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Darker Holic 作者:和砂

side2

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side2 ジジイ、襲来。8



 気付け変わりに叩いた赤い頬が、ぴくりと動く。
 再び小さく唸って目を開けた彼女は、まだ現実を上手く認識していない様子で、虚ろな目で彼を見た。

 状況的にも身体の状況からも、そんなことはないと頭でわかっていても、目を開けないのではないかと心中が荒れていた彼には、ようやっと動きを見せた彼女を甘やかせたい気持ちもあったが、彼も彼女も腐っても幹部の地位だ。
 負傷したスタッフも、そのフォローの人員も大勢おり、本社に中等度の警戒レベルにある今、彼女を休ませる前にすることがあった。

 仕事ということで、私情を抑えて無表情を保つ彼。

 彼女には自分を抱える彼がどう見えたのか、次のセリフでもよくわかる。



「え…な、どうして…。シグウィル?」



 まだ寝ぼけた感の鏡花に本名を呼ばれて弛みそうになる顔を意識し、彼は無表情を心掛けたが、気負い過ぎて不機嫌な顔になっていた。
 けれど、私情を挟まない分そちらの方がいいと判断し、そのまま冷たく言う。



「黙れ。いや、黙るな。報告せよ。貴様にはその義務がある」

「報告…、義務…」



 ぶっきらぼうに言うと、鏡花はよくわからないなりに呟き、彼の表情から何か読んだのか、嫌そうに顔を歪めた。

 記憶が阿修羅族関連の少し前に戻っているなら、彼女の表情はそれが道理だろう。
 彼が不思議な懐かしさを感じていると同時に、自然と振る舞いも以前のNo.2へと戻っていく気分だ。


 ようやく覚醒し始めた気配の彼女の足を床に下ろし、まだふらつくことに気が付いて、肩を貸すと、その丁寧な動作に彼女は心底驚いた顔をする。

 何か口を開こうとしていたが、彼はその前に告げた。



「まさか逃げ帰っただけだとでも?」



 本心だったらどうしてくれようと、少々驚いて目を開き、また、前のスタイルで嫌味ついでに言う。

 彼女は蘇芳の行動に、素に近い表情を見せていたのが、途端に片眉を上げて、合点いったように口を開いた。
 皮肉を混ぜた笑みは挑発的で、ますます前回の《キョウカ》のスタイルだ。



「あー…戦闘中にでも、倒れたわけね? それはお手数をかけましたわ、《深紅のナイト》」



 何か嫌味を言われると理解し、うんざりした彼女は、即座に蘇芳から視線を逸らしてしまう。
 不貞腐れるように首を振り、やはりだるいのか数秒ほど目を閉じた。


 疲労の為か彼女の顔が青白く、蘇芳は倒れるかもしれないと気を回し、片手を彼女の背から反対の脇に通した。
 彼女の体を抱き込むように軽く引き、彼は上から鏡花を眺める。



 急に半身が浮く感覚に驚いた鏡花は、驚いて蘇芳の腕に手をついていた。

 完全に密接。
 それも異種族嫌いのシグウィルがしているという、破格も破格の扱い。

 その事実が受け付けきれずに、彼女は彼の顔を見上げた。



 蘇芳はといえば、デフォルトの冷たい視線のままである。
 彼が眺めている先には、以前の《シグウィル》とは何かしら違和感はあるのだろうが、彼の平常時の(冷たい)視線にまだ何かあるのかと尋ねる彼女の表情。

 彼はとうとう噴出した。



「起きろ。寝ぼけるな、《蘇芳》だ」

「す、蘇芳…?」



 さらに引き寄せるように腕に力を込めると、彼女の頭が慣性で動く。
 一瞬の振動だったが、彼女の覚醒を促すには効果があったようで、何度か無心に彼の《コードネーム》を繰り返した後、合点がいったのか、何か言おうとして言いかける、奇妙な表情となった。

 本来なら悲鳴でも上げそうな顔であるが、赤くなったり青くなったりで、それが追い付かない様子だ。



「起きたか。では、聞こうか。何があった?」



 刹那の微笑の後、仕事用とでも言おうか、真面目な顔になった蘇芳に、鏡花は二日酔いの様に、こめかみを押さえる。
 蘇芳が自然に仕事の話を持ち出すと、鏡花は何を言われたのかよく理解できない表情をしていた。

 蘇芳も、彼女が何か色々と言いたいことがあるのは感じる。
 だが、彼女自身もその場合でないと判断し、切り替えるのが早かった。



 疲れたようにため息を吐いて、手を離すように指示する鏡花。
 彼がしばし待つと、眉尻を吊り上げてさんざん悪態をついてきた。



「信じられない……寝ぼけたにしても、もっと起こし方があるでしょう。
 早く理解させるよう、工夫してよ」

「手元に《気付け》がなかった。物理的に叩き起こしたわけだが、混乱しているようだったのでな。
 《シグウィル》が、お前に対してこう扱うと思うか? すぐわかったはずだな?」

「本当、信じられないっ。それだけ、の、理由…?」

「それで、今回の《不備》は、企業側か?」



 鼻で笑うように小首を傾げたが、さっさと話しを切り上げた蘇芳に、鏡花は悔しそうに唇をかみしめる。
 バツが悪いのもあって、嫌味は止めて続けた。



「直前までは企業側も防衛軍側も、何も変化はなし。
 目が覚めた時には煙が充満していて……、そうね。火事だったんでしょう?
 トーイもそう言っていた」

「火事、か。
 本社側にも、それ直前まで防衛軍側の動きは報告されていない。
 施設異常や不審火の不始末の線で、あれほど大仰になるわけもないな。後は何か?」



 鏡花と蘇芳、両者とも突発的な異常事態と把握できたわけだが、さらに鏡花に状況説明を求める彼の言に、彼女は動きを止めた。
 記憶を思い返しているのか、無言になると、自信がなさそうに告げる。



「不審人物が…多分、二人。彼らに助けられたから」

「助けられた? トーイは?」



 連れ帰ってきたのがトーイだったため、それ以前を全く気にしていなかった蘇芳は、違和感に眉をひそめる。
 単に不可解な顔なのだが、一見すると無能な部下を蔑む目に見え、鏡花は彼の態度に心外そうに肩をすくめた。



「一応、火事場から連れ出してくれたのは、その人物。
 顔は見ていないけれど、トーイも知らないようだったから、《不審人物》とするわ。
 彼らに連れられていたところでトーイに会って、…むしろ…」



 ―――トーイに、というか、DHスタッフに預けられたような印象。



 鏡花はそれきり黙りこみ、考えるように片手を顎に添えた。

 蘇芳は少々釈然としないものだが、不確定なモノを吟味する時間はないと考え、先を促す。
 後で、ログやら情報の解析結果は上がってくるはずだ。



「では、お前は休め。後は処理する」



 話ながらの移動で少しずつ場所を変えた二人は、医務室兼用している研究エリアの前まで来ると、申し合わせたように通路を別れた。

 鏡花が見ている中で、そのまま颯爽と踵を返していく蘇芳。
 SFの仕事を放置していたのは彼なのだから、事後処理をするのは当然との嫌味と、こちらは大変な目に遭ったというのに労いもない彼の冷血っぷりへの意趣返しに、彼女は、久しぶりに彼の背に向かって舌を出した。




















 本社からの報告を受けて、《シュートランス》や怪人を含めた下見隊が戻ってきたのは、二度目のパワーダウンから四時間程度経過してからの事で、未だ下っ端が忙しく立ち回る中に、本社内部は落ち着かない様子だった。
 特に、エントランスには慌ただしい足運びの下っ端が左右、階上、階下へと移動しており、中央の受付前には見慣れない着物姿の大男が居て、内線を引っ切り無しに使い、異様な雰囲気だ。


 顔が広く、戦隊ヒーロー担当の啓吾が帰社したことで、階段横のガラス張りの事務室のスタッフや、下っ端の邪魔にならないように気を使う清掃員、大男に戸惑う受付の姉ちゃんもほっとした顔をした。
 何より、その大男が着物の裾を揺らして振り返る。



 言わずともわかる、No.11《蘇芳》であり、彼は強い視線のまま、啓吾に歩み寄ってきた。
 報告を受けていたから、彼が次にいうことは予想が付いた啓吾だ。



「二度目の件と同時に、《幹部》に報告しておく。今回のSFの仕事、《不備》とされた」



 パワーダウンの件で、防衛意識の強化か対策かを幹部で話し合うのかと思っていたが、少々予想を外れたて、片眉を上げた啓吾は、それに思いついたまま考えを声に出す。



「《不備》って…お前、《仕事》は、どうした」

「研修との兼ね合いならば、また後で報告と、沙汰を待つ。だが、《シュートランス》。
 この二件、タイミングが異様に近い。関連性が高いと判断する。この結果を見てほしい」



 受付のPCを姉ちゃんに断りもなく持ち上げ、受付プレートを無造作に退けて画面を向ける蘇芳。

 一応コードに気を使ったようだが、引っ張られて受付棚の物品を倒し、小さく姉ちゃんに謝った。


 苦笑してその画面を覗きこむと、SFのログと本社のエネルギー関連のモノ、今回の《不備》の結果と、関係者からの簡単な調書があった。
 誰が仕上げたのか、簡易グラフ等に整理されていたが、一見で判断できる人間でもないので、啓吾は「で?」と続きを促す。



「パワーがダウン・回復した理由は《マッド》が解明中だが、SFでの《不備》に関して、全スタッフから直接の原因に見当がつかないと報告がある。

 俺は研修中、こちらでも状況は把握していたが、直前まで《悪役》と《正義側》の変化はない。
 SF側に居た《キョウカ》も同様の報告だ。

 だが、第三者からの介入と思われる点が、彼女とスタッフの言から取れた」


「第三者だって? 異次元転移が他社で利用されれば、そのログがDH社に残るはずだが?」


「それだ。今、そのログがアクセス不可となっている」



 蘇芳はそういって、実際に受付のPCからアクセスを行ったが、ものの数秒もなく拒否される。
 何度か試行したが、何の警告もなく拒否されて啓吾も唸った。
 アクセスビジーも何もない。



「《マッド》にも確認を取った。十分、おかしい点だろう。

 さらにパワーダウンと同時期に、SFの、DH社が介入している企業側に火災が発生しているが、その際、緊急用の異次元転移装置までもダウンされていた。
 緊急用は、本社と別に、そのエリアからもパワー供給されているはず。
 特に技術的に特化したSFのスタッフまで使用できないのは不可解だ」


「いや、それは…どうなんだ?」


「ここの文化レベルよりも、高度な文明からのスタッフも居る。
 機械専門だけでなく、魔術を使える輩も居る。
 まだ解明中のエネルギーを持つ種族までも居るというのに、まったく対応ができないのはおかしい。
 何より、ここに居れば、修羅場の一つや二つ、経験しているだろう?」



 ユーモアか、この数か月でDH社への信頼が出来たのか、蘇芳は試すように笑みを作った。
 その凄みを増した顔からやや視線を逸らしつつ、啓吾はよくわからないなりに頷いた。
 《職人》を見ていると、そういう気分にもなるからだ。


 詳しいことはわからないが、暗黒神は腐っても神。
 単に本社の大型管理サーバーが落ちたぐらいでエネルギーが途絶えるとは思えない。



「まぁ…スタッフの能力云々はともかく。
 これで、ダウン時の原因がSFエリアから取れれば、そうなるな」


「そうだ。まだ《マッド》からの連絡はないが、……ここ。

 このエネルギー関連図から、ダウン前後に奇妙な一致を見せているのも、事実だ。
 他のエリア幹部から情報を送ってもらったが、それ以外には特に異常はなかった。

 この解析結果も研究部に送っている」



 事もなげに言う蘇芳に、啓吾は他の点が気になった。
 頭の中で反芻した後、目を剥いて蘇芳を見上げる。指は画面のグラフや関連図を指していた。



「まさか、と思うが。………それ、お前が作ったのか?」

「そうだが?」



 元No.2すげぇ。


 声には出なかったが、蘇芳を見上げて言葉が出ない啓吾は、しばらく彼に間抜け面を晒して、変な目で見られた。

 なるほど、鏡花が奴を人間に見ないのがわかる。
 どんな頭の回転をしているのか、彼はSFスタッフへの救援の指示を行ってもらっていたが、その合間にこれだけ仕事をしてしまうとは。



「何て、スーパーな奴…」

「いやはやぁー。全くだよねぇ、いっ!」



 慄く啓吾と不可解な顔をする蘇芳の上から、そう声がかかった。

 二人が何気なく見上げると、掛け声と共に白と黄色が振ってくる。

 いや、違う、《マッド》だ。
 階段の何段か上から飛び降りたらしく、着地して「痛ぃ~~」としばらく唸っていた。


 デキる男の《蘇芳》と、飄々とした《マッド》がタイミングよくやってきたことに、居心地が悪いような気持ち悪いような変な気分になるが、報告を待つ時間が短くなったと自分を納得させて啓吾は彼に声をかけた。



「《蘇芳》から粗方聞いたが。で、何かわかったのか」



 啓吾は戦隊ヒーロー担当であって、SFだの、パワーダウンなどに直接関係があるわけでもない。
 あまり興味はないのが本音であるし、そういうのは詳しい奴らでやってもらいたい。

 確かにパワーダウンなんぞ、頻繁に起こってもらうと業務上支障をきたすが、戦隊ヒーロー担当は、現在、本社と同次元での活動で、大きなエネルギーを使う機会もないのだから。



「いんやぁ、あの資料は助かったけどねぇい。それよりさーぁ。イビー爺さん、知らなぁい?」

「藪から棒に。あの、何度か幹部室に来ているジジイか?」

「そっそっ。
 緊急用までパワーダウンしぃてたからぁ、本っ当ぅなら、《キョウカ》もお陀仏ぅ、ばいばーい」



 そうしてマッドはにやにや笑いのまま、手を合わせてから天に向かって手を振る動作まで入れて、蘇芳に睨まれた。
 しかしそんな視線を無視して、一時手を振っていたと思うと、くるりと反転して啓吾達を見る。



「していたかも、なんだけどぉ、ね。イビーさんが何かしてくれたみたいでねぇ~」

「へぇ。あのジジイ、案外役に立つんだな。研究所の副所長って肩書は、伊達じゃなかったのか」



 唯の頑固爺に見えたイビーだが、啓吾はそう言って見直した。
 確かにDHスタッフとして働くのなら、同じ職場の人間として、親近感が持てる。
 単なる喧しい爺さんではなかったということが、違和感があるのも本音だが、緊急時を回避するために尽力したならなおさらだ。


 啓吾の言葉に、にたにた笑っていたマッドは、途端に、眼鏡の奥で鋭く笑った。
 今から人を解剖するかのような、メスに似た光が映ったのに、啓吾も気が付いて顔を歪める。



「そ・れ・も、異次元転移装置動かすような、もんのすごーい、奴」



 あっさりと言われた言葉に、啓吾の背中に悪寒が走った。
 それは隣の蘇芳も同様のようで、彼は啓吾が視界の端でもわかる程に苛立たしげに片腕を振る。


 先ほどまで蘇芳が立てた仮設では、第三者介入の点が示唆されたが、マッドの話では、また解釈が違ってくる。



「本社に……それほどのエネルギーを発生させる装置、もしくは貯留する機器や技術はあるのか?」

「ないよ。《グレイス》…あぁ、管理サーバーだけど、さぁ~。
 これでも、発生は無ぅ理ぃ。へっへっへっへっへ。
 太陽みたいに莫大で、爆走してて、暴力的なエネルギーを循環させてぇ、発散させてぇの…。
 ふへへっ、管理だからねぃ。
 まして、いつ爆発してもおかしくないエネルギーを溜めて持ち運ぶとか、……ひゃひゃひゃっ。
 ……無理」



 難解な問題に、眉根を寄せて慎重に尋ねる蘇芳に、マッドは間延びした口調だがきっぱり言った。
 どことなく会話についていけないような気分になりながらも、啓吾も尋ねる。



「そんな無茶苦茶な代物を、あの爺さんは持っていた、と。
 だが、まぁ、SFスタッフの緊急を助けたのも、事実なんだな?」

「間違いなぁくっ、ね。ひゃひゃっ、…担当の死神さんにぃ、確認済み。
 でもさーぁ。今回のパワーダウンの時なら…くっくっく。
 …とぉもかくもっ、前ぇん回の、ダウンの時の侵入パターンが同じ系統ってところ…
 …ぷふふふふふっ! 気になるじゃぁない?」



 瞬間、眉根を寄せた啓吾と蘇芳。
 二人にマッドはピエロが客引きするように大仰に肩を竦めながら、手の平を向けた。
 伺うような上目使いは、不気味な強さを伴って爛々としている。


 良くわからない状況と、意図が読めない本社への介入、見えない敵の様な影。
 この三つの点が、最近の本社について回る不快感に、啓吾は奥歯を噛みしめた。



 しばし無言に陥った三人の空気に、啓吾は一番に背を向ける。
 何とか代用品を見繕ってもらった、黒の制服のマントをばさりと翻し、悪役よろしく声を大にした。



「全スタッフに告ぐ。禿げ頭のジジイを探し出せぇっ!」



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