
アメリカ近海で操業する漁船、『アナ・マリー号』の船長、アンソニー。
2年前の夏、ニューヨーク州でアンソニーは、ロングアイランドの沖合で漁を行うため、仲間とともに船を走らせていた。
乗組員は小学校からの親友、ジョン。
そして2人の共通の知人、マイク。
アンソニーとマイクは翌日の漁に備えて、夜の9時頃に仮眠をとっていた。
しかし翌朝…ジョンの姿がどこにも見えなかったのだ!
アンソニーたちは、忽然と姿を消したジョンの行方を必死で探した。
だが、船のデッキには隠れるスペースなど無い。
船にはロブスターやカニを新鮮な状態で持ち帰るために、クーラーボックスが2つ置いてあった。
クーラーボックスには大量の氷が詰められており、2つでおよそ100キロにもなる。
そのクーラーボックスにある異変があったという。

クーラーボックスの取っ手が根元から折れて外れていたのだ。
真夜中に1人、クーラーボックスを動かそうとしたジョン。
しかし…取っ手が折れて外れてしまい、その衝撃でバランスを崩し、海へと落ちてしまったのだ!
ジョンは必死に助けを求めた!
しかし、自動操縦になっていた船はどんどん遠ざかって行く。
エンジン音も邪魔をして、眠っている仲間に彼の悲痛な叫びは届かなかった…

この時 船の時速は12キロ…ものの30秒で暗闇へと姿を消した。
救命胴衣もなく、着の身着のまま闇夜の海へと放り出されてしまったジョン!
ここから 想像を絶する恐怖が次々と襲いかかる!
最初にジョンを苦しめたのは『溺れる恐怖』だった。
プールとは違い、波がある海では力を抜いて浮かんでいても、うまく呼吸することすらできない。
しかも、ジョンが漂流した時は、前日に襲った嵐のせいで1.5メートルの波が大きくうねっていたという。
そのため、立ち泳ぎの状態を常に強いられることになった。

泳ぎに自信はあったが、このままではいつまで体力が持つかも分からない。
そこで少しでも身軽になるため、長靴を脱ぎ捨てようとした。
だが…本来なら重荷になるはずの長靴が、なぜか 身体を押し上げた!
実は…ジョンが履いていた長靴は、氷点下50度にも耐えられる特殊な素材でできていた。
それは「発泡ゴム」と呼ばれるゴムの中に空気を含んだ素材である。
これにより、長靴が「浮き」の役目を果たし、ジョンの体を海面へと押し上げたのだ!

その浮力を確かめるための実験。
発泡ゴム素材の長靴と、一般的な長靴を海へ投げ入れた。
すると、一般的な長靴はわずか10秒と持たずに水没してしまった。
しかし!発砲ゴムでできた長靴が沈む事はなかった。
この長靴なら浮き輪代わりになる…そう考えたジョンは、逆さまにした長靴に空気を入れ 脇に抱えた。
こうして、立ち泳ぎをしなくても浮いていられるようになり、無駄に体力を消耗することはなくなった。
ひとまず溺死する恐怖からは開放されたのだ。

一方、明け方になって ようやく異変に気付いたアンソニーは、すぐさま通報。
幼馴染だったジョンとアンソニー。
いつも一緒に釣りに出かけていた2人。
仲の良さは町の誰もが知っていた。
やがて、共に漁師になるという夢を叶えると、稼いだお金を持ち寄って船を購入。
それが『アナ・マリー号』だった。
だが、友情の証でもある船で漁に出始めた矢先…悲劇は起きたのだ。

通報を受けた沿岸警備隊は、この日の天候や水温などを考慮し、ジョンが生存可能なタイムリミットを算出。
すると…タイムリミットは3時間しかなかったのだ!!
海水に浸かっている状態では、低体温症になる恐れがあるためだった。
低体温症とは、体温が35℃以下になると表れる症状のこと。
体温の低下に伴って意識障害や呼吸障害などが起こり、30℃以下になると最悪の場合死に至る。
幸いジョンが漂流したのは夏、水温は22℃。プールよりも少し低いくらいだ。
しかし、温度は高い方から低い方へ移るもの。
22度でも体温を奪うには十分である。

ならば、泳いで発熱させれば体温の低下は防げるのではないか?
しかし海で遭難した場合、体力の消耗は命取り。
力尽きた先に待っているのは…溺死である。
刻一刻と迫る 命のリミット。
実は、ジョンが海に落ちたのは夜中の3時。
そして、アンソニーが沿岸警備隊に連絡したのは、明け方6時過ぎ…この時点で海に落ちてからすでに3時間が経過。
いつ命を落としてもおかしくない状況だった。

捜索は難航した。
なぜなら、ジョンが海に落ちたのがアンソニーたちが仮眠を取ってすぐの夜9時頃なのか、起きる直前だったのか、当時は誰にも分からなかったのだ。
ジョンが海に落ちてからも船は自動操縦によって時速12キロで進んでいた。
また、この辺りの潮は東へと流れており、停止した船から投げたブイがものの1分で見えなくなる。
それほど潮の流れが強いのだ。
もしジョンが落ちたのが、アンソニーたちが仮眠を取った直後だとしたら、100キロ以上離れてしまっていることも考えられる。
捜索範囲は東京都が収まるほどの広さとなった。

沿岸警備隊はただちにヘリ、飛行機、3隻の巡視艇を派遣。
ジョン救出作戦が始まった!
一方、遭難の知らせは地元の漁師の間にもすぐに広まり、やがてジョンの家族の耳にも届いた。
ジョンの家族が悲嘆に暮れる中、アンソニーは親友の行方を必死に探していた。
そんな時だった…捜索活動に協力したい、と多くの漁師仲間が手を上げたのだ。
そして、協力を申し出た民間船は21隻に上った。
だが、そのことを沿岸警備隊へ報告すると…民間船での捜索を断られてしまったのだ!

通常、沿岸警備隊はこうしたボランティアの参加を断っている。
民間人に一部を任せることで捜索漏れが生じるなど、逆効果となる恐れがあるからだ。
また、2次遭難を防ぐ意味合いもあった。
しかし、アンソニーたちの熱意に負けた沿岸警備隊の隊長は、アンソニーたちの捜索を黙認してくれたのだ!
こうして、ジョンの捜索体制が整う一方…さらなる危機が迫っていた!
ジョンに凶暴なサメが近づいてきた!
このあたりに生息するヨシキリザメ、凶暴な性格で人を襲う危険性もあるという。
襲われれば確実に命はない…

するとジョンは、ポケットに手を入れた。
取り出したのは折りたたみナイフ、いざという時は これでサメと戦おうというのだ。
実は視力が良くないとされるサメ。
その代わり嗅覚にすぐれ、プールに入れたスプーン1杯分の血液ですら感じ取り、獲物に襲い掛かる。
さらに、不規則に動くものに反応する習性があるため、逃げようとして慌てるのは自殺行為、魚の群れと勘違いしたサメの餌食となる。
例えナイフを持っていようとも…下手に襲いかかれば確実にサメの餌食となってしまう!
果たしてジョンの運命は?
サメがジョンに向かって泳いでくる!
その時、ジョンは動かずにじっといていた。
すると、サメはジョンを追い越して泳いでいってしまった。

実は彼、サメへの対処法を心得ていた。
視力が弱いため、不規則な動きをするものをエサと思い込むサメに対しては、じっとしていることが効果的なのだ!
そして…漂流して7時間が経過したころ…背中に何かがあたった。
それは、ロブスターを獲るための罠に付けられたブイだった。
しかし罠を引き揚げるのは通常、週に1、2回程度。
待っていても、いつ回収しにくるかはわからなかった。
そこで、2つのブイを切り取り、繋ぎ合わせたロープに跨ると、再び海をさ迷いはじめた。

一方、上空からは沿岸警備隊のヘリによる捜索が行われていた。
捜索には、ひとつの決まった手順がある。
人影らしきものを発見したら…「マーク!!」と、声を上げる。
すると、パイロットがすぐにその地点をマーキング。
機体を旋回させ、マーキングした地点に戻り確認を行うのだ。
しかし…発見は容易ではない。
このときジョンは、体の震えが止まらなくなっていた。
そう、ついに恐れていた低体温症の症状が出始めたのである!

さらに!それに加え、新たな恐怖がジョンに襲いかかる!
海に落ちて9時間、一滴も水分を補給していなかった。そう脱水症状である。
人間は体重のおよそ2%の水分を失うと、著しいのどの渇きを覚えるという。
例えば、体重60キロの男性なら、発汗や排尿などで1.2Lの水分が失われると症状があらわれる計算である。
さらに、およそ5%を失うと頭痛やめまい。
およそ10%を超えると痙攣や失神を起こし、最悪の場合、命を落とすこともあるという。

極限状態におかれたジョンは、このとき海水を飲みたいという衝動にかられていた。
しかし、海水の塩分濃度は非常に高く、飲んだ場合 身体は塩分を体外に排出しようとする。
その際、体内の水分も汗や尿として同時に排出され、脱水症状が進んでしまうのだ。
仮に海水を飲み続けた場合、脳細胞にもダメージを受け、脳卒中を引き起こす可能性もあるという。
助かったとしても後遺症が残る可能性がある。
ジョンは海水を飲みたいという衝動に打ち勝った。
彼は知っていたのだ…海水を飲むことが非常に危険だということを!

低体温症に脱水症状…ジョンの身に限界が迫っていた…その時!
ジョンを探すアナ・マリー号がすぐそばに迫っていた!
距離にしてわずか400m足らず…
ジョンは大声を上げ、助けを求めたが、この時アンソニーが見ていたのは逆の方向。
船は離れていってしまった。
この瞬間、それまで考えないようにしていた思いが脳裏をよぎる…。
「俺はもう助からないのか…」
絶望感に襲われたジョンは、ある行動に出る。
ブイのロープを自分の体へと巻きつけた。
「こうすれば、俺が死んでも いつか誰かが見つけてくれるだろ」
遺体なき葬式をあげさせたくない。
ジョンのせめてもの親孝行だった…。

一方、沿岸警備隊もある決断を迫られていた。
実はこの時、燃料が残り1時間分を切っていたのだ。
基地に戻るまではおよそ30分。
しかし一旦引き返せば、捜索は明日に持ち越しになる可能性が高かった。
そうなってしまったら、ジョンが助かる見込みはほぼ皆無に等しい。
ジョンの仲間が諦めずに捜索している中、自分たちが先に戻るわけには行かない。
隊員たちはギリギリまで捜索を続けた。

そして…救難ヘリの燃料が切れかけた午後2時58分のことだった。
「マーク!マーク!マーク!」
それは、これまでで一番、確信に満ちた声だった。
ついに人影らしきものを発見したのである!
なんとジョンは生きていた!!
たった一人、12時間海を漂流し続け、心身ともに衰弱してはいたが…彼は無事だったのだ。
ジョン生還の知らせは仲間たちも伝わった。

こちらが奇跡の生還を果たした男、ジョン・オルドリッジである。
「一日中生きるか死ぬか分からない状況で、1分が1時間に感じられた。ヘリが見えた時はとにかく最高の気分だった。最後まで諦めずに探してくれた皆に心から感謝しているよ」

12時間の漂流から無事生還したジョン。
彼は今も変わらずアンソニーと一緒に大西洋で漁を続けているという。
今までと何も変わらないジョンとアンソニー。
しかしあの日以来、ひとつだけ変わったことがあるという。
「船のデッキ部分を改良して、海に落ちにくくしたんだ。もう漂流するのはごめんだからね」