■行列ができるのが不思議なほど不便な立地

「小さな店が、地方を変える」。2店目は千葉県香取市の「恋する豚研究所」です。

ユニークな名前ですが、母体は社会福祉法人の「福祉楽団」。障がいの持つ方々の働ける場所をつくろうと、2012年に「株式会社恋する豚研究所」を設立し、ハム・ソーセージの製造を始めたのが最初です。2013年には同名の直営レストランを開業し、いまでは週末のたびに行列ができる人気店となっています。

人気店といっても、行列ができるのが不思議なほど不便なところにあります。最寄りに駅はなく、グーグルマップの「公共交通機関」でルートを調べても表示されません。周囲は雑木林と農地ばかり。クルマでいくとしても、カーナビがなければたどり着けません。そして現地に着くとモダンなデザインの建物が突如として出現し、驚くことになります。

■ヤマトの「スワンベーカリー」に触発される

母体である福祉楽団の理事長を務める飯田大輔さんは、東京農業大学の在籍中にお母様が亡くなったことで、お母様が当時進めていた社会福祉法人の設立準備を継承。親族と共に設立し、特別養護老人ホームなどを経営していました。

しかし、飯田さんは社会福祉法人が行政の決めた事業に取り組むだけの状況に問題意識を持つようになります。そんなとき、クロネコヤマトの生みの親である小倉昌男さんの「スワンベーカリー」の取り組みを知ります。小倉さんは障がい者雇用の現場で「月給1万円」など最低賃金を下回る給与しか支払われていないことに問題意識をいだき、月給10万円を目指す独自のベーカリーショップ「スワンベーカリー」を立ち上げました。

私は学生時代に、スワンベーカリーの店長さんから立ち上げ当時の話をお聞きしたことがあります。一番驚いたのは、当時冷凍パン生地が急速に技術進化し、簡易な店舗設備、専門職でなくてもおいしいパンが焼けるようになったことを活かして、新たなベーカリーショップモデルを作り、福祉の職場を広げていったというエピソードです。つまり障がい者の賃金を引き上げるため、積極的に新しい技術を活用していたのです。この点に小倉さんのすごさがあると思いました。

■高級スーパーでも扱われる人気商品に

スワンベーカリーに刺激を受けた飯田さんは「ぜひ自分もやってみたい」と思い立ち、2012年に「恋する豚研究所」を設立します。飯田さんは「二番煎じ」では意味がないと独自路線を模索。もともと母方のご実家が養豚業を営んでいたということもあり、豚の加工、流通を障がい者の方々が働く新たな業態開発に繋げられないか、と検討を始めます。

ドイツなど海外の工場に何回も足を運びながら、ハム・ソーセージの製造工場を建設。ドイツ仕込みの商品は好評を博し、今では都内の高級スーパーでも扱われる人気商品になっています。

■立地は悪く、主力メニューは2つ。でも行列ができる

さらに飯田さんは「よい豚はしゃぶしゃぶか、塩コショウで焼いて食べるのが一番おいしい」と考え、ハム・ソーセージなどの加工品だけでなく、千葉のこの不便な立地に直営レストランを開業します。

主なメニューは1280円の豚のしゃぶしゃぶと、豚の塩コショウ焼きのセットだけ。しかも営業時間は11:00~14:30のランチタイムだけ。座席は46席と決して大きなお店ではありません。ところがいまや月間7000人以上が訪れる人気店になっています。週末には行列ができるので、店を訪ねるのであれば平日がおすすめです。

豚のおいしさはもちろん、野菜はすべて契約農家からの「朝採れ」の地野菜。さらに醤油どころの千葉ということで醸造メーカーとコラボした独自ブランドのポン酢は年間4万本が売れるヒット商品になっています。

■平均を大きく上回る「賃金」を実現

障害者総合支援法では3つの区分で「就労系障害福祉サービス」を展開しています。このうち人数が最も多い「就労継続支援B型事業」で働く人は約19.3万人(平成27年2月現在)で、平均工賃は月額1.4万円(平成25年度)です。また次に人数が多い「A型事業」では約4.6万人が働いていて、平均賃金は6.9万円です。

これに対し、恋する豚研究所で働く障がい者の方には平均値で月額8万円、中央値で月額9万円の賃金が支払われています。

■新たに農業、林業、地域エネルギーにも取り組む

そして今、さらに新たな事業を立ち上げようとしています。ひとつは農業です。千葉県はサツマイモの産地で、周囲には多数の畑があります。この畑を使って、サツマイモの栽培を請け負い、さらに収穫物をスイートポテトに加工して販売するのです。加工することで、そのままサツマイモとして販売するよりも、儲けは大きくなります。

もうひとつは林業です。恋する豚研究所の周囲に残る放置森林の管理を請け負い、自伐林業を計画しています。伐採した木材は、加工して販売するほか、福祉施設に新たに設置される薪ボイラーの燃料としても使う予定です。

これまでの養豚、食品加工、レストランという事業に、新たに農業、林業、地域エネルギーを組み合わせようとしているのです。

■高いデザイン性×優れたサービス力

恋する豚研究所において最も印象的なのは、デザインとサービスへのこだわりです。施設設計は建築設計事務所「アトリエ・ワン」に依頼。建築業界からたびたび視察が訪れるほど、デザイン性の高いものになっています。建物だけでなく、各種サイン、パッケージ、棚などの内装・什器なども、価値を感じる統一感のあるデザインとなっています。

さらに、サービスにおいても極めて高いレベルを維持しています。様々な方が働く施設ということもあり、作業工程を細かく分解することで、それぞれに対応したマニュアルが多数整備されています。その内容は大手チェーンストアを上回るほど精緻なものです。その結果、顧客の満足度があがり、十分な対価を得られる運営を実現しています。だから恋する豚研究所は、高い給与を支払うことができるのです。

■「地方だから」「福祉だから」と言い訳をしない

地方のプロジェクトでは「地方だからありのままの地味で良い」といってデザインに配慮しないケースが少なくありません。さらに福祉などの要素を入れると「福祉だから仕方ない」といってサービスへのこだわりも低下しがちです。

しかし、恋する豚研究所は、そもそも優れた商品やサービスを提供しています。「地方だから」「福祉だから」という言い訳をせず、たまたま不便な立地にあり、たまたま障がいを持つ方々が働いているだけなのです。だからこそ地域や社会に大きな影響を与えています。

そしてこのように革新的で社会性の高い事業に取り組む職場は、若者たちからも人気です。早稲田や明治、ICUなどの有名大学を卒業し、人気企業の内定をとるような優秀な学生たちが、次々と恋する豚研究所に入社するようになっています。よく「立地が不便だから優秀な人材が集まらない」というボヤキを聞きますが、その原因は「立地が不便だから」ではなく、「そもそも事業の魅力がないから」ではないか、と考えさせられます。

農林水産業や福祉事業では、不利な条件を言い訳につかいがちです。しかし、実はまだまだできることは残されているのです。恋する豚研究所の事業は、その具体例ではないでしょうか。

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▼恋する豚研究所
千葉県香取市沢2459番1
https://www.koisurubuta.com/katori.html

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木下 斉(きのした・ひとし)
まちビジネス事業家。 1982年生まれ。高校在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。05年早稲田大学政治経済学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学。在学中に経済産業研究所、東京財団などで地域政策系の調査研究業務に従事。07年より全国各地でまち会社へ投資、経営を行う。09年全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。著書に『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版新書)、『まちで闘う方法論』(学芸出版社)、『まちづくりの「経営力」養成講座』(学陽書房)、『まちづくり:デッドライン』(共著、日経BP社)などがある。

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「恋する豚研究所」(千葉県香取市)の外観