「仮想通貨と金融の未来」(視点・論点)
2018年02月02日 (金)
早稲田大学大学院 教授 岩村 充
仮想通貨が注目を集めています。先日、日本の仮想通貨の取引所で、ある仮想通貨が500億円分以上も盗まれる事件が起きました。もっとも、仮想通貨が「通貨」つまり「オカネ」として作られている以上、盗まれたり失くしたりの事件が起こるのは仕方のないことで、それ自体は本質的な欠陥ではありません。より大きな問題は、いわゆる仮想通貨の価格が、激しく上がったり下がったりして安定しないことです。
仮想通貨の代表格といえばビットコインですが、ビットコインの価格は1年前には10万円ぐらいだったものが、今年の初めには200万円ぐらいまで上昇、その直後に、また半値近くまで下がるという具合ですから、まあジェットーコースター並みの値動きですね。
どうしてそうなるのでしょうか。それを図で説明しましょう。
この図の左側は、教科書で良く説明される右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線の組み合わせです。こうした「普通」の市場では、それを欲しがる人が増えても、図でいえば需要曲線が青い矢印のような方向に移動しても、市場価格は赤い矢印のように、小さくしか動きません。これは小麦や石油あるいは金や銀のような市場で普通に観察される動きです。教科書的な動きと言っても良いでしょう。
ところが、ビットコインの価格は、そうなりません。ビットコインでは、一定の時間内に供給されるコインの量は、価格が上がっても下がっても変わらないよう作られています。そうしたビットコインの市場を図解すれば、この図の右側のようになります。つまり、青い矢印のように需要曲線が動いたときの均衡価格は、赤い矢印のように非常に大きく上がってしまう、ということになります。これがビットコインの価格が非常に不安定になる理由です。
ただ、ここで私が強調したいのは、今の仮想通貨流通を支えている基礎技術、具体的にはブロックチェーンという名の技術が広く普及することの意味の方です。
ご存知の方も多いと思いますが、ブロックチェーンというのは、通信ネットワークでつながっているパソコンやスマホなどが、一つのデータを「共有」するための仕組みです。たくさんの人がデータを共有する仕組みはいろいろとあるのですが、ブロックチェーンは、そうした技術のなかでも、特定の管理者がいなくてもデータを確定できるようにすることができ、しかも非常に安い費用でそれを可能にしてくれる、そういう特色があります。
ところで、そうすると、こうしたブロックチェーンのような技術を使えば、私たちが当然と思っている円やドルなどに対する「強力な競争相手」を作ることができる、そういう気がするのではないでしょうか。その通りです。強力な競争相手を作ることができます。
ただ、今のところ、仮想通貨の代表格ともいえるビットコインには、そんな実力はまったくありません。理由は2つあります。
第一の理由は、最初にお話ししたことですが、ビットコインの価格が非常に不安定で、しかも、まったく予測可能性がないという点です。通貨として使おうとすると、これは重大な欠陥になります。それは、そんな不安定な通貨では預金という金融サービスが成立しないからです。
預金サービスが成立しないと何が問題でしょうか。それは経済学で言う信用創造という仕組みが働かないことです。
信用創造というのは、この図で示す通りで、中央銀行が作り出したオカネを預金として受け入れた金融機関が,受け入れたオカネの大部分を別の人に貸し出し、貸し出されたオカネは再び金融機関に預金として戻ってくる、そういうサイクルを繰り返すことで、結果として最初のオカネの何倍ものオカネになって経済活動を支えてくれるという仕組みのことです。でも、「預金」が存在しないビットコインにはそれができません。これは、ビットコインが円やドルなどに太刀打ちできない、投機の対象にはなれても、通貨としては太刀打ちできまい、そう考える理由の一つになります。
もっとも、ビットコインの価格の不安定性は、その仕組みを少しばかり手直ししてやれば解決できます。そうなれば、仮想通貨でも信用創造のサイクルが回り始めるはずですから、これは仮想通貨の本質的な弱点では「ない」、と私は思っています。
通貨としてのビットコインの、より本質的な弱点は、それを支えるマイニングという仕組みが、膨大な電力エネルギーを必要とするところにあります。
マイニングとは、この図で示すように、多数のコンピューターが競い合ってビットコインの取引の正当性をチェックし、ブロックチェーンを作り上げていく作業のことなのですが、ただの仮想のオカネを作るだけのために膨大な電力を使うのは、非常にもったいないし、地球環境的にも良くないはずです。現在のビットコインのシステムを維持するのに消費される電力は、日本の100万都市の総消費エネルギー量に匹敵すると言われています。
それに対して、円やドルなどの中央銀行が作り出す通貨は、ずっと経済的な作られ方、エコな作られ方でできています。中央銀行は、金や国債などの資産を消費するのではなく、それを金庫に収めて持っている資産を見合いにオカネを印刷して使ってもらう、そういうやり方をしているからです。
では、仮想通貨でも同じことができるでしょうか。実は、できます。簡単です。中央銀行のやり方をまねて、金庫に何らかの資産を収めて、それに対する請求権を、ブロックチェーンを使って流通させればよいからです。中央銀行との違いは、金庫の中身への請求権を、紙のお札という形で流通させるか、ブロックチェーン上のデータとして流通させるか、その違いだけです。また、現に、そういうやり方で、ビットコインから学ぶものは学んで、でもビットコインなどよりもより、ずっと経済的に作り出せて使い勝手も良い、そういう仮想通貨を作ろうとしている企業や銀行も少なくないようです。
そうした動きは、もう一年ほどもすれば、はっきりとした流れとなって、これまで中央銀行が独占していた通貨の世界に、新しい風を送り込んでくれるだろうと私は思っています。
そこで最後に問題、あるいは不安になるのは金融政策がどうなるかでしょう。この点について私は、仮想通貨が金融政策のライバルになるか援軍になるかは、中央銀行の「あり方」次第だと思っています。中央銀行が金融政策について、率直かつ前向きに将来を語り、それで人々の十分な納得が得られるようになれば、仮想通貨は金融政策の「援軍」になるはずです。でも、分かりにくい説明の金融政策、あるいは政治の方ばかりを向いた金融政策、そうした政策運営をする傾向にあると中央銀行が思われてしまうと、そうした中央銀行の通貨は人々の支持を失い、もっと通貨を持つ人の利益を尊重する仮想通貨、いわば「貨幣価値ファースト」の仮想通貨、「通貨を使う人ファースト」の仮想通貨が、中央銀行の通貨に取って代わるようになるかもしれません。
仮想通貨を金融政策のライバルにするか援軍にするかは、中央銀行のスタンス次第なのです。