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魔王と勇者が時代遅れになりました 作者:結城忍

第3章ー側道の隠者編

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33話:魔王、無数の軍勢を率いる

4話同時投稿です。話数にご注意下さい。


 ワイバーンのブリッジに戻ると、既にブリッジ内は喧騒に包まれていた。

「敵大型戦艦、通称『アルビオン』のリアクター出力急上昇を確認。
 離艦した改造空母を後方に配置しながら停止しています」
 大型艦船の砲は威力もさることながら、射程が非常に長い。
 向こうとしては遠距離から射撃して一方的に攻撃しようとするのは当然だろう。

「第一波を凌いだら、こっちもドローンゴーストを出すぞ。各艦ドローン射出準備」
 緊張感に包まれた中のブリッジで艦長席に座るのは、これだけで浪漫を感じるものだ。
 手馴れた感じでライムが膝の上に乗って来るので渋さは出ないけどな。

「各艦ドローンゴースト起動、射出体制へ」

「セリカ、アルビオンの予想射程を、武装が見えたら種別解析を最優先で頼む」

『はい魔王様。アドラム帝国旗艦の公開データーから推測される射程を算出します』
 宙域図に海賊大型戦艦『アルビオン』を中心とした赤い射程図が広がる。
 広がりすぎだろう、俺達の背後にあるジャンプゲートすら貫いているぞ。

「リゼル、この公開データーは信頼できるのか?」

「あのサイズの大型戦艦なら、リアクター出力に任せて射程を延ばせるからこの位はあるのですよぅ。
 大型砲になるど弾速遅いのが多いから、当たるかどうかは別問題だけど」

「公開データーも性能を隠すのに控えめに記載する事はあっても、誇大表示する意味はないのです」

「敵艦のエネルギー反応増大、主砲発射準備態勢であります!」

「セリカ、電子戦開始、長距離センサーを優先して黙らせろ!」

『エンジェルリング出力65%、センサーカウンター開始します』
 艦隊後方にいるセリカが広げたアダマンタイト・セルの翼に桜色の光をまとわせ、桜色に淡く発光する粒子を周囲に撒き散らしている。
 遠目に見ると桜の花が散っているようにも見えて、なかなか幻想的だ。

 セリカ単体では広範囲センサーや通信補助としてしか使えなかったが、機鋼少女達が補助する事で、センサーへのジャミングや、電子防御が強くなりすぎて廃れた技術になっていたハッキングまで出来るようになっていた。
 高速電子巡洋艦の名に恥じない性能になったセリカだが、このSF世界の電子戦闘艦は基本的に索敵と通信制御程度しかしないという。
 電子戦闘艦が出てくるほど大きな戦場だと、ジャミングすると味方まで巻き込みやすいし、電子的に1隻2隻無力化する位なら、戦闘艦に沈めて貰った方が早いという。
 だが、折角の電子戦闘艦なんだ。索敵以外にも、ジャミングやハッキングができないと浪漫がないよな?


―――


>海賊旗艦アルビオンブリッジ


「お頭、相手の旗艦はどう見ても旧式の強襲揚陸艦ですぜ。あんなの相手に主砲ブチかますのは勿体無くねぇですか?」
 いかつい髭面をした中年の海賊が、海賊団首領のリョウに半ば呆れ混じりで声をかけた。

「副長、そうケチるンじゃねぇよ。あいつらは見た目より結構やるぜ?
 それにこの程度で消し炭になるなら、相手する必要もねえしな」
 着崩した礼服のまま艦長席に座り、愉快そうな声を上げるリョウ。

「へぇ。お頭がそう言うなら」
 副長と呼ばれた髭面の男性は、頷くもののまだ納得できないという顔をしていた。

「主砲発射まで後5…4…3……ターゲットロスト!?射撃不能です」

「センサー系にジャミング食らいやした!
 電子妨害の種別不明、長距離近距離ともセンサー類が酔っ払ってやがる。照準ができねぇですぜ!」

「光学の目視照準に切り替えろ、狙いは適当で良いからぶっぱなせ!」
 ブリッジに立ち並ぶ投影ウィンドウの半分位がノイズまみれになっている中、リョウは嬉々として命令を放つ。


―――


>ワイバーンブリッジ


「ジャミング成功。アルビオンと随伴艦の長距離センサーが混乱中であります」

「ちちち、ちょっと冷や汗出ちゃいました。相手はトラブルが日常の海賊達です。
 すぐに光学照準とか原始的なのに切り替えて来ますよぅ!」

『魔王様、メンテナンス用回路に侵入成功、敵主砲は戦艦級レーザー砲です!』

「リゼル、戦艦級レーザー砲の特徴は?」

「構造は原始的だけど射程が長くて弾速も早いのが特徴です。
 ええと……良い事ばかりに見えるけど、エネルギー効率が悪くて他の砲に比べると威力がが低くなるんですよぅ」

「あの戦艦サイズからすると、威力がどの位になる?」

「あそこまで巨大な戦艦の出力なら、普通の戦艦でもシールドごと装甲と中身を持っていかれるのですよぅ!」
 それは致命傷と言うな。

「各艦、対光学兵器防御!」
 連絡をしながらワイバーンにも魔法を張り巡らせる。
 単に各艦が個別に属性防御張るだけだが、名称は大事だ。

『概念魔法発動:光属性耐性Ⅹ』

『射線軸割り出しました、ボルトスに2門直撃コースです』
 砲門の向きからどっちを狙っているか、精密な測定データーと高度な演算能力があれば可能だ。
 普通は戦闘中に複数の砲の向きを常時観測・演算などは処理の負担が重過ぎてできないが、セリカの探査能力と演算補助をしている機鋼少女の処理能力が、膨大な処理・演算能力任せの力技で攻撃予測を可能にしていた。


「アルテ、ボルトスとアルビオンの間に船体を割り込ませろ、盾になるぞ!」

「あいあいさー、であります!
 右舷スラスター全力運転。軸線上に割り込みかけます!」
 アルテが大きく舵を動かし、急激な負荷にワイバーンの竜骨がギギィ…と鈍い音を立てる。


―――


>海賊旗艦アルビオンブリッジ

「敵旗艦コース変更、射線の中に割り込んできます!」

 投影ウィンドウに限界まで拡大されたワイバーンの姿が、高出力大口径レーザーの光芒と、収束しきれなかったエネルギーが撒き散らす光の渦の中に消えていく。

「ありゃぁ蒸発しやしたね。お頭、お楽しみがすぐに終わりそうですぜ……お頭?」
 髭面に呆れ顔を浮かべ、やれやれと肩をすくめた副官だったが、険しい顔になったリョウを見て驚いていた。
 お気楽とチャラさが人の形をしているようなリョウの、真剣な表情など久しく見た事がなかったからだ。

「あれは……やっぱりか。後方の連中に緊急発進警報を出しやがれ。
 俺の想像が当たってるなら、あの程度はしのいでくるぜ」

「若……ごほん、お頭。直撃判定出ているのでスクラップか金属蒸気回収の間違いでは?」

「反射波通過、光学映像復帰します…………目標健在、船体に被害見受けられません!」

「………は!?」
 ワイバーン程度の強襲揚陸艦なら、直撃どころか近くを掠めるだけでダース単位で蒸発させられるエネルギーの嵐の中で、形を保っているどころか若干シールドが削れた程度で平然としている光景を前に、副官は娘にプレゼントされてから愛用していた、有機素材のパイプを取り落とす。

「ほらな。あの位凌いでくるって事は当然、しかけて来やがるぜ!」
 何故か得意げに語るリョウ。

「ジャミング増大、光学測量まで影響が出ています。妨害方法は今だ不明!ってかなんだこの変な色の粒子!?こいつも測定不能とか、帝国の新型装備のオンパレードにしてもおかしいだろ!?」

「敵艦隊ドローン展開中、センサー類が役に立たないんで詳細わかりませんが、ヤバい数です!」

「改造空母艦隊に緊急発進スクランブル、もたもたしてるケツ蹴り飛ばすぞ!
 通常通信は諦めて指向性のレーザー通信で送れ!
 ヤツラは接近戦しかけてくるぞ、対空に人を割り当てやがれ!」
 声を張り上げるリョウ。楽しげながらも焦った様子一つ無い声に、浮き足立ったブリッジに落ち着きが戻ってくる。


―――


>ワイバーンブリッジ

「シールド出力70%まで回復、1班から4班までのメンテナンス要員は破損部位の修復をお願いします」
 属性耐性魔法でアルビオンの主砲を2発受け流したのは良かったが、流石に無傷とはいかなかったな。
 シールドが半分位削れたし、エネルギー放射の余波で致命的ではないものの、機器の故障が多発していた。
 まあ、ドンパチやればあちこち機器が故障していくのは、戦闘艦として仕方ない。

『法理魔法発動:屈折回廊Ⅲ/範囲拡大Ⅷ/対象拡大Ⅹ×Ⅳ』
『概念魔法発動:幻惑の瞳Ⅱ/対象拡大ⅩーⅩーⅡ』

 セリカのジャミングに紛れて、周囲に光を緩やかに屈折する空間をあちこちに作り、さらに幻惑魔法をばら撒く。
 高速電子巡洋艦セリカのアダマンタイト・セルが放つ妨害を、機鋼少女達の処理能力で増幅したものを受けたんだ。
 アルビオンが今使っているのは光学観測か、下手したら肉眼での照準だろう。
 10本以上乱射したとはいえ、悪環境下で2本を直撃させる腕は素直に賞賛したくなる。

「―――と、言う訳で光学系の妨害を使ってみたんだが、効果は出るか?」
 光学や目視まで邪魔すれば何とかなるだろう。

「アルビオンの主砲エネルギー低下、アイドル状態になりました。
 遠距離射撃戦は諦めた模様であります」
 よし、一番避けたかった遠距離砲撃を一方的にやられるのを防げたようだ。
 先にドローンゴースト出しても、主砲で密集地帯を狙われると、数百単位で蒸発しかねないからな。

「チャンスなのです」

「分かっている。アラミス、ボルトス、アトス、ダルタニアン、ドローンゴースト射出開始」
 状況が落ち着いてきた途端、いそいそと膝の上に乗ってきたミーゼの頭を撫でながら射出命令を出す。

「輸送艦隊各艦ドローンゴースト射出中。
 展開速度毎分25%、約3800機であります」
 同形のアラミス、ボルトス、アトスにドローンゴーストは各4500機。
 重武装のダルタニアンにも2000機積んできている。

 対アルビオンの戦術は実に単純だ。
 ドローンゴーストの数で押し切る。
 単純だけに奇策のような爽快感はないが、無数の軍勢を率いて圧倒するのもまた浪漫があるよな?

「アルビオン及び後方の改造空母より敵艦載機発艦中。
 クラス3を中心に現時点で約200機、なお増加中です」
 相手も艦載機を出して来たか。この数なら問題にはならなそうだ。


―――


>アルビオンブリッジ

「緊急発進急げ、武装をケチるなよ!」

「21番艦のエース部隊を温存したい?馬鹿言うな、全部出して空荷にするんだよ!」
 海賊達のやや荒っぽいオペレーター達の声が飛び交う一角以外、アルビオンのブリッジは静かになっていた。

「……おいおいおい。どれだけ出してくる気だ、馬鹿か、馬鹿じゃねぇのか」
 ノイズとゆがみ混じりの映像を映す投影ウィンドウの向こう側、敵艦隊後方にいた大型輸送艦が吐き出し続けているドローンの物量を見て、流石にリョウも声が硬くなっていた。

「概算で既に3000は軽く越えて…ますな。このサイズからして小型ドローンのようでやすが」
 驚きを通り過ごして平坦な声音になった髭面の副官。

「今から主砲で削れるか?」

「既に味方艦載機が展開を始めてるんで、巻き込んじまいやす。
 このまま防御と対空にエネルギー回した方がマシですな」

「対戦闘機・ドローン用ミサイルを倉庫から好きなだけ放出させろ。
 数は少ないが、何も無ぇよりいいだろ」

「へぃ、お頭」


―――


>ワイバーンブリッジ


「ドローンゴースト隊、逐次発進。
 アルビオンが第二射撃って来る前に乱戦に持ち込め!」

『ドローンゴースト群制御開始、コントロール貰います。
 ドローンゴースト隊逐次発進お願いします、No7からNo42グループは優先目標を敵戦闘機に設定、残りのグループは対艦攻撃シフト、目標は大型戦艦です』
 大型輸送艦4隻から射出されたドローンゴースト達が、セリカに制御されて『アルビオン』の方へ向けて加速していく。
 ドローンゴースト達の通信網から漏れてくる色々な音楽が聞こえてくる。
 ドローンゴースト達は飛行中音楽をかけるのが好きだそうだ。
 ちなみにドローンゴースト達に人気があるのは、リゼルとライムとミーゼの3人が歌う歌だった。
 前にカラオケ的な店に行った時の録音を聞かせてから、爆発的にファンが広がったらしい。
 どうにもゴーレム系の魔法をかけただけの機械にしては、人間臭い行動が目立つな。


「乱戦に入りきる前にミサイルをばら撒くぞ。ワイバーン、アリア、ベルタ、対戦闘機用フライイーターミサイル全弾発射。
 全部使い切ってくれ。どうせ持ち帰っても粗大ゴミになる」
 消費期限切れのミサイルだからな、死蔵したら動作保障がさらに出来なくなって、処分する費用がかさむだけなんだ。


「ミサイルランチャー全力稼動、フライイーターミサイル連続発射ですよぅ」
 ワイバーンの舷側(艦体側面)に複数設置されたミサイルランチャーから、青い光を放つミサイルが次々と飛び出して行き、花火が空中で咲くように、1つの光が途中で何十もの小さな光に分裂する。
 対戦闘機用・多弾頭ミサイルは1~2割ほど動作不良を起こしてるようだが、概ねスペック通りの性能を発揮したらしい。
 対ミサイル/対ドローン用の小型砲でいくらか撃墜されるが、圧倒的な数に分裂したミサイルが海賊戦闘機隊へと突っ込み、小さな閃光を大量に発生させる。

「ミサイル第一波着弾。被迎撃率43%、命中率29%、敵損耗率2%前後です。
 第二射、第三射も続けて発射しますよぉ!」
 楽しそうにミサイルを乱射しているリゼルの笑顔が少し怖い。

 フライイーターサイルは命中率こそ悪くないんだが、火力が低すぎて撃墜まではなかなか行けない。
 蝿落とし(フライイーター)の名前通り、まともなシールドや装甲を持たない小型機や偵察機、小型ドローン用のミサイルなので、普通のシールドや装甲のある戦闘機には今ひとつ効果が薄い。
 しかし、戦闘機のミサイル迎撃装置程度では撃墜しきれない数への分裂と、逃げて引き離せない程度の高速性、そして一度回避してもすぐに食いつき直してくる、偏執的なまでの誘導性が売りの名作だ。
 しっかりと装甲やシールドがある戦闘機も、油断して連続被弾すればあちこち故障してくる。
 頑丈な軍用品だとしても、サイズ上どうしても余裕の少ない設計になる戦闘機にとっては、故障1つが致命傷になりかねない。


「ドローンゴースト先遣隊、敵戦闘機群と接触、交戦開始!」
 ワイバーンとアルビオンの間でいくつもの爆発が花火のように広がる。いや、こういう光景だと勇ましいクラシックのBGMでも欲しくなるな。
 ドローンゴースト達が好むPOP風の歌も悪くないんだが、あれを聞くと自分で戦いたくなるから困るんだ。

「指揮も指示も出来ないというのは、楽で良いんだがフラストレーションが溜まるな」

「見ているだけじゃ不満なんて贅沢ですよぅ。楽でいいじゃないですか」
 ミサイルを撃ちつくした後は火器管制の出番が無く、同じ様にドローン達を見ているリゼルがのん気な事を言ってくれる。
 数機から数十機位なら、まだ戦術の立て方や指揮も出来るんだが、今戦闘が開始した所は味方のドローンゴーストが1200機に、敵戦闘機が420機。
 ここまで数が多いと、一つ一つ指揮する訳にもいかないので、ドローン達の指揮運用はセリカと機鋼少女達が処理している。
 数百機単位での演習時に一度テキストデーターを流して貰った事もあるんだが、詳細な文字データーを貰うと、投影ウィンドウの中に文字が高速で流れていて、単語を読み取るのすら困難だった。
 なので艦長席の周りに、いくつかのドローンゴーストから送られてくる戦闘画像を表示して無聊を慰めている。

「セリカ、ドローンゴースト達に推進器を中心に狙わせろ。中破から大破で漂流状態にするのが一番良い」

『はい魔王様、ドローンゴースト達に通達します』

「何で推進器なんてわざわざ狙うんですか?
 当てられる所に当てて行った方が良い気がしますよぅ」

「完全に駆逐しまえば、アルビオンが照準適当でも主砲を乱射してくるだろう。
 乱射されるとこちらも被害が大きいからな、一番やって貰いたくない。
 機体は大破していても、生存している部下が多く漂流していれば撃ち辛いだろう?」

「……うわー」

「待てリゼル、素で引くな。この位は常套手段だろう?」

「合理的なのです」
 ふむふむと頷きながら、納得しているミーゼを見習って欲しいものだ。

 そもそもここまでの数での戦闘になると、艦隊指揮官に送られてくる報告は戦闘開始時刻、戦闘開始からどのくらい時間が経ったか、損耗率はどの位か、敵の損害はどの位か程度しか情報が上がってこない。
 意図的に止めているのではなく、詳細な報告をすると凄まじい情報量になるし、指揮官が内容を理解する頃には戦況が変化してしまうので、情報量を絞らないとまともな指揮をするどころか、指揮官が混乱してしまうだからだ。
 ……分かってはいる、分かっていはいるんだが、無味乾燥な数字が推移していくを眺めるばかりなのは風情がない。

『戦闘開始より14分35秒経過。味方損耗率1,5%。敵撃破率26%、うち撃墜8%』
 ドローンゴースト達の戦闘状態報告はこの一行だけというのは簡潔すぎるもの。
 家庭用ゲームの戦争シミュレーションでも、もう少しましな演出が入るよな?


―――


>海賊団『隠者の英知』艦隊32番艦、強襲揚陸艦改装空母アガルタ23艦載機、クラス3戦闘機ペルオーペ8コックピット

「クソっ、クソっ、後ろから剥がれねぇ!」
 ペルオーペ8パイロットのベンは悪態をつきながら、小刻みに操縦桿を動かして高速移動中の機体の向きを頻繁に変更していた。
 センサー類の9割が動作停止して、この時代にモニター越しですらない有視界戦闘をさせられている事への不満が3割、残り7割は後方にぴったりと張り付いてくる、民間軍事企業のドローンへの悪態だ。

 ベンはふざけた事に純白の塗装をされているドローンが、改造されているが一昔前のアドラム帝国製ドローン『ウォッチャーズ・アイ』だと知っていたし、以前にも何度も戦闘した事があるが、その動きはまるで別物だった。

「お前らドローンならドローンらしく、もっと適当に動けよ!……っぐぁ!」
 レーザーを回避するのに下方向へスラスターを全力で吹かし、イナーシャルキャンセラーで中和しきれない重圧が体にかかって口から呻き声が漏れる。
 無理な機動の連続で目や鼻から血が流れ始めていたが、構わず操縦を続ける。

 ベンの知っているドローンというのものは、もっと愚直で単純なものだ。
 遥か昔のAI反乱戦争以来、高度な知能を持つAIの作成は宇宙規模で消極的になった。
 今のドローンは機体性能こそ上がっているものの、頭の中身は数百年単位で進歩していない。
 ドローンの動作を例えるなら砲や機銃を載せたミサイルだ。
 敵対するビーコンや熱量を探知し、まっすぐ近づいて搭載兵器をぶっ放すだけの代物。
 間違ってもベンのような熟練パイロットと、ペルオーペ8のような高速機とドックファイトできるようなものでは無いはず『だった』

 だが、現実は違った。
 最初に正面から打ち合った時、クラス3の戦闘機部隊なら一方的に駆逐できるはずの小型ドローンの群れは、攻撃を耐えた上で味方戦闘機のシールドをぶち抜いてきた。
 さらにベンの操縦を遥かに上回る、無人機だから出来る無茶な機動性であっさりと後方を取られて延々と追い回されている。

「取っておきをくれてやる、こいつで……どうだ!」
 コンソールを片手で忙しく叩いて、前方についているはずの小型粒子砲を後方へ向けて連続発射する。
 ベンが機体を改造して作った、文字通りの奥の手だ。

「……よっし!」
 4門の小型粒子砲がそれぞれ8連射したうち、数本の圧縮粒子がドローンのシールドを削り、ドローンが回避行動をするのにペルオーペ8の追跡コースから逸れた。
 さあ、こいつが手始めだ、今度は俺が追い回してやる―――
 恐怖から転化した暗い復讐心に満ちた笑いをベンが零した次の瞬間。

 ペルオーペ8を追跡していたのとは別の、ゆっくりとレーザー砲の照準を定めていたドローンゴースト2機がペルオーペ8の主推進器と2つあるリアクターの片方を打ち抜いた。

 ベンはエラーとアラートで埋まったコンソールを叩くようにリアクターの緊急停止をしてから、下品な言葉満載の悪態を一通り吐き捨る。
 大きく溜息を吐いてから命が助かっただけましだと気を取り直して、救難信号の発信をするのだった。

 通信機が沈黙したまま動かない為にベンは気が付いていなかったが、ペルオーペ8と似た状況に陥ったケースが戦場のあちこちで発生していた。


―――


>アルビオンブリッジ

「アガルタ23より通信、艦載機がほぼ未帰還、戦闘継続不能!」

「アルビオン第8防空戦闘機隊壊滅、パイロットからのSOSが大量に届いています!」

「左舷23デッキ、対空パルスイオン砲撃て撃て撃て、撃ち続けて近寄せるな!」

「敵ドローン集団からの飽和攻撃第178波着弾、左舷第6ブロックのシールド4%ダウンしやした!残り62%。
 くそ、レーザー減衰ガスをもっとばら撒け!」

 アルビオンの巨体の維持と運用、艦隊の指揮もする為に巨大な音楽ホールのようになっている、アルビオンの戦闘指揮所には怒号が飛び交っていた。

「上方、敵ドローン集団から飽和攻撃179波来ますぜ!」
 オペレーターの一人が叫ぶと、アルビオンの上方から青や緑のレーザー光が集中豪雨のような勢いで降り注ぐ。

「ちくしょう、いい加減にしやがれ!あんな小型ドローンのレーザー砲じゃシールドに傷も入らないってのに、だからって数百機単位で飽和攻撃とか、どんな指揮統制能力してやがるんだよ!」

「上部第9ブロックに直撃、装甲3%融解!
 くそっ、あそこはシールドジェネレーターがへたっているから耐え切れなかったのか」

 本来ならドローンゴーストが装備している高出力レーザー砲では、アルビオンのシールドを削る事すらできない。
 正確にいえば削れるのだが、全力で射撃をつづけても削れるよりも、シールドが回復する量の方が文字通り桁違いに大きい、圧倒的な能力差がある。
 だが、数百機単位でタイミングを合わせた上に一箇所に集中攻撃をしてくると話は別だった。

「右舷対空砲群、斉射!
 目標が小さすぎて目視射撃だと厳しいだって?
 甘えるんじゃないよ、狙って撃てないならとにかくばら撒くんだ、あれだけ飛んでいるんだから偶然でも当たるだろうに!」

 オペレータールームに隣接した艦長席周辺では重い空気が流れていた。

「このまま防御も難しそうじゃねぇか。艦載機の状況はどうだよ?」
 アルビオンの戦闘状況を見て、軽薄な顔に凄みのある笑みを浮かべるリョウ。
 内心はオペレーター要員達と同じく、怒鳴り散らしたり焦りたかったが、海賊団首領としての矜持と経験が外見を取り繕ってくれていた。

「へぇ…出撃約1800機中、無事なのはせいぜい400。
 まだ動ける連中も大量のドローンに追いかけられてる最中ですぜ。
 撃墜されたのは100前後、1300は推進器やリアクターやられて漂流してやす」
 副官も態度こそ冷静だが、顔は青ざめて口調が平坦になっている。

「救難機を全部出して引っ張り戻せ。
 あいつらなら救難信号出しっぱなしの救難機を攻撃しねぇさ」
 救難機を撃墜してはいけないなんてルールはない。
 自分たちが海賊団という無法者なら尚更だ。
 むしろ戦場ならば、機体やパイロットを救助されて再出撃されると困るので、優先して狙われる事すら多い。
 しかし、リョウには妙な確信があった。
 イグサと名乗った民間軍事企業の代表、あんな愉快すぎる馬鹿は救難機を狙って撃墜するなんて「つまらない」事はしない。
 少なくとも自分達が先に非道をしなければ―――と。

「へい、救難機ありったけ放出しやす」

「しかしジリ貧だな。仕方ねぇ…奥の手出すぞ。
 緊急用スラスター全力運転、艦首からの直線で良いから、遭難機を避けて射線確保しろ。
 艦首砲全力斉射準備だ。狙いは甘くても良い、どれかに至近弾だせ!」

「了解ですぜ。操舵長!」

「へい、左舷緊急用スラスターを全部ぶんまわせ、射線確保するぞ!」

「技官、ジェルもありったけ回せ!」

「あいよ!有機情報ジェル循環開始、生体神経回路構築まで60秒」

「艦首砲斉射準備、リミッターオールリリース、オーバーチャージ開始。
 艦首装甲板展開、艦首主砲発射体制へ移行しやす!」

「無茶な使い方するぞ!輻射熱ふくしゃねつで丸焼きになったり暴発で死にたくなかったらメカニックは艦首砲ブロックから退避しろ!」
 副官が怒鳴るように通信をするのを横に、リョウは年代ものの生体神経回路端末がついている艦長席の簡易操縦桿を握り締め、歌うように不思議な旋律の詩を口ずさむ。

「我、英知持つものの末裔。
 世界を司る、もう一つの法と摂理を制御せん。
 この手の先に生まれし光は、周囲の光を吸い寄せ一際強い光へと転化する。

 法理魔法発動―――」


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