年収300万円会社員から資産2億円へ〜www9945インタビュー【後編】

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個人投資家のwww9945さんは、資産が2億円に達している現在でも、家賃5万円の公団住宅に住み続けています。前編では株式投資をはじめたきっかけや、独自の投資スタイルについてお話をうかがいました。最初の目標だった資産1億円を突破しても、なかなか仕事をやめる決意ができなかったと話すwww9945さん。キャッシュフローの重圧から逃れて、会社を辞め、どのように自由を手にしていったのでしょうか。

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「キャッシュフローの重圧」から退職を思い悩む

ポートフォリオの「土台」となるのは株主優待や配当利回りの高い銘柄。幅広く長期保有してインカムゲイン(配当などの収入)を安定的にもらう。それとともに、好調な銘柄を10銘柄程度ピックアップして集中的に投資し、短期的なキャピタルゲイン(株価の値上がり益)を狙っていく2段重ねのやり方だ。資産が1億円を突破したことで、いよいよ退職が現実味を帯びてきたはずだったのだが――。

「ところが資産が増えてくると、反対に辞めることへの恐怖感が生まれてきました。配当で月20万円もらったとしても、退職すれば今まで当たり前にもらえていた給料20万円がもらえなくなる。合計40万円だった月収が半分になり、キャッシュフローは一気に悪化します。それに対する重圧から退職直前になってためらってしまう投資家は多いです。最初は8000万円、1億円を目標としていても実際には1億5000万円くらいないと、キャッシュフローの重圧に耐えられないようです」

www9945さんの資産は、幸いにもアベノミクスの追い風に乗って右肩上がりで増加。2013年には2億円を突破した。

「キャッシュフローの重圧も感じなくなり、退職を決意しました。会社にはなかなか伝えられずにいたのですが、退職が視野に入ってからは正直、勤労意欲がゼロ。『いつでも辞められるのに仕事なんてしていられない』というドロドロした感情が頭に渦巻くんです。そんな感情も2014年9月に辞表を提出してからはスッキリしました。でも、振り返れば、株式投資ではサラリーマンであることのメリット、大きかったですね」

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会社員であることのメリット

前述したようにwww9945さんが働いていたのは清掃業界。清掃が行き届いているかどうか、店舗やショッピングセンターでは自然と床をチェックする習慣が身についたし、清掃の入る頻度から街角景気を推し量れるようにもなったという。

「清掃業界では3M(スリーエム)というアメリカの会社の用具が多く使われていましたが、持ち手の部分は長年使えても床をこするブラシは消耗品。しかもスリーエムの純正品しか使えない仕様になっていた。すでに寡占状態で消耗品の需要が定期的に発生するとなると安定して儲かるはずですよね。3Mが上場するのはニューヨーク証券取引所でしたが、そんな目線で買ったことがあります。自分の働いている業界では当たり前のことも、投資家目線では非常に貴重な情報となります」

自分が働いている業界については自然と知識が高まるはず。そこに投資のヒントがないか、今一度見直してみるのもよいのだろう。あるいはオフィス街や休日の外出でも投資のヒントがあるかもしれない。

「立ち食いで話題となったお店がありました。しかし、立ち食いの代わりに価格を抑えることが特徴だったはずなのに、あるときから椅子席を置くようになった。ここから客足が伸びていないのかな、回転率は低下するだろうし成長も鈍化するのではと推測できます。また、『メタボ検診』ってありますよね。恥ずかしながら会社員時代にひっかかってしまい、それがきっかけでメタボ対策のアドバイスをくれる会社を調べてみると、多くの健康保険組合から業務を請け負っていた会社がありました。この会社は儲かりそうだと、投資のヒントになったこともあります」

繁華街で買い物する中国人観光客の増減、新たに目につくようになったチェーン店、漏れ聞こえてくる会話に登場する流行りのブランドなど、街角には投資のヒントがあちこちに埋もれている。そんなヒントを積極的に探していくのも、www9945さんの投資スタンスだ。だから、休日には用事がなくとも繁華街や郊外のショッピングセンターに出かけることも多い。

株式投資が目線を「逆転」させる

「株式投資という視点を加えることで日常から得られる気づきは多いんです。会社員としての姿勢も同じです。サラリーマンとして働いていると愚痴りたくなる機会も多いと思います。『なんで給料が上がらないんだ』とか。ところが、それは雇われる側の目線ですよね。100株でもいいから株を買ってみると目線が変わる。買った会社の株価が下落したら考えると思うんです。『なぜ株価が下がったのか?』と」

新製品の売上が伸びなかった、不祥事が起きた、増資しすぎた。株価の下落には何かしらの理由が潜んでいるはずだ。

「そうやって考えることで昇給しない理由を経営者側の目線で考えるようになる。雇われる側=社員の目線から、経営者側の目線へと逆転するんです。その結果、私は薄給を我慢できるようになったんです。私の働いていた会社は、本当に小さな会社で、売り上げも推して知るべしという感じでしたから、給料が上がるわけはありません(笑)」

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株式投資の成功で得た「自由」

今、www9945さんは専業投資家として暮らしている。住まいは会社員時代と変わらない家賃5万円台の公営住宅だし、部屋を見渡しても贅沢品はまったく見当たらないし、豪快に遊んだエピソードも聞いたことがない。www9945さんが株式投資で得たものとは何だったのだろうか?

「自由、ですね。今は時間が自由なんですよ。しかも、その時間をどう使ってもいい。繁華街に言っても平日の午前中なら空いている。博物館だって平日の昼間なら貸切状態です。もちろん生活に困らないだけのお金があればこそですが、時間の自由を手に入れられる人は少ないのではと思います」

会社員時代と唯一、行動が変わったように見えるのが旅行の頻度だ。ベトナム、インドネシア、長崎、札幌、帯広、今年は5ヶ所へ出かけたという。

「残り時間からの逆算で考えるようになった結果ですね。行きたい土地はたくさんある。でも人生は有限です。せっかく時間の自由を得たので、足腰が立たなくなる前に、いろんなところへ行きたいと思うようになったんです。手軽に出歩けられるあと20年くらいの間に、どこへ行けるだろうかと意識するようになりました。決して贅沢旅行ではなく、今年も旅費も合計100万円には満たない程度なんですけどね」

人生の残り時間を意識したことがあるだろうか。悔いなく生きるためにやっておきたいことは何か。それらを残り時間でどれだけできるのか――そのために必要な資金作りに必要なのが株式投資なのかもしれない。

www-graphwww9945さんの基本スタイルであるバリュー投資。そんな割安株投資を実践して成功したのはwww9945さんだけではない。「1万円入りの財布を6000円で買う」というかぶ1000さんの記事を読んで、バリュー投資についてさらに知ってみよう。

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「世界初の株式会社」ができた理由がグルメすぎる

あなたは、経済の歴史をどれだけ知っていますか? 株式会社はいつごろできたのか。投資という行為はどうやって生まれたのか。紐解いてみると知らないことばかりです。学校では習わない「お金の歴史」について、投資家で『金融の世界史』著者でもある板谷敏彦先生に聞きました。

企業に永続性をもたらしたきっかけ

――このシリーズでは、「投資の歴史」についてお話を伺っていきます。といっても、あまりになじみがない分野で、市場がいつからあるかなどイメージしづらいです。

「歴史」といってみなさんがイメージするのは、おそらく国家の成り立ちや戦争の歴史でしょう。学校の授業では、太平洋戦争に至るまでの政治的な流れは習っても、その間の株価がいくらだったのか、そもそも株式市場は開いていたのかなど、ほとんど触れられません。経済は人々の生活を支える大切なものなのに、歴史小説なども武将ばかりが出て来て、「お金」の話が出てこない。
そのくせに、今どこかで戦争や政権の危機が起こると、新聞やテレビでは「ロンドンやニューヨークの株や為替は暴落していないか」と大騒ぎになる。暴落の度合いで事件の世界に及ぼす影響の重大さを知ろうとする。結局「お金」の話で政治を語ってはいませんか。
欧米の経験深い投資家と話をすると、折に触れ「1929年の恐慌時には~」「ローマ時代には~」などと、歴史が持ち出されます。お金の歴史の知識は、当然もつべき教養なのです。私は、ヘッジ・ファンドを作った後、投資家のために必要な金融史の知識を本にまとめました。金融史の中でも投資の歴史は、人々の欲望の歴史であると同時に、人類が国債を発明し、会社を誕生させ、才能あるものに資金を提供して社会を発展させてきた、知恵の歴史でもあります。現在のしくみを理解するうえでも、歴史を知るのはとても有効です。

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――今回は、株式会社の起源について教えてください。確か、世界初の会社は「東インド会社」だと授業で習いました。

そうですね。1600年に世界初の株式会社であるイギリス東インド会社がイギリスで設立されます。後にインドで植民地経営を行い、アヘン戦争の引き金をひいたことでも有名な会社です。しかし金融史を紐解くと、「近代的な会社」という意味では、2年後に設立されたオランダ東インド会社のほうが重要かもしれません。

――オランダ東インド会社の何が「近代的」だったのでしょうか。

当時は航海に出資して、無事に船が戻ってきたら利益を分配し、配当としてもらうというのが株式投資の考え方でした。一航海ごとに出資を募るというプロジェクト的な動きをしていて、イギリス東インド会社も例外ではありませんでした。しかし、オランダ東インド会社は長期的なスパンで確実に利益を得るために、ジャワをはじめいくつかの島にコショウの貿易拠点を作ろうとしました。そこで大きく儲けるためには利益の回収に時間がかかるから、今後のすべての航海を「1事業」とみなし、出資を募ったのです。

――なるほど、何往復もしないと、元が取れなかったんですね?

そうです。そうして「じゃあ10年、20年ね。いや、ずっとだ!」と投資スパンが長引いていって、今日の株式の永続性が生まれたわけです。「会社は継続するものだ」という近代的株式会社の概念は、このときに初めてオランダで誕生しました。

大航海時代、コショウは肉よりも高価だった

――他国ではどのタイミングで会社ができたんでしょうか?

会社の起源とされるものは各国で発見されています。たとえばフランスには「バザクル水車」という会社があり、なんといまも続いています。西暦850年ごろに小麦粉をひく水車小屋が造られ、1150年に会社の権利を小口化して売っていたとされています。株式は英語で「Share(シェア)」と言いますが、水車が生み出す利益をみんなでわけあう仕組みは、現代の株式会社と根本的に同じですよね。日本で言えば、西暦578年に聖徳太子が百済から宮大工を招いたのが起源とされる社寺建築の「金剛組」は、いまや1400年以上の伝統を持ち、日本どころか「世界最古の法人」と言われています。

――きちんと記録に残っているんですね。

もっと古いものが見つかれば更新されていくのが、歴史というものですけどね。ただ、それでもオランダ東インド会社のような永続的な投資を前提とした会社は、他国ではなかったとされています。

さて、ここで少し豆知識を。そもそも東インド会社は、何を目的に作られたんでしょう。

――コショウ! 肉を腐らせないためにコショウが重宝された時代なので、高価なコショウを求めて航海に出たと習いました。

コショウ貿易を目的としていたことは、正解です。ただ、コショウは当時、肉よりも値段が高かったのです。つまり、コショウを買えるほどの富裕層は、もともと腐りかけの肉を食べる必要がなかった。コショウは肉の保存目的ではなく、「よりおいしく肉を食べたい」というグルメを目的に流通したのです。

グルメへの欲を満たすために、人はわざわざ危険な航海をして、東インドまでコショウを取りにいくようになった。そして、航海が成功する度に莫大な利益が生まれたことから、金儲けを目的に事業に出資する人が出てきた。それが株式会社の始まりです。

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――株式会社の誕生理由は、食欲だったんですね。

正確には、「高い値段でも購入したい」という食欲を狙って、出資者が金儲けをしたということですけどね。

アメリカ大陸の発見で加速した食文化のグローバル化

――東インド会社が誕生する前、まだ大航海時代と呼ばれていたころは、誰が出資していたのでしょうか。

大航海時代の冒険者たちはスポンサーを募り、それに対してヴェニスやジェノヴァの商人が、率先して出資していたことが知られています。あのコロンブスも成功にたどりつく前に、何度もスポンサーを募っては失敗しています。誰も見たことがない未知の大陸を目指すわけですから、出資を引き出すには高いプレゼン能力が求められたはずです。彼らは、今で言うベンチャー起業家のように、出資者に対して自分の事業(航海)がいかに魅力的でもうかるかを、必死にプレゼンしたのではないでしょうか。イギリスではエリザベス女王も出資していたので、相手も強敵だったことでしょう(笑)。そうして航海が儲かることがわかると出資したい人が増えて、やがて会社化していったのでしょうね。

――コショウを探しに行って、新しい大陸を見つけた。金銀財宝をヨーロッパに持ち込んだことは知られていますが、他にもインパクトのある物は見つかりましたか?

1492年にコロンブスがアメリカ大陸に到着したことで、アメリカ大陸にしかなかった物品も世界中に広まるようになります。このことが、ヨーロッパの人口増加の一因にもなるのですよ。世界の食文化は、このころから飛躍的にグローバル化していったと言われています。たとえばトマトって、どこの国から始まったと思います?

――やっぱりイタリアじゃないでしょうか? トマトソースの料理が多いですよね。

いえ、トマトはアメリカ大陸から発見されてヨーロッパに伝わりました。ジャガイモやトウモロコシ、唐辛子やたばこも同じです。食文化というのは意外と後になって定着したものが多く、パスタは中国からシルクロードを渡ってきたという説がありますから、もともとのイタリア料理にはトマトソースもパスタもなかったはずなんです。

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――ジャガイモや唐辛子も、コロンブスの航海の副産物なのですね。

ドイツ料理にはジャガイモがなかったし、インドのカレーには唐辛子がなかった。その代わりに、イタリア料理の生ハムをメロンにくるんで食べるレシピは、ローマ時代からあったと言います。

――それこそ最近な気がするのに!!(笑)

「有限責任」によって活性化する株式市場

冒頭で触れたオランダ東インド会社は、「会社は永続するもの」という概念以外に、もうひとつ重要な近代的株式会社の要素を生んでいます。
それは、無限責任から有限責任への切り替えです。「無限責任」だと、仮に航海が失敗して船が沈んだ時、借りた船の場合だと、株主が全額弁償しなければいけませんでした。

――金額がかなり大きくなりそうですね。

もちろん超高額なものですから、出資者は支払い能力がある人に限られます。審査も大変厳しく、出資希望者に経済力があるかどうか、わざわざその土地や家を見に行ったとも言われています。こうなると、取引に参加できるのは常に富裕層だけだったため、大きな資金も集まらず、当然ながら株式の取引も活発になることはなかったそうです。

そこで、株式の「有限責任化」が始まります。無限責任の支払い能力を限定せず、広く一般からも出資者を募るようになったので、企業は出資者の審査に時間をかける手間がなくなりました。お金持ちでなくても出資ができるようになり、市場が活性化しました。結果、アムステルダムの取引所では商品、為替、株式、海上保険、先物取引など、いち早くさまざまな金融商品が取引されるようになったと言います。

――それだけオランダで株式市場が発達したのに、現代において「金融立国」と言うとイギリスです。なぜオランダは金融トップの座をイギリスに受け渡してしまったのですか?

英蘭戦争の結果イギリスが勝って制海権を得たこともありますが、オランダの問題は、大陸の一部であり戦争の影響を受けたということです。

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イギリスはナポレオン戦争の戦禍を逃れたこともあり、その後の産業革命の飛躍の時代に経済の中心として栄えていきます。こうしてオランダが株式会社発祥の地であり、投資環境も最先端をいっていたという印象が、徐々に薄れていったのだと思います。

――株式会社の始まりは食欲が起こしたこと、各国の食文化の歴史は意外と浅かったことなど、発見ばかりでした。ありがとうございました!!