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羽生連覇の要因、勝敗を分けた差は?
安藤美姫が平昌五輪の男子FSを解説

構成:スポーツナビ
フィギュアスケート男子で金メダルを獲得し、セレモニーで笑顔を見せる羽生結弦(中央)。左は銀の宇野昌磨、右は銅のハビエル・フェルナンデス
フィギュアスケート男子で金メダルを獲得し、セレモニーで笑顔を見せる羽生結弦(中央)。左は銀の宇野昌磨、右は銅のハビエル・フェルナンデス【写真は共同】

 平昌冬季五輪のフィギュアスケート男子フリースケーティング(FS)が17日に行われ、前日のショートプログラム(SP)で首位に立った羽生結弦(ANA)がFSで206.17点、合計317.85点をマークし、男子シングルでは66年ぶりとなる五輪連覇を達成した。2位には宇野昌磨(トヨタ自動車)がFS202.73点、合計306.90点で入り、銀メダルを獲得。ハビエル・フェルナンデス(スペイン)がFS197.66点、合計305.24点でスペイン人としてフィギュアスケート初の銅メダルを手にした。


 羽生は演技後半の4回転トウループのコンビネーションや、3回転ルッツでミスが出たものの、それ以外の要素では加点を多くもらい、SPからの首位を譲らなかった。


 この男子FSの結果を受けて、2007年と11年の世界選手権を制し、06年トリノ大会、10年バンクーバー大会と2度の五輪に出場した安藤美姫さんに各選手の演技を解説してもらった。

SPとFSをそろえてくる羽生の強さ

気迫がこもった羽生の演技。ケガからの復帰戦ながら見事な滑りで66年ぶりの五輪連覇を成し遂げた
気迫がこもった羽生の演技。ケガからの復帰戦ながら見事な滑りで66年ぶりの五輪連覇を成し遂げた【写真は共同】

 まず連覇を飾った羽生選手ですが、前回王者として臨んだこの緊張感の中、ケガからの復帰戦でありながら、自分が今できる演技を見せられたのは素晴らしかったと思います。期待するみんなの気持ちを乗せて、滑ってくれたのではないでしょうか。「右足がもってくれて感謝」「みんなに感謝」とインタビューでも言っていましたし、そういう感謝が演技からも感じられました。


 羽生選手が勝てた要因としては、前半のジャンプに加え、後半の4回転サルコウ+3回転トウループのコンビネーションと、トリプルアクセルを含めた3連続をしっかり決めたことが大きかったと思います。スピンの質も高かったですし、5コンポーネンツの評価の高さも勝因の1つです。強いて課題を挙げるとすれば、最後に体力が切れてしまったことでしょうか。五輪ということもあり、見えないところでプレッシャーにさらされていた部分もあったと思います。


 そういう意味では、FS1位のネイサン・チェン選手(米国)はSPが悔やまれます。今日のFSを見ていて感じたのはSPの大切さです。今の男子競技では、SPが勝負という側面もあると思います。SPのミスがあったからこそ、今回のFSが見られた部分もありますが、あの演技(4回転フリップを1つミスした以外はミスなし)をされたら誰も勝てないかもしれません。心が無になっていた感じを受けました。五輪初出場であの緊張感の中、こうしたFSの演技をできるのは素晴らしいです。ただ、そういう演技をSPとFSでそろえるのが、羽生選手の強さでもあります。


 ネイサン選手は初出場ながらメダルも期待されていました。そうしたプレッシャーにより、ジャンプのタイミングやスピードのずれが起こることはあるので、SPでは自分の体とメンタルがうまくコントロールできなかったのではないでしょうか。ただ、そのSPを経て、FSでは自分のやるべきこと、自分らしいスケートをするという良い方向にリラックスできた部分もあったと思います。普段のジャンプや、技術面の輝き、スピンやステップのレベルも取れていたので、リラックスして臨めたのだと思います。

自分のために自分の力を発揮できたか

国際大会で2位が続いている宇野。「ノーミスで演技をすれば1位になるという計算はしていた」と試合後に語った
国際大会で2位が続いている宇野。「ノーミスで演技をすれば1位になるという計算はしていた」と試合後に語った【写真は共同】

 銀メダルの宇野選手は、最初の4回転ループで転倒してしまいました。ただ、そのあとにきちんと修正してくると思っていたので、あまり心配はしていませんでした。今季は後半の4回転トウループが入らない試合が続いていたので、そういう意味で勝負は後半かなと思っていました。後半ではトリプルアクセルからの最後は3回転フリップという難しい3連続ジャンプを決めていましたし、後半2本目の4回転トウループは質も非常に高かったです。


 宇野選手は国際大会で最近2位が続いていますが、今回のインタビューなどを見ていると、どういう演技をしたら1位になれるかと頭の中でイメージを描いていたようです。どの選手も「この演技をすれば勝てる」という計算はするものですが、五輪では何が起こるか分からない。今回はもし冒頭の4回転ループを失敗したあとの気持ちで、最初から臨めていれば、結果は違っていたかもしれないです。


 これはあくまで個人的な意見ですが、宇野選手は自分の5コンポーネンツが羽生選手にまだ劣るということを分かっていたので、4回転を何本入れてとか、この構成なら技術点でこれだけ取れるというのを計算していたのかもしれません。人と比べて評価される競技なので仕方ないのですが、もしも自分が今持っている力を発揮することに集中していたら、もう少し自然体で演技ができたように感じました。羽生選手も計算はしていても、自分がやるべきことをやるだけだという気持ちで臨んで、それを発揮できたからこそ、この結果につながった。この試合の勝敗を分けたポイントは、どれだけ自分に集中して、自分のために自分の力を発揮できたかという点だったと思います。

田中はトップで争うスタート地点に立てた

18位という厳しい結果に終わった田中刑事だが、安藤さんは「もっと強くなる」と期待を寄せる
18位という厳しい結果に終わった田中刑事だが、安藤さんは「もっと強くなる」と期待を寄せる【写真:松尾/アフロスポーツ】

 銅メダルのハビエル選手は、非常に落ち着いていたと思います。普段はもう少しキャラクター性が見えるスケーティングや表情をするのですが、今回は冷静だった印象の方が強いです。落ち着いていられたのはやはり五輪に3度出ている経験が大きいですし、その冷静さとメダルを取るという気持ちの強さのバランスがうまく取れていたんじゃないかと思います。


 4位の金博洋選手(中国)は惜しくもメダルに届きませんでした。後半の4回転トウループを下りていたら、メダルが取れたかもしれません。今回一番悔しい思いをしたのは金選手だと思います。金選手も羽生選手と同様にケガからここまで復活してきた。4回転ジャンプは負担がかかりますし、その中で4回転ルッツを決めるまでに状態を戻した。その努力を思うと胸が痛くなります。でも2022年の五輪は北京で行われます。「そこで輝け」と言われているんだと思って今後も頑張ってほしいです。


 日本からもう1人出場した田中刑事選手(倉敷芸術科学大)は、18位と厳しい結果に終わりました。しかし、4回転サルコウをきちんと決めましたし、後半の4回転トウループも小さいミスで終えています。今回は初めての五輪でしたし、トップで争うスタート地点に立てたように思います。SPもしっかりと通過し、そこでのミスも修正してきた。そうした修正力や、大舞台でエレメンツを決める実力も備えている選手なので、今後もこれを良い経験にしてほしいと思います。同じ国に五輪の1位と2位がいることなんてほとんどないですし、それを幸せな環境にいると感じて、頑張っていけばもっと強くなると思います。

2つの歴史的瞬間を見届けられた幸せ

歴史を塗り替えた羽生、宇野、そしてハビエル・フェルナンデス。互いの健闘をたたえ合った
歴史を塗り替えた羽生、宇野、そしてハビエル・フェルナンデス。互いの健闘をたたえ合った【写真は共同】

 大会全体の総括としては、第1グループから4回転ジャンプが見られる時代がやってきたということで、男子シングルの時代が変わったなと思いました。今回はノーミスする選手が少なかったので、欲を言うとSPとFSで完璧な演技を見たかったです。


 一番心に残ったのはネイサン選手です。先ほども言いましたが、あのSPからここまでのFSをやってきた。4回転フリップで手をついた以外は完璧でした。あとは米国のビンセント・ジョウ選手です。4回転ジャンプが注目されていますけれど、最後の手を上げて3回転ルッツからシングルループを挟んでの3回転フリップは難しいコンビネーションなので、それをさらっとやってのけるところを見ると、将来的には日本にとって怖い存在になるかと思います。


 それでもこうして全体的にレベルが上がった中で、羽生選手の優勝と宇野選手の2位は日本の誇りですし、歴史を塗り替えたと思います。あとはハビエル選手のスペイン人初のフィギュアスケート五輪メダリストというのも歴史に残る瞬間だと思うので、2つの歴史的な瞬間を見届けることができたのは幸せでした。


(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

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