2018年2月23日 06:05
この連載では、株式会社リットーミュージックが2月23日に発売した書籍「よくわかる音楽著作権ビジネス基礎編 5th Edition」の中から注目のトピックを抜粋し、その章を丸ごと掲載していきます。
なお、リットーミュージックでは同書の発売を記念し、2月28日までの期間限定で、1冊丸ごと全392ページをウェブで無料公開しています。本連載を読んで興味を持たれた方は、ぜひご覧ください。
下北沢のライブハウスを中心にライブ活動していた著作ケンゾウ君。幸運にもレコード会社Aのディレクターの目にとまり、念願のメジャー・デビューが決定した。マネージメントはプロダクションBが担当することになった。デビュー曲のタイトルは「おまえにロックイン!」である。この曲はテレビ番組の主題歌に決まり、音楽出版社Cが著作権を管理することになった。レコードのプロモーションに追われる中、ケンゾウ君にマネージャーから3通の契約書が渡された。
ケンゾウ君のように、それまで契約書というものにあまり接する機会のなかったアーティストが、その文言の難解さに戸惑うのも無理はない。誰だって、見慣れない専門用語やわかりにくい表現で埋め尽くされた契約書を正確に理解するのは、至難の業だろう。そこで今回は、ケンゾウ君に渡された専属実演家契約書、マネージメント契約書、著作権契約書の内容とケンゾウ君を含めた4者(アーティスト、レコード会社、プロダクション、音楽出版社)の著作権法上の地位をわかりやすく解説することにしよう。
アーティストがレコード会社と結ぶ専属実演家契約とは
まず、下の図を見てほしい。アーティストであるケンゾウ君を中心にプロモート体制が三角の形をしているので、私はこれを「トライアングル体制」と呼んでいる。楽曲にタイアップがついた場合、このトライアングルに広告代理店やCM 音楽制作会社、映画会社などが絡んでくることがあるが、基本型はあくまでもこの形である。よく覚えておいてほしい。
それでは、ケンゾウ君がレコード会社Aと締結する専属実演家契約の内容から説明しよう。この契約の目的は、ケンゾウ君がレコード会社Aに専属するアーティスト(この場合のアーティストとはミュージシャンの意味である)として、契約期間中、A社が発売するレコードやビデオ、音楽配信のために独占的に歌唱・演奏(著作権法上、これらを実演という)を行うことを約束することにある。つまり、ケンゾウ君はA社の専属アーティストになるため、A社の許諾がない限り、ほかのレコード会社が発売するレコードやビデオ、音楽配信のために、歌唱・演奏を行うことはできない。最近は、所属レコード会社が異なるアーティストのコラボレーションが増えているが、アーティストは事前に所属レコード会社の許諾を得てレコーディングに参加している。無断で他社が行うレコーディングに参加すると、契約違反で訴えられるおそれがあるので十分注意しよう。
ところで専属実演家契約には、もう一つ重要な規定がある。それは、レコーディングにおける歌唱・演奏に関する権利についての条文である。ケンゾウ君は著作権法上、実演家として録音権、録画権、譲渡権、貸与権、送信可能化権といった排他的権利(著作権法上、これらを著作隣接権という)を持っている。そのため、レコード会社はレコーディングで収録される実演をレコードやビデオとして発売したり、音楽配信として利用するためには、ケンゾウ君から許諾を得るか、これらの権利を譲り受ける必要がある。
レコード会社は、アーティストから実演の利用許諾を受けて、実演が収録されたレコードやビデオを発売することも可能であるが、実務上は、アーティストから実演の著作隣接権を譲り受けるのが一般的である。なぜならレコード会社は、実演が収録された原盤の権利と実演の権利を集約することによって、原盤の経済的価値を高めたいという思惑があるからだ。そして、レコード会社はアーティストに対して、レコーディングにおける歌唱・演奏と、実演に関する権利の譲り受けの対価として、アーティスト印税(歌唱印税、実演家印税と呼ぶこともある)を支払う。
また、専属実演家契約には必ずアーティストの氏名・肖像に関する条文が規定されている。アーティストの実演が収録されたレコードやビデオのパッケージや宣伝広告のために、レコード会社またはその指定した者はアーティストの氏名、芸名、肖像、筆跡、経歴等(以下、氏名・肖像等という)を無償かつ自由に使用できるという内容である。アーティストはその氏名・肖像等についてパブリシティ権を持っているため、レコード会社はあらかじめそれらの使用許諾を受けておく必要がある(パブリシティ権については第44話と第45話で詳しく解説する)。通常のケースであれば、アーティストはレコード会社に対して、氏名・肖像等を黙示的に許諾したと認められるだろうが、レコード会社はアーティストとの無用な紛争を避ける必要がある。そのため、専属実演家契約には必ずこのような規定が設けられているのである。
なお、ここではわかりやすく説明するために、レコード会社とアーティストの二者契約として、専属実演家契約を解説したが、実務ではレコード会社、プロダクション、アーティストの三者契約として締結されるのが一般的である。三者契約では、契約期間中にアーティストがプロダクションを辞めたときに、専属実演家契約は引き続き効力を有するのかが大きな問題となるが、この点については第4話「プロダクションの役割」で詳しく解説することにしよう。
以上の取決めを文書化したものが「専属実演家契約書」である。
アーティストがプロダクションと結ぶマネージメント契約とは
次にケンゾウ君とプロダクションBとのマネージメント契約の内容について説明しよう。この契約の目的は、ケンゾウ君がプロダクションBに所属するアーティストとして、契約期間中、B社の指示に従い、B社またはB社の指定する者のためにアーティスト活動を行うことを約束することにある。つまり、ケンゾウ君はB社所属のアーティストになるため、B社に無断でアーティスト活動を行うことはできない。アーティストがプロダクションを通さずにこっそり仕事をすると、プロダクションから契約違反で訴えられるおそれがあるので、十分注意しよう。
さて、マネージメント契約にも、専属実演家契約と同じように、権利の帰属に関する規定が入っている。アーティストは、その創作活動や実演活動から生じたすべての権利をプロダクションに譲渡するという内容である。プロダクションは、アーティストからこれらの権利を譲り受けることを前提にして、さまざまな事業者と契約を交わして、アーティストに創作活動や実演活動などの役務を提供させている。また、プロダクションはアーティストから譲り受けた権利を経済的に有効活用することにより、収益の最大化を図っている。
プロダクションは、アーティスト活動から生じた収入を役務の提供先から受領し、この収入をアーティストとプロダクションで分け合う。アーティストに支払う報酬の決め方には、(1)固定給、(2)歩合制、(3)固定給+歩合制の 3種類がある。ロック・ポップス系のアーティストの場合、プロダクションは毎月決まった専属料を支払い、さらにアーティスト印税や著作権印税等を別途支払うという「固定給+歩合制」が一般的である。このような内容を書面にしたものが「マネージメント契約書」である。
アーティストと最も密接な関係になるのは、プロダクションである。したがって、この両者の関係がプロジェクトの重要なポイントとなる。アーティストとプロダクションが強い信頼関係を築くことができなければ、ケンゾウ君のブレイクも難しい。
アーティストが音楽出版社と結ぶ著作権契約とは
次にケンゾウ君と音楽出版社Cとの著作権契約の内容について説明しよう。この契約の目的は、契約期間中、C社が「おまえにロックイン!」の著作権を管理すること、そしてこの楽曲を積極的にプロモートすることである。C社は著作権管理業務と楽曲プロモーション業務の対価として、この楽曲から生じる著作権使用料を受領する。
著作権契約では、著作者は楽曲の著作権をすべて音楽出版社に譲渡すると規定されている。著作権とは、著作者が持つ財産権の総称であり、複製権、上演権、演奏権、上映権、公衆送信権、口述権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権、翻案権、二次的著作物の利用権などさまざまなものがある。法律上、著作者は複製権をA社、演奏権をB社というように、複数の音楽出版社に譲渡することができるが、実際にはすべての権利を1社(ここではC社)に譲渡するのが一般的である。
理論上、ケンゾウ君は一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)に入会し、音楽出版社ではなく、JASRACに直接、著作権の管理を委ねることができる。しかしながら、実務上、メジャー・レーベルから発売される楽曲の著作権は、著作者からレコード会社またはプロダクションが指定する音楽出版社に譲渡され、さらに音楽出版社がJASRACやNexToneなどの著作権管理事業者に管理を任せるのが一般的である。
これは、音楽著作権という権利が潜在的に大きな経済的価値を持っているため、楽曲のプロモーションのインセンティブや対価として利用されているという理由による。ここには、新人アーティストであるケンゾウ君の意思が介入する余地などまったくないのである。この辺の音楽業界における政治力学は、現場のスタッフでないと理解しにくいかも知れないが、音楽著作権は楽曲のプロモーションを引き出すためのインセンティブあるいはその対価として機能していることを頭に入れておいてほしい。
ケンゾウ君から著作権を譲り受けた音楽出版社Cは、「おまえにロックイン!」を世に広めるために、自主的かつ積極的にプロモートしなければならない。なぜなら、それが著作権を譲り受けた音楽出版社の義務(債務)だからである。もしあなたの手元に著作権契約書があったら、今一度読み直してほしい。必ず「作品の利用開発」という文言が入っているはずだ。したがって、C社はケンゾウ君との著作権契約期間中、この楽曲を継続してプロモートしなければならない。放送局系の音楽出版社は、タイアップによって棚ぼた式に著作権を取得した楽曲のプロモーションを怠りがちである。音楽出版社に対する作家の風当たりが厳しい今こそ、真摯な姿勢で楽曲のプロモーションに励むべきである。
なお、ここで注意してほしいのは、著作者と著作権者の持つ権利は違うということである。原則として、著作物を創作した時点では、著作者はその著作物について著作者人格権という人格的権利と著作権という財産的権利の 2種類の権利を持つ。著作者人格権は著作者の一身に専属し、他人に譲渡することができないため、著作者が著作権を他人に譲渡しても、著作者人格権は著作者に残ることになる。ケンゾウ君の例でいうと、「おまえにロックイン!」を創作した時点ではケンゾウ君は著作者であり、著作権者でもあったが、C社に著作権を譲渡した時点で、ケンゾウ君=著作者、C社=著作権者という図式になる。
以上、アーティスト、レコード会社、プロダクション、音楽出版社の4者の関係と役割を見てきた。このようにアーティストを中心にレコード会社、プロダクション、音楽出版社がそれぞれの役割を十分に果たしながら、アーティストをブレイクさせるべくプロモーションしていくのが音楽産業の基本構造である。そして、それぞれの力関係によって、権利の取得者やその割合、報酬などが変わってくる。
もちろん4者のうち1者でも十分に役割を果たさないと、全体のビジネス・チャンスがそれだけ減少し、ケンゾウ君のブレイクの可能性もそれだけ低くなってしまう。この4者がいかにうまい連係プレイを演じられるかが、アーティストの成功の鍵を握っているのである。それだけに優秀なビジネス・パートナーの選択という問題が、今後の音楽産業にとってますます重要な要素になっていくことは間違いない。
株式会社リットーミュージックでは「よくわかる音楽著作権ビジネス基礎編 5th Edition」の発売を記念し、2月28日までの期間限定で、1冊丸ごと全392ページをウェブで無料公開しています。本連載を読んで興味を持たれた方は、ぜひご覧ください。