インドネシアが独立宣言文に日本の「皇紀」を採用した想い
NEWSポストセブン / 2018年2月10日 7時0分
◆独立戦争で共に戦った日本兵
こうした日本軍による統治のなかでも、後の独立戦争で中心となって戦ったインドネシア初の軍隊組織「PETA」(ペタ=祖国防衛義勇軍)を創設したことは最大の功績といえよう。
PETA兵士は日本軍の教練通りに訓練され、軍服も振る舞いも日本陸軍そのもので外見もそっくりだ。驚くべきはPETAの旗だ。「大団旗」と呼ばれるこの旗は、日本の旭日旗をベースにデザインされたのだ。
だが、日本が敗戦すると、かつての宗主国オランダやその盟友イギリスがインドネシアを再び植民地支配しようと舞い戻ってきた。
こうしてインドネシア独立戦争が始まった。PETAが中心となって立ち上がり、紆余曲折の末に日本軍から大量の武器が人々の手に渡って、彼らはその武器で戦った。武器がいき渡らなかった者は、竹槍をもって近代装備のオランダ軍およびイギリス軍と戦ったのである。
そして、祖国日本が敗れてもなお、2000人に上る日本軍将兵が日本への帰還を拒み、残留してインドネシア独立のために再び銃を取ったのだった。彼らは、かつて自分たちの到来を大歓迎してくれたインドネシアの人々を見捨てて帰国することなどできなかった。 彼らは、愛する家族との再会の夢を捨て去り、インドネシア独立のために戦った。そうして1949年(昭和24年)12月までに1000人もの日本兵が戦死し、生き残った者の多くは独立後も現地に留まって終生インドネシアで暮らしたのである。
残留日本兵達は、ジャカルタの「カリバタ国立英雄墓地」などに眠っている。彼らは、インドネシア独立戦争を戦い抜いた“英雄”として讃えられているのだ。
歴史には光と影がある──。戦場となった地域では尊い命が犠牲となり怨嗟の声もあったことだろう。だがインドネシアの人々は、350年にわたる過酷なオランダの植民地支配を終焉させ、教育を施し、そして大東亜戦争後も独立戦争で一緒に戦ってくれた日本軍と将兵の大きな貢献を決して忘れず、今でも日本に感謝の気持ちを持ち続けてくれているのである。
【PROFILE】いのうえ・かずひこ/1963年生まれ。法政大学社会学部卒。軍事・安全保障・国際政治問題を中心に執筆活動を行う。著書に『大東亜戦争秘録 日本軍はこんなに強かった!』(双葉社)、『撃墜王は生きている!』(小学館文庫)など。
※SAPIO 2018年1・2月号
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