DAY 7 経食道心エコー検査
症状が安定したため、24時間の点滴と心電図が外れた。一気に自由度が上がり、快適になる。病院内を歩く自由も確保し、とうとう私をベッドに縛っていたものはすべてなくなった。日中は売店に行き、雑誌やジュースを買い、売店前に設置されたイスに座って行き交う人を観察した。病院内を歩くと、いろいろなものが見えてくる。退院した人たちが残した色紙に書かれた文章、泣く人、笑う人。病院はドラマにあふれている。
夕方、主治医がやってきた。「状態も安定しましたし、検査をします。明日から忙しいですよ~!」と告げ、経食道心エコー検査について説明しはじめた。
経食道心エコー検査とは、胃カメラのような管を食道に入れ、食道から心臓のエコー検査をするというものだそうだ。胸壁からのエコーより、詳しく心臓の様子がわかるらしい。先生がにっこり笑いながら「胃カメラってやったことあります?」と聞くので、「やったことありません!」と元気に答えると、「そうなんですか……。実は胃カメラよりちょっと大変なんです。がんばりましょうネッ!」と笑った。なるほど、きつい検査なんですね、了解でありますと、同意書にサインした。
DAY 8 エキセントリック&シビア
車椅子で心エコー室に向かう。検査室はすべて病院一階にあるため、玄関窓口付近の人波を縫うようにして、私の座った車椅子が進む。利尿剤で一週間絞られまくった結果、かなり体重が落ちた私は病人らしいルックスをしているらしく、人々の「若いのにかわいそうに……」という哀れみの視線をビシバシ感じ、期待を裏切ってはならないと肩で息をする。多くの注射痕とやつれた顔、寝癖がついた髪、ずり下がったメガネから醸し出されるジャンキー感がすごい。
エコー室に到着すると、入院初日に会った、あの優しい女性技師が待っていてくれた。「元気やった? 心配せんでええからね」と、やたらと優しい。
しばらく座って待っていると、エコー室のドアが突然開いて、ブルーのスクラブを着たジャニーズばりのイケメン軍団みたいな医師たちがぞろぞろ入ってきた。「ちーっす!」とか言いそうである。
そのジャニーズ軍団の後ろから、「いまから麻酔しますね」と、主治医がひょっこり顔を出した。ゼリー状の局所麻酔を口に入れられ、待つこと5分。スプレー麻酔をしゅっしゅと喉に吹き付けられて、ベッドに寝るよう指示された。エコー技師の女性が、一生懸命私の世話を焼いてくれる。
「それじゃあ、今から入れますよ~」と言われて、主治医にプローブを喉に入れられた。楽勝である。なんだ、これなら大丈夫、耐えられる。私の横たわるベッドの周りに集まった男性医師たちが、食い入るようにモニタを見つめ、勝手気ままに意見を言い始める。
「エキセントリックですねえ」
「ここですよね。ここだ」
「この角度から見てみるとよくわかる」
「シビアだよね。確かにシビア」
会話はすべて記録した(脳内)。
検査は30分ほどですべて終了した。優しい女性技師さんが、がんばったなあ、もう大丈夫やしねと私の背中を力の限りさすり出す。ありがとう、でも、煙が出そうや。
DAY 9 CT、肺活量検査、胸部レントゲン
今日は全身のCTと肺活量の検査である。CTなんて超楽勝だ。なにせ寝ているだけでいいんだから。朝から上機嫌で身支度をし、部屋を整え、窓際に座って穏やかな風景を眺めながら、主治医に許可をもらったコーヒーをゆっくり飲んだ。最高である。とても優しい看護師さんたちは、いつも明るく、楽しく声をかけてくれる。
「今日の検査は午後やし、ゆっくり休んでおいてな!」
「部屋から出てもええけど、無理したらダメよ。ゆっくり、ゆっくりが大事やしね!」
なんて優しい人たちなのだろうと、感謝の念が最高潮まで達する。午後になり、CT、そして肺活量検査をさくっと済ませ、もう私には何もやることがない。あとはゆっくり本を読むか、寝ていればいいだけである。
夕方になり、男性医師が病室にやってきた。この先生も私を担当して下さっているらしく、時折、こうやって現れる。とても穏やかな人だ。「調子はいかがですか?」と聞かれ、「とても元気です」と答えると、うれしそうに笑ってくれた。
「今日の胸部レントゲンでわかったのですが、まだまだ体に水分が残っていて、心臓に負担がかかっているような状態ですね。もっともっと絞りましょう。どんどん絞りましょう。明日から違うタイプの利尿剤を飲んで頂きます。かなり効きますので、大変ですががんばって!」と言い、にこやかに去って行った。
DAY 10 スーパー利尿剤
直径二ミリぐらいの、本当に小さな青い錠剤だった。こんなチビなど恐れる私ではない!と、意気揚々と飲んではみたものの……。
どんどん勇気が湧いてくるとはよく聞くセリフだが、どんどん尿意が増してくるという経験は初めてだった。ふざけている場合ではない。とにかく喉が渇くし、水分は勝手に出て行く。マジか、無残に絞られたカボスのようになるのか私は。これじゃあどこにも行けないと唖然とする。強烈な効き目の利尿剤の前では、私の存在などゴミ以下だ。利尿剤にひねり潰される日が来るとは夢にも思っていなかった47歳である。
この日の午後のことだ。手を洗いつつ、洗面台の鏡で自分の顔を見て驚いた。あああああ!? 顔が変わってね???
それまであった顔のむくみが完全に取れて、昔の自分の顔が戻ってきていたのだ。なにこれ、めっちゃ不思議! 私じゃん! 懐かしい本当の私よ、グッドトゥーミーチュー! はっと両手を見る。うわー! 手が小さくなってる! 急いで足を見る。あああああ!? 足も戻ってる! うわ、なんやこれすごい! トムに追われたジェリーのように、体重計のある待合室に走って体重を量る。
激減しておる!!
ふおおおおおおお!!!
DAY 11 思い出してごらん
主治医が部屋にやってきて、「ちょっとお話を聞かせて下さい」と言った。「今まで、息苦しいとか、急に動悸が激しくなるとか、そういう自覚症状ってありましたか?」
これは入院してから幾度となく聞かれてきた質問だった。入院直後はその質問に対して、「あまりなかったですね」と答えてきたのだが、実はよくよく考えてみれば、心当たりは山ほどあった。それを正直に申告しなかっただけの話だ。
一人になって落ち着いて考えてみれば、予兆は山ほどあった。体からのサインは申し訳ないほど多く送られて来ていた。洗濯物を最後まで干すことができないのも、一階から二階まで荷物を運ぶのに苦労するのも、食器を最後まで洗えないのも、全部、理由があった。呼吸が苦しかったのだ。仕事に集中できないのも、ゴミを捨てに行くのが辛いのも、すべて、息切れしてしまうことが原因だったではないか 。
すべて思い当たる。それなのに、私は何も言わずに暮らしてきた。家族が嫌がる仕事を引き受けてきた。不公平だ。腹が立つ。あんなに苦しかったのに、誰も私を助けてくれなかったし、誰も手を差し伸べてくれなかった。
苦しかった。息が吸えなかった。それなのに、すべて私がやってきたじゃないか。
全部! 全部! 全部!!
DAY 12 怒りが爆発する
もう絶対に許さない。こんな不公平があっていいのだろうか。みんなが私を利用してきた。この、心臓に病を抱えた私を、利用し、便利に使ってきた。私はそれに抵抗もせず、弱り続ける心臓になんとか対処しながら、必死に暮らし、そしてついに倒れた。
私を利用した人たちが言うことには、ついに倒れた私は、こんなに若いというのに、とっても大事な心臓を病んでしまって、「かわいそう」で、「気の毒」だから、「心配」なのだそうだ。「健康第一」だし、「無理して仕事なんてしちゃダメ」だし、「大変な時だから、なんでも言って」いいのだそうだ。
ふざけんな。それだけだ。
私のこの息苦しさも、心臓が思い通りに動いてくれない絶望感も、私にしかわからないことだ。気軽に慰められてたまるか。何もわからないくせに、どうせ他人事のくせに!!
(……というように、こじれにこじれ始めたのがこの頃である。今となっては、怒るヒマがあったら寝てろと自分に言いたい)