100分de名著 ユゴー“ノートル=ダム・ド・パリ”第2回「根源的な葛藤」[解][字] 2018.02.12
(鐘の音)今も世界中で人々を魅了してやまないヴィクトル・ユゴーの「ノートル=ダム・ド・パリ」。
大聖堂の司教補佐として禁欲生活を送ってきたクロード・フロロは絶世の美女エスメラルダに心を奪われ嫉妬に狂い欲望と理性の間で苦しみます。
クロードに拾われた醜いカジモドは犬のように忠実でした。
しかし彼はエスメラルダの優しさに触れ戸惑い始めます。
二人を苦しめる根源的な葛藤に迫ります。
(テーマ音楽)「100分de名著」司会の…今回紹介している名著はフランスを代表する小説家ユゴーの「ノートル=ダム・ド・パリ」です。
伊集院さん原作に触れてみていかがですか?かなり複雑な小説だと思うんですけど1回目ほんとかみ砕いて教えてもらったんでちゃんと土壌ができた。
準備ができてはい。
今日ちょっと楽しみになってます。
そうですね。
指南役は明治大学教授でフランス文学者の鹿島茂さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さあ今回はどのような展開になっていくんでしょうか?今回はねクロード・フロロある意味この小説の主人公なんだけどもそれとカジモドの関係とそれからもう一つはですね葛藤ですね。
相矛盾するものがぶつかり合う事によって生まれる葛藤というものそれが今回のテーマだと思います。
はい。
クロード・フロロとカジモドの関係をこちらで見てみましょうか。
カジモドは孤児でクロード・フロロに拾われて育てられました。
カジモドはその醜い風貌のせいで人々に虐げられクロードだけを愛し服従していました。
それが若く美しい踊り子エスメラルダの登場によってこの2人の関係も変化していくという事ですよね。
近代の前の社会というのは「弱欲望の世界」って名付けるんですね。
はい。
みんな欲望をある程度抱いてもいいんだけどそれを弱く抱く。
そうする事によって社会としては非常に秩序が保たれるんです。
だからある意味とても安定してたわけです。
ところがそこに攪乱要因が現れてきちゃうのね。
それがエスメラルダ。
エスメラルダの美しさが他の人とレベルが違ったのでその結果…それではクロード・フロロとカジモド二人の関係性をまずひもといていきましょう。
クロード・フロロはパリ郊外の中流家庭に生まれました。
幼い頃から親に聖職者になるよう強制され勉強ばかりの毎日。
いわゆるガリ勉タイプの少年でした。
親元を離れ神学法学医学と学問に打ち込んだクロードはノンキャリア組のトップであるノートル=ダム大聖堂の司教補佐へと上り詰めます。
ある日クロードは赤ん坊を拾います。
背中に大きなコブがあり左目の上にもコブがある赤ん坊をクロードは「ほぼ」人間の形をした生き物だと思い「ほぼ」という意味の「カジモド」という名前を付けるのです。
クロードに育てられたカジモドは鐘番いわゆる鐘つきとして大聖堂で暮らします。
そしてクロードに忠実に従いまるで犬と飼い主のような関係になるのです。
人前に出ると醜い姿を罵られるばかりだったカジモドはクロードだけを愛し他の人間に対しては不信感を募らせます。
一方クロードは厳格な禁欲主義者となっていきます。
聖堂に籠もり学問を続けるクロードは女性を嫌い社会の風紀を乱すエスメラルダのような人間を排除しようと法令まで作るのです。
人と関わろうとせず大聖堂の外の人間たちに嫌われていた二人には共通する部分がありました。
ノートル=ダム大聖堂そのものを愛していたのです。
カジモドにとって大聖堂は宇宙であり全自然でさえありました。
特に鐘を愛し一つ一つに名前を付けるほどでした。
野性的に大聖堂を愛したカジモド。
一方クロードは大聖堂の持つ意義や神話を愛しました。
神の言葉を表現し保存する「石の書物」とされていた大聖堂。
クロードは聖職者としてそれを守り抜こうとしたのです。
しかしクロードはエスメラルダと出会って理性で欲望を抑えられなくなります。
そしてカジモドにエスメラルダの誘拐を命じてしまうのです。
こうやってかみ砕くととてもいびつな状況に二人ともいるのがよく分かるし特にクロードきつい生き方ですね。
それもクロードがまあ今で言ってるスーパー学者みたいなのになるわけですね。
それぐらいの理性の人なんです。
理性で判断する人がねそのカジモドというある種モンスター的なそれを拾って育てるというところがちょっと不思議なんですよね。
当時は捨てられた赤ん坊っていっぱいいたんですよ。
毎日いたのになぜか誰も引き取ってくれない子がいるわけね。
怪物的なものを育てるというこの不思議さ。
理性というものでずっと暮らしてきたのでとにかく…とにかく愛情量は強烈にあった人なんですよね。
はい。
ただ年を重ねるにつれてちょっとやりすぎなぐらい禁欲的になっていきますよね。
僕の解釈では非常に欲望の量が人より大きかった。
性欲的なものを含めてですね。
キリスト教ってね一生懸命…不思議な事を言いだす宗教だったのね。
ほう。
そうするとそこのところにエスメラルダが現れるとこれは大変な事になるという事ですね。
それが葛藤なんですね。
なるほど。
でも何か一方でこのまたカジモドはカジモドでちょっと違うパターンですよね。
そうですね。
教会というのはキリストの教えを広めるものなんだけどもそれをモノとして愛する事もできるわけです。
モノとして鐘を愛してた。
別に鐘がキリスト教会の象徴であるからって愛してたわけじゃないんですね。
フェティシズムですよね。
そんな大聖堂大好きだった二人がエスメラルダと出会う事によって二人とも変質していくというか。
そうですね。
大聖堂は閉じられた社会だったという事を盛んに言ってますよね。
大聖堂だけを愛していればそういうふうに安定してた社会ですよね。
閉じられた教会に例えばエスメラルダが召し使いとして入ってきたというシチュエーションだったらこれはまた違うんですよ。
組み込まれていきますもんね恐らく。
ところが広場でしょ。
それで大衆演劇ですよね。
踊り子だから。
そうするとこれは誰でも見れるんですよ。
つまりテレビとかそういうのと同じにアイドルになるわけで。
うん面白い。
しかもほほ笑んだりすると「あっ俺の方を見て笑った!」という完全なね。
まさにアイドル。
そういうふうな構造がここにあるんですね。
秩序に完全に囲まれた空間とあのカオスな外の世界民衆の力みたいなものがその真ん中の扉がバーン壊される感じの。
その感じ。
だからエスメラルダが踊り子だという設定がこれがすばらしいんです。
いや絶妙ですね。
絶妙なんですよ。
そう考えるとこれでカジモドに命じて一緒に誘拐しようと思うのってとってもつじつまが合う。
自分ペースで自分の中に囲うという事をしないと彼らのホームにならないじゃないですか。
彼らの思いどおりにならないから。
ちょっと納得。
何で誘拐するんだろうって最初思ってたんですけど。
クロードに命じられてカジモドはエスメラルダを誘拐しようとします。
カジモドの人生にエスメラルダはどのように関わってくるのでしょうか。
エスメラルダの後をつけ誘拐しようとするカジモド。
しかし…。
結果的にエスメラルダの誘拐は失敗し実行犯のカジモドはぐるぐるに縛り上げられ裁判にかけられます。
そして有罪判決を受けたカジモドは公開処刑される事になります。
高さ3メートルほどのさらし台にのせられひざまずいたまま縛りつけられるカジモド。
その体の上に容赦なく鞭の雨が降り注ぎます。
カジモドは必死に耐えました。
しばらくすると諦めたように全く動かなくなります。
鞭打ちの刑が終わってもそのまま1時間さらし者にされていました。
見物人たちは石を投げつけ罵声を浴びせます。
その時クロードがやって来ました。
カジモドの顔には愛情をたたえたほほ笑みが浮かび上がります。
しかしクロードはくるりと向きを変えて去ってしまうのです。
自分の恥になるような場所からは一刻も早く逃れたい。
そんなクロードをカジモドはただ見送るしかありませんでした。
そのうちカジモドは必死に体を揺り動かし犬の声に似たすさまじいしわがれ声でどなります。
しかし民衆は罵声を浴びせるばかり。
3度目に叫んだ時カジモドは人波が左右に開いた事に気付きます。
エスメラルダがカジモドの方に近づいてきました。
カジモドは仕返しに来たのだろうと身構えます。
その時取り出したのは水筒。
エスメラルダはカジモドの口元に水筒を押し当て水を飲ませたのです。
このところのねキーはカジモドがクロード・フロロに拾われて「まるで犬が人間になつくようになついていた」ってユゴーが書いてる事なんですね。
ペットのように絶対的に従っていたんですね。
ところが否定されちゃうわけですね。
初めてカジモドは裏切られたっていうね感情を抱くわけですね。
見捨てられて。
それからもう一つは自分がさらってったエスメラルダに水を与えられた。
そうなんです。
もう救いの女神のようにエスメラルダが出てきましたよね。
…って思っちゃったんでしょうね。
人と人との本当に愛情なり何なりというものが生まれるその瞬間ですね。
はい。
そりゃ生まれて初めての涙も流れますね。
そうですね。
そもそもエスメラルダはどうしてカジモドに水を与えたんですか?これはねエスメラルダというキャラの設定でね周りがどう考えていようと自分がこういうふうにいいと思った事は絶対にやっちゃうっていう人なんですよね。
これこそほんと言うとキリスト教の教えですね。
うん。
あと何より僕が今の前のVTRで見て思ったんですけど公開処刑っていう何かあのえたいの知れなさというか。
そうですね。
民衆たちがですね俺たちはいいもの正義の側に立ってるんだというふうに一旦立ったらここに処刑されているものはいくらいじめても何してもかまわないっていうですねそういう構造をうまく使ったものなんです。
同時に自分たちより劣ったものを蔑みたいというね人間の困った欲望がありますよね。
はい。
これを同時に満たしちゃうんですね。
あれはだから今の何というか…はい。
「こいつは悪い」って。
「こいつは悪い」って決めたら自分名乗りを上げないわけですね。
それでバッシングに加わっていくわけ。
俺も俺も俺もと広がるわけですね。
その中でたった一人だけ「悪くない!」と思う人ってなかなか声上げられないでしょ。
はい。
そこでエスメラルダが一人で声を上げたというのがここがすばらしいわけですよ。
何でしょうね憑依型でいろんな事を全て書くと見えてくる何かは実は時代を超えてる人間の本質的な事になってくるっていう。
そう。
これはだから僕は…そういう意味なんですね。
さて物語はこの後急展開を見せます。
カジモドの公開処刑から数週間後クロードはエスメラルダへの欲望と理性の間で葛藤していました。
広場でタンバリンを鳴らしながら軽快に踊るエスメラルダを大聖堂の塔の上からただ見つめるだけでした。
クロードはエスメラルダのそばに劇作家のグランゴワールがいる事に気付きます。
不思議に思って彼に近づくとエスメラルダと結婚したと告げられます。
嫉妬したクロードは怒り狂って叫びました。
クロードは嫉妬に苦しむ中理性を取り戻そうとします。
しかしエスメラルダの事が頭から離れません。
そしてコンパスを手に取り「宿命」と壁に彫りつけるのです。
クロードはエスメラルダを強く求めながら自分は聖職者で結婚が禁じられているという宿命に苦しんでいたのです。
その晩クロードが街を歩いていると偶然フェビュスが飲み仲間と話しているのを聞きます。
フェビュスはカジモドに誘拐されそうになったエスメラルダを助けたイケメン隊長。
エスメラルダが一目ぼれをした相手です。
そのフェビュスが…クロードはフェビュスの後をつけます。
そして二人が逢い引きをする部屋がのぞける狭い隙間に入り込みその様子をうかがうのです。
クロードは剣をフェビュスに突き刺します。
血煙をあげながら倒れるフェビュス。
エスメラルダはそのまま気を失ってしまいます。
エスメラルダが目覚めた時クロードの姿はなく兵士たちがフェビュスを運び出したあとでした。
エスメラルダはフェビュスを刺した犯人として捕らえられてしまうのです。
欲望と理性の間で葛藤を続けていたクロードでしたけれどついに欲望が彼を支配してしまいましたね。
そうですね。
本当にここのところでその欲望が前面に出てくるっていうのがねこれが面白いのは嫉妬というものがあるんですね。
はい。
この嫉妬というのはねユゴーさんにとってとっても大きな要素だったんですね。
ユゴーは幼なじみと相思相愛になって結婚できたんですね。
はい。
すると自分の仲間だったサント=ブーヴという友人に取られちゃう。
それでユゴーが女房を寝取られたって笑いものの対象になっちゃう。
そうなんですか。
それでもう全く世間にも出られないという状態になるんですけどもまあ他に愛人をつくるわけです。
そうなってくるとね嫉妬のあれがとても強くなってきてね愛人を閉じ込めちゃうんですよ。
うわ〜。
そういう実体験もあるという事はユゴーは自分がもしクロードで同じような立場だったらここまでしてしまうかもしれないと思ってたって事ですか?それは十分あったでしょうね。
だから葛藤というのはねここの場合はクロードは聖職者ですよね。
そこのところに位置してる人間がエスメラルダという存在を見てしまったためにその嫉妬の構造というのは今はフェビュス大将とかねそういうところに向けられてるんですけどもそれだけじゃ済まなくなってきちゃう。
どんどん嫉妬のインフレというか。
嫉妬のインフレが広まってっちゃうわけですね。
このエスメラルダって踊り子でしょ。
超セクシャルなアイドルがね誰が見てもいいわけですよ。
そうすると最終的には嫉妬すべき相手を広げるのを全部排除するにはどうしたらいいかっていったらとってきちゃうしか…閉じ込めちゃうしかない。
ストーカーからのストーカー殺人みたいなものになる時にもちょっと似てるのかなって。
ストーカー構造とそっくりなんですね。
自分の思いがこんなにすごいのに分かってくんないっていうのも怒りになるわけですね。
何か僕は自分が真面目であるという事ともてないっていう事を上手にこう絡めながら言い訳をしたりとか自分をつくってきたからもしかしたら僕の中のクロード部分というのもすごくあるしこの作品に対する興味も怖さも倍増しましたね。
男の人だったら…クロードにすごく説得力を感じるのは僕ある日突然自分がわざわざこの事が嫌いとかこの人が嫌いっていう事どっかには憧れとか嫉妬憧れ恐怖みたいなものが絶対入ってるって思うんです。
これにはまる事に対しておびえてた可能性があるってちょっと思うんです。
だからこの人の欲望量というのはものすごくボルテージが高いわけですね。
でもちゃんと無理なく制御できれば愛情あふれる人になれたはずですからね。
そう。
同じ意味で自分が「あいつ嫌いだ!」という同業者のやってる仕事を見ると「俺あれやりてえんじゃねえかな」と思うんですね。
そうそれもあるんですね。
それが嫉妬というね。
あそうですね。
今日の大きなテーマの一つ「嫉妬」もありました。
欲望と嫉妬葛藤とね。
さてフェビュスを刺した容疑でエスメラルダは捕らえられてしまいましたがこの後一体どうなるのでしょうか。
次回も是非ご覧下さい。
鹿島さんありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
2018/02/12(月) 22:25〜22:50
NHKEテレ1大阪
100分de名著 ユゴー“ノートル=ダム・ド・パリ”第2回「根源的な葛藤」[解][字]
「ノートル=ダム・ド・パリ」は、時代を超えて人間を貫く「根源的な葛藤」を描いている。だからこそ、誰が読んでも作品の中に自分自身の姿や運命をみてしまうのだ。
詳細情報
番組内容
「ノートル=ダム・ド・パリ」は、時代を超えて人間を貫く「根源的な葛藤」を描いている。教義によって恋愛を禁じられた神父の許されざる愛。強固な中世の秩序とそこからどうしてもはみ出してしまう人間の欲望。嫉妬が生み出す愛と憎しみの混在。どんな時代でも人間が直面してしまう葛藤が物語を駆動しているおかげで、誰が読んでも、自分自身の姿や運命をみてしまうのだ。第2回は、人間の中の「根源的な葛藤」を読み解く。
出演者
【講師】明治大学教授・作家…鹿島茂,【司会】伊集院光,島津有理子,【朗読】石丸幹二,【語り】加藤有生子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
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