「さすが小泉今日子」からの減点
不倫が発覚する度に、「こいつなら許す」「こいつなら許さない」と判別を繰り返すこと数年、小泉今日子があっけらかんと「不倫してます」と伝えると、ひとまず各方面に配慮しなきゃいけない案件だなと感知したメディアは、「不倫」ではなく、小泉の発表通りに「恋愛関係」との文言で報じた。どうやって伝えるのが無難なのかと様子見する空気に包まれる。未婚の女性芸能人が既婚男性と不倫しているとわかった途端に、「相手側の奥様のことを考えたら許せない!」と、相手の奥様を憑依させるいつもの必殺技は、なぜだか、ひとまず隠されるのであった。
人様の不倫について「許せる」「許せない」と外の人間が査定する奇行は今回も続いたが、いつものように、自由気ままにバッシングを加算していくスタイルではなく、「さすが小泉今日子」という状態から、どこまで不倫で減点していいのかを推し量るという珍しいケースとなった。人様の不倫を、加算にしろ減点にしろ、採点する行為自体を止めよ、と思うのだが、止める選択肢はない。ジャッジを止めないけど、今回はジャッジの仕方がわからないので様子を見る。偉い人や組織の提灯を持つことに馴れている媒体は、「さすが小泉今日子」からの減点方法に困り果てたのである。
「足を組みながら質問に応える一幕も」
さて、お相手は豊原功補。彼のことを知って長い年月が経つが、よし、今日は彼が出るぞ、とテレビの前に身構えた経験はない。ずっと見かけてきた。でも、「見かける」にしては、その情報量が多く、刑事役だったか犯人役だったかすらも覚えていないのに、見かけた残像が色濃く記憶されている。今、ベテランの男性俳優は何かとバイプレイヤーと持ち上げられる傾向にあるが、見かけた残像の量では、豊原功補って相当上のほうにくるのではないか。小泉のコメントを受けて、豊原が会見を開いた。テレビの前で彼を身構えた初めての経験になったが、「さすが小泉今日子」からの減点方法を見定められない人たちがどうしたかといえば、豊原が記者会見中に足を組んでいたことを、これは減点の材料ではないか、と漂わせるのだった。
「約30分の会見では特別な謝罪はなく、緊張しているのか途中からは足を組みながら質問に応える一幕もあった。」(サンスポ)
「あらためての謝罪はなく、途中からは足を組みながら質問に答えた。」(日刊スポーツ)
「時に足を組み、適切な言葉を探すように苦悩の表情を浮かべた」(デイリースポーツ)
ワイドショーでも、高橋真麻らが、豊原が足を組んでいたことを批判していたが、記者会見で足を組んではいけない理由とは何なのだろうか。そもそも足を組む行為は、なぜ失礼なのだろうか。
「ほかのお客様のご迷惑」方面の足組み
電車に乗ると「お客様にお願いいたします。足を組んだり、前の方に出したりしますと、ほかのお客様のご迷惑となりますので、ご注意ください」とのアナウンスが流れる。個人的には「くるぶしを膝頭に乗せて靴底を他人に向けて足を組む、いわゆる直角組み」(伊藤歩「通勤電車の座席をめぐる『仁義なき戦い』」東洋経済オンライン)に遭遇すると、腹立たしさを超えた殺意に程近い感情が入り交じってくる感覚を持つ。「混んでいるのに、オレの快適を譲らないオレを見てよ」みたいな人って、本当に現れるものである。
足を組む行為は「ほかのお客様のご迷惑」だから止めてほしいのであって、足を組む行為自体を無礼だと決めつけているわけではない。膝は閉じているのが正しい、との頭があるのは「正しい座り方=正座」をスタンダードにしているからではないか。むしろ、国によっては、足を組む行為を「じっくり話し込もうとする合図」だと読み取ることもある。国際会議の場で、足を組む首長は少なくない。もしかして豊原功補は、「何でも聞いてよ」「今日は話しちゃうぜ」という積極性を伝えるために足を組んだのか。しかし、突然の豊原功補の供給過多を前にして、これは対話のための足組みなのかも、との選択肢を浮上させることなどできず、「ほかのお客様のご迷惑」方面の足組みだと決めつけてしまった。これは対話ではなく圧力、と決め込んだのだ。
放牧ワイルド
足を組むという行為をどう受け取っているか、先に引用した3媒体には細かな違いがある。「緊張しているのか途中からは足を組みながら」は、ちゃんとすべき場面なのに、ついうっかりいつもの感じが出ちゃってる、との冷たさを感じるし、「あらためての謝罪はなく、途中からは足を組みながら」という接続には、謝罪する気はないとする態度を横柄だと感じ、その気持ちを足組み行為に混ぜ込んだ感じがある。「時に足を組み、適切な言葉を探すように苦悩の表情」では、戸惑い・苦悩を示す行為として足組みを捉えている。
「豊原功補」の画像検索を5分ほど続けたが、豊原功補が正しく座っている画像を見つけるのは難しい。私たちがさほど感知しない間に「ワイルド」という抽象概念を比較的ベタに探求してきた俳優は、人前に立てば、ちょっと姿勢を崩すことがデフォルトになっている。横浜家系ラーメンよろしく立って腕を組むなど、とにかくどっしり構えて写真に収まることが多い。行儀よく座っている写真は見当たらない。
それぞれの「豊原功補」観を集わせたことがないので分からないのだが、これまで、彼に対して、「ちゃんとしろ、足組むな」と促すタイミングはなかった。あのワイルドは放牧されてきた。それが今回、不倫をめぐって、許す・許さないの査定に引っかかり、足を組むなんて、と添えられることとなった。だが、豊原功補が足を組む行為に対する違和感があるとしたら、それは、私たちが豊原功補を見逃してきたことの集積が招いたとも言える。こんな時に足を組むんじゃない、ではなく、こういう時に足を組むのが豊原功補なのである。初めて直視して、このことにようやく気づけた。
(イラスト:ハセガワシオリ)