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【社説】

トランプ氏と核兵器 力の信奉を憂慮する

 力を信奉するトランプ大統領の意向に沿った内容である。米国の新しい核戦略は、世界の人々の核廃絶の願いに背を向けるものだ。深い憂慮を覚える。

 米国が核軍縮を進めている間に、ロシアと中国は核戦力の増強を図り、北朝鮮は核・ミサイル開発を追求、米国はかつてない核の危機に直面している-。

 米国が公表した「核体制の見直し(NPR)」は、こんな現状認識に立つ。そのうえで、核兵器の役割を広げて使用の敷居を低くすることを打ち出した。

◆「核なき世界」と決別

 これは冷戦後に加速した核軍縮路線からの転換を図り、オバマ前政権が掲げた「核なき世界」との決別を意味する。核軍拡競争のゴングを鳴らしたにも等しい。

 ロシアが局地戦に用いる戦術核を重視しているのに対抗して、爆発力が低くて「使いやすい小型の核兵器」を開発するという。

 米国がこれを使用した場合、敵国はそれが小型核なのか、破滅的な被害をもたらす戦略核なのか判断に迷うだろう。最悪の事態を想定した反撃に出れば、全面的な核戦争にエスカレートしよう。

 しかも、「使いやすい」のは米国に限ったことではないので、開発に乗り出す国が現れよう。

 NPRは核兵器の使用について「米国と同盟国の死活的利益を守る極限状況下でのみ検討する」とオバマ政権の方針を踏襲した。一方で、通常兵器による攻撃や基幹インフラなどへのサイバー攻撃に対し、核兵器による報復の可能性を示し、使用条件を緩和した。

 核で威嚇すれば相手はひるむと考えているのだろうか。極めて危険な発想である。

 全米科学者連盟の核問題専門家のクリステンセン氏によると、冷戦末期の一九八六年、七万発以上の核弾頭が世界にあった。これをピークに削減が進み、昨年の段階で、退役・解体待ちも含めると約一万四千五百発まで減った。

 米国の場合、最多だった六七年の三万一千二百発余から、今は約六千六百発まで削減された。

 だが、最近は核軍縮のペースは鈍っている。米ロは二〇一〇年、戦略核弾頭の配備数を双方が千五百五十発まで削減することを約した新戦略兵器削減条約(新START)に調印して以降、軍縮交渉のテーブルについていない。

 NPRが示すトランプ政権の姿勢では、偶発的な核戦争の危険が大きくなる。核軍拡が高じれば拡散の恐れも高まる。核軍縮の方がよほど世界の安全につながる、と米国は考え直すべきだ。

◆核兵器への強い執着

 トランプ氏は三十八歳だった八四年、ソ連との核軍縮交渉の担当者になりたい、と米紙のインタビューで言った。「ミサイルのことをすべて学ぶには一時間半ほどあればいいだろう」と自信たっぷりだった。

 九〇年の雑誌インタビューでは「核戦争のことをいつも考えている。私の思考プロセスにおいて極めて重要な要素だ」「人々は核戦争なんて起きるはずがないと思っているが、それは最も愚かなことだ」と語った。

 大統領選中は、なぜ米国は核兵器を使用できないのかと自分の外交顧問に何度も尋ねた、と報じられた。

 就任後も、米国の核弾頭保有量が減少し続けている現状の説明を受けて、十倍に増強したい意向を示したとメディアを騒がせた。

 一連の発言からは、核兵器に取りつかれたと言うのは大げさにしても、強い執着を持っている姿が浮かび上がる。

 この年明けに北朝鮮の挑発に乗って「私が持つ核のボタンの方がはるかに大きい」とツイッターに書き込んだ時には、トランプ氏の精神状態と資質への懸念が広がった。これに「私は賢いというより天才だ。(精神的に)安定した天才だ」と反論したのはかえって逆効果だった。

 ハイテン米戦略軍司令官は昨年、トランプ氏が核攻撃を命じても、それが違法ならば従わない考えを表明した。

 核戦略に携わった十七人の元将校は先月、大統領の核使用権限に縛りをかけるため、使用に当たっては国防長官や議会の承認が必要とするよう求める書簡を議会に送った。

◆廃絶の理想を捨てるな

 こうした懸念をよそに、日本政府がNPRを「高く評価する」(河野太郎外相)のは無邪気すぎる。

 ブッシュ(子)政権が〇三年に小型核の研究を解禁した際に、当時の小泉政権は「核軍縮、核不拡散に悪影響を与える」との懸念を米国に伝えた。

 安倍政権も核廃絶の理想を捨てぬよう米国に説いてほしい。

 

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