トランプ米大統領は、なぜ、"They’ve gotten away with murder"と言ったのか?
一昨日、日本版AFPが『トランプ氏、日本が貿易で「殺人」と非難 対抗措置を警告』という見出しの報道をした。ちょっと驚きをもって関心を集めそうな見出しである。内容もそれに準じていた。
【2月13日 AFP】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は12日、日本を含む貿易相手国が「殺人を犯しながら逃げている」と非難し、対抗措置を取る構えを示した。トランプ氏はホワイトハウス(White House)で開かれたインフラ関連の会合で、出席した閣僚や州・地方自治体の関係者を前に、「他国に利用されてばかりではいられない」と述べ、「わが国は対中日韓で巨額を失っている。これらの国は殺人を犯しながら逃げている」と指摘。
「わが国以外の国、米国を利用する国々に負担してもらう。いわゆる同盟国もあるが、貿易上は同盟国ではない」「相互税を課していく。これに関しては、今週中、そして向こう数か月間に耳にすることになる」と予告した。
トランプ氏が具体的に何に言及しているのかは不明。AFPはホワイトハウスにコメントを求めたが、現時点では回答は得られていない。(c)AFP
随分物騒な発言のようにも聞こえるが、「殺人」に関わる部分の英語の表現は、"They’ve gotten away with murder"であり(参照)、これは字引を引けばわかるように、「好き放題やっている」という熟語表現である。直接的には、「殺人」には関係ない。まあ、概ね、誤訳と言っていいだろう。
ちなみに、Alcomの自動翻訳にかけてみると、熟語の部分はきちんと訳されていた。この表現は普通に熟語として登録されているのだろう。
It’s a little tough for them because they’ve gotten away with murder for 25 years.彼らが25年の間何でもし放題だったので、それは彼らのために少しタフです。
話をAFPの誤訳に戻すと、この誤訳は、日本版AFPに限らず、読売新聞記事『「日本など『殺人』」トランプ氏、貿易巡り非難』(参照)にも見られた。
制度の詳細は明らかにしなかったが、トランプ氏は「週内、数か月のうちに耳にすることになる」と指摘。対象国は「米国につけ込んでいる国で、いくつかはいわゆる同盟国だが、貿易上は同盟国ではない」と述べたうえで、「米国は中国や日本、韓国、その他多数の国で巨額のカネを失っている。(それらの国は)25年にわたって『殺人』を犯しておきながら許されている」(They’ve gotten away with murder)」と述べ、異例の表現で非難した。
トランプ氏は不公平な貿易により、米国の製造業が衰退し、雇用が失われる一方、相手国は不当に利益を得ているというのが持論で、その被害の大きさを「殺人」という極端な言葉に込めたとみられる。
実際には英語の慣用句としてそれほど極端な表現ではないが、読売新聞の報道としてはそういう視点なのだろう。つまり、そうした視点からすると、誤訳とも言えないのかもしれない。訂正も出ないかもしれない。
日本版AFPはその後、訂正記事を出した。誤訳だったとの説明はないが、訂正内容からはそう読み取ってもよさそうだ(参照)。
【訂正】トランプ氏、日本などが貿易で「好き放題だ」と非難 対抗措置を警告
2018年2月15日 発信地:その他
見出しで「日本が」としていましたが、トランプ氏の非難対象には日本のほかに中国と韓国も含まれていましたので、見出しを「日本などが」に訂正しました。また、見出しと本文でそれぞれ「殺人」「殺人を犯しながら逃げている」としましたが、原文の該当部分"getting away with murder"は、「好き放題にする」という表現であるため、「好き放題だ」(見出し)と「好き放題にやっている」(本文)と訂正しました。
ところで、なぜ、トランプ米大統領は、"They’ve gotten away with murder"という表現を使ったのか? 読売記事では、「異例」な表現を使ってでも不公平な貿易と彼が思うものを非難するためだった、となるだろう。
読売記事が誤訳をもとにしているかはさておき、この表現に非難の意図が含まれていることは確かであるが、強調的意図での表現だったかについても議論は残るだろう。普通に口語的な表現で、それほど背景的な意味はないとも解釈はできそうだ。
が、そうでもないのである。
"get away with murder"という表現を聞くと、現代アメリカ人の多くは、それを含んだ題名のABCのドラマを連想するだろう。日本では、『殺人を無罪にする方法』という邦題がつけられているが、"How to Get Away with Murder"である。このドラマはDlifeでもやっていたし、現在ではNetflixにも入っている。ドラマとしては殺人をしても咎められないという洒落の意味が込められている。
で、このドラマと、トランプ米大統領の今回の発言は関係があるか? というと、あるかもしれないのである。彼の奥さんのメラニア夫人がこのドラマのファンだからだ。昨年末のニューヨーク・タイムズに記事があった(参照)。
KATIE ROGERS Melania Trump recently told me her favorite show is “How to Get Away With Murder.” I love that the first lady is a Shondaland fan. She also enjoys “Empire.” And reality TV did not come up once.
おそらく、トランプ米大統領は、奥さんと一緒にこのドラマを楽しみに見ていた、あるいは、そのドラマの話題を夫婦でしたいた、と考えてもよいだろう。
ちなみに、メラニア夫人のが好きなもう一つのドラマは『エンパイア』だが、これについては、このブログで過去に扱ったことがある(参照)。
ジャーナリストのみなさんは忙しくて、洋ドラとか見ている時間もないのかもしれないけど、現代の米国を知る上では、些細に思えるかもしれないが、洋ドラというのは意外に重要なものかもしれない。
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