写真はイメージ=PIXTA 誰もが十分な老後資金を用意できるとは限らない。リストラや病気だってあるかもしれない。だが、『貯金1000万円でも老後は暮らせる』を執筆したフィナンシャルプランナー(FP)の畠中雅子さんは、そこまで心配することはないという。その意図を聞いた。
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多数の著作の他、講演、個人相談、金融機関へのアドバイスも。介護施設の研究や引きこもりの子供のいる家庭へのアドバイスには特に力を入れている 「老後資金は最低でも夫婦二人で3000万円、病気や介護に備えるなら1億円は必要」といった数字をよく目にします。一般にFPの所へ相談に訪れる人は、ある程度、お金に余裕がある層です。それでも私が相談を受けている人たちの3割前後は老後資金として1000万円も用意できていません。世の中を見渡したら、定年時に3000万円の老後資金を用意できる人はそれほど多くないでしょう。
■1000万円で何とかする
3000万円という目標金額は、高齢者世帯の平均支出と平均寿命からからはじき出した平均値です。現実には老後資金1000万円でやりくりしている高齢者世帯はたくさんありますし、逆に3000万円以上の老後資金があったとしても、支出が平均以上なら平均寿命までに資金は尽きてしまいます。
3000万円ないと老後破綻ということもなければ、3000万円あれば安心老後ということもない。3000万円はそれぞれの老後を考える時の参考値で、あまり意味のある数字ではありません。
老後資金をつくろうと資産運用を考える人もいます。これも時間がある世代なら可能でしょうが、50歳前後の人が6%や7%といった高いリターンを狙って手元資金を運用してもうまくいくものではありません。まして失敗すると取り返しのつかないことになります。
株式相場は乱高下しており、50歳前後になるまで、ほとんど投資をしてこなかった人が飛び込むには難しい相場でしょう。運用も否定はしませんが、定年までの時間が少ない人は取れるリスクも限られます。老後資金は預貯金でためられる範囲の金額というのが現実的でしょう。
老後資金は多いに越したことはありませんが、私は定年時に1000万円くらいの老後資金があれば何とかなると考えています。
まず、65歳まで働く。そして年金を受け取るようになったら、毎月の生活費支出のうち、年金で賄えない赤字を2万円内に抑えます。加えて1年間の特別支出として20万円を別途、用意します。合計で年間44万円。これを65~95歳までの30年間分積み上げると、65歳定年時に準備したい額は1320万円。1000万円を少しオーバーしますが、特別支出分や月の赤字額で調整すれば、1000万円内に収めることも、さほど無理な話ではありません。
皆さん「老後資金をいくらためられるか」ということばかり気にしますが、定年後の支出と両建てで考えるべきです。ためられなければ出ていく分を減らす。ない袖は振れませんから。
■定年後の住み替えが効果的
老後の支出を減らすにはどうすればいいでしょう。節約が真っ先に頭に浮かぶかもしれませんが、生活が厳しいと思っている人は食費などを十分切り詰めていることが多い。現役時代はともかく、年金生活で食費を月1万円節約できる人はほとんどいません。
一番効果的なのは定年後の住み替えです。戸建てに住んでいるなら駅そばの小さなマンションに住み替える。これで家やクルマの維持管理費を抑えられます。
70歳代半ばを過ぎたら、元気なうちに比較的安い料金で日常生活のサポートを受けられるケアハウスに移り住みます。施設によって月の費用は異なりますが、1人なら月7万円程度、夫婦でも月12万円程度で入れる施設はあります。これなら年金で賄えるのではないでしょうか。それまで住んでいた駅そばのマンションを賃貸に出せば生活費の足しにもなります。
自宅があり、最期は自宅でなくても構わないと割り切れるなら、住まいのダウンサイジングで老後資金を捻出することは決して難しくない。ケアハウスなら公的年金の範囲で十分暮らせる クルマを手放したら生活ができない、元気なうちから共同生活することには抵抗がある、引っ越したら地縁・血縁が頼れなくなる、最期は自宅で息を引き取りたい……。異論や願いは当然あるでしょう。
しかし、クルマを都会で維持するには年間何十万円も掛かります。地縁も近所に住む人たちも同じように年を取れば、やがて自分のことで精いっぱいになります。
介護状態になったら施設より自宅が安上がりという勘違いをしている人もたくさんいますが、介護度が重くなって自宅で最期を迎えるとしたら、それこそ月に何十万円も必要です。
お金がないなら情の部分は割り切るしかありません。ただ、元気なうちから夫婦でケアハウスに入り、夫は囲碁三昧、妻はコーラス活動、夜はそれぞれ居酒屋へ繰り出すといった暮らしを楽しんでいるリタイア組もいます。
老後が不安なのは、何にいくら掛かるかが分からないからです。定年後、どこでどうやって暮らして、最期はどこで迎えて、どこの墓に入るかを頭に描き、必要な費用を見積もってみる。特に数字の裏付けが重要です。何にいくら掛けていいのか、いくら準備しておけばいいのかが分かれば、老後不安はかなり解消します。
そこそこ老後資金があると考えている人も同じ確認作業が必要です。年金生活に入ってからも現役時代の調子で生活レベルを落とせなければ、そこそこの貯蓄などあっという間に枯渇します。
老後資金が足りる・足りないより、我が家の家計がどうなるのかを知らないことが最大のリスクだとお考えください。
(日経マネー 本間健司)
[日経マネー2018年1月号の記事を再構成]

著者 : 日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 730円 (税込み)
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