従来型の家政婦ではなく、「家事のシェア」を提案したタスカジの和田幸子社長 大ヒットしたテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は家事代行が広く知られるきっかけになったが、家事代行サービス会社「タスカジ」のビジネスモデルは、スタッフをあっせん・派遣する従来タイプとは全く異なる。マッチング型の新形態だ。当初はハウスキーパーを探すのも一苦労、資金も底をつきそうになった。試行錯誤の連続だったと和田幸子社長は語る。新形態の家事代行サービスはどのようにして根付いたのか。(前回「『家事が苦手』な富士通元SE 逆手に挑む代行シェア」参照)。
◇ ◇ ◇
世の中で家事代行サービスと呼ばれているものには、いくつかのタイプがあります。第三者に家事を頼むというと、多くの人は従来型の「家政婦さん」を思い浮かべるかもしれません。
古くからある「家政婦紹介業」は、有料職業紹介として許可を得た紹介所のみが行えるサービスです。人材紹介業に近く、家政婦として働きたい人からの求職を受け、求人者との間の雇用関係が成立するようあっせんしています。家政婦さんを常時、雇える富裕層以外には、なかなか手の届きにくいサービスです。
これとは別に、人材派遣業に近いタイプの家事代行サービスもあります。サービスを提供する会社がハウスキーパーを雇用し、依頼者の元へ派遣する業態です。この場合、サービス提供会社は人材を自社で雇用したり、教育したりするコストを負担しなければなりませんから、利用料金もその分、上乗せされます。大手家事代行サービスのほとんどは、このビジネスモデルを採用しています。
■家事シェア型代行サービスの仕組み
タスカジのビジネスモデルはこれら以前からあるものとは違い、「マッチング型」に分類されます。雇用を前提とせず、家事スキルを提供したい人と依頼者が出会うためのインターネット上の機会を提供するサービスで、考え方や仕組みは、米国の「Airbnb(エアビーアンドビー、民泊仲介の世界最大手)」などと同じです。
個人契約を前提に、家事が得意な人がそれを必要とする人とスキルをシェアする形です。料金は1時間あたり1500円から。このような価格を実現できたのは、業者が間に入らず、サイト上でマッチングしていることが大きい。人件費が安いからだと誤解されやすいのですが、実はハウスキーパーが得られる報酬としては同種のサービスとしては比較的高く、1時間あたりで最高2100円という人もいます。
サービスの利用者は、「タスカジさん」と呼ばれるハウスキーパー約800人と、家事を依頼したい登録者約2万3000人(2018年1月現在)。依頼者の多くは共働きの家庭です。利用頻度は大半が週1回か隔週1回。マッチングはすべてサイト上で行い、取引はクレジットカードで決済しています。
私たちがいただく手数料は取引金額の約20%。そこには「タスカジさん」が誤って家の中にある物を壊してしまったといった場合に備える保険料も含まれています。基本は個人契約です。万が一、トラブルが起きた場合に相談できるサポートセンターを設置しているのに加え、初めて登録する「タスカジさん」には面接とテストを実施。定期開催の講習会でスキルアップできる環境も用意しています。
タスカジのサービスを始めようと考え、富士通を退社したのは、13年10月のことでした。会社を設立したのは同年11月。当時はブランニュウスタイルという社名でした。
まだ38歳だったので、失敗しても先はあると思っていました。独身時代に積み立てていた貯金の200万円を資本金にして、これを使い切っても芽が出なければやめると心に決めてスタートしました。
人材の派遣ではなく、ニーズのマッチングがタスカジのビジネスモデル(写真はイメージ、画像提供はタスカジ)企画書を作り、フェイスブックで意見を募集すると、次々と穴を指摘されました。厳しい意見をもらうと落ち込みましたが、自分が立ち上げようとしている事業のリスクがそれで洗い出せたのはありがたかいことでした。SNS(交流サイト)で「助けて」と書き込むと、いいアイデアが集まってくるという感覚は、SE(システムエンジニア)ならではのものだったかもしれません。方針を定め、皆で知識を共有しながら作業していくのがシステム開発の基本ですから。
企画書をオープンにすることにも、抵抗はありませんでした。会社員時代に新規事業を立ち上げた経験から、知識レベルでばれてまねされるような事業に優位性がないことは直感的にわかっていました。知識レベルでばれて負けるくらいなら、それはもともとやる意義がないビジネスだろうと思っていたのです。
■テストマーケティングで課題を洗い出し
企画書が固まったら、次はテストマーケティングです。依頼者とハウスキーパーの双方3人ずつにお願いして、実際にサービスを始めた場合の課題を洗い出しました。
マッチングしたハウスキーパーさんにグーグルマップで位置を伝え、依頼者宅へ行ってもらったのですが、グーグルマップを使えなくて道に迷う人が出てしまいました。この点に関しては依頼者側に30分前には自宅で待機してもらい、必要に応じて道案内してもらうよう伝えるなどして対応することにしました。「急に仕事が忙しくなった」と、依頼者側が急にキャンセルしてきたケースもあったので、ハウスキーパーと依頼者、双方にキャンセルペナルティーを課すことにもしました。
こうした検討と改善を重ねたうえで、14年7月に「タスカジ」のサービスを始めました。当然のことながら、ウェブサイトをオープンしただけでは利用者は集まりません。立ち上がりの時期に困ったのは、肝心のハウスキーパーさんがなかなか集まらなかったことです。
システム開発ですでに150万円を使ってしまっていたので、募集広告を出す余裕はありませんでした。そこで目をつけたのが、日本に合法的に滞在しているフィリピン出身の女性たち。英語の掲示板に募集をかけ、外国人が行くスーパーや教会などでチラシを配って集めました。
「フィリピン出身者がいい」と思ったのは、私自身の経験とニーズによるものでした。外国人の先生に英語を習っていたのですが、家事の悩みを打ち明けた際、「私の知り合いはフィリピン人にお願いしている。英語が使えるから、和田さんと息子さんの英語の勉強と思って頼んでみたら?」とアドバイスされ、実際に探した経験があったのです。
日本で暮らす外国人が情報交換している英語の掲示板を教えてもらい、そこに「ハウスキーパーさんを募集しています」と書き込むと、約10人から反応がありました。1人ずつ面接し、最初に選んだのはベトナムから来た留学生の女性。「家事は未経験ですが、頑張ります」と、とても明るく、やる気満々の子だったのですが、我が家に連れてきたとたん、辞められてしまいました。
作り置きの料理にもプロのノウハウが詰め込まれている(写真はイメージ、画像提供はタスカジ) 「もしかして、想像していた豪邸と違っていたからかな」とあぜんとなり、思わず息子と2人で顔を見合わせました。気を取り直し、残りの9人に再び声をかけて面接。すると今度は2人が同時に家に来てしまうハプニングも。私がフィリピン人の名前を混同していて、1人とやりとりしているつもりが、実は2人とやりとりしていたせいでした。
そんなこんなで、いい人が見つかるまで結局、1カ月間くらいは試行錯誤したでしょうか。見つかるまでは大変でしたけれど、結果的には大満足。フィリピン出身のハウスキーパーさんはとても手際がよく、家事代行への熱意も高いことを実感しました。家事の負担が減ったおかげで、私も夫もご機嫌。家庭が一気に幸福になりました。
■シェアしたいのは「家事カット→家庭円満」の体験
私が「家事」にこだわって起業したのは、この経験が原点にあったからです。家事負担を減らすだけで、こんなに気持ちが楽になり、家庭が円満になるのなら、この経験をほかの人たちとも分け合いたい。それには、もっと手ごろな価格で家事代行サービスを利用できる仕組みをつくらなければと思いました。
ウェブサイトを立ち上げたばかりの時期は「タスカジさん」のほとんどが外国人でしたが、サービスが普及した今では、日本人の登録者も増えました。きっかけは、栄養士や料理人だった人たちが、タスカジさんとして登録してくださるようになったことでした。彼女たちがそれまでのキャリアを生かし、「作り置き」のエキスパートとして活躍。専門家ならではのスキルは依頼者の間で人気を集めています。
「定期的に来てもらうようになり、フルタイムの勤務にチャレンジしたい気持ちがわいてきました」という声を聞いたときは、うれしかったです。家庭との両立に自信がなく、上司から昇進のオファーをもらっていたけれど断っていた人が昇進試験を受けることにしたという話を「タスカジさん」から聞いたときは、このサービスを立ち上げて本当によかったと思いました。
■「拡大家族」の感覚で利用してほしい
サービスエリアは関東から関西へと拡大。秋田県湯沢市や滋賀県大津市でも展開しています。マッチングサービスはどれだけ大きくなれるかが勝負です。利益が出ないと、利用者にも還元できないので、当然、規模を大きくすることを考えています。ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達をし、株式上場も視野に入れつつ、事業に取り組んでいるところです。
シェアリングエコノミーのいいところは、便益を提供する側と受け取る側双方にメリットがあり、互いが納得した形でそれを分かち合えることです。コミュニケーションの負担は増えますが、SNSでソーシャルなコミュニケーションに慣れた世代が増えていけば、抵抗感も減っていくのではないでしょうか。お金を払って業者にやってもらうのではなく、サポートしてもらえる近所の人を家の中に招き入れ、家事のパートナーとして「拡大家族」になってもらうような感覚で使ってほしいと思っています。
(ライター 曲沼美恵)
本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。