平昌オリンピック開幕式の「金メダル」は、30歳の「北朝鮮選手」がかっさらった。外交初デビューを飾った金与正・朝鮮労働党第一副部長である。金正恩委員長の妹で、李雪主夫人と並ぶ「最側近の女」だ。
2月9日午後1時46分、金与正副部長一行が専用機で仁川国際空港に降り立った時、私の第一印象は、「金敬姫にソックリ!」というものだった。
金敬姫とは、故・金正日総書記の妹で、長く党軽工業部長を務めた。2011年末に兄が急死し、その2年後に夫の張成沢党行政部長が残虐な処刑に遭い、本人も糖尿病を患って、現在は病床で重篤な状態とされる。
金与正本人は、トランプ政権が発足した昨年1月に、アメリカから経済制裁を喰らっている。それにもかかわらず、韓国入りしてからは精力的な外交を展開した。
仁川は、1950年9月の仁川上陸作戦で、マッカーサー将軍率いる国連軍が、朝鮮人民軍を一掃した、朝鮮戦争の分岐点となった場所である。
それから68年を経て、金与正副部長は、90歳になった金永南最高人民会議常任委員長を始め、崔輝国家体育指導委員長、金善権祖国平和統一委員長を率いて、仁川国際空港に降り立った。そして空港の儀典室で、約20分にわたって、韓国の趙明均統一部長官らと会談したのだった(ちなみに崔輝委員長も、国連安保理の制裁対象者で海外渡航が禁じられている)。
この場面は、テレビで何度も再現されたが、北朝鮮代表団の金永南団長が、5回り(60歳)も年下の金与正副部長に頭を下げ、先に着席するよう促した様子は印象的だった。90歳の国家元首格なのに、そこまでロイヤル・ファミリーに気を遣うか、という感じである。
金永南という政治家は、金日成、金正日、金正恩という金一族3代に側近として仕え、かつ一度も失脚していない稀有な幹部で、「不倒翁」の異名を取る。
私は金永南の元部下の亡命者から話を聞いたことがあるが、「不倒翁」の秘訣は、いささかなりとも私心を表に出さないことと、ささやかなことまでマメに報告を上げることだという。日本の会社社会で言うところの「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)が徹底しているというのだ。
また、現在でも「不倒翁」と親しい外国人に昨年、話を聞いたが、「とにかく記憶力が抜群の政治家」と言っていた。一度でも面会した人物のことは、いつどこでどんな目的で会ったかを正確に記憶しているのだという。
金与正一行は午後2時34分、支線が開通したばかりのKTX(韓国高速鉄道)に乗って、平昌へ向かった。平昌に到着すると、夕方5時10分から、オリンピック開会式の歓迎レセプションが開かれた。その場に金与正副部長は参席しなかったが、金永南委員長は参席した。
金委員長は、そこで出迎えた文在寅大統領と、がっちり握手を交わしたのだった。