インプラント治療におけるトラブルと合併症

インプラント治療におけるトラブルと合併症

1.インプラント治療の成功の基準

現在のインプラント治療の成功の基準は,インプラント体と上部構造に対する評価とともに,患者側から見た治療に対する評価が加えられているのが特徴である.すなわち,インプラント治療の目的は口腔関連のQOL,ひいては全身のQOL の向上にあることが強調されている.

2.インプラント手術に関連して起こるトラブルあるいは合併症

1)感染

手術に関連して起こる感染症のほとんどが,術中術後の細菌感染である.術前のプラークコントロールが不良であったり,隣在歯に感染源が認められる状態で処置を行うと,感染のリスクが高まる.また,全身状態の悪化により易感染性になっている場合もあり,周術期の全身状態のチェックも怠ってはならない.その他,術後に縫合糸の残存や,閉鎖腔内に死腔があると,遅れて感染が発現する場合もあり,術後は慎重な経過観察が必要である.また,肝炎などのウイルス感染症の予防のために,手術に使用する器具・器材の滅菌状態を確認しておくことが重要である.感染予防には抗菌薬の術前投与,あるいは術中投与が有効である.

2)下歯槽神経損傷

下顎臼歯部のインプラント治療を行う場合には,下歯槽神経の走行が問題となることが多い.骨頂から下歯槽神経までの距離が短い場合や骨質が軟らかい場合は,インプラント体埋入時に下歯槽神経損傷を起こしやすい.いったん神経損傷が起こると完全回復は困難なことが多く,治癒に時間を要する.また,ブレードタイプや骨膜下インプラントでは,術中のみならず,長期経過中の圧下により神経損傷をきたすこともある.神経損傷を予防するためには,術前検査にて下歯槽神経の走行を確認し,神経までの距離に余裕をもったインプラント体を選択することが必要である.また,術中も埋入深度に注意し,深く埋入しすぎないようにする.神経損傷による症状が認められたら,ただちにインプラント体の除去,あるいは引き上げを行い,専門医に対診を求める.

3)その他の神経損傷

上記以外にも神経損傷を起こすことがある.舌神経損傷,眼窩下神経損傷などがあげられるが,いずれも局所麻酔施行時や手術器具の不適切な操作によるものが多い.

4)上顎洞炎

上顎臼歯部のインプラント治療を行う場合には,上顎洞までの距離とその状態が問題となる.距離が短い場合は,上顎洞底を挙上するか,上顎洞を避け傾斜埋入する.手術時に埋入窩形成用ドリルなどが洞内に穿孔し,さらに洞粘膜などの組織を損傷した場合,術後に上顎洞炎を引き起こすことがある.症状としては,歯性上顎洞炎と同様の症状を呈する.軽度であれば,マクロライド系抗菌薬の長期投与などで改善するが,洞全体に及ぶ重症の場合や異物が残留した場合は,インプラント体の抜去や対孔形成が必要となる.また,インプラント体埋入時のみならず,上顎洞底挙上術を行った後も上顎洞炎を起こすことがある.洞粘膜の損傷,自家骨や人工骨の洞内への迷入や感染などが見られた場合は特にその危険性が高く,術後の注意深い経過観察が必要である.もし炎症の徴候が見られたら,ただちに消炎療法を行う.それでも改善しない場合は,口腔外科や耳鼻科などへの対診や加療依頼が必要となる.これら上顎洞炎を予防するためには,的確な術前診断,正確な手技,抗菌薬の術前投与など必要である.また,上顎洞に関する処置を行う際は,術者として上顎洞炎を正確に診断できる診断能力や治療に関する知識,さらには技術を備えておくことも重要である.

5)上顎洞へのインプラント迷入

上顎洞への迷入は,上顎臼歯部で上顎洞までの距離が短い場合や骨質が軟らかい場合に起こりやすい.よく見られるのは,洞底部皮質骨穿孔後のインプラント体や埋入窩形成用バーの迷入である.埋入時やカバースクリュー装着時に,洞内へ押し込み迷入させてしまう例が多い.器具やインプラント体の迷入が起こった場合は,埋入窩からの摘出,あるいは側方から上顎洞底挙上術の骨窓形成に準じたアプローチで摘出する.摘出が困難な症例については,速やかに口腔外科への加療依頼,さらには耳鼻科医に依頼して内視鏡下で摘出する.埋入窩からのアプローチでは視野が大きく制限され,さらに摘出が難しいこと,埋入窩周囲に大きな骨欠損が発生し,次のインプラント埋入が大きく制限されることに注意を要する.上顎洞への迷入を予防するためには,術前診断はもとより,術中の器具・器材の取り扱いとインプラント体の埋入操作を慎重に行う必要がある.CT データから3D 模型を製作し上顎洞と歯槽部の形態を確認することも有用である.

6)異常出血

顎口腔領域には多数の血管が走行している(p. 75, 76 参照).そのため手術時に出血が見られるが,通常は圧迫などの止血法と縫合により止血される.しかし,下顎管損傷や口底へのドリルの穿孔により主要な動脈(下歯槽動脈,舌下動脈,オトガイ下動脈など)を損傷すると,止血が困難な出血,あるいは口底に大きな血腫が発生することがある.基本的には圧迫止血法が用いられるが,それでも止血が困難な時は,出血点を確認し,電気メスなどでの凝固や血管結紮を行う.しかし,口底での出血は止血が困難なことが多く,血腫の急速な拡大が起こり,短時間のうちに気道閉塞が起こる.このような場合には,生命の危機に直面するので,即時に気道確保を行うか,高次医療機関へ搬送する.

7)異常疼痛

術後の異常疼痛は,埋入窩形成時の火傷,感染,患者の疼痛閾値の低さ,また精神的な問題によることが多い.しかし,中には切開剝離部の粘膜やインプラント体埋入部の異常疼痛を認める場合もある.強度の疼痛を訴える場合には,骨の火傷の可能性が高い.軽度の火傷では粘膜やインプラント体周囲の治癒に何ら問題を認めず,エックス線検査などでも異常を認めない.そのため判断が困難となるが,術後創部が治癒しても疼痛が持続し非ステロイド性抗炎症薬などでも改善が認められない場合は異常疼痛を疑い,口腔外科,ペインクリニックなどに対診や加療依頼を行う必要がある.

8)器材の誤飲,誤嚥

インプラント治療には小さな器具・器材が用いられているため,治療中に誤飲,誤嚥を起こすことがある.特に静脈内鎮静法施行下や高齢者の場合は,反射機能が低下しているため慎重に処置を行わなければならない.予防には,器具・器材に落下防止用の糸を結ぶ,術野周囲に落下防止用ガーゼを広げるなどの対応策を講じる.

誤飲,誤嚥が疑われた場合には,ただちに胸部および腹部のエックス線検査を行い,器具・器材の存在と場所の特定が必要である.消化管内の場合には内視鏡を用いた摘出や自然排出を待つ.気管内にある場合は,気管支鏡での摘出などが必要である.いずれにしても誤飲,誤嚥が疑われたら歯科医院での対処は困難なため,即座に内科あるいは耳鼻咽喉科などに確認および摘出について対診を行う.誤嚥では呼吸困難を起こすことがある.

9)器材の破損

切削器具や埋入深度を測定する器具など,比較的細い器具を使用する際,不適切な力を加えると破損することがある.破損を防ぐためには単回使用の器具・器材を使用するか,システムが推奨する使用回数で交換する.

10)インプラント体のスタック

骨質が硬い場合,埋入窩を形成したにもかかわらず,設定したトルクでは埋入途中でインプラント体の停止をきたす場合がある.設定トルク値を高く変更するか,一度撤去しタップドリルなどで再度埋入窩を形成し直す必要がある.

11)インプラント体の動揺,埋入窩の過形成と形成部位の錯誤

既存骨の骨質が不良な場合には適正な初期固定が得られず,動揺をきたす場合がある.また,骨が硬くドリルを強い力で押しつけると,ドリルが側方にブレを生じ埋入窩が大きくなり,インプラント体の固定が得られなくなることもある.このような場合は動揺したインプラント体よりも直径が太い,もしくは長いインプラント体を埋入して対応する.あるいはいったん埋入を中止し,長い待時期間を設け再埋入することもある.また埋入窩の位置設定を誤り,咬合に参加できない位置にインプラント体を埋入してしまった場合には,インプラント体を除去して再埋入するか,スリーピングとする.

12)火傷

前述のように術後に患者が埋入部位の異常な疼痛を訴える場合,本症が疑われる.埋入部の骨火傷は埋入窩形成時や埋入時の摩擦熱が主な原因となり起こる.インプラント体周囲の骨組織が熱損傷により壊死した結果,早期脱落や骨炎の原因となる.特に固い骨質では埋入窩形成時のドリルの冷却を十分行い,また注水法(内部・外部注水)などを検討する.

3.インプラント補綴に関連して起こるトラブルあるいは合併症

1)インプラント体,アバットメントの破損

不適合なアバットメントや上部構造を規定トルクで締結した際に,アバットメントやインプラント体自体の破損をきたす場合がある.事前に上部構造やアバットメントの適合検査を十分に行い,問題のないことを確認してから規定トルクで締結する必要がある.

2)スクリューの緩みや破折

3)器材の誤飲,誤嚥

補綴治療においてはさらに細かい器具・器材を使用することが多いため注意が必要である.印象採得における印象用コーピング装着時,上部構造の試適時などにスクリューを誤飲,誤嚥するリスクが伴う.誤飲,誤嚥が疑われた場合には前述のように対応する.

4)暫間上部構造の破損

暫間上部構造を比較的長期にわたり装着した場合,破損のリスクがある.ほとんどは即時重合レジンにて容易に修理することが可能である.患者には破損のリスクについて事前に十分説明する必要がある.暫間上部構造の破折は上部構造の強度不足が原因で,その結果,インプラント体に偏った負荷が起こり,オッセオインテグレーションを障害することがある.

5)上部構造の審美障害

前歯部においてはインプラントと天然歯間での歯肉ラインのギャップやブラックトライアングルの存在が患者にとって審美障害となる場合がある.術前に審美障害の可能性について十分説明しておくことは非常に重要である.審美障害が生じた場合,状況により二次的な骨移植や結合組織移植などの対策を講じる必要もある.

6)インプラント周囲溝へのセメントの残留

上部構造の仮着,もしくは合着の際,溢出したセメントをインプラント周囲溝に残留させてしまうと,後にインプラント周囲炎を引き起こす原因となる.特に歯肉縁下の深い位置にアバットメントのマージンを設定した場合に溢出したセメントは残存しやすい.

4.治療後に起こるトラブルあるいは合併症

1)インプラント周囲粘膜炎,インプラント周囲炎

経過時に起こりうるインプラント周囲の炎症は,2 つに分けられる.1 つは,炎症が周囲粘膜に限局しているインプラント周囲粘膜炎であり,もう1 つは,炎症が周囲粘膜のみならず周囲骨にまで波及したインプラント周囲炎である.

2)インプラント体の破損

インプラント体の破損は,ブラキシズムなどの過大な咬合力や繰り返し疲労による側方力,アバットメントスクリューの緩み,弯曲,破折などによるアバットメントの持続的な動揺が原因で起こることがある.プラットフォームの破折からインプラント体の垂直的,水平的破折が見られることがある.インプラント体が破折すると,アバットメントとインプラント体の連結固定の困難,インプラント体周囲の骨吸収,インプラント周囲炎などが起こり,インプラント体自体の除去が必要となる.

3)スクリューの緩み,スクリューの破折

アバットメントをスクリュー固定している場合やアバットメントと上部構造をスクリュー固定している場合は,その固定用スクリューの緩み,弯曲や破折により上部構造が脱離あるいは変形してしまうことがある.アバットメントスクリューがインプラント内で破折した場合は専用の探針や除去キットなどを用いて除去する.除去できない場合は,インプラント体自体を除去し,再治療する.バーなどのアタッチメントを使用している場合は,バーの破折やアタッチメントの破折が起こることがある.そのままにしておくと,上部構造の破折や変形が起こり,修理が困難となることがあるため,トラブルに気づいたら,早期に対応しなければならない.

4)インプラント周囲骨の吸収と骨吸収による審美障害

インプラント周囲炎などが原因で,インプラント周囲骨の吸収をきたした場合,軟組織の形態が影響を受け,特に前歯部においては審美障害が起こる.このような事態を避けるため,日常的にメインテナンスを十分実践することが必要である.発生した周囲炎に対しては外科的アプローチを含めた支持療法を検討する.

5)インプラント体の脱落

上部構造装着後の咬合状態が不適切で,長期間インプラント体に過度な応力がかかるとオッセオインテグレーションの喪失につながる.また,口腔衛生状態が著しく悪い状況のまま長期間経過した場合にもインプラント体の脱落が起こる.

6)上部構造の破損,緩み

上部構造の破損で起こりやすいのは,前歯部,咬合面部材料(陶材やレジン)の破折である.この場合は,上部構造をいったん外し,修理が必要となる.上部構造装着後の咬合調整が不適切であると,前装材が破折したり,メタルフレームが破折したりする.また,破折前にはスクリューの緩みが見られることが多い.

7)対合歯の摩耗,骨吸収

咬頭干渉や偏心位で応力が集中しすぎると,長期の経過中に対合歯が摩耗したり,骨吸収が起こる.

 

(出典:口腔インプラント治療方針2016)

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