前回の『いまさら人に聞けない、マイナス金利政策ってなに?』では日本の中央銀行である日本銀行は当座預金を増やすために金融機関が持つ国債などの資産を大量に購入していると解説しました。
実は、日本銀行は国債の他にも購入しているものが多数あります。
その一つが株式マーケットの株価指数連動型ETFです。
今回は日本銀行が購入しているETFにスポットをあてて解説していきます。
1.日本銀行が政策で購入予定のETFは年間6兆円
日本銀行は2016年7月29日の日銀決定会合でETFの買い入れ額ペースの6兆円への増額(それ以前は年間3.3兆円)を決めました。
決定会合では、『ETFについて、保有残高が年間約6兆円に相当するペースで増加するよう買入れを行う』といった文言で決定されています。
この文言をきちんと理解するポイントは、年間で約6兆円に相当するペースで買い入れを行うという点です。
年間で6兆円ですから、月間5,000億円ずつ平均的に買うわけではありません。
今月6兆円買って残りの1年間は休んでもいいのです。
しかし、日銀は堅物の人たちの集まりなのでそんな乱暴な事はしません。
なるべく市場に影響を与えないような買い方をしてくれます。
具体的には日経平均株価が前日より下がっていると購入に動く傾向があります。
株価が下がるのを待っているのに、あんまり株価が崩れないといった事を感じている人はいるのではないでしょうか。
その裏には株価が下がると日本銀行が買い支えている動きも一因とされています。
2.日本銀行はETF購入の仕組みと意図日本銀行はどの様にしてETFを購入するのでしょうか。
日本銀行がETFを購入するとき、東京証券取引所に直接注文を発注するわけではありません。
まず、信託銀行に対して購入の注文を出します。
信託銀行はETFの組成の為に証券会社に注文をします。
証券会社は東京証券取引所の板から該当の銘柄を購入します。
各銘柄の株価は買いが入るので当然上昇します。
これが日本銀行のETF購入の仕組みです。
なぜ日本銀行は株価を上昇させたい意図を持っているのでしょうか。
株価が上昇すると、その企業は少ない議決権で増資することが可能となり、資金調達がしやすくなります。
資金調達をして海外投資や国内の投資に回せば景気が活性化されます。
また株価が上昇すると国民の資産が増えます。
結果的に消費も増えるので、更に景気が活性化していきます。
景気の活性化が日本銀行の最大の目標なのです。
一見すると誰も困らないようですが、この政策にもいろいろ問題があります。
日本銀行が購入できるETFは、指数連動型上場投資信託受益権といわれ、TOPIX、日経225、JPX日経400に連動するよう運用されるETFだけです。
対象になっていないIPO銘柄等の会社の人は、日銀のETF買いの恩恵は受けません。
ちょっと不公平な気がしますね。
未上場の会社にお勤めの人はもっと不公平になります。
更にETFを購入するのはいいが、売る時はどうするんだといった問題もあります。
日本銀行が売りに回れば株価は大暴落していまい、景気を冷やしてしまいます。
日本銀行はこれらの諸問題を認識していますが、先ずは景気上昇に向けて頑張って購入を続けているのです。
上場会社以外関係ないと書きましたが、株価上昇によって年金機構の財政もよくなっています。
間接的には全ての国民にメリットがある政策と言えるでしょう。
3.日本銀行はどの位ETFを買っているの?
日本銀行が行うETFの購入がなんなのかというのは何となく理解できたと思います。
でも、6兆円という数字は規模が大きすぎて、それが大きいのか小さいのかわからなくなってしまいますよね。
ニュースでも、「ふーんそうなんだ。日本銀行が株買うんだ。」で済ましてしまっていると思います。
そこで、きちんと理解するために日本銀行が年間6兆円のペースアップを決めた月の末日からの買い入れ残高推移を追ってみます。
日銀ETF買入残高
日付 | 買入残高 | 前月比増減 |
2016年7月31日 | 8兆7,236億円 | - |
2016年8月31日 | 9兆912億円 | +3,676億円 |
2016年9月30日 | 9兆7,693億円 | +6,781億円 |
2016年10月31日 | 10兆2,068億円 | +4,375億円 |
2016年11月30日 | 10兆6,770億円 | +4,702億円 |
2016年12月31日 | 11兆1,444億円 | +4,674億円 |
2017年1月31日 | 11兆8,449億円 | +7,005億円 |
2017年2月29日 | 12兆2,959億円 | +4,510億円 |
月によってばらつきが多く確認できますね。
これは株価が下落している付きは日銀の買いが多く入りますが、上昇している時はゆっくり買うルールがあるためです。
これだけではピンときませんので、東京証券取引所が発表している「投資部門別売買状況」の内、「個人」と「海外投資家」(この2つは株価への影響が大きいため)と、日経平均株価を日銀買い越し額と並べて比べてみます。
日付 | 日経平均株価 | 海外差引(億円) | 個人差引(億円) | 日銀買い越し額(億円) |
2016年7月31日 | 16569.27円 | 1,289億円 | ▲3,899億円 | - |
2016年8月31日 | 16887.40円 | ▲4,698億円 | ▲2,126億円 | +3,676億円 |
2016年9月30日 | 16449.84円 | ▲1,1050億円 | ▲739億円 | +6,781億円 |
2016年10月31日 | 17425.02円 | 4,717億円 | ▲7,660億円 | +4,375億円 |
2016年11月30日 | 18308.48円 | 15,440億円 | ▲14,711億円 | +4,702億円 |
2016年12月31日 | 19114.37円 | 4,825億円 | ▲12,661億円 | +4,674億円 |
2017年1月31日 | 19041.34円 | 325億円 | ▲3,569億円 | +7,005億円 |
2017年2月29日 | 19118.99円 | ▲2,567億円 | 0.77億円 | +4,510億円 |
※海外差引は投資部門別売買状況 海外投資家 の売買代金の買いと売りの差引
※個人差引は投資部門別売買状況 個人投資家 の売買代金の買いと売りの差引
※億円未満切り捨て
注目すべきは2016年9月30日の数字です。
この月は米国大統領選の不透明さから海外投資家が1兆を超す大きな売り越しを行っています。
個人投資家は売り買い拮抗で買う人が不足していた月でした。
しかし、日本銀行が年間6兆円の平均数値(月に直すと5,000億)を破って大きく6,781億円ものETFを購入してくれました。
結果、日経平均株価は前月に比べ下がったものの大崩れはしていません。
日銀の買いが無ければもっと大きく崩れていたことが予想できます。
その後、10月は海外投資家が若干落ち着きを取り戻し始めます。
トランプ大統領が11月9日に当選して、大規模財政政策の期待から日本株にも海外投資家からの買いが入ります。
上昇局面ですので日本銀行は平均以上のETFの買い入れを行っていませんが下支えにはなります。
個人投資家は思いっきり売るものの、売りをこなし日経平均株価は一気に19,000円に乗ります。
今年に入って海外勢の買いは鈍るものの、日銀が買い支えるため株価は3/30現在もしっかりした推移を見せています。
4.かなり大きな日本銀行のETF買い
前項までで、日本銀行がどれだけのETFを買い、市場への影響を与えているのか理解いただけたかと思います。
日本銀行のETFの買い入れは上述したように市場形成にかなり大きな影響を与えています。
このような政策を行っている国は他になく、世界で一番大胆な金融緩和政策と言えるでしょう。
日銀の買いは今後の全体の株価を予測する上でも役立ちます。
個人投資家の方の多くは、日経平均株価は2017年既に高値水準で割高と考えている人が多いのではないでしょうか。
株価は売る人が沢山いれば下がりますし、買う人が沢山いれば上がります。
誰が売って誰が買うかは『相場は水もの』と言われますので誰もわかりません。
ただ、一つだけ買う人の見通しが立っている人が居ます。
それは日本銀行です。
日本銀行は政策で年間6兆円のペースでETFの買い入れを進めると言っています。
海外勢や国内勢が今後売り越しても、小さな金額だと日本銀行の買いで吸収できてしまう可能性があるのです。
株価が下がると予想している人は、海外投資家や年金などの誰が、日銀の買いを上回るどのくらいの規模で売ってくるのかをもう一度考えるようにしてみるといいでしょう。
まとめ
・日本銀行は政策で年間6兆円のETFの買い入れを行う
・この規模はとても大きい
・株価が下がらないのは日銀が支えている影響も
・2017年も日銀が6兆円のペースを崩さない事を前提に投資判断を考えなければいけない
著者:先ず隗より始めよ
現役金融マン。証券アナリストの資格あり。ちょっとマニアックな金融知識やニュースをわかりやすく書いていきます。