「アメリカと同盟国の制空権はもはや保証されない」
[ロンドン発]イギリスの有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)が毎年恒例の、世界の軍事情勢を分析した報告書「ミリタリー・バランス2018」を発表した。「中国やロシアのような大国は世界におけるアメリカとその同盟国の優勢に挑んでいる。大国間の戦争は不可避ではないが、国々が組織的に紛争の可能性に備えている」と分析した。
IISSのジョン・チップマン総所長は、北朝鮮の核・ミサイル危機やロシアの脅威より先に、急激に近代化する中国の軍事力について言及した。「中国が独自に開発した第5世代双発ステルス戦闘機、J20(殲撃20型)は2020年までに前線への実戦配備が開始される。アメリカだけがステルス戦闘機を作戦で運用できた時代の航空優勢は失われる恐れがある」
「中国は新型長距離空対空ミサイルPL15を開発し、今年中に実戦配備できるだろう」と分析。PL15は高速で索敵できるアクティブ電子走査アレイ・レーダーを装備しているとみられ、中国はこうした空対空の精密誘導技術を持つ数少ない国の仲間入りを果たした。
「中国人民解放軍空軍のゴールは中国領空でいかなる敵にも挑める能力を獲得することだ。過去30年間にわたってアメリカと同盟国のキー・アドバンテージになってきた制空権はもはや保証されているわけではない」。中国海軍も2000年以降、日本や韓国、インドを合わせたより多い潜水艦、駆逐艦、フリゲート艦、コルベット艦を建造している。
自衛隊がゲームチェンジャーとして期待するF35
日本の自衛隊が「中国、ロシアに対する航空優勢を確保するゲームチェンジャー」と期待するのが、アメリカの多用途性ステルス戦闘機F35である。アメリカ海兵隊がF35B(STOVLタイプ=短距離離陸・垂直着陸型)16機を山口県の岩国基地に配備。アメリカ空軍もF35A(通常離着陸型)12機を沖縄県の嘉手納基地に配備した。
F35Bの動画
航空自衛隊はF35Aを42機、調達して配備する方針だ。さらに、海上自衛隊が軽空母からも発進できるF35Bを調達し、2026年度ごろの運用開始を目指すという報道が相次いでいる。短い滑走路しかない離島の空港や海自の「いずも」型護衛艦(満載排水量2万6,000トン、全長248メートル)での運用を念頭に「いずも」の軽空母化も検討しているという。
艦載機も離着陸できる「大型(正規)空母」とは異なり、短距離離陸・垂直着陸機だけを搭載できる「軽空母」とは言うものの、日本が空母を保有するのは戦後初めて。安倍晋三首相による集団的自衛権の限定的行使容認に続いて、アメリカ軍が「矛」、自衛隊は「盾」の役割に徹するという「専守防衛」を掲げてきた外交・安全保障政策の大転換となる。
空母保有は海自にとり悲願だったが、日米安保「ビンのふた」論にみられるように日本の軍事化に対する近隣諸国の警戒が強く、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないという日本国憲法上の制約がそれを阻んできた。
そもそも中国人民解放軍の海外活動は2000年ごろまで皆無に近く、その必要がなかったとも言える。がしかし、中国は東シナ海や南シナ海で領土的野心をむき出しにし始めた。中国の習近平国家主席が昨年秋「戦争に戦って勝つ強軍」の建設を表明したことから、アメリカも同盟国も東アジアでの軍事的プレゼンスを増すべきだという結論に達した。
大型空母を建造する中国
中国は旧ソ連製空母を完成させた「遼寧」を就役させ、さらに国産空母1隻を進水、滑走距離を短くできる電磁式カタパルトを備えた国産空母1隻の建造にも取りかかっている。習近平氏のインフラ経済圏構想「一帯一路」は北極圏にまで拡大し、中・長期的には中国独自のシーレーン防衛の構築が必要不可欠と考えている。
南シナ海での中国による人工島・滑走路造成を見ると、中国は軍事力の差を背景に領有権争いの存在する島々を不法占拠し、実効支配の既成事実化を進めてきたのは明らかだ。軍事力の均衡が破れたと判断すれば、中国は容赦なく前に出てくる。
これに対抗するように急浮上したのが、長距離飛行が可能な輸送機オスプレイ(V22)やF35Bを、「いずも」のようなヘリコプター護衛艦や強襲揚陸艦を使って運用する作戦だ。海上自衛隊は外見上「軽空母」に見えるヘリコプター護衛艦の「いずも」型2隻、「ひゅうが」型2隻、輸送艦「おおすみ」型3隻を保有している。
イギリスの例を見てみよう。世界金融危機以降、厳しい財政再建を強いられているイギリスだが、グローバルプレーヤーであり続けるために、独自の核抑止力と前方展開できる空母2隻を保有することを決定している。31億ポンドをかけたクイーン・エリザベス(満載排水量6万7,669トン、全長284メートル)が昨年12月に就役し、プリンス・オブ・ウェールズ(同)が2020年に就役する予定だ。
イギリス政府はクイーン・エリザベス級空母の搭載機をF35BからF35Cに変更して一時は正規空母の運用を目指した。しかし費用がかさみ、結局はF35Bに戻すというドタバタを演じている。今年中にはクイーン・エリザベスからF35Bが飛び立つ見通しだが、海上での作戦が可能になるのは2020年以降。
イギリスは「同盟国なら相互運用は当たり前」
この「空白」を埋めるように、アメリカ海兵隊のF35Bもクイーン・エリザベスから離着陸する方針が明らかにされた。15年当時、空母2隻の取得責任者だった英海軍のキース・ブラウント准将はメディアにこう語っている。
「我々は同盟国だ。イギリスが調達して運用するのと同じ航空機(F35B)を持つアメリカ海兵隊がクイーン・エリザベスの飛行甲板を使う機会と可能性を閉じてしまうなんてナンセンス以外の何物でもない」
ボリス・ジョンソン英外相は昨年7月にオーストラリアを訪れた際、「法の支配」に基づく国際秩序を維持するため、アジア太平洋地域での「航行の自由」作戦に2隻のクイーン・エリザベス級空母を派遣する考えを表明して、中国の反発を食らった。
一国で大型空母を保有し、艦載機を運用するのは財政が逼迫する先進国では難しくなってきた。
在日米海軍はF35Bを搭載できるように改修した強襲揚陸艦ワスプ(満載排水量4万1,302トン、全長257メートル)を長崎県の佐世保基地に配備。韓国もF35Bを導入するため独島級ヘリコプター揚陸艦(満載排水量1万8,800トン、全長199メートル)の改修を検討していると報じられた。オーストラリアもキャンベラ級強襲揚陸艦(満載排水量2万7,851トン、231メートル)を改修すればF35Bを搭載できるようになる。
IISSの空軍専門家ダグラス・バリー氏はF35と冒頭に触れた中国のJ20について次のように比較する。「F35はステルス性能を持ち、マルチロールに対応できる航空機だが、空対地能力に力点が置かれた非常に優れた爆撃機だ。その一方で情報・監視・偵察能力にも秀でている。J20はある程度のステルス性を持っている。J20はファイター(戦闘機)として設計されている。J20とF35は役割が違う」
「空飛ぶ忍者」のネットワーク
アメリカは自国や同盟国のヘリコプター護衛艦や強襲揚陸艦のアセットをフル活用して、飛び石のようにF35Bを運用。高いステルス性能を誇るF35Bは「空飛ぶ忍者」として敵の情報を収集し、統合ネットワークを通じて後方の味方に情報を送り、敵の戦力に精密な打撃を与える能力を獲得しようとしているのだろうか。
「いずも」の軽空母化とF35B導入の報道は、安倍首相の考えというより、アメリカと同盟国の大きな戦略の一つのピースに過ぎないのかもしれない。自衛隊はF35Bを導入しても情報・監視・偵察に徹すれば「専守防衛」の範囲内にとどまり、憲法の制約もクリアできると安倍政権は考えていると筆者は見る。
IISSの海軍専門家ニック・チャイルズ氏によると、強襲揚陸艦の保有隻数はアメリカ31隻、イギリス6隻、インドネシア5隻、中国、シンガポール各4隻、オーストラリア、韓国、フランス、イタリア、スペイン各3隻の順。日本も今年3月、強襲揚陸艦の実戦配備を開始する予定だ。
同氏は「海兵隊と海軍の強襲揚陸艦能力はアジア太平洋地域におけるアメリカの前方展開戦略のカギを握っている。その戦略はF35Bとの連携がセットになっている」と指摘する。「日本は軽空母とF35Bを保有する必要があるか」と尋ねると、チャイルズ氏はこんな見方を示した。
「中国の空母はまだアメリカと同じ能力を備えていない。しかし次世代はもっと能力を向上させているだろう。アメリカは空母3隻をアジアに派遣して存在感を示したが、常時そうできるわけではない。日本、韓国、オーストリアは軽空母に改修できるアセットをすでに持っている。アメリカと同盟国は力を合わせられる。日本の軽空母保有には政治的、歴史的にセンシティブな問題が残るが、日本が何をしたいのか、日本にとって何が最優先課題かにかかっている」
・参考:新鋭ステルス戦闘機「F35B」の配備と軽空母時代の幕開け かわぐちかいじ氏の人気漫画『空母いぶき』のリアリティー 元海将補・岩崎洋一(産経新聞電子版より)