都道府県に文書送付 予算消化促す
国家予算で障害者への不妊手術を強制した旧優生保護法(1948~96年)をめぐる問題で、厚生省(当時)が57年、手術件数の少ない県を暗に批判した上で、手術実施に伴う費用が国の予算を下回っていることを理由に各都道府県に件数を増やすよう求める文書を送付していたことが判明した。前年の56年は、それまで増加傾向にあった全国の強制手術件数が初めて減少に転じていた。専門家は文書が送付された背景に「予算枠を減らしたくない役所の論理」があったと指摘している。
文書は手書きの計2枚で、旧厚生省公衆衛生局精神衛生課が57年4月27日に作成。同課の課長名で差し出され「各都道府県衛生主管部(局)長」宛てになっている。同省と都道府県の担当者間で交わされた書簡の一つとみられ、京都府立京都学・歴彩館(公文書館)に保管されていた現物の写しを毎日新聞が入手した。
文書はまず「例年優生手術の実施件数は逐年増加の途を辿(たど)っているとはいえ予算上の件数を下回っている」と懸念を示している。その上で、56年に各都道府県が同省に報告した強制手術件数をまとめた一覧表を添付し、「実施件数を比較してみますと別紙資料のとおり極めて不均衡である」と都道府県の件数格差を指摘。「手術対象者が存在しないということではなく、関係者に対する啓蒙(けいもう)活動と貴殿の御努力により相当程度成績を向上せしめ得られるものと存ずる次第」「本年度における優生手術の実施につきまして特段のご配意を賜りその実をあげられるよう御願い申し上げる」などとし、手術件数を増やすよう求める内容だ。
旧厚生省の衛生年報などによると、強制手術を受けた数は全国で55年に1362件とピークを迎えた後、56年に1264件と減少に転じた。文書が送付された57年も全国的な減少傾向に歯止めはかからなかったが、山形▽宮城▽愛知▽長野▽徳島▽福岡▽鹿児島など10県以上は57~58年にかけて増加に転じていた。
同法が改定された後の母体保護法を所管する厚生労働省の担当者は「原本が(手元に)なく、どういう経緯で出されたのか把握できないためコメントできない」と話している。【遠藤大志】
国の責任大きい
旧優生保護法をめぐる問題に詳しい、東京大大学院総合文化研究科の市野川容孝教授(医療社会学)の話 今回の都道府県宛て文書からは、予算枠を減らしたくないという役所の論理がにじみ出ている。強制手術が推進された裏には(行政の)予算の力学が働いていた可能性が大きい。予算消化が優先されたならば、手術の可否を決める都道府県の審査会の判断に影響を及ぼした可能性は否定できない。国の責任は大きく、早急に実態を解明すべきだ。