも途中ダムがあったり、コンクリートの壁があったりして、結局戻れない。
だから、今は自然産卵で海に行って戻ってくるサケはほとんどいません。
ならどうしてサケは戻ってくるのか?
サケの加工場があって、そこでサケは人工的にハラを裂かれて、人工授精されて、放流されます。
でも管理をされて、サケはしだいに小さくなって、おいしくないサケばかりになってきました。
なにか足りないものがあるのでしょう。
アイヌの伝統的な考え方で、こんな話があります。
河口には一対の神様がいます。アイヌ語ではイキリリノノエクル・イキリリノノエマッ。
この神様は川筋の生命を管理しています。
クマ何百匹、タヌキ何百匹、キツネ何百匹、カラスが何千羽。
その生物の数の分だけ、サケを送ってくれる神様に申請します。
神様は途中で死ぬ分も勘定に入れて、サケを送ります。
ところが、その元のデータには、人間の数は入っていないのです。
じやあ人間はどうすればいいのか。
ちょっと余分に送られているのだから、横から遠慮して獲ればいいんです。
考え方が全然違いますよね。
自分も20世紀に生まれた人間ですから、人間中心の考え方に慣れていますが、アイヌの考え方では、本気でそう思っているわけです。
いろんな生き物の分まで獲ってしまって、クマが人間の村に来て冷蔵庫を開けるような事態はよくないのです。
上ってきたサケを、クマは腹や頭の部分ばかり食べる。
頭の部分は氷頭と呼ばれてコリコリしておいしいわけです。
そのクマの食べ残しを、カラスやキツネ、ワシなどが食べて自分の住んでいる場所にもってゆく。
そうすることが、森が健全に育つことに影響していると科学的に分かったそうです。
でも、そんなことはどうでもいいじゃん、と思います。
もともとそのように生活していたのです。
クマだってそんなことを分かってやっていたわけではありません。
放っといてもらえれば、普通にできたんです。アイヌもそうです。
このサケの話をすると、皆さん関心するけども、アイヌの場合、しかたなくそうなるんです。
子供達の代、孫の代でも、普通に獲り続けられるように、持続可能なのが当たり前なのです。
それが20世紀になると「すばらしい哲学をもったアイヌの皆様」ということになって、自分も、勘違いをしたりするわけです。
そしてみなさんも「今日はアイヌさんの話を聞けます」となりますが、そうじゃないんです。
人間としての健全な欲として、持続可能に毎年獲れるように獲るんです。
人間には知恵がありますから、そのような知恵を、遠慮とか感謝と言い換えて、ずっと生きてきたんです。
そうやって、全人類生きてきたんです。何十万年も。
この100年でちょっとつまづいてしまった。
都市文明とお金に振り回されて。
むかしのうまくやっていたときの話を、みんなで思い出そう、というのが生物多様性の話ではないかと思っています。
すこし昔のことを覚えている、伝統的な生活を保持したいと思っている先住民族がいるだけです。
ですが日本人の伝統的な思想も意味があります。
ザリガニやドジョウのために自然を残すんじゃなくて、山の面倒をみないと、俺っちの畑の調子が悪いから、面倒をみる、タンスがほしいから木を植える。
このような、経済的なシステムも考えた上で、自然と付き合ってきた技術は、日本人のほうが上だと思います。
たまたま先住民族だったアイヌは産業構造もないので、自然はなるべくいじらないほうがいいのです。
ですがこの思想は、いまのこの環境破壊をなんとか再生してゆきたい、という世界の中では、当てはまらないものも多いと思います。
経済活動を伴った自然環境の再生は、日本人のほうが上手なのではないかと思います。
ですが、津軽海峡を渡って北の北海道では、環境も違うので、アイヌのやりかたのほうが有効だと思います。
狩猟採集する生き方が原始的な生き方で、農耕をする生き方が発展したものだ、といわれますが、
最近では、農業をしていたアイヌが、北海道に適応するために、狩猟中心に進化したのではないか、という話もあります。
G8が洞爺湖に来るときに、環境問題がメインテーマになっていましたが…皆さん、G8のことなんて、もう忘れているでしょう?
北海道で環境をテーマにして会議して、先住民族アイヌのことを無視するのは、変だということで、アイヌが中心になって、先住民族サミットを行いました。
そのサミットで、12ヶ国24の先住民族が集まり、国連の先住民族の議長であるタウリコープスさんも参加して、二風谷宣言を出しました。
その宣言の終わりにはこうあります。
「先住民族の権利に関する国連宣言の履行は、先住民族のみならず、その他の人々や、地球にとっても良いことである。
先住民族が地球に、そして親族、人間だけではなく、植物、動物、その他の全ての生き物に、持続可能に配慮するやり方を続けられれば、これは、全体への恩恵となる。われわれが民族の言語を話し、この多様な文化を持ち続けられたなら、世界の文化遺産はより豊かになるであろう。我々の多様な経済的、文化的、精神的、社会的、政治的システムが、支配システムと共存できれば、われわれの子供に、
そして次世代の子供に、さらに多様で希望に満ちた世界を残すことが可能である」
先住民族の生き方を持続する、あるいは復活させる、それが、この地球上の生物が仲良く暮らしていくことに繋がるということです。
このような考え方を、我々アイヌ民族は、簡単な言葉でいっています。
ウレシパモシリといいます。
互いに育てあう大地という意味です。
アイヌ民族は、人間だけでなく、虫や川、いろいろな生物がお互いに必要である、という考え方を、昔からそのような言い方で持っていました。
そういうことで、みんなで、コップなんとかを成功させましょう。

秋辺さんのお話のあと、一日かけて、いろいろな方が発表をされていましたが、残念ながら、ほとんど覚えていません。
秋辺さんの発表以外で、印象に残ったキーワードとしては「暗黙知」という言葉が出てきていましたが、学問の世界というのは、暗黙知のようなものを、文章化するために存在しているのではないかと思い、覚えている程度です。
お昼には、近郊の伊勢湾などで取れる食材のランチが出て、これまた面白いものになっていました。

シンポジウムの全体の印象としては、COP10がやってくるので、便乗して色々な人が、いろいろな事を言っている様子が、愛知万博やG8の時の騒動と、似ているなぁという気がしました。
自分の記憶では、G8の時に秋辺さんは「世界の先住民族が集まって発信した内容を無視したら、G8はバカだ」というようなことを話していたように思います。
発言内容の当否はともかく、あれだけ大騒ぎをしていた割には(JANJANでも特集が組まれて、確かに、忘れ去られているようにも、思いました。
筆者も何かの勉強会に呼ばれて「G8が洞爺湖に来ると活動家の人たちは騒いでいるけども、トーヤ湖の意味を調べている人は、何故かいませんねぇ」(*4)という話をした覚えがあります。
G8サミットって、本当に2年前の出来事だったんかいな、という気がした一日でした。
また、秋辺さんも明言されていますが、先住民族というのは、あくまで政治的な呼称であって、「自然にやさしい持続可能な知恵」というのは、先住民族コミュニティの保持している(ことがある)特徴の一部に過ぎないもので、そればっかりが「先住民族の特徴」ではないわけです。
ですが、そんな話は忘れられて、この企画が組まれてたりしてないかなぁという気も、しないでもありませんでした。
ある時は「日本人も先住民」といわれ、別の場所では「後先の問題にすぎない」と誤解を元に勝手に語られたり、場合によっては「同化していなくなった」とまで言われ、たまに出番があると「自然との共生の知恵」を講演することを期待される…。
なんだか「先住民族」というのは、疲れる概念のようです。
*1:アイヌの人口…非常によく質問される数字ですが「よくわからない」というのが実態です。
それは、この話の中でも秋辺さんが言及してるい通りに、アイヌ民族とは血統のことではなく、
また、本人が隠す、周りが知らせないので知らない、家族や兄弟に懸念して隠す、などの理由によって、どこまでが「アイヌ」なのかが、あいまいになっているからです。
筆者の印象では、上記の理由に加え
「アイヌだと知っても、どう受け入れたらよいのかが分からない」
「理解しようと既存のアイヌの団体・グループと接触したものの、いじめられて去った」
「周囲にアイヌのことを説明できる、教えることのできるアイヌが(両親親戚共に)おらず、実感がない」
「色々と学んで自覚もったものの、周囲から意味不明の対応をされるので、和人(あるいは知らないアイヌ)の前では絶対に言わない」などのパターンもあると思う。
隠す理由は、いわゆる「わかりやすい差別」だけではないことが多いと思います。
参考:アイヌとは誰の事か?アイヌの人口は何人か?
*2:シペ…「シェペ」「シ・エ・ペ」などとも表記され「本当の食べ物」という意味でサケのことをさす。
*3:カムイチェプ(本来の発音はプを小さく表記)…神の魚。サケのことをさす。
また、「チェプ(本来の発音はプを小さく表記)」とは「魚」という意味だが、たんに魚(チェプ)といった場合でも、サケをさすことが多い。
*4:トーヤ湖の意味…
トーヤとは、アイヌ語で「湖畔」のこと。語源を知っているかどうかは重要な話ではない。
あの時期に熱心に「騒いで」いた人たちは、「ジーエイト」の意味や由来には、大いに主張や文句があって詳しいのに、「トーヤ湖」のほうには、まったく興味がないということが、アンバランスすぎるのではないか?
名古屋で開催されたあるG8学習会において筆者がこの質問をしたところ、北海道でもアクションの代表者も含め、誰も意味を知らなかった。
この事実は、単にアイヌ民族に興味がないというだけでなく、地域のことも軽視している気がする出来事だった。
なお、当時でもトーヤ湖の語源は、アイヌ語の専門家でなくとも、ネットで検索して5秒で表示される知識であった。
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
Esaman記者プロフィール
http://profile.livedoor.com/esaman/
この集会は「伊勢・三河湾流域ESDフォーラム・COP10・グローバルESD対話集会『生命の多様性と持続可能な地域&地球の未来を話し合いませんか?』」という、長い名前の集会でした。
この集会のパネラーに、阿寒湖畔で活躍している秋辺日出雄さんが話をされました。
公演する秋辺日出男さん。政治的な先住民族の概念、アイヌと和人の違い、伝統的アイヌ民族の世界観、北海道の現状、伝統的な生活と現代の生活など、交錯するさまざまなテーマを、たいへん分かりやすく説明してくれた。(撮影・Esaman、以下同じ)
●秋辺日出男さんのお話
私は北海道の阿寒湖温泉からきました。
阿寒湖の周りは国立公園になっていて、原生林などが残っています。
自分の生まれた1960年には阿寒湖は観光地化していました。
だから私にとってアイヌは観光民族です。
同胞からは見世物だと批判されてきましたが、私は恥ずかしいことだとは思いません。
観光は、もともとは中国語でその土地の宝、光を見るという意味です。
お国自慢やその土地の産物のことで、阿寒湖ではアイヌになります。
自信をもって観光アイヌをしています。
私の父も母もアイヌ民族です。
アイヌ民族の定義とは全く関係がありませんが、アイヌの血が入っているかときかれれば、ほぼ100%アイヌであるのではと思っています。
自分が髪や髭を伸ばしているのは、そのほうが人の覚えがよくなるからで、個人的な営業戦略で伸ばしているものです。
アイヌは北海道、千島、南樺太、東北に昔から住んでいた先住民族です。
先住民族はなにかというと、ほかの人達が勝手に入ってきて、近代国家を作って、国や政権を樹立して、もともといた人たちの土地や権利を奪ってしまい、いまでもその影響が残っている人達のことをいいます。
その人たちが個性を持ち、文化、言語、あるいは帰属意識をもって持続していたならば、それを先住民族として考えるわけです。
とても政治的な定義です。
ですから、生物多様性にとって先住民であることは関係ありません。
伝統的な生活の知恵を守っている人の話を聞きたいというのが、生物多様性との関連での、皆さんの目線だろうと思いますので、その話をします。
北海道は自然が沢山残っているわけではないです。
飛行機から森をみてもらえれば分かりますが、木が一列に並んでいます。
明治・大正・昭和と、日本政府がどんどん切ってしまって、昔ながらの森はなくなってしまいました。
そして、跡地にカナダ杉ばかり植えました。
何故かというと、早く伸びるので、早くお金になるからです。
それしか植えないので、森にはカナダ杉にとって都合の良い虫しか残りません。
昔は、色々な木が生えていて、それぞれの木につく虫がいて動物や鳥もたくさんいたのですが、いまはいなくなってしまいました。
そこに住んでいたアイヌはどうなったのか?
皆さん耳にタコが出来ていると思いますが、アイヌ達は農家になれと言われて、180度生活が変えられました。
急な変化で生活できなくなり、ついでに差別も発生しました。
その格差はまだ残っていて、最近の調査でも経済も進学率も低いです。
私たちはG8の年に先住民族サミットを開催して世界に訴えました。
サミットの直前になって日本政府はアイヌを先住民族だと認めました。
私はそのことに驚きました。
サミットの直前に乱暴に認めるなんて、私だったら、そんなバカなことはしません。
なぜなら、先住民族として認めると必ず権利の問題が出てきます。
そのような対策のために、今後、莫大な資金がかかるはずです。
6月6日に国会の決議が通ったのは、日本政府はよく理解していなかったのではと思います。
それから一年かけて有識者懇談会が出した報告書に基づいて、アイヌ民族に対し日本政府は、160年分の保障をしなければならない、という話になっています。
もちろんアイヌのほうから言えば、それは当然のことなのですから、きっちりやってください、という話になります。
どこまでアイヌの民族政策が出来るのかは未知数ですが、ちゃんと出来たら、生物多様性についても良い影響が出て、お互いに貢献できる社会が出来ると思っています。
アイヌの人口は、現在23000人と言われていますが、それは親戚も、親も、兄弟も、周囲の人も、本人も、アイヌだと認めて、帰属意識がある人で、公言できる人の数です。
他にも、本人が隠している、俺はアイヌだと言われたくない、和人のままでもいい、あるいは、親も兄弟もアイヌ、でも隠されていて知らない人がたくさんいます。
そういう人を入れると、5万人か、10万人か、50万人か、よくわかりません。(*1)
伝統的な方法で、北海道でクマを獲ることは禁止されています。
毒矢は禁止、トリカブトの毒は禁止です。シカも獲れません。
私の同胞で伝統的なアイヌのやり方でクマを獲った人はいません。
サケは、シペ(*2)、あるいはカムイチェプ(*3)ともいいますが、アイヌ民族のほぼ中心に位置する主食ですが、今は一匹も獲れません。
アイヌでも漁業権があれば漁師として、商売として、獲ることができます。
ですが、アイヌだから、先住権があるから、俺っちは魚を食べたいから、という理由では、獲れません。
それが現実です。
ですから結果として私は、狩りをしたことがないアイヌです。
じゃあお前どこで肉食ってるんだ、と。スーパーで買います。
普段着ているものも、今日と同じです。このような場にも伝統的な着物では来ません。
学校などに着物で行くと、容貌ともあいまっても、イメージを刷り込んでしまいます。
おじさん、普段からそんな格好で山で生活しているの、カッコいいね、クマ食べてるのと誤解をされます。
いまはこういう暮らしだけでも、かつてのアイヌは、自然と共に生活をしていました。
その、わずかに残ったところから、自慢げに、生物多様性にたいして意見を述べてしまうわけです。
やっぱり現代社会に生きざるをえない、現代化したアイヌです。
ところが、アイヌとしてのこだわりはちゃんと持っています。いろいろと教えられてきました。
川に対して、アイヌの子供と和人の子供では感覚が違います。両親の言うことが違ったのです。
みんな川にはおしっこをすると思いますが、川にはしょんべんをするな、川は生きていると、厳しく教わりました。
川は海から入って奥山に登るもので、結婚もして、子供も出来て、離婚もします。人間の生き方となぞらえて考えます。
このような考えが残っているところが、何十年前に置き忘れてしまった和人と、違うところかなと思っています。
アイヌは北海道の自然は無くなってアイヌでなくなったのでしょうか?
そうではなくて、そのような現実に直面しながら、
失ったものの中で、良いものは取り戻そうと、がんばっているのが世界の先住民族の現状なのです。
むかしの北海道では、川面を泳ぐサケは背が日に焼けて、川底のサケは腹が岩にこすれ、その中に棒を立てても倒れなかった、という表現がユカラにあります。
川が真っ黒になるほど、北海道の川にはサケが登ってきました。
今は和人の業者が全て海で獲ってしまいます。
漁期が終わったころ、遅れたのが上ってくるだけです。
それでも途中ダムがあったり、コンクリートの壁があったりして、結局戻れない。
だから、今は自然産卵で海に行って戻ってくるサケはほとんどいません。
ならどうしてサケは戻ってくるのか?
サケの加工場があって、そこでサケは人工的にハラを裂かれて、人工授精されて、放流されます。
でも管理をされて、サケはしだいに小さくなって、おいしくないサケばかりになってきました。
なにか足りないものがあるのでしょう。
アイヌの伝統的な考え方で、こんな話があります。
河口には一対の神様がいます。アイヌ語ではイキリリノノエクル・イキリリノノエマッ。
この神様は川筋の生命を管理しています。
クマ何百匹、タヌキ何百匹、キツネ何百匹、カラスが何千羽。
その生物の数の分だけ、サケを送ってくれる神様に申請します。
神様は途中で死ぬ分も勘定に入れて、サケを送ります。
ところが、その元のデータには、人間の数は入っていないのです。
じやあ人間はどうすればいいのか。
ちょっと余分に送られているのだから、横から遠慮して獲ればいいんです。
考え方が全然違いますよね。
自分も20世紀に生まれた人間ですから、人間中心の考え方に慣れていますが、アイヌの考え方では、本気でそう思っているわけです。
いろんな生き物の分まで獲ってしまって、クマが人間の村に来て冷蔵庫を開けるような事態はよくないのです。
上ってきたサケを、クマは腹や頭の部分ばかり食べる。
頭の部分は氷頭と呼ばれてコリコリしておいしいわけです。
そのクマの食べ残しを、カラスやキツネ、ワシなどが食べて自分の住んでいる場所にもってゆく。
そうすることが、森が健全に育つことに影響していると科学的に分かったそうです。
でも、そんなことはどうでもいいじゃん、と思います。
もともとそのように生活していたのです。
クマだってそんなことを分かってやっていたわけではありません。
放っといてもらえれば、普通にできたんです。アイヌもそうです。
このサケの話をすると、皆さん関心するけども、アイヌの場合、しかたなくそうなるんです。
子供達の代、孫の代でも、普通に獲り続けられるように、持続可能なのが当たり前なのです。
それが20世紀になると「すばらしい哲学をもったアイヌの皆様」ということになって、自分も、勘違いをしたりするわけです。
そしてみなさんも「今日はアイヌさんの話を聞けます」となりますが、そうじゃないんです。
人間としての健全な欲として、持続可能に毎年獲れるように獲るんです。
人間には知恵がありますから、そのような知恵を、遠慮とか感謝と言い換えて、ずっと生きてきたんです。
そうやって、全人類生きてきたんです。何十万年も。
この100年でちょっとつまづいてしまった。
都市文明とお金に振り回されて。
むかしのうまくやっていたときの話を、みんなで思い出そう、というのが生物多様性の話ではないかと思っています。
すこし昔のことを覚えている、伝統的な生活を保持したいと思っている先住民族がいるだけです。
ですが日本人の伝統的な思想も意味があります。
ザリガニやドジョウのために自然を残すんじゃなくて、山の面倒をみないと、俺っちの畑の調子が悪いから、面倒をみる、タンスがほしいから木を植える。
このような、経済的なシステムも考えた上で、自然と付き合ってきた技術は、日本人のほうが上だと思います。
たまたま先住民族だったアイヌは産業構造もないので、自然はなるべくいじらないほうがいいのです。
ですがこの思想は、いまのこの環境破壊をなんとか再生してゆきたい、という世界の中では、当てはまらないものも多いと思います。
経済活動を伴った自然環境の再生は、日本人のほうが上手なのではないかと思います。
ですが、津軽海峡を渡って北の北海道では、環境も違うので、アイヌのやりかたのほうが有効だと思います。
狩猟採集する生き方が原始的な生き方で、農耕をする生き方が発展したものだ、といわれますが、
最近では、農業をしていたアイヌが、北海道に適応するために、狩猟中心に進化したのではないか、という話もあります。
G8が洞爺湖に来るときに、環境問題がメインテーマになっていましたが…皆さん、G8のことなんて、もう忘れているでしょう?
北海道で環境をテーマにして会議して、先住民族アイヌのことを無視するのは、変だということで、アイヌが中心になって、先住民族サミットを行いました。
そのサミットで、12ヶ国24の先住民族が集まり、国連の先住民族の議長であるタウリコープスさんも参加して、二風谷宣言を出しました。
その宣言の終わりにはこうあります。
「先住民族の権利に関する国連宣言の履行は、先住民族のみならず、その他の人々や、地球にとっても良いことである。
先住民族が地球に、そして親族、人間だけではなく、植物、動物、その他の全ての生き物に、持続可能に配慮するやり方を続けられれば、これは、全体への恩恵となる。われわれが民族の言語を話し、この多様な文化を持ち続けられたなら、世界の文化遺産はより豊かになるであろう。我々の多様な経済的、文化的、精神的、社会的、政治的システムが、支配システムと共存できれば、われわれの子供に、
そして次世代の子供に、さらに多様で希望に満ちた世界を残すことが可能である」
先住民族の生き方を持続する、あるいは復活させる、それが、この地球上の生物が仲良く暮らしていくことに繋がるということです。
このような考え方を、我々アイヌ民族は、簡単な言葉でいっています。
ウレシパモシリといいます。
互いに育てあう大地という意味です。
アイヌ民族は、人間だけでなく、虫や川、いろいろな生物がお互いに必要である、という考え方を、昔からそのような言い方で持っていました。
そういうことで、みんなで、コップなんとかを成功させましょう。
対話集会の様子。いろいろな人がパネラーとして登壇していた。
秋辺さんのお話のあと、一日かけて、いろいろな方が発表をされていましたが、残念ながら、ほとんど覚えていません。
秋辺さんの発表以外で、印象に残ったキーワードとしては「暗黙知」という言葉が出てきていましたが、学問の世界というのは、暗黙知のようなものを、文章化するために存在しているのではないかと思い、覚えている程度です。
お昼には、近郊の伊勢湾などで取れる食材のランチが出て、これまた面白いものになっていました。
お昼のランチの様子。地元の海で取れた、少し変わった食材が並んでいた。ウチワエビ(平たくて味は良いが、実が少ない)、ホラガイ(おなじく殻の割には身が少ないが美味)、おそらくは干潟のようなところの魚でしょう、骨の多いやわらかい魚などが並んでいる。
シンポジウムの全体の印象としては、COP10がやってくるので、便乗して色々な人が、いろいろな事を言っている様子が、愛知万博やG8の時の騒動と、似ているなぁという気がしました。
自分の記憶では、G8の時に秋辺さんは「世界の先住民族が集まって発信した内容を無視したら、G8はバカだ」というようなことを話していたように思います。
発言内容の当否はともかく、あれだけ大騒ぎをしていた割には(JANJANでも特集が組まれて、確かに、忘れ去られているようにも、思いました。
筆者も何かの勉強会に呼ばれて「G8が洞爺湖に来ると活動家の人たちは騒いでいるけども、トーヤ湖の意味を調べている人は、何故かいませんねぇ」(*4)という話をした覚えがあります。
G8サミットって、本当に2年前の出来事だったんかいな、という気がした一日でした。
また、秋辺さんも明言されていますが、先住民族というのは、あくまで政治的な呼称であって、「自然にやさしい持続可能な知恵」というのは、先住民族コミュニティの保持している(ことがある)特徴の一部に過ぎないもので、そればっかりが「先住民族の特徴」ではないわけです。
ですが、そんな話は忘れられて、この企画が組まれてたりしてないかなぁという気も、しないでもありませんでした。
ある時は「日本人も先住民」といわれ、別の場所では「後先の問題にすぎない」と誤解を元に勝手に語られたり、場合によっては「同化していなくなった」とまで言われ、たまに出番があると「自然との共生の知恵」を講演することを期待される…。
なんだか「先住民族」というのは、疲れる概念のようです。
*1:アイヌの人口…非常によく質問される数字ですが「よくわからない」というのが実態です。
それは、この話の中でも秋辺さんが言及してるい通りに、アイヌ民族とは血統のことではなく、
また、本人が隠す、周りが知らせないので知らない、家族や兄弟に懸念して隠す、などの理由によって、どこまでが「アイヌ」なのかが、あいまいになっているからです。
筆者の印象では、上記の理由に加え
「アイヌだと知っても、どう受け入れたらよいのかが分からない」
「理解しようと既存のアイヌの団体・グループと接触したものの、いじめられて去った」
「周囲にアイヌのことを説明できる、教えることのできるアイヌが(両親親戚共に)おらず、実感がない」
「色々と学んで自覚もったものの、周囲から意味不明の対応をされるので、和人(あるいは知らないアイヌ)の前では絶対に言わない」などのパターンもあると思う。
隠す理由は、いわゆる「わかりやすい差別」だけではないことが多いと思います。
参考:アイヌとは誰の事か?アイヌの人口は何人か?
*2:シペ…「シェペ」「シ・エ・ペ」などとも表記され「本当の食べ物」という意味でサケのことをさす。
*3:カムイチェプ(本来の発音はプを小さく表記)…神の魚。サケのことをさす。
また、「チェプ(本来の発音はプを小さく表記)」とは「魚」という意味だが、たんに魚(チェプ)といった場合でも、サケをさすことが多い。
*4:トーヤ湖の意味…
トーヤとは、アイヌ語で「湖畔」のこと。語源を知っているかどうかは重要な話ではない。
あの時期に熱心に「騒いで」いた人たちは、「ジーエイト」の意味や由来には、大いに主張や文句があって詳しいのに、「トーヤ湖」のほうには、まったく興味がないということが、アンバランスすぎるのではないか?
名古屋で開催されたあるG8学習会において筆者がこの質問をしたところ、北海道でもアクションの代表者も含め、誰も意味を知らなかった。
この事実は、単にアイヌ民族に興味がないというだけでなく、地域のことも軽視している気がする出来事だった。
なお、当時でもトーヤ湖の語源は、アイヌ語の専門家でなくとも、ネットで検索して5秒で表示される知識であった。
◇記者の「ブログ」「ホームページ」など
Esaman記者プロフィール
http://profile.livedoor.com/esaman/