古文・漢文が役立つか否かという話が久しぶりに盛り上がっている*1ので思い出したネタを1つ。
質問を志願したという石原氏が取り上げたのは憲法の前文。作家でもある石原氏は「諸国民の公正と信義『に』信頼して…」の部分について、正しくは「信義『を』信頼…」だと指摘。「間違った助詞の一字だけでも変えたい。それがアリの一穴となり、自主憲法の制定につながる」と訴えた。
安倍晋三首相は石原氏の違和感に同意。「一字であっても変えるには憲法改正が伴う。『に』の一字だが、どうか『忍』の一字で…」と述べ、笑いを誘った。*2
高校古典を齧った人間であれば「に」と「を」の使い分けが昔と今とでは必ずしも同じというわけではないという事実に薄々気付いているかと思う。ところが石原慎太郎氏ときたら碌に調べもせずこのようなことを国会で質問し、安倍首相も同調したわけだ。もちろん「~に信頼する」という言い方は漢文訓読体*3としては文法的に間違っていないので、このような指摘は誤りである。
当然一部からは批判の声が上がったのであった*4。
国会でこのような粗雑な議論が行われたのも問題だが、実のところ意外と改憲派にも広まっている議論でもあるようだ*5。よって憲法が翻訳調であるという批判は漢文調ゆえに残った表現に対して向けられている場合も少なくないのではないかというのが私見である。こうした誤った論調は結局のところ憲法関連の議論を混乱させるだけだろう。
こうなるとやはり政治家や有識者には古文・漢文の教養くらいはあって欲しいと思ってしまうものである。ただし彼らが過つのであればそれをチェックするのは我々の仕事でもある。だからといって高校に古典の授業は必須だと主張するつもりはないが、少なくとも無用の長物というわけではなさそうだ。個人的には二次方程式の解の公式よりは使った回数が多いかな*6。
*1:
はてなブックマーク - シャイニング丸の内さんのツイート: "本気で受験勉強して、大学も結構勉強して、大学院でも勉強して、社会人になっても仕事でそれなりに成果出しているという認識を持っていますが古文…
*2:
憲法前文「『に』を『を』に」 変更求める石原氏に首相「どうか『忍』の一字で…」 - 産経ニュース
*3:全て憲法が漢文訓読体というわけではないが明らかに漢文由来の文章がある。例えば「学問の自由は、これを保障する」という文面は漢文文法が由来だと分かりやすいだろう。
*4:例えば
ekesete1のブログ : 「憲法前文の助詞が間違い」説の真偽
憲法「信義に信頼し」は誤りだと作家石原愼太郎氏は言ふ。 誤りではない。 : - 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakusなど。
抑揚的な論評として
「公正と信義〈に〉信頼して」は誤りか? | 明星大学 人文学部日本文化学科。
*5:安倍首相や百田尚樹氏、櫻井よしこ氏など。前述のekesete1氏のブログ参照。
*6:ちなみに「二次方程式なんて日常で使わない」という趣旨の発言をしたのは曽野綾子氏であった。曽野氏は夫とともに教育審議会に関わっており、またゆとり教育本格導入によって中学校から解の公式が形式上消えることになったためこの発言はボロクソに叩かれることとなる。まあそりゃ批判されるよな、とは。