「任天堂法務部最強伝説」は本当? ドンキーコング訴訟からコロプラ訴訟まで
任天堂(京都市)がコロプラ(東京都渋谷区)を相手取り、スマートフォン向けゲーム「白猫プロジェクト」(白猫)の配信差し止めと損害賠償44億円の支払いを求めた訴訟の第1回口頭弁論が2月16日、東京地裁で開かれる。任天堂が所有する特許の侵害があったといい、コロプラは1年以上にわたり侵害はないと説明してきたが受け入れられず、訴訟に至ったと説明している。
提訴のニュースが1月10日に流れると、翌日にはコロプラの株価が急落。「任天堂法務部が本気を出した」とネットで大騒ぎとなった。その背景には、ユーザーの間に根強い「任天堂法務部最強伝説」がある。過去における任天堂の訴訟はネットでは劇的に語り継がれ、ニコニコ動画の用語解説でも「任天堂法務部とは、任天堂株式会社が誇る最終兵器である」と書かれる。
そんな任天堂が、国内で初めてとなる特許侵害についての訴訟を起こし、「白猫」の配信差し止めまで求めてきたため、「あの任天堂法務部が動いた」とユーザーがざわめいたのだ。しかし、本当に「任天堂法務部」は最強なのか。そもそも「任天堂法務部」は実在するのか。伝説の裏側を取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「法務部は実在する?」→「担当する部署は複数あります」
まず、「任天堂法務部」は実在するのか。任天堂への取材によると、現在法務を担当する部署は複数あり、「社内組織の詳細については、お答えしていません」とのことだ。法務担当部署の人数や、その中にインハウスロイヤー(企業内弁護士)が所属しているかなども「非回答」だった。
ただ、任天堂の企業ホームページを見ると、「事務系」の仕事に「法務」が含まれており、「世界各国の知的財産制度に則した、技術とブランドを保護する業務を通じて、任天堂ブランドの維持向上を図る」ことを目的に「知的財産の権利化と維持」「先行する知的財産権の調査」「知財紛争・訴訟」「模倣品対策」を行っていると紹介されている。
「法務部」という部署名がネットで有名になったのは、以前、任天堂の企業ホームページに掲載されていた「法務部の社員」のインタビュー記事の影響が大きいようだ。また、任天堂では海外でも訴訟を行っているが、この場合は「海外子会社と協力して、対応しています」という。
●「任天堂法務部」を伝説にしたドンキーコング訴訟
任天堂は、過去にいくつもの大きな訴訟で勝利を得ている。これらの訴訟についても今回、取材を申し込んだが、残念ながら「古い過去の訴訟についてはお話ししておりません」との回答だった。しかし、当時の報道や任天堂について書かれた文献などをひもとくと、その「伝説」の姿は浮かび上がる。
まず、ネットで賞賛されているのが「ドンキーコング訴訟」だ。アメリカの古典映画「キングコング」を制作したユニバーサルが1982年、任天堂のゲーム「ドンキーコング」が同社の権利を侵害しているとして、ロイヤルティの支払いを求める訴訟を起こした。この訴訟については、「ニンテンドー・イン・アメリカ」(ジェフ・ライアン著、早川書房)に詳しい。
同書によると、任天堂は当初、支払いをして問題を解決しようと考えていた。しかし、アメリカ子会社である「ニンテンドー・オブ・アメリカ」(NOA)のハワード・リンカーン弁護士(後にNOA会長)は「ドンキーコング」と「キングコング」は違う動物だと反論できると主張、「ユニバーサルに1ドルたりとも払うつもりはない」と戦う決断をした。
●ゲーム名の由来にもなったジョン・カーヴィ弁護士
リンカーン弁護士は辣腕のジョン・カーヴィ弁護士を雇い、任天堂は法廷闘争にのぞんだ。その争いは「7日間続いた」と同書には書かれている。カーヴィ弁護士は反撃に出た。ユニバーサルは1975年、「キングコング」を最初に制作したPKO社を訴えたことがある。ユニバーサルはこの裁判で自ら、「キングコング」の著作権の保護期間は切れ、パブリックドメインに入っていることを証明、勝訴していた。「キングコング」は誰のものでもないことをカーヴィ弁護士は調べ、訴訟の却下を求めた。
この時、ユニバーサルは権利がないと知りながらロイヤルティを求めていくつも訴訟を起こしていた。しかし、ロバート・W・スウィート判事は「ユニバーサルは『キングコング』を所有していない」「仮に所有していたとしても『ドンキーコング』はそのコピーではない」「仮にコピーであっても、それはパロティと考えられ合法である」と厳しく断じたという。この訴訟合戦は結局数年続いた末に、ユニバーサルはすべての訴訟に敗訴。この劇的な勝利が、「任天堂法務部最強伝説」の始まりだった。
カービィが、任天堂のゲームシリーズ「星のカービィ」と同じ名前であることも、ネットではよく指摘される。この件について、任天堂代表取締役フェローでマリオシリーズやドンキーコングシリーズの生みの親である宮本茂氏はインタビューの中で、名前の候補リストの中にカービィがあり、弁護士のカービィとの一致が面白いとのことで選ばれたと語っている(2011年6月17日付「GAME INFORMER」)。
●ユリ・ゲラー氏とも法廷闘争
その後も、任天堂の公式発表や報道によると、任天堂は国内外でさまざまな法廷闘争を行っている。その一部を紹介しよう。
・旧ソ連で開発されたゲーム「テトリス」の著作権と販売権をめぐり、米アタリゲームズ社の子会社テンゲン社が1989年、権利侵害があったとしてNOAを提訴した。これに対し、NOA側はアタリゲームズ社側の権利はIBMパソコン互換機用のみで拡大解釈されていたことを調べて争い、米連邦地裁はNOA側の主張を認める判決を下した。
・任天堂のゲームの攻略を助けるための周辺機器「ゲームジニー」が任天堂の著作権を侵害しているとして提訴した裁判で1992年、米連邦第9巡回控訴裁は任天堂の訴えを退ける判決を下した。
・「超能力によるスプーン曲げ」で知られるユリ・ゲラー氏が2000年、ゲーム「ポケットモンスター」に登場するポケモン「ユンゲラー」で自身のイメージを無断で使用されたとして、任天堂に対し6000万ポンド(当時の為替で約101億円)の損害賠償請求を起こした。この訴えに対し、米連邦地裁はユンゲラーという名前は日本でしか使用されていないこと」などとして、ユリ・ゲラー氏の訴えを退けた。
・ゲームソフト「ファイアーエムブレム」に酷似したソフトを製造・販売したとして、エンターブレイン社などを相手取り、任天堂は2002年、製造・販売の差し止めと2億5830円の損害賠償を求めて提訴。一審ではエンターブレイン側が勝訴したが、任天堂が控訴し、控訴審では不正競争防止法違反が一部認められて、エンターブレイン側に7600万円の賠償命令が下された。任天堂はさらに著作権侵害について上告したが、却下されている。
・オランダ電機大手フィリップスが2014年、任天堂の「Wii」に使われているプレーヤーの手の動きや身ぶりを検知するシステムなどで特許侵害があったと主張、イギリスで提訴。英高等法院はこのうち一部の特許侵害を認める判決を出した。その後、12月に両社は和解、クロスライセンスを合意してフィリップスは各国での訴訟を取り下げた。
●マジコンに勝訴「ゲーム業界にとって重要な判決」
・ニンテンドーDS用「マジコン」の輸入販売をめぐり、任天堂らソフトメーカー54社が2009年に販売業者を提訴した訴訟で、最高裁判所は2016年1月、販売業者の上告を棄却した。これにより、総額約9500万円の支払いを命じた第一審判決が確定、ソフトメーカー側が勝訴した。この時、任天堂は「ゲーム全体業界にとって極めて重要な判決・決定であると認識しております」とコメントを発表している。
・任天堂の携帯型ゲーム機「ニンテンドー3DS」の裸眼立体視が、元ソニー社員の特許を侵害しているとして、元ソニー社員の特許を扱うトミタ・テクノロジーズが任天堂を提訴した訴訟で2016年4月、米連邦地裁は特許侵害はなかったとする判断を下した。この裁判は、2013年に連邦地裁の陪審が任天堂に損害賠償を命じる評決を出した後、米連邦巡回控訴裁判所が連邦地裁への差し戻し決定していたもので、任天堂の逆転勝訴となった。
・任天堂の「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」に特許侵害があったとして、モバイル向けゲームアクセサリメーカーGamevice社は2017年8月、損害賠償と販売差し止めを求めて米連邦地方裁判所に提訴した。任天堂への取材によると、原告は自発的に訴えを取り下げている。
●コロプラ訴訟以外にもマリカーめぐり提訴
こうしてみると、必ずしも任天堂が全戦全勝というわけではないが、「最強」と呼びたくなるような印象的な勝訴が多いことも確かだ。近年の傾向としては、特に特許侵害に絡んだ訴訟が目立つように見える。現在の訴訟はどうなっているのだろうか。
・「ニンテンドースイッチ」に特許侵害があったとして、iLife Technology社が訴えていた訴訟で、テキサスの米連邦陪審団は2017年8月、任天堂に対して1000万ドルを支払うよう評決を下した。米連邦巡回区控訴裁判所も2017年12月、この評決を支持する判決を出した。任天堂は編集部の取材に対し、「今回の特許無効請求に関する控訴審判決に対しては、コメントを控えさせて頂きます。陪審評決が出された訴訟では別途手続が継続しており、最終には、当社製品は対象特許を侵害していないとの判決が得られるものと信じております」と回答している。
・任天堂の人気ゲーム「マリオカート」の略称「マリカー」を公道カートのレンタル会社が商標登録したことについて、任天堂が特許庁に異議申し立てをしていたが、特許庁は2017年1月、異議を認めず、この会社の商標登録を維持する決定をした。これを受け、任天堂は翌月、同社がマリオなどのキャラクターの衣装を貸し出したうえで、その画像を許諾なしに宣伝・営業に利用し、著作権などを侵害しているとして、損害賠償1000万円(一部請求)を求めて東京地裁に提訴した。任天堂によると、現在も係争は続いている。
●コロプラ訴訟「お互い認め合っていればこんなことには…」
そして昨年12月、任天堂は国内では初めてとなる特許侵害の訴訟に踏み切った。コロプラを相手取った任天堂の提訴を、同じ国内ゲーム業界ではどうみているのだろうか。大手ゲーム会社のある社員はこう語る。
「任天堂は、まだ権利や特許が整備されていない1980年から1990年代にかけて、ファミコンの頃から積極的に特許を取っていたという印象が強いです。日本では世間からは、まだまだ『所詮、ゲームなのに必死』とみられる風潮の中、特にマジコン訴訟では問題を顕在化し、きちんと勝訴するといったことをされている。業界のリーダーとして環境を整え続けていると思います」
一方、コロプラに関しては首をかしげる。「全貌がわかっていないので、コメントがしにくいのですが、今までの任天堂のスタンスから考えると、面白いゲームを作っているとお互い認め合っている関係であれば、今回のようなことにはなっていない気はします」
任天堂には、ある逸話が伝わる。花札やかるたの家業から世界的なゲームメーカーとして育て上げた元社長、山内溥氏が2013年9月に死去した際、朝日新聞の追悼記事でこんなエピソードが紹介された。任天堂がバンダイの権利を誤って侵害したことがあった。山内氏は自らバンダイにお詫びへ出向き「こちらが一方的に悪かった」と言って、金額の入っていない小切手を差し出したというのだ。バンダイはこれに対し、「0」を書き込んで返した。
任天堂の訴えに対し、コロプラはどう応えるのか。第1回口頭弁論は2月16日に開かれる。