データの信ぴょう性に根本的な疑義が出た。政府が都合のいいように利用したとの疑念も拭えない。

 働き方改革関連法案の柱の一つである裁量労働制の拡大を巡り、安倍晋三首相が答弁の根拠にした厚生労働省の「2013年度労働時間等総合実態調査」である。

 安倍首相は1月29日の衆院予算委員会でこの調査を基に「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方に比べれば一般労働者より短い」と答弁した。

 だが、データに疑義があると野党に追及され、今月14日に答弁を撤回した上で、陳謝するという異例の事態に追い込まれた。

 厚労省が19日、衆院予算委員会理事会などで説明したところによると、調査は一般労働者には「1カ月で最も長く働いた日の残業時間」を尋ねる一方で、裁量労働制の人には単純に1日の労働時間を質問していた。

 一般労働者にはパートも含まれ、法定労働時間が8時間より短いケースもある。調査では残業時間の平均値に単に8時間を足していた。この手法では一般労働者が長時間になりがちだ。

 厚労省がデータは不適切だったと認めて謝罪したのは当然である。加藤勝信厚労相も約2週間前から不備を知っており、不誠実極まりない。

 安倍首相は裁量労働制で働く人は1日当たり9時間16分、一般労働者は9時間37分と言及。政府は野党への反論材料として15年から引用しており、都合のよい数字がつくられた疑いが拭えない。

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 一般労働者と裁量労働制で働く人の時間を比較したデータは、厚労省所管の独立行政法人、労働政策研究・研修機構の調査にもある。

 調査結果は「裁量制の労働者の方が長時間労働の割合が高い」だった。なぜこれは取り上げなかったのだろうか。

 裁量労働制は実際に働いた時間に関係なく、あらかじめ労使で合意した時間を働いたとみなし、賃金を支給する仕組みである。弁護士などの「専門業務型」と、企画や調査などを担う事務系の「企画業務型」の2種類がある。

 政府や経済界は「多様で柔軟な働き方につながる」と裁量労働制のメリットを強調する。働き方改革関連法案では、企画業務型の対象を一部営業職などに広げる方針だ。

 経済界からの要望が強く、労働者の立場の弱さを考えれば、企業が人件費を抑制するため長時間労働させることになりかねない。

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 法案の必要性の土台が大きく揺らいでいるというのに、菅義偉官房長官は「今国会での法案提出と成立の方針は全く変わりない」との姿勢だ。

 厚労省によると、11~16年度に、裁量労働制で働き、過労死や、未遂を含む過労自殺で労災認定された人は13人もいる。法案によって長時間労働はほんとうに是正されるのか。実態調査が先である。

 労働時間規制を緩和する裁量労働制を、残業規制を強化する法案と抱き合わせて提出するのは整合性がとれない。裁量労働制は働き方改革関連法案から切り離すべきだ。