An Everyone Culture: Becoming a Deliberately Developmental Organization
2016/09/11 初出
2017/09/01 日本語版発売につき更新
ロバート・キーガン、 リサ・ラスコウ・レイヒー「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか 」として2017/8/7発売
組織に属する多くの人間は、本来の仕事とは別に、誰もお金を払ってくれないもうひとつの仕事をしている。自分の弱点を隠し、周囲からよく見られるように振る舞うという仕事だ。
もし、膨大なリソースを奪っているこの仕事から個人を解放できたらどうなるだろう。ハーバード大教授のロバート・キーガンとリサ・レイヒーが本書で提唱する新しい組織のあり方、それがDDO = Deliberately Developmental Organizationである。
DDOの適切な訳語は分からないけれど「自発的に成長する組織」としておく(2017.9.1追記。日本語版では「発達指向型組織」と訳出)。業種の異なる3社のケース・スタディを中心に、本書はそのコンセプトを説明する。
DDOとは何か。いきなりだけど、はっきりした定義はない。DDOは組織形態でも社内制度でもITシステムでもなく、カルチャーだからだ。個人が最も成長するときに、組織も最も繁栄する。そう信じるカルチャーである。
目次
DDOの構成要素:Edge, Home, Groove
"We have become good at getting better because we are so good at failing."
「私たちがうまく成長できるのは、失敗するのがとても上手だからです。」
本書に登場するeコマース企業Next Jump社の従業員は上のように語る。DDOにおいては、失敗することは許容されるどころかむしろ推奨される。でも、失敗から学ばないことは許されない。
このマインドセットがDDOを構成する3つの要素のひとつであるEdgeだ。自分の能力の限界、エッジを共有して、成長の阻害要因の輪郭を明らかにする。
けれど、成果を競い合うビジネスの世界では、失敗を隠したくなる。弱いところを見せても大丈夫、という相互信頼の基盤がないと人は自分の弱点を積極的に明らかにはしない。この基盤がHomeと呼ばれる2つ目の構成要素である。本書に登場する企業はいずれもコミュニティーの形成と透明性の確保にリソースを割いている。ヘッジファンドのBridgewater社では、仕事の問題に留まらず、性格に関するパーソナルな問題を上司と議論する場合もある。
そして、組織カルチャーを作って維持するには、コンセプトだけでは足りない。具体的な日々のアクションに落とし込めていないと人も組織も変わらない。DDOの3つ目の構成要素はGrooveと呼ばれる。仕事ぶりについての定期的なフィードバックなどを継続することで、変化のうねり(グルーヴ)が生まれる。企業ごとに施策は異なるけれど、自己評価と他人の評価をもとに各人の強みと弱みを記載した「ベースボールカード(BBC)」というものを全社員で公開する例なんかが紹介される。
でも、儲からないんじゃないの?
さて、DDOのカルチャーは「あなたもOK、私もOK」というようなゆるいものではない。とはいえ、シビアなビジネスの世界で生きている人間からすると、弱みを隠さず、部下の性格的な問題にまで上司が付き合ったりするなんて、カルトみたいでキモいとも見えるかもしれない。
けれど、本書に登場する企業(規模は数百人から数千人の企業まである)は、売上や利益といった点でも競合と比べて高いパフォーマンスを達成している。本書がDDOを推奨する理由、それは、DDOが現代の競争環境に適しているからだ。
技術的な課題と適応を要する課題
経営学者のロナルド・ハイフェッツは企業の課題を「技術的な課題(technical problems)」と「適応を要する課題(adaptive problems)」に分ける。水漏れや自動車修理といった既存の技術や思考で解決できるのが技術的な課題。対して、思考や行動の新しい枠組みを必要とするのが適応を要する課題である。
先の見通しが立たない、いわゆるVUCAの時代では、技術的な課題より、適応を要する課題にどう対応するかが問われる。そんな環境では、トライアンドエラーをより速くより多く実践する企業が長期的な成果を挙げる。いくつかの定量データとともに本書が提示するのはそんな仮説である。
一方で、DDOが推奨される理由は、単に競争に有利だからではない。本書はビジネス書であるけれど、発達心理学と教育学の専門家であるキーガンとレイヒーには、成長や幸福についての哲学がある。
幸福とは状態ではなく成長のプロセス
人間はどうすれば成長するか。人材開発でよくあるアプローチは自分の強みとポテンシャルに着目するというもので、その源流は1960年代の「ポジティブ心理学」の発展にあると本書は述べる。
でも、ポジティブ心理学って、実は理論的裏付けも科学的手法も確立されていないんじゃないか。弱みや失敗に着目したDDO理論を掲げる本書はそう主張する。彼らの理論のベースは、子どもが試行錯誤を重ねてどう成長するかについての研究結果であり、大人にもそれを適用できるという調査結果である。
この違いはさらに、幸福とは何かについてのスタンスの違いを導く。キーガンとレイヒーは、どんな状態(state)にあるかではなく、どんな過程(process)にいるかで幸福を定義する。
どんな状態にあるかで幸福を評価するならば、ネガティブな状態や感情は排除すべきものとなる。でも、どんな過程にいるかで幸福を評価するならば、それらも幸福の構成要素になり得る。成長につながる過程である限り。本書のエピローグで引用されている、13世紀の詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの「ゲストハウス」という詩にならえば、失敗も傷みも苦しみも、人生に迎え入れるべき「ゲスト」の一部なのだ。
「御社の社風にひかれました」
さて、実は本書で紹介されるDDOの施策は「ウチでも既に似たようなことやっているよ」という企業がけっこうありそうなものが多い。本書の功績は、そうした個々の施策をDDOというコンセプトで理論化してまとめた点にあると思う。
製品も業務もコモディティ化する時代には、組織カルチャーこそ、競合がマネできない最大の資産なのかもしれない。どんな企業カルチャーを持つかは、そのまま企業戦略になり得る。「御社の社風にひかれました」という学生の志望動機はとっても白々しいけれど、実はけっこう正しいのかも・・
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著「エヴリワン・カルチャー」は2016年3月に発売された一冊。日本語版の発売予定は不明。日本語版「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか ― すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる」は2017年8月発売。
An Everyone Culture: Becoming a Deliberately Developmental Organization
- 作者: Robert Kegan,Lisa Laskow Lahey
- 出版社/メーカー: Harvard Business Review Press
- 発売日: 2016/03/01
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なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか ― すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる
- 作者: ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー,中土井僚
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2017/08/09
- メディア: Kindle版
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なお、同著者コンビには前作「なぜ人と組織は変われないのか」(原題:Immunity To Change)がある。「成長とは何か」に関する彼らの基本的な考え方はこちらで既に確立されている。
なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践
- 作者: ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2014/09/01
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