「日本では転職しても賃金が上がらない」という話をよく聞きますが、一概にそうとはいえない実態については、「『転職すると年収が下がる』は本当か? データで検証」でお伝えしたとおりです。しかし、そもそも日本の求職者は、転職時に収入アップを目指しているのでしょうか。当然ですが、収入アップを求めなければ上がりません。実は、日本では転職時に重視する項目の上位に「高い賃金」が入ってこないのです。では、日本の従業員は転職先企業に何を求めているのでしょう。諸外国との比較で浮かび上がる、日本の転職事情の特徴とは――。
■転職時に「高い賃金」を重要視しない日本
リクルートワークス研究所とボストンコンサルティンググループは、2015年から毎年、共同で「求職トレンド調査」を実施しています。これは、世界13カ国(G7、BRICS、オーストラリア)の求職行動を比較したものです。17年12月に発表した最新の結果では、日本の求職者が、他の国に比べて、転職時に賃金を重視しないことが浮き彫りになっています。
「転職前よりも給与水準が上がる転職先だけを検討した」人の割合は、日本は26%。また、日本の転職者のうち4人に3人は、転職後、給与水準が転職前と同水準もしくは下がる転職先も検討しています。
では、諸外国はどうでしょう。13カ国平均で、給与水準が上がる転職先だけを検討している人の割合は53%と、日本の2倍以上なのです。ちなみに、インドは81%、中国は63%と、過半数の人が「転職前よりも給与水準が上がる転職先だけを検討」しているのです(表1参照)。
実は、前職の退職理由を単一回答で聞くと、日本も含めて、その1位は「報酬に対する不満」です。ただし、その割合は13カ国平均の22%に対して、日本は17%にとどまり、「職場の人間関係への不満があった」の16%と同じ位の割合です。「不満はなかったが辞めざるを得なかった」(15%)を挙げた人の割合が他国よりも高いのも特徴です。
ちなみに報酬に対する不満を理由として挙げる人が特に多いのは、インド(35%)と中国(30%)です。両国では、転職前よりも給与水準が上がる転職先だけを検討した人が多く、日本のその割合が少ないのもうなずける結果となっています。
つまり、そもそも日本では給与水準を理由に転職している割合が低く、転職時に給与水準が上がるように活動していない人も多いという特異性があるのが分かります。
■現在の職場でも「高い賃金」を重視しない日本
転職に限らず、仕事をするうえで重要視している点においても、日本の特徴が表れます。少し古い情報ですが、リクルートワークス研究所のリポート「アジアの『働く』を解析する」(2013年)では、中国、韓国、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、ベトナム、日本のアジア8カ国に米国を加えた9カ国の「働く」についての様々な比較を試みています。
ここでも、日本の独自性が際立っています。例えば、「仕事をするうえで大切だと思うもの(3つまで選択)」という設問に対して、「高い賃金、充実した福利厚生」を選択した割合は、高い順にインドネシア、中国、マレーシア、ベトナム、韓国、タイの6カ国で70%を超えています。そして10%以上の差があってインド(58.8%)、米国(56.9%)が続き、日本はさらに15%以上離れて39.0%と、唯一、過半数を割っているのがわかります(表2参照)。
つまり日本は唯一、仕事をする上で「高い賃金、充実した福利厚生」を重視する人が4割弱しかいない国なのです。ちなみに、日本はトップ3まで見ても、「人間関係(56.0%)」「仕事内容(51.3%)」「勤務時間・休日(49.0%)」と、高い賃金や充実した福利厚生は出てきません。
■日本は「賃金」よりも「職場の人間関係」
参考までに、各国の選択項目のトップ3を抜き出してみました。
●インドネシア (1)賃金・福利厚生 (2)キャリアパス (3)人間関係
●中国 (1)賃金・福利厚生 (2)キャリアパス (3)仕事内容
●マレーシア (1)賃金・福利厚生 (2)雇用の安定性 (3)仕事内容
●ベトナム (1)賃金・福利厚生 (2)教育研修 (3)雇用の安定性
●韓国 (1)賃金・福利厚生 (2)勤務時間・休日 (3)雇用の安定性
●インド (1)賃金・福利厚生 (2)雇用の安定性 (3)キャリアパス
●タイ (1)賃金・福利厚生 (2)雇用の安定性 (3)仕事内容
●米国 (1)賃金・福利厚生 (2)仕事内容 (3)雇用の安定性
●日本 (1)人間関係 (2)仕事内容 (3)勤務時間・休日
インドネシア、中国以外の6カ国でトップ3に入っている「雇用の安定性」が日本では入っていません。また、日本で1位の「職場の人間関係」は、インドネシアの3位を除くと他の7カ国ではトップ3に入ってこないのです。
■日本人が給与にこだわらなくなる仕組み
最後に大学生が卒業後の進路を決めた時期について確認してみましょう。選択肢は、「中学卒業以前」「高校時代」「大学生の前期」「大学生の後期」「大学卒業後」の5つです(表3参照)。
ここでも日本の独自性が際立っています。日本は「大学生の後期」が66.3%と3人に2人が大学3年生、4年生の時期に決めているのが分かります。企業の新卒一括採用や就職協定などの日本独自のルールの存在を考えると納得できます。この結果、「大学卒業後」に進路を決めた割合は17.8%。「大学生の前期」は12.1%とかなり少数派なのです。
比較的似た結果になっているのが、中国、韓国です。それぞれ「大学生の後期」の割合は中国47.0%、韓国43.5%と半数弱の大学生は短期間で進路を決めています。
一方で「大学生の後期」の割合が低いのは、ベトナム、インド、マレーシア、インドネシア、米国、タイの6カ国です。
では、各国の大学生はいつ決めているのかというと、インターンシップが盛んなアメリカは「大学生の前期」が33.1%ですが、他国は「大学卒業後」が圧倒的に多い。実は、それらの国では、大学卒業時に4割前後の学生は進路先が決まっていないのです。実際、各国で失業問題といえば、若年層が問題になることが多いです。
日本の大学生は、新卒一括採用のもと、就職のタイミングはほとんどの人が同じで、初任給についても一部の企業を除くと大半の企業では、新卒入社時には大きな差異がありません。加えて、入社後についても、「終身雇用」「年功序列」的な人材マネジメントのもと、査定などにより従業員間で給与に大きな差異が生まれにくい現状があります。
さらに、日本企業では、給与の情報が同僚、友人・知人間に共有されることもほとんどありません。つまり、賃金の情報が少なく、なんとなく横並びであるという幻想を持ちやすいのです。
また、正社員については、一般的に解雇規制も厳しく、雇用の安定性もあります。結果、「給与が大きく増減しない」という点や「雇用が安定的である」ということが当たり前だという幻想を持ちやすく、上位項目として出てきにくいのだと推察できます。
一方、チームで仕事をするケースが多く、労働時間が長いことなどから、人間関係、仕事内容、勤務時間・休日などが上位に並ぶのも理解できますね。
■人生100年時代、キャリアは自分で考える
日本では、大企業を中心に、中長期的な視点で人材を育成し、安定的に長期雇用してきたという特徴があります。このおかげで、諸外国で問題になる若年失業率は低い水準です。また、賃金や雇用の安定も従業員一人ひとりというより、雇用している企業が主導して対応していました。これこそが、日本の働く個人が「賃金」を重視しない理由です。働く個人が賃金を重視しなくても、「企業がよしなにやってくれるので何とかなっていた」とも言えるかもしれません。
しかし、人生100年時代、80歳くらいまで働くとすれば、現在の会社で働き続ける可能性の方が低いでしょう。転職が当たり前になり、回数も増えていくなかで、賃金や雇用の安定性、そして自分のキャリアの築き方も、会社ではなく、個人が主体的に考える時代が来るのは明らかです。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は2月23日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
中尾隆一郎 リクルートワークス研究所副所長・主幹研究員。リクルートで営業部門、企画部門などの責任者を歴任、リクルートテクノロジーズ社長などを経て現職。著書に「転職できる営業マンには理由がある」(東洋経済新報社)、「リクルート流仕事ができる人の原理原則」(全日出版)など。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。