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ILLUSTRATION BY THOMAS HEDGER

東南アジアの配車サーヴィスは、「電子決済」という巨大市場を目指す──GrabがUberの先を行く理由

マレーシア発の配車サーヴィス「Grab」が東南アジア市場で攻勢をかけている。現金対応やドライヴァーへのスマートフォン講習といった現地ならではニーズに対応し、その背中を追うUberを引き離しつつある。配車サーヴィスを入り口に、巨大な電子決済市場へと事業を本格展開しようとしているGrabの戦略に迫った。

TEXT BY JESSI HEMPEL
EDITED BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

Grab

PHOTO: ORE HUIYING/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

Uber(ウーバー)のけんか好きな創業者が、自分たちのアプリの試験運用をサンフランシスコで始めてからほどなく、ハーヴァード・ビジネス・スクールに通うマレーシア出身の2人組が同じようなアイデアを思い付いた。Uberのアジア版をつくろうというのだ。2012年にクアラルンプールでドライヴァー40人を使ったサーヴィスが始まり、名前は最終的に「Grab(グラブ)」になった。

それから6年後の現在、Grabは東南アジアのライドシェア市場を独占しており、ドライバーの総数は8カ国168都市で230万人に上る。昨年にはソフトバンク、中国の滴滴出行(ディディチューシン)、ヒュンダイなどから総額25億ドル(約2,700億円)を調達した。この資金調達に基づく企業評価額は60億ドルと、東南アジアのテック系スタートアップでは最高額に達している。

一方、Uberも東南アジアで積極的な投資を進めるものの、苦戦が続く。理由のひとつが、Grabのもつ文化的な強みだ。Uberは10年近く欧米の利用者が乗り合いサーヴィスに求めるものを研究してきたが、それを発展途上地域に適用するのはうまくいっていない。Grabは対照的に、金融インフラが不十分な国において電子決済をいかに機能させるかという、この地域で事業展開する企業が直面する難問を解決してみせたのである。

地場企業という強み

共同創業者のアンソニー・タンにとって、Grabで使われているモバイル決済は自社の未来を象徴するものだ。35歳のタンはマレーシア最大級の自動車販売店の創業一族の出身で、十字架とリングのついたネックレスを着けている。

彼は麺料理を食べる手を止め、活気に溢れるシンガポール本社の話をしてくれた。そこではもう1人の共同創業者ホイリン・タン(彼女はアンソニーの一族とは無関係だ)とともに、フェイスブックやグーグル、アマゾンで働いていた者を含む大勢の若いソフトウェアエンジニアを採用している。

Grabには、これらの精鋭プログラマー軍団がぜひとも必要だ。東南アジアのライドシェア業界における競争は、利益と才能の奪い合いという熾烈な戦いに発展している。

Uberは13年にこの地域に進出し、利用客やドライヴァーの獲得に大きな投資をしてきた。一方で、インドネシアでは地場の「Go-Jek」が最大シェアを握る。同社は最近の資金調達で12億ドル(約1,300億円)を手にしており、このときはグーグル、中国のテンセント(騰訊控股)とJD.com、シンガポールの政府系ファンドであるテマセク・ホールディングスなどが参加した。

東南アジアで市場を独占できれば、素晴らしいビジネスチャンスが待っている。12月に発表されたグーグルとテマセクの共同レポートによると、東南アジアの配車アプリ市場は50億ドルと過去2年で2倍超に拡大し、25年までには200億ドルに届くと予想されている。

いまのところは、地場企業が有利に戦いを進めているようだ。Uberは巨額の投資にも関わらず、競争相手の割引やプロモーションキャンペーンに苦しめられ、利益を出せていない。

新CEOのダラ・コスロシャヒは昨年秋、ニューヨークで開かれた「New York Times Dealbook Conference」で登壇した際に東南アジア事業に言及し、この地域に資金を振り向け過ぎたと認めた。彼は「東南アジアでは今後も積極的な展開を続けていきますが、すぐに黒字転換できるとは考えていません」と話している。

UberがGrabと手を組む可能性

ロイターは昨年11月、Grabに近い情報筋の話として、コスロシャヒが19年に計画するUberの新規株式公開(IPO)に先立ち、コスト削減のためにGrabとの提携を模索していると報じた。こうした戦略には前例がある。Uberは16年、赤字を垂れ流す中国事業を滴滴出行に売却し、引き換えに株式などのかたちで事業統合後の新会社の2割を保有することで合意した。

一方、昨年末にはソフトバンクなどに自社株の一部を売却することが決まっている。ソフトバンクはGrabにも出資しており、中国での取引と似たような契約に道が開かれる可能性もある。なお、UberもGrabもこの件についてはコメントを控えている。

Uberのアプリは地域ごとに多少のカスタマイズがされてはいるが、基本的には世界中で同じデザインである。このため、国ごとに異なるドライヴァーや利用者のニーズに細かく対応したGrabのアプリに後れを取っている。

例えば、Grabが市場に参入したときには、多くの国ではスマートフォンの使い方から広めていかなければならなかった。当時は2週間に1回、ドライヴァー向けのアプリ講習会を開いたのだという。

また利用者の大半はクレジットカードをもっていなかったため、Grabは始めから現金での支払いを受け入れていた。対するUberが一部の国で現金払いを認めるのには、2年かかった。

こうした理由から、東南アジアの人々がスマートフォンを初めて手にしたとき、クルマ(だけでなくバイクタクシーやワゴン車、さらに三輪タクシーまで)を呼び出すのに選んだアプリはGrabだった。そしてタンはここで初めて、このプラットフォームにデジタルウォレット機能を付け加えた。

ライヴァルは「現金」

インターネット経済においては、電子決済の市場規模は近いうちにライドシェアを追い越すと見られており、タンは自社の技術をこの分野に投入することが事業の成長を確実なものにすると考えている。彼によれば、東南アジアにおける最大の競争相手は交通ネットワークではないと説明する。「一番のライヴァルは現金でしょうね」

モバイル決済プラットフォームの「GrabPay」は、1年半前にサーヴィスを開始した。入金はクレジットカードやオンラインバンキング、ATMのほか、ネットワークに加盟するコンビニの店頭でもできる。Grabは以来、フィンテックのスタートアップを買収したり、電子決済分野に特化した研究開発センターを開設するなど、攻勢をかけている。

昨年秋にはピアツーピア(P2P)の決済機能(「Venmo」のようなものだ)が加わり、配車サーヴィス以外でもGrabPayでの支払いが可能になった。仕組みは中国の「Alipay(支付宝)」とほとんど同じで、QRコードをスキャンして金額を入力するとすぐに支払いが完了する。

11月にはシンガポール中心部のレストランや屋台など25軒でサーヴィスを導入し、今年も拡大を続ける方針を明らかにしている。タンは「シンガポールのマクドナルドに行けば、Grabのポイントでハンバーガーが買えますよ」と誇らしげに話す。

もちろん、同じようなチャンスを追い求めるスタートアップは多い。Go-Jekは16年に「GoPay」を導入したし、やはりソフトバンクからの支援を受けるインドの配車サービス「Ola」は15年から「Ola Pay」を展開する。

しかし、東南アジアの国々は緊密なつながりをもっており、Grabは人々が電子決済を始めるきっかけになる可能性を秘めている。たくさんの努力に運もついてくれば、子どもの通学の交通手段だけでなく、お金を送るための手段としても信用できるブランドになれる格好のポジションにつけているのだ。

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