当たり外れの多いショービジネスで「何か際立ったことをして、頭ひとつ出る」ことのむつかしさは筆舌に尽くしがたいものがあります。コンテンツファンド界隈の片隅で暮らしていると、大きな流れをつかんで大成功したかと思えば、あるきっかけでドボンしていく人たちというのが毎回いて、そういえばあいつどうなったっけ、みたいな後日談を聞かされることの多い世界でもあります。

 そんな中で、お笑いが好きなら溜まらないエピソードが詰まった本が『お金をかけずにモノを売る広報視点』(竹中功・著)です。

 エピソードとして、デビュー前のダウンタウンの二人がボウリング場横のスペースのうるさいところで面接に来たけど「まだ芸など習ってないのだから面白いわけがない」ということで、これといった話も聞かずに「採用」し、それが吉本興業躍進の原動力となったあたりは「滅茶苦茶じゃねえか」と「言われてみれば仕方ないよな」という複雑な気持ちを抱かせるわけですよ。そんな話のオンパレードです。




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 著者の竹中さんはもともと吉本興業叩き上げの、職人のような伝説のスタッフです。何がヤバいって、いったん火はついた漫才ブームが下火になってから吉本興業の劇場をどうにかした上に東京進出を果たし、テレビ全盛期にタレントを露出させながら劇場をしっかり回して、そこで芸人に地力をつけさせて育成し、雨風に耐えられる一人前にしてスターダムに押し上げていくというサイクルを作り上げた功労者の一人です。

 私も一時期、コンテンツ系で吉本興業にお世話になっていたころはあるのですが、竹中さんとはついぞお仕事でご一緒することはありませんでした。ただ、竹中さんの前著でベストセラーにもなった『よい謝罪 仕事の危機を乗り切るための謝る技術』でもある通り、虚構が渦巻く芸能界においても芯になるのは人間の力であり、芸に対する熱意や執念のようなもの(どんなに客入りが少なくてもいいから、いま目の前にいるこのおっさんを笑わせる、というような)が人を育て、客を増やし、事業を伸ばすということが貫徹されております。

 本書の良さは、かなりガチでさまざまな浮き沈みがあっても、カネ使わずにアイデア一丁で話題を作り、広報ネタに乗り、人をかき集めてどうにかしてしまうという、吉本流というよりは竹中流の秘伝のタレのようなものが羅列されているところです。どこに着眼して人の関心を惹くのか、不調の事業でやる気が低迷している関係者を奮い立たせて前を向かせ同じベクトルに仕立ててうまくやるのか、芸人が芸と人間性を育てていく過程で起きるさまざまなやらかしや問題をどう捌くのか、といった、世間様と人間学なんですよね。

 あまりにも面白かったので、今月売りの「MONOQLO(モノクロ) 2018年 04 月号 [雑誌]」にも書評で掲載しておきましたが、この「流れを読む」のは本当にセンスだと思います。思い付きだけでも駄目、行動力だけでもいけない、何か奔流があってその中に特異点というか重心でもあるんじゃないか、ツボってのがあるのかと思うぐらいに、それはもう見事なものです。

 翻って、テレビがもう駄目だ、ネットで面白いことをやろうという試みはたくさん出てきてはいますけれども、なにかハチャメチャなところでも「人を集め、モノを売る仕掛け」のエッセンスは変わらないのかもしれません。参考になる、ためになるというよりは、実体験、武勇伝の中から驚きを得るという感覚に近い気がします。「え、なんでそんな決断ができちゃったの」という答えがちゃんと書いてあり、その成功のプロセスを見て「あーーーー」となるという。

 繰り返しになりますが、世間様を見る目と、人間学の塊みたいなもんだと思います。本書は。
 仕事で悩みがある? そらええことですね、みたいな。悩んだらええがな。という。あっ、はい。


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