割と割を喰う魔王
第2話


 飛行機に揺られること約12時間。流一たちはナポリ・カポディキーノ国際空港に降り立った。
 風光明媚な都市で名高いナポリ。「ナポリを見てから死ね」ということわざがあることからも、その一端が伺える。実際には、ゴミ問題や治安の悪さなど都市問題がどうしても絡んでくるが、有名な観光地であることには違いない。
 入国手続きを済ませた後、手配していたホテルへと直行。重たいスーツケースを置いて落ち着いたところで、街へと繰り出そうと大体の人は考えるだろう。しかし遠方への海外旅行で、多くの人々が直面する問題に悩まされることになる。

「あー、だるい……」
「眠い……」
「おーい。二人とも、大丈夫かー?」

 すなわち時差ボケであった。

「海外へ行くたびに、毎度これに悩まされるよな……」
「流一は何で平気なのよ……」
「まあ、カンピオーネだからじゃね? それに俺、飛行機の中では結構寝ていたし」

 カンピオーネになると、体の頑健さが大きく強化される。自分が時差ボケになりにくくなったのはその辺に理由があると思うのだが、真相は定かではない。
 まあ、そんな事情があるので、すぐに街へ繰り出すはやめ、部屋に集まって今後どうするか話し合うことになった。
 聖騎士・聖ラファエロが住んでいるというトスカーナ州はナポリから見て、ローマを挟んで北西に位置する。

「というわけで、フィレンツェまでは列車だな。片道3時間半ってところか」
「おー、いいねー」

 車窓から見るイタリアの景色はさぞかし乙なものだろう。

「師範、出発はいつにします?」
「そうだなあ……。ナポリの方もちょっとはまわりたいからな。明日の午後――、二時とか三時かねー」
「そうすると、フィレンツェに着くのは夕方か夜か。大丈夫なのかよ」
「まあ、あとで彼女に連絡でもつけておくさ。どっちにしろ、今日は勘弁してくれ……」
「だよなー」
「ですよねー」

 流一とクリスが同時に頷く。

「さてと……」

 師匠が腕時計を眺める。

「現在、午後二時か……。とりあえず、俺は一眠りしたい」
「あ、あたしも……」

 師匠とクリスは時差ボケ状態なので、こんな時間でも眠いのだ。

「じゃあ、俺はどうしよ。外でも歩いてこようかな」
「だったら、メシ屋とか確認してこい。だが、気いつけろ。日本と違って治安がよくねーからな。スリとか置き引きとか平気であるみたいだぞ」
「分かっているよ。何時ごろ起こす?」
「確か、イタリアでは夜のレストランは午後8時開店だった気がするんだよな……」

 日本人からすると、結構遅い時間の開店だ。ちなみに、昼は午後1時からの開店だったりする。

「じゃあ、結構寝ていても、大丈夫なかんじですか?」
「あんまり寝ると、夜眠くなくなっちまうと思うぞ。6時ぐらいにしておいた方が良いと思うが」

 ふわああ……と、可愛らしくあくびをするクリス。
 清十郎もしきりに目をこすっている。

「じゃあ、俺は外へうろついてくるわ」
「「いってらっしゃーい」」

 流一は外へ出かける準備をし、清十郎はそのままベッドの中へ潜り込み、クリスは隣の部屋へと行く。
 ちなみに、流一は師匠と一緒の部屋であり、断じてクリスと相部屋になっているわけではない。師匠が世にも邪悪な笑みを浮かべながら、「クリスと一緒の部屋にしとくか?」と言ってきたが、その返答代わりにぶん殴っておいた。

 流一たちが泊まっている宿は、サンタルチア港にほど近い場所にある。サンタ・ルチア港は世界三大美港に数えられ、この景色が「ナポリを見てから死ね」という有名な言葉が生み出されたのだとか。
 歴史的建造物も多く、卵城、ヌオヴォ城、サンテルモ城、サン・マルティーノ修道院などが観光スポットとなっている。
 とりあえず、流一は夕方までの時間、この地区を歩くことで、そうした観光スポットや適当なレストランの位置(あと、開店時間のチェックも忘れない)を頭の中に叩き込んでいった。
 一通り回ったが、二人を起こしに戻る時間には少々早かったので、どこか適当なところで、風景でも眺めようと考える。
 サンタ・ルチア港の埠頭を歩いていると、卵城が目に入った。
 海の上にぽつんと見える古城が何となく気になったので、適当なベンチを捜して座る。
 異国の地、日本とは違う風景。
 海外へはこれまで幾度も行ったが、こうやって静かに景色を眺めていると、自分が遠くへやってきたという感覚がふつふつと沸いてくる。
 不思議なもので、こういうときにはあれこれ普段考えないようなことに、思いを馳せるものである。
 実に静かで、平和なひとときである。
 思えばカンピオーネになって以来、割とトラブルに巻き込まれることが多くなった。
 だが、いくらトラブルだって、二十四時間年中無休でこちらに関わってくるわけではないだろう。
 せっかくバカンスに来たのだ。やっぱりイタリアの料理に舌鼓を打ったり、歴史ある史跡を見学したり、田園風景に心を癒されたりしたい。
 そんなことを考えつつ物思いにふけっていると、卵城がそれまでと違い夕焼けの影に沈んでいることに気がついた。
 腕時計を見ると、もう結構時間がたっている。

「そろそろ、一度ホテルに戻るか」

 ベンチから立ち上がると、流一はそのまま宿の方へと足早に歩いていった。


 レストランでの食事は時間的にかなり遅かったが、料理はとても美味しかった。ちなみに主に食べたのは南部イタリア料理、すなわちナポリ料理の定番であるスパゲティとピッツァだ。
 オリーブ油とトマトをたっぷりと使った料理は日本人にもお馴染みのものだ。日本人がイタリア料理で連想する、スパゲティとピザはどうもこのイタリア南部の料理から来ているようである。これは外国への移民が南イタリアから出ることが多く、その南イタリアの出身の人たちが料理を広めたかららしい。
 腹ごしらえもすみ、いったんホテルの自室に引き上げた。夜も遅いし、明日に備えてそろそろ寝る時間だからだ。
 しかし、流一はなかなか寝付けないため、持ってきたガイドブックでも読んでいた。
 ちなみに師匠はベッドの上でグースカ眠っている。ホテルに到着した直後から、時差ボケのために結構寝ていたので、少しは目が冴えていてもおかしくはないはずなのだが、彼の熟睡振りは欠片もそれを感じさせない。
 とりあえず、ガイドブックも一通りチェックし終わったが、まだ取り立てて眠気は感じなかった。
 ベッドの傍らの棚に乗っている置き時計を見てみる。時刻は十二時過ぎ。一時ぐらいになれば眠気は来るだろうか。
 ガイドブックをしまい、次に手を取るのは携帯用の音楽プレイヤーか、はたまた漫画にするのか、しばしの間頭を悩ませる。
 そのときだった。
 ドアをノックする音が聞こえてきた。

「流一、起きている?」
「あ、クリス。まだ、寝てなかったのか?」
「うん。目が冴えちゃって」

 ドアを開けると亜麻色のショートヘアの女の子がそこにいた。

「ね。サンタルチア港の夜景でも見に行かない? すごくきれいだって有名だし」
「外へ行くのか? この時間に」

 見れば彼女が着ているのはパジャマではなく、ジーンズに水色に白地のアルファベットが入ったシャツというシンプルでラフな格好をしている。

「ううん。夜景だったら屋上からでも見れるんじゃないかなって。まあ、いざとなったら『飛翔術』で、もっと高いビルの屋上に行ってみてもいいし」
「なるほど……」

 とりあえず、自分の格好を見てみる。
 誰がどう見ても寝る気満々の寝間着だ。いくらこのホテルの屋上へ行くとはいえ、この格好で部屋の外をうろつくのは避けたい。

「ちょっと着替えてくるから、待っててくれ」
「うん、わかった」

 ドアを閉めてすぐに着替えをすませる。
 一応、師匠にも一言言っといた方がいいかと考え、ベッドで眠る彼の顔をペチペチと叩く。

「師匠、師匠ー」
「ぐごー……」

 返答代わりに返ってきたのは、彼のいびきだった。

「ちょっと、屋上へ夜景を見に行ってくるよ」
「む、あー……」

 分かったのか、分かってないのか判断に悩む返事だ。
 書き置きでも残そうかと考えたが、その必要はないかと考え、クリスと合流すべくホテルの廊下へと向かった。


「わー、きれいー」
「おー」

 確かにサンタルチア港の夜景は素晴らしいの一言だった。
 色とりどりの光が夜闇の港や街並みを宝石のように飾っている。
 屋上には人気はなく、流一とクリス二人きりだった。
 どこにも二人を邪魔するものはいない。

(ちょっと、待てよ!?)

 年頃の男女が夜、同じ場所二人きり。しかも、こんな世界的にロマンチックな風景の中。
 非常に悩ましいシチュエーションである。
 先ほどまでの夜景への感動は吹き飛び、ものすごい緊張が流一の中に押し寄せてくる。

「あれ、流一。何か緊張している?」

 しかも、タイミング良くクリスが流一の手を取ってくるのである。

「ななななな。何をおっしゃる、うさぎさん!!」
「あら、ものすごく緊張しているのね」

 悪戯っぽく笑いかけてくる亜麻色の髪の美少女。
 イギリスの上流階級のお嬢様。でも、そんな彼女の笑顔には高嶺の花という壁は感じられない。
 とても無邪気で、とても魅力的。

「そんなことで他の女の子なんて囲えるのかなー? カンピオーネだってばれた暁には派手にハーレムでも作ってやるー!!なんて息巻いていたくせに」
「う、うっさいなー」

 カンピオーネがどういうものであるかは、昔から何度も聞かされていた。魔術師達の王であり、神から簒奪した権能を振るう暴君。そんな彼らに課せられた義務は「まつろわぬ神が現れた場合、非力な人類の代表となって戦うこと」だけ。あとは、何をやっても許されるという暗黙の了解がある。
 じゃあ、許されるからと言ってそれを駆使したいほどにやりたいことはあるかというと、実はあんまり無かったりする。ハーレムを作るとか、女の子を侍らすとか、そういうことを言っているのは、暴君が行っている所業での典型的なイメージからだ。まあ、もう少しもてたいなという一男子としての願望も多分に混じっているのだが)。
 そんな壮大な夢を持っていても、シャイな流一には恥ずかしいものは恥ずかしいわけで、

「うーうー」

 顔を赤くし、彼女の手を握り返すぐらいしかできなかったりする。
 そして、意を決して顔を向けると、頬を赤くほてらせ、青い瞳でこちらをじっと見つめてくるクリスがいた。
 なんか、顔を上げ目をつぶってくる。
 もう、これは何を意味しているのか、一発で分かってしまった。
 震える手をクリスの肩の上に置く。
 びくっと震える彼女。
 そして、ゆっくりと彼女の顔へと――
 ドーン!!
 突然聞こえてきた爆発音。そして同時に体の中を駆け抜ける莫大な呪力の波動。

「な、何だ!?」

 二人は思わず異変が起きたと思しき方向へと振り向く。
 すると、サンタルチア港にほど近い区画から、間欠泉のようにエメラルド色の呪力が噴き出していたのだ。

「何あれ……。大地と水の精気じゃない……。何が起こったらあんな風に吹き出てくるの……?」

 戦慄するクリス。
 さらに驚くべきことが起こった。
 その大地と水の精気が吹き出るのが止むと、その上空に何と竜が飛んでいるではないか。その体は先ほどの呪力と同じエメラルド色に輝いている。
 ただ、竜と言ってもゲームやファンタジー小説出てくるようなものと比べると、結構違和感がある。
 遠目なので、大きさはよく分からないが数十メートルはあるかも知れない。
 とにかく、人間と比べたらとんでもない大きさだ。

「もしかして、この街の地下にあの竜が封印されていたとかか?」
「というか、あれは……。さっきの水と大地の精気が凝縮してなったもの……。うん、そういうものみたい」

 「みたい」というわりには、随分と自信ありげな口調である。
 というのも、クリスは魔女の資質があり、高い霊視の素養を備えている。
 霊視での託宣となれば恐らくは真実だろう。

「じゃあ、あれ神獣か?」
「ええ。でも、あれを倒すのはまずいわよ。あの竜はこの辺り一帯の大地や水の力の具現体だから下手に倒すと――」

 それ以上は言わなくても分かった。
 つまり、土地の地脈に異常をきたしてしまい、不毛の大地となってしまう可能性があるということだろう。

「倒すのがダメなら峰打ちで気絶させるのは大丈夫かな?」
「大丈夫なじゃないわぁぁぁぁー!! そもそもあんたの神剣って峰打ちで威力発揮するの!?」
「そういや、やったことないから、わかんないや。竜って気絶したりするのかな?」
「知らないわよ……」

 クリスが疲れたように肩を落とす。

「じゃあ、どうしたらいい? クリスの霊視でもう少し詳しいこと分かんないのか?」
「そうね……。そればっかりはもっと近づかないと――」
「俺に気づいたら、あいつ暴れ出すんじゃね?」
「そうね。私は分からないけど、流一が行ったらまずいわね。ただでさえ、≪鋼≫の軍神の権能持っている上に、あの『鳥の王』の権能まで持っているからねー」

 そうこうしているうちに、その竜が何やら怒りのうなり声を上げている。その鳴き声のすさまじさといったら、ナポリ中の市民を金縛りにできるんじゃないかと思うほどだった。

「お、おい!! 何か怒っているみたいだぞ!! 俺のことに気がついたんじゃないだろうな!?」
「いや、いくらなんでもそれはないでしょ!? 権能を使っているわけじゃないんだし、ここまで離れていれば、流一のことには気づくはずないわよ!! たぶん」
「たぶんかよ!!」

 やがて、サンタ・ルチア港の打ち寄せる波が次第に大きくなり――。

「うわー。大波呼んでいるぞ……」
「まあ、大地と水の精気が具象化した存在だしね……」

 すぐに沖の方からビッグウェーブが押し寄せてきた。
 まるで、海辺に誰か敵がいて、それに対する攻撃であるかのように――。

「海辺に敵でもいるのか?」
「あの状況を引き起こした原因がいるとすれば……。まあ、つじつまは合うわね」
「どうする? もう少し近くまでいかないと霊視できないんだろ?」
「そうね……」

 クリスは一瞬逡巡するが、すぐに頷く。

「流一、つかまって」
「お、おう!」

 彼女が流一を抱え込むかのように、しがみついてくる。
 何度か経験があるとは言え、彼女が『飛翔の術』を使って一緒に飛ぶとき、丁度抱きつかれるかのような格好で飛ぶことになる。そうすると、柔らかい体の感触とかを存分に感じてしまうわけで――。

「あ、あれ?」

 クリスが素っ頓狂な声を上げる。
 飛んできたのはいいが、見ればあの竜は水中から何かをすくいあげると、ゆっくりと飛び去っていったからだ。
 方向は海辺にぽつんと見える卵城だ。
 彼女は流一と一緒に人気が無い港の埠頭へと降り立った。ここを目的地にして飛んだのだろう。
 流一は予想外の展開に困り、頭をポリポリと掻く。

「何か、あの竜。おとなしくなっちまったな」
「そうね……」

 やがて、その竜は卵城と陸地を繋ぐ通路の上に静かに降り立ったようだった。

「諸悪の根源でも倒したのか? この調子なら、放っておいてもいいような気がしてきた。」
「さあ……。確かにあのまま大人しくしていてくれれば、あとはイタリアの魔術師が何とかしてくれるとは思うけど――」

 そのときだった。
 稲妻にも似た何かが、夜空を駆け抜けるのが見えたのだ。

「ん?」

 まさに彗星のごとき速さで、あの竜が着地したところへ降り立ったようだった。

「あ、あれ……。何かしら……?」
「さあな……。でも、あれ。途方もない実力を持ったやつだぞ」

 何やら直感にビリビリ来る存在である。距離があるから、どれだけの存在か実感がわかないが。
 しばしの間、思案する。

「クリス。そういや、視覚を飛ばす術があるんじゃなかったっけ?『魔女の目』とか」
「え? ええ。一応あるけど……。ああ、あれを使って様子を見ろってことね。何だか気が進まないけど……」
「いや、直接行くのはもっとまずいだろ」
「まあ、そうだけど……」

 クリスは目を閉じ、眼≪まなこ≫から呪力を飛ばす。

「えーっと、何か銀髪にポニーテールの女の子がいる……って、あれリリアナ・クラニチャールじゃない!」
「知り合いか?」
「そうじゃないわ。単純に有名人だからってだけだし。それに竜が……。えっ!!」
「今度はどうした?」
「何かやけにハンサムな男がいるんだけど。そいつが持っていた剣で、あっさり竜の首を切っちゃった……」
「なに!?」

 古今東西、竜というのは大きな力を持つものである。
 少なくとも、ナポリに現れたあの竜は、形作っている精気の量から考えても、最上位の術者が束になっても勝てるかどうか疑わしいほど強力な相手である。
 そんなものを相手に簡単に勝てる存在がいるとすれば、パッと思いつく限りではカンピオーネか『まつろわぬ神』か。
 そうなると夜空を閃光のように駆け抜けたあの人物は――。

「『まつろわぬ神』かな、やっぱ」
「そうでしょうね。現代には到底似つかわしくないような格好しているし」

 面倒くさい展開になってきた。

「え? 何か別の人たちも出てきた」
「別の人?」
「何か十二歳くらいの女の子と私たちと同い年ぐらいの男の子。何か、女の子の方はさっきの『まつろわぬ神』の方に話しかけて……。うわっ、何かこっち見た!!」
「なに!? 魔術師か!?」
「たぶん違うと思う……。声までは聞こえないし、霊視もできないから何とも言えないけど、あの女の子も『まつろわぬ神』なのかも。何かあの男の方が恭しい態度をとっているし」

 彼女の推測が正しいなら、あの場所には二柱の『まつろわぬ神』がいると言うことになる。
 さりげにナポリ崩壊の危機である。

「そういや、もう一人の俺たちと同い年くらいのやつはなんなんだ?」
「さあ……。なんか、リリアナ・クラニチャールと顔見知りっぽいけど」

 何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
 ため息を一つつき、卵城と陸地の間を眺める。
 すると、この位置からも見えた巨大な竜のシルエットがいきなり消えたのである。

「え? 竜が消えた! 死んだのか!?」
「ううん。違う! あの女の子の方が吸収したみたい」
「神獣を吸収って――、つまり『まつろわぬ神』確定か……。竜は大丈夫なのか?」
「ええ。何かあの竜、大人しくしていたし。たぶん彼女、竜蛇の属性を持つ女神なんだわ」
「まじで? まあ、あれを見ると正解っぽいなあ……」

 彼らがいる場所の海の中から大蛇の影が八体も姿を現した。
 しかも、何やら周囲に黒い空気のようなものが覆い始める。

「どうする? 何か『まつろわぬ神』同士で戦うっぽいわよ?」
「どうするって言われても、いくら何でも二人いっぺんはちょっとなあ……」

 弱気と言う無かれ。
 いくらカンピオーネでも『まつろわぬ神』相手に戦うのは命がけなのだ。
 まだ流一は所持している権能は三つで、そのうち一つは未だ判明していない。
 そんな駆け出しの神殺しの彼としては、二対一は無理があるだろう。
 
「どうする?」
「どうしよっか……」

 普通に乗り込んでいったら、二柱の神様から手厚い歓迎を受けることだろう。場合によっては逃げることも困難かも知れない。
 二人が頭を悩ましているうちに、大蛇は消えていった。
 恐らく、あの男の方の『まつろわぬ神』が何とかしたのだろう。あの竜をあっさりと追い込んだ手際を考えると、ジークフリートのような竜殺しの英雄だったんだろうか?
 そして、突如青白い光が空へと飛び立った。

「あれ? あれっておまえのと同じ≪飛翔術≫じゃねーか?」
「ええ。リリアナ・クラニチャールはイタリアの魔術結社≪青銅黒十字≫の有名な魔女なのよ。あの男の子も一緒に連れてったわ」

 クリスが閉じていた目を開ける。

「どうする?」 
「よし、そのリリアナって子に事情を聞こう。まあ、関わるかどうかは彼女の話を聞いた後で考えればいいだろ」
「関わるかどうかって……、その判断基準は何よ?」
「近くに俺以外のカンピオーネがいるかどうか。いたら、そいつに押しつける。もしかしたら、その俺と同い年の男がカンピオーネなんじゃね?」
「それじゃ、関わるの決定じゃないの。そう都合良くいるわけないんだから――。まあいいわ。ちょっと待ってて。今場所を調べるから……」
「場所、大体でいいよ。≪飛翔術≫使っている相手を追跡するのは難しいだろ」

 クリスたちが使う≪飛翔術≫は、あらかじめ目的地を決め、そこへ向かって飛翔するというものだ。自由自在に飛び回れるというものではない。見える場所ならさておき、土地勘のない場所では、あらかじめ視覚を出張させる術などで目的地を把握しておく必要があるのだ。
 しばらくして、クリスは術を用いて大空を舞う。例によって流一を抱きかかえた状態で。クリスと一緒に飛んだ経験は何度かあるが、どうにもこれだけは慣れない。
 風を切り、夜空を駆けること数十秒。
 やがて、建ち並ぶ摩天楼の数々が近づいてきた。
 人目を避けるためだろう、表通りから離れた路地裏へと着地する。
 裏路地は静まりかえっているものの、通りからは賑やかな人々の喧噪が聞こえてくる。草木が眠る丑三つ時とは到底思えない。

「この辺か?」
「うん。大体この辺だって見当をつけたんだけど……」
「じゃあ、後は気配か、術で探すってところか」

 探索の術は流一も使えるが……。

「術は私が使うわ。流一は一応気配に気をつけていて」
「あいよ」

 やがて、『まつろわぬ神』から逃れた二人を捜して、流一とクリスは歩き始めた。

「そういえば、事情を聞くって言っていたけれど、どういう風に話を聞くの?」
「俺は無名だから、クリスが聞いてくれよ。俺が聞いたら怪しまれそうだし。賢人議会の関係者で、レイブンクロフト家ゆかりの人間なら話も聞きやすいと思うけど」
「そうなると思っていたわ。近くに泊まっているホテルで異変を感じて――、という形で聞くしかないわね」
「よろしくー」
「はいはい」

 今歩いている界隈では夜中にもかかわらず、多くの店やスタンドが営業していた。
 そして、行き交う人々はやけに男女のカップルが多いような――。

「ここ、もしかしてデートスポットなんじゃ……」
「そうみたいね。夜景を眺めるなんて、大人しいことしないでここへ来ても良かったかしら?」
「おい!!」

 そんなことをしゃべりつつ二人が辿り着いたのは、人通りの多い広場だった。
 軽食や飲み物を売っているスタンドが並んでいる。

「うわ、ここ特に人多いなー」
「近いわね。目立つ容姿だから、すぐに分かるとは思うんだけど……」
「分かるって言われても、それらしいのは見あたらないけどなあ」

 確かに銀髪の少女に日本人の少年の組み合わせなら、すぐに分かりそうなものだが、あいにくと行き交う人々は金髪だったり西欧人ばかりで、そのような独特の特徴を持った者は見つからない。
 そのときだった。流一の体に力がみなぎってきたのだ。

「!?」

 心身ともに完全な戦闘状態。近くに宿敵が現れた証拠。
 ゆっくりと辺りを見回す。
 すると、海の方から飛来してくる純白の駿馬が見えた。翼ある馬。

「ペ、ペガサス……?」

 天馬ペガサスにまたがっているのは一人の美青年だった。
 繁華街の明かりに照らされた広場の上空をゆっくりと旋回する。

「おお!! なんと、なんと! 神殺しを探してあちこち回ってみれば、別の神殺しにまみえるとはな!!」


あとがき

恥ずかしいシーンを書くのはとても恥ずかしいんだ(挨拶)!!
もうこの作品のタイトルあれでで良いような気がしてきました。だって、他に思いつかないんだもん(ォィ)。
さて、イタリア上陸とペルセウスの遭遇でした。ペルセウスとの対決ですが、これはもう流一にやらせても良いかなと思っております。最初に書いていたやつでは護堂に戦わせていたのですが、それじゃ変わり映えしないしね。もっとも、最初に書いたやつでは護堂はペルセウスの権能を簒奪するという展開でした。次回で流一の権能が一つ、もしかしたら二つとも登場する予定です。
それではまた次回。

2011/05/29


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