インタビューで平昌五輪開会式出席と日韓首脳会談実施の意向を表明した安倍晋三首相=1月23日、首相官邸(酒巻俊介撮影)

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 安倍晋三首相(63)が平昌五輪の開会式に出席し、それにあわせて行った韓国の文在寅大統領(65)との会談に関する世論調査の結果は軒並み高かった。

 9日の日韓首脳会談の翌10日と11日に実施された産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査によると、「安倍首相が訪韓してよかったと思う」と答えたのは76・9%で、「訪れるべきでなかったと思う」の19・5%を大きく引き離した。ちなみに、1月20~21日に実施された合同世論調査では、「開会式に出席すべきだ」が49・5%、「出席する必要はない」が43・1%だった。

 首相は1月23日の産経新聞とのインタビューで開会式出席と日韓首脳会談の意向を明かした。その内容は翌24日付朝刊で報じた。

 インタビューで首相は、文氏との会談で慰安婦問題をめぐる日韓合意に関し、日本側への追加措置を求めた文政権の新方針を「受け入れることはできない」と直接伝え、合意の着実な履行を求める考えを明らかにした。また、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の「微笑外交」の攻勢を受ける文氏に対し「北朝鮮への圧力を最大化していく方針はいささかもぶれてはならない」との考えを伝える方針を明確にしていた。

 インタビューの時間は約40分。多くの時間を訪韓に関するやりとりに割いたが、首相は答えに窮することもなく、よどみなく質問に答えていた。自身の決断に相当の自信を持っていたようにみえた。

 だが、首相が訪韓の意向を表明したことに批判的な意見が相次いだ。首相にインタビューし、記事を書いた筆者に対しても、訪韓に反対する人たちから批判の声が寄せられた。記事は首相の発言内容をまとめたものだったが、「ミスリードな記事」と言われ、困惑した。

 24日午前に自民党で開かれた会合でも反発が相次いだ。

 「韓国に対して間違ったメッセージを送ることになる。これだけひどいことをしても日本という国は許してくれるんだ、と」

 「国際社会の中で、やっぱり日本はいわゆる慰安婦問題について何も解決しないよというメッセージを与えることになる」

 ほかにも多くの意見が出たが、どれも至極当然な意見である。それほど韓国という国は日本で信用されていないし、首相が行ったところで、日韓合意の履行を明言するはずがないと誰もが思っているからだ。

 首相も、訪韓に反対する声について「そうした気持ちになることは十分に理解できる」と語った。だが、「何をすべきかを熟慮して判断し、実行するのは政権を担う者の責任だ」と述べ、自身の決断は国内の世論に振り回されるのではなく、国家のリーダーとしての決断を優先させた。

 日韓首脳会談で首相は文氏に直言した。

 「日韓合意は国と国との約束であり、政権が代わっても約束を守ることは国際的かつ普遍的に認められた原則だ。日本はすでに約束をすべて実施している。韓国も日韓合意で最終的かつ不可逆的な解決を確認した以上、約束をすべて実行してほしい」

 これは政府から公表された一部のやりとりだ。公表されていない部分のやりとりは、首相がもっとストレートに文氏と慰安婦問題について意見をぶつけている。もっとも、文氏は「(慰安婦問題は)微妙な問題だからそう簡単には解決できない」「(元慰安婦の)おばあさんたちの気持ちが癒やされれば自然に解決するはずだ」などと述べ、のらりくらり。

 文氏の様子に、それまで怒りをこらえていた首相も堪忍袋の緒がキレたのだろうか、「朴槿恵前政権の時に(10億円など)取るものは取っておいて実行できないというのはあり得ない」と厳しい言葉を飛ばした。さらに、「日韓合意については、日本にも国民から強い反発があった。相当の批判があった。しかし、あえてここで決断しないと日韓関係は前に行けないと考え合意に応じた。あなたも国民の高い支持があるんだから決断しなければならない」と言い切った。

 さすがの文氏の表情も居心地の悪さを感じたのだろう、ヘラヘラした雰囲気が消えたという。こうした発言は、外交当局者間のやりとりでは十分に伝わらない。首脳会談だから可能だったといえる。

 これまでの日本外交は、問題があったら自発的に譲歩、または謝罪して、友好的な雰囲気を維持することに腐心していた。それが、モノを言わない、弱い日本外交につながってきたのだが、安倍政権では「問題があったら対話する」との方針に変わった。むしろ日本と問題を抱える相手国にすれば、向かってくる首相は厄介な相手なのかもしれない。

 こうした姿勢は、開会式にあわせて訪韓した北朝鮮の金永南・最高人民会議常任委員長と首相のやりとりでも垣間見える。

 9日夜の平昌五輪開会式前に開かれた文氏主催のレセプションが終わりにさしかかったころ、首相ら日本政府関係者は一気に金氏を取り囲んで拉致被害者全員の一刻も早い帰国を訴えた。

 もっとも金氏は象徴的な存在に過ぎないため、どれだけ首相の接触が有効かは疑問が残る。ただ、首相が金氏と話したことは韓国政府が日本政府に先んじて公表し、日韓メディアが大々的に報じていることから、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が接触を知らないはずがない。

 何よりも今回の首相の訪韓の成果は、北朝鮮が金永南氏や、金正恩氏の妹の金与正・党中央委員会第1副部長を送り込んで、南北融和の雰囲気を盛り上げ、五輪開会式を「ハイジャック」しようとしたのに対し、訪韓したペンス米副大統領とともに日米共闘で対抗したことではなかったか。

 首相とペンス氏は7日に東京で会談や晩餐会などで約4時間にわたって対話した。9日も平昌で夕方からレセプションまでの約2時間、そして開会式中の約2時間を一緒に過ごした。9日の場合は予定になかったが、ペンス氏側から首相との対話を求めてきたという。

 想定外のペンス氏との時間は、首相が平昌に行っていたからこそ可能だった。ある政府関係者は「現場に行っていたから対応できた。行っていなければ、これだけの外交戦で日本だけが不在になるところだった」と話す。

 首相がこうした展開を見通していたという気は毛頭ない。だが、仮定の事態にも備えて対応していたとすれば、それは首脳として当然の対応であり、正当に評価されてよいのではないだろうか。 (政治部 田北真樹子)