北朝鮮の「ほほ笑み外交」 日本の懸念

ルパート・ウィングフィールド=ヘイズ東京特派員、BBCニュース

アイスホッケー女子「合同コリア」代表ランディ・グリフィン選手が、チーム最初のゴールを決めた Image copyright Getty Images
Image caption アイスホッケー女子「合同コリア」代表ランディ・グリフィン選手が、チーム最初のゴールを決めた

第2ピリオドの途中まで来たところで、ランディ・グリフィン選手が右ウィングから攻め、日本のゴールキーパー、小西あかね選手の脚の間にパックをすり抜けさせた。

パックがネットに滑り込むと、観客は歓喜に沸いた。観客席では、赤に身をまとった北朝鮮のチアリーダーたちが喜びを爆発させた。

五輪史上初めて、韓国と北朝鮮の合同チーム「コリア」の女子アイスホッケーチームが得点を入れたのだが、ただの得点ではない。日本戦で1点取ったのだ。

コリア・チームが勝ちそうなのだと勘違いしても、許されただろう。実のところ、試合は1対4で負けてしまった。しかし得点したのだ。そして勝利への熱意のみが試合の勝敗を決めるのだとしたら、コリア女子チームは、日本チームを圧倒的な差で打ち負かしていただろう。

「北朝鮮選手の思いは私たちと同じだ」。韓国代表のチョイ・ジヨン選手は試合に先立ち、こう述べていた。「日本相手のこの試合には、何が何でも勝たなきゃいけないと、お互いに声を掛け合った」。

北朝鮮と韓国は、正式には今も戦争中だ。非武装地帯を挟み、今も何千もの大砲やミサイルが互いに向けられている。しかし、日本を打ち負かすという共通の思いほど、北と南を1つに結びつけるものはないだろう。

韓国の英字紙コリア・タイムズに対し高校生のミン・スンウォンさんは、今の状態を次のように要約した。「私は当初、北朝鮮チームが韓国チームに加わるのに反対だった。でも日本戦は私たちにとって、国として大きな意味を持つ。歴史的な緊張から、日本戦に勝つために北と南の選手がもっと団結して協力できればいいなと思う」。

ミンさんが言っている「緊張」とは、多くの北朝鮮人および韓国人が日本に抱く、怒りというより憎しみでさえある感情を指す。日本が20世紀前半に朝鮮半島でした残忍な占領が原因だ。

この占領は、第二次世界大戦中に何万人という朝鮮半島の女性が性奴隷として働いた出来事も含まれる。

日本対コリアの試合を応援する北朝鮮のチアリーダー Image copyright Getty Images
Image caption 日本対コリアの試合を応援する北朝鮮のチアリーダー

日本海、あるいは韓国語で「東海」と呼ばれる海を挟んで見ている日本の安倍晋三首相にしてみたら、平昌冬季五輪で見られたこの行状は、試合観戦を居心地の良くないものにする。

韓国外交部でかつて副長官を務めたキム・スンハン氏は数日前に五輪について話した際、次のように断言した。「北朝鮮は、明らかに金メダルを勝ち取っているようだ」。

選手が、という意味ではない。ミサイル発射から平昌五輪の全面的な受け入れまでの、北朝鮮の類まれな変わり身を言っているのだ。中には北朝鮮の首都をもじって、「平壌五輪」と呼び始める人までいるほどだ。

「ほほ笑み外交」

安倍氏もほぼ確実に同意するだろう。五輪開始前のインタビューで河野太郎外相は筆者に対して、韓国が北朝鮮の「ほほ笑み外交」に取り込まれてしまう懸念について話した。

そしてなんと盛大なほほ笑み外交が行われたことか。最大の見せ場は疑いもなく、金正恩氏の実妹、金与正(キム・ヨジョン)氏が3日間訪韓したことだ。与正氏は魅力的な笑みを浮かべ、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を平壌に招待した

これらは全て安倍晋三首相にとっては悪い知らせだ。日本政府による、北朝鮮の核の脅威を阻止するための政策を根幹から覆す恐れがある。

米国にとって、北朝鮮が核兵器の備蓄を増やすことは間もなく現実の脅威となるだろう。日本にとってはすでにそうだ。昨年に北朝鮮が発射した2発の長距離ミサイルは日本の上空を飛んでいった。ここで大きく懸念されることは、どんな種類の軍事衝突であっても、北朝鮮が核を使うのはソウルではなく東京へ向けてではないかということだ。

「我々は広島や長崎が再び起きるのを絶対許してはいけない」と最近、日本の退役将校は筆者に話した。

韓国の文在寅大統領と会う金正恩氏の実妹、金与正氏 Image copyright Getty Images
Image caption 韓国の文在寅大統領と会う金正恩氏の実妹、金与正氏

よって安倍晋三首相は非常に強硬な立場を確立した。週末にソウルで見られた「愛の祭典」以来、全ての声明で、文大統領に訪朝してほしくないという立場を明確にしている。

ソウルにある国民大学校のアンドレイ・ランコフ教授は、北朝鮮の思惑に対する日本の懸念をうまく説明している。北朝鮮情報に特化したウェブサイト「NKニュース」の記事中で、「北朝鮮の外交手腕は卓越している。敵の弱点と分断を利用することに精通している」とランコフ教授は書いている。

「12月中旬以来、北朝鮮の外交は大きく分けて2つの目標に向かっている。まず北朝鮮は、米国が先に軍事攻撃に出る可能性を低くしようと懸命に取り組んでいる。第2に、米韓の間にくさびを打ち込むことに精力を傾けている」

日本の河野外相は北朝鮮に対する経済制裁が「効き始めている」との認識を筆者に示した。昨年の晩夏に課された制裁措置により、いよいよ北朝鮮経済に影響が出始めている、と。だからこそ北朝鮮は五輪大会というほほ笑み外交の手段を講じ時間稼ぎをして、息が止まりそうな状態を緩和している、と。

(英語記事 Japan's worries about North Korea's 'charm offensive'

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