読み返した回数と衝撃の強さで考えると、『西瓜糖の日々』『にんじん』『バブリング創世記』が私のベスト3です。
『西瓜糖の日々』で驚いたのはその世界観です。
作品全体にアメリカの田舎のような素朴な雰囲気を醸しながらも、すべてのものが西瓜糖でできていたり、曜日によって昇る太陽の色が違っていたりと、地球上のどこにもない世界で物語が進んでいく。言葉の力で見たことのない世界を創り出していることに衝撃を受け、ブローティガンを読み漁るようになりました。
大学の卒論もブローティガンをテーマにしたんですが、彼の作品を多く読んでいくうちに、英語での表現も気になるようになり、原文に当たるようになりました。
原文の英語そのものは中学生で習うようなすごく簡単な単語で書かれているんです。これなら自分でもできるんじゃないかと思って試しに訳してみたら味もそっけもない文章になってしまって(笑)。そこで改めて翻訳の凄さを感じ、衝撃を受けたことが私の原点になっています。
『西瓜糖の日々』の翻訳は藤本和子さんで、私も含め、たくさんの翻訳者が彼女の影響を受けています。
藤本さんは訳者あとがきもものすごくかっこよくて。最初は作品とは関係のない身の回りのことについてのエッセイのように始まるんですが、その流れのまま見事な作品批評に繋げていくんです。こんなあとがきが書けたらと憧れるものの到底真似のできない、私にとって永遠に最高峰の訳者あとがきです。
私の父が岩波文庫好きで、家にたくさんあったのですが、『にんじん』はその中の一冊です。
まだ幼かったころ、岩波文庫の小難しいタイトルが並ぶなかで、『にんじん』を選んだのは、題名が平仮名で、これなら読めるかも、と思ったから。ただ実際には、その頃はまだ旧仮名づかいで、内容も別に子供向けではなかったので、読むのにすごく苦労しました。
にんじん色の髪をした少年が主人公なんですが、100年以上前のフランスの田舎が舞台なので、夕食時に子供が葡萄酒を飲むとか、風俗にも馴染みがなかった。また、これは作者の実体験に基づいているんですが、主人公のにんじんが母親から受ける虐待がけっこう辛い。
何度も読み返した作品ですが、大人になって読むと、にんじんの意外なしたたかさなんかも見えて別の感想を持ったり、描写の美しさに感動したりしますね。
『バブリング創世記』は、筒井康隆の作品の中でいちばん「らしさ」が出ている短編集だと思います。筒井作品を初めて読んだとき、それまで自身が読んできた中で感じた「小説のルール」を全部破壊していることに驚きと感動を覚えました。
小説には起承転結とか、何かしらのルールがあるじゃないですか。それが子供心に何となく不満だったんですけど、筒井作品を読んだときに、「こういうのをずっと待っていた!」と思ったんですよね。
『バブリング創世記』収録の、たとえば「上下左右」という短編では、見開き2ページを20マスに分割して、その1マス1マスをマンションの部屋に見立てて、それぞれの部屋で同時進行的に起こる事柄が語られています。見開きごとに話が進行していって、それぞれの部屋は無関係のようで最後にはつながっていくんです。また、「裏小倉」という作品では、小倉百人一首の歌のリズムは残しながら内容ははちゃめちゃに破壊されていて、お腹がよじれるほど笑いました。