2018年02月11日

「歴史系用語精選案(1次案)」への具体的指摘事項

こちらで書いたものの,具体的な指摘の詳細版。


・消された理由を推察し,肯定的に評価しているもの
【古代】
◯ミタンニ・カッシート・リディア・メディア
→ 古代オリエント史全体の流れから鑑みて,具体名は不要。こいつらのせいで多くの高校生がオリエントで早くも脱落するので,消すのは正解だろう。
◯アメンホテプ4世
→ ここから一神教が始まってエジプトにいたヘブライ人に広まり……は端的にって偽史なので。
◯アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
→ これらに限らず,現行の世界史の文化史は収録基準がぐちゃぐちゃで非常に気持ち悪いので,再整理が必要。少なくとも古代ギリシア・ヘレニズムは明らかに多すぎる。
◯ダキア・パンノニア
→ それぞれルーマニア・ハンガリー大平原で問題ない。その他も含めて基本的に古代名不要(ビザンティウムのような例外以外は)。
◯アリウス派・ネストリウス派・単性論派
→ 異端の教義まで高校世界史で覚える必要を全く感じない。単性論派に至っては教科書・用語集が間違っていることすらあるので(コプト派は単性論ではない),教える側がわかってないのに教えられるはずがない。ただし,「景教」も必然的に消えることになるのはちょっと惜しい気も。
◯儒家・道家・法家・兵家以外の「諸子百家」
→ ここはさすがに漢文にアウトソーシングしても,世界史が怒られる筋合いはないと思う。
◯占田・課田法
→ これに限らず,実施や実態が怪しい法律・制度は全廃で良い。天朝田畝制度とか。
◯「貞観の治」・「開元の治」
→ それぞれ善政としての実態がなく,「実態がないのに善政と見なされてきた理由は何か」というところまで踏み込むなら「思考力を養成する歴史の授業」としての意味もあろうが,高校世界史の段階としては深掘りしすぎの感があり,不要ということだろう。あわせて「武韋の禍」を消したのも良い。
◯タラス河畔の戦い
→ 近年,製紙法はそれ以前から伝播していたという異説がある。

【中世】
◯ギリシア正教会
→ 「正教会」に置き換えるとのこと。「ギリシア」がついていることでかえって誤解を生むので。すばらしい判断。
◯「1054年の東西教会分裂」
→ 実際には両教会とも全く重視していない年号。この年号をひどく重視するのは高校世界史の特殊ルールと思われる。
◯ヘンリ2世・ヘンリ3世・エドワード1世・エドワード3世
→ 中世イギリス史は国王の名前が多すぎるので,減らすのは賛成。
◯ゲルフ・ギベリン
→ 教皇派・皇帝派でよいので,無用なカタカナということだろう。

【近世】
◯オイラト・タタール
→ 「モンゴル」への言い換えで問題ないので。
◯マンサブダール制
→ 官僚制への言い換えで問題ないので。同様にイクター制があるならジャーギールも不要。
◯「神聖ローマ帝国の死亡診断書」
→ 近年では「別に死んでない」という説の方が有力。
◯長老派・独立派・水平派・真水平派
→ これらに限らず,17世紀イギリスは細かすぎるので大幅なカットで正解。

【近代】
◯ジョン=ケイ・ハーグリーヴズ以下綿織物産業関係者
→ これは大賛成。世界史は綿織物産業史ではない。
◯五港通商章程・虎門寨追加条約
→ 「南京条約の付随条約」と教えてよいということなら,大いに賛成する。
◯ドイツ社会主義労働者党・労働代表委員会
→ それぞれ現在の政党名だけで十分ということなら賛成する。
◯クーデンホーヴェ=カレルギー
→ ヨーロッパ統合に実態として影響力がなかったので。


・消えた理由がわからないもの,あるいは消すことに反対しているもの
【古代】
◯三段櫂船
→ 「ガレー船」あるいは「手漕ぎ船」に言い換えるから消すということであれば理解できるのだが,そのまま無くなるのは問題が大きい。現在の高校生が「前近代では帆船と並んで手漕ぎの船も主体だった」というのを常識的に知っているとは思えないので,これは歴史用語だろう。
◯衆愚政治・デマゴーゴス(デマゴーグ)
→ これもほとんどの高校生にとっては一般名詞でなく,ここが初出では。こんなご時世であるので,古代ギリシアから人類が抱える問題として挙げておくメリットは大きかろう。
◯イデア(論)
→ プラトンは残っている。これに限らず「Aは消したがBが残っており,Bを説明するのにAは必要不可欠」というパターンが多く,「この場合,Bはどういう教え方をしてほしくて残っているのだろう」と全くわからない。
◯ペテロ
→ ローマ教皇という制度の説明や,聖ピエトロ大聖堂の語源としていずれにせよ登場するはずであり,消しても無意味では。
◯チョーラ朝
→ チョーラ朝が消えたことが問題というよりも,南インドの王朝が何もなくなっていたのが問題。高校生は「王朝が出てこないところは未開の土地か無人の荒野だった」と勘違いするので,何かしら1つは王朝名を挙げた上で「本当は無数の王朝が興亡していたけど,煩雑になるので高校世界史上はカットされてます」と教員が補足するくらいにしておかないと怖い。また,実際にチョーラ朝はシュリーヴィジャヤ遠征やバクティ運動でも登場するので重要だろう。
◯アンコール=ワット
→ ボロブドゥールが残っているのにアンコール=ワットが消されているのは意味不明。
◯鉄製農具(春秋・戦国時代)
→ 概念語に「鉄」を設定したから不要,ということなのだろうか。果たした重要性を鑑みると「農具」であることに重点があるのだから,分けて用語として立ててほしいところ。
◯陳勝・呉広の乱
→ 中国史上初の大規模農民反乱という歴史的意義は大きかろうと思う。赤眉の乱など,後世の乱が消えているのはわかるが,さすがにこれは市民的教養の範囲では。
◯郷挙里選
→ これも「九品中正」が残っているので,郷挙里選がなくなるとかえって説明が難しくなる。あるいは「推薦制」という一般名詞(?)で置き換えて教えてよいということか。いずれにせよ説明が欲しい。
◯階段型ピラミッド(メソアメリカ文明)
→ エジプト文明で「ピラミッド」を消していないなら,こちらも残すべきでは。
◯宋(南朝)
→ 「倭の五王」があるのに,その朝貢先が無いのはかえって説明が難しい。
◯雑徭(唐)
→ 高校生にとっては労働自体が租税であるという発想自体が無く,中世西欧の賦役(労役)とあわせて世界史上の現象として教えるべき。というよりも,中世西欧に労役が残っていて,こちらの雑徭が消えているのはバランスが取れない。概念語として「労役」として括るのならまだ理解できるが,そうなっていないのは意味不明と言わざるをえない。

【中世】
◯カーバ
→ ムスリムはどこに巡礼して,毎日どの方角に向かって礼拝しているのか,という説明に必要では。「メッカ」でよい,という考え方なら反対。
◯アイユーブ朝
→ ファーティマ朝・マムルーク朝・サラディンとあって,アイユーブ朝だけ無いとなるとさすがに説明がないと全く理解できない。
◯イクター制
→ 中世世界の特徴を説明しづらくなるが,よいか。中世西欧の封建制と実質的に同じだったと見なして,概念語の「封建制」で説明してよいのなら,イクター制は不要になるが,それで中世中東史の歴史家は怒らないか。その判断は我々の側では能力的にできないので,専門家の明確な判断がほしい。
◯マジャール人
→ 「ハンガリー人」と教えてよいということか。あるいは中学の地理の分野に投げたということか。いずれにせよ不適切な削除と思う。
◯共同利用地(入会地)  
→ 近代以降の土地制度との違いを明示すべく必要。概念語扱いでもいいくらい。
◯不輸不入権・領主裁判権
→ 領主の自立を支えた制度では。文章だけで説明して,わかりやすくなるとはあまり思えない。また,不輸不入権は概念語と見なすことも可能で,中学の日本史で出てきた気も。それほどとっつきにくい言葉でもないのでは。
◯ヴェネツィア・フィレンツェ
→ 「地名だから」で機械的に消された最たる例だと思う。高校生なら世界史をやらなくてもヴェネツィアやフィレンツェくらい知っているだろう,ということであれば反対する。
◯リチャード1世・ジョン王
→ さすがにイギリス王を消しすぎでは。ウィリアム1世も消されているので,中世イギリスの国王が誰も出てこないという事態になってしまう。サラディンとマグナ=カルタがあるので,この2人くらいはいてもよいだろう。フランス王も同様の理由でフィリップ4世以外全員カットされているが,フィリップ2世とルイ9世はいてもよいと思う。
◯『アーサー王物語』
→ 騎士道文学の代表格であり,現在の日本でも有名で,ジャンヌ=ダルクと同じくらいには市民的教養の範囲では。
◯高麗青磁
→ 「朝鮮には文化がなかった」とかいうネット右翼の言説をのさばらせないためにも,タームとして強調して置いた方がいい。

【近世】
◯前期倭寇・後期倭寇
→ 前期と後期を区別して教えなくてよいということなのか,あるいは前期・後期は一般名詞だから不要とされたか。いずれにせよ,余計にわかりにくいので反対。
◯李自成
→ 李自成反乱なしに明清交代を教えると,確実に「清が明を滅ぼした」という誤解が世間一般に流布することになるが,中国史家はそれでよいか。固有名詞無しの説明で説明できるとは思えない。
◯郷紳(明清)
→ 「地方有力者という表現で一般化」とあるが,中国史上にだけ登場する特殊な地方有力者であるので,説明としては片手落ちである。洋務運動あたりまで視野に入れるなら,独立した用語として置いた方が良い。
◯マテオ=リッチ・ブーヴェ
→ 明清期のイエズス会士が全員いなくなっているが,これは「ザビエルの日本布教だけで十分」であり「中国・ヨーロッパ双方への文化的影響は教えなくてよい」ということか。どちらなのか判断がつかない。仮に固有名詞なしに説明可能と考えているのであれば反対。ネルチンスク条約締結の交渉にイエズス会士が入っていたり,明末清初のイエズス会士の影響は意外と大きく,固有名詞を出す意味はある。
◯『紅楼夢』
→ 中国文学史上の最高傑作ですが。本当に消しますか。
◯マニラ
→ 日本史側のリストでは残っており,統一がとれていない。アカプルコ貿易での登場となる以上,中学の地理で触れているからカットというのは機械的すぎる判断では。
◯デューラー
→ ルネサンスがフィレンツェとローマだけで完結するかのように教えるの,本当にやめてほしい。
◯ガリレイ
→ 報道で話題になった部分だが,やはり必要と思う。ただし,配置はルネサンスではなく科学革命にすべき。そうであれば尚更,高校世界史で触れる価値が出てくるので。
◯ルター派
→ 「ルター」があるから不要,とはちょっといかないだろう。こういうところに「無理に2000語に収めた感」が強く出る。
◯工場制手工業(マニュファクチュア)
→ 家内制手工業から一足飛びで工場制機械工業になったと勘違いされても困るのでは。
◯ハノーヴァー朝・ウィンザー朝
→ これ以前の王朝名は大体出てるのに,現王室だけ無いというのは意味不明。
◯ジブラルタル
→ 未返還ですし。
◯ナント王令廃止
→ ナント王令があるからカット,というのは無理がある。「廃止」自体がタームになっているので。「ジャガイモ飢饉」も同じ。
◯第2次英仏百年戦争
→ 「ウィリアム王戦争・アン女王戦争・ジョージ王戦争・フレンチ=インディアン戦争」をまとめてカットするのは反対しないが,これらを削除するからこそ第2次英仏百年戦争は残すべきだろう。
◯バロック(・レンブラント・ルーベンス)
→ ここを削るくらいなら古典主義もロマン主義も印象派も消して「高校世界史では美術史を一切扱いません」と言ってもらった方がまだ納得が行く。個別の画家・作品名はともかく,バロックという概念はヨーロッパ文化を理解する上で必要では。ロココがなくなるのはまだ理解できなくもない。
→ 古代ローマのプルタルコスやタキトゥスが残っているのに,バロックは概念ごと消されるというのはあまりにもバランスが悪い。やはり文化史全般再考が必要。


【近代】
◯輪作農法
→ 高校生にとって「輪作」自体が目新しい概念と思われる。ノーフォーク農法は消しても問題ない。
◯茶法
→ ボストン茶会事件が残っている以上,茶法だけ消すメリットがない。
◯ジェファソン  
→ 独立宣言起草者・3代大統領・反連邦派の代表的人物とアメリカ史上の最重要人物の一人だが,本当に不要という判断でよいか。
◯マリ=アントワネット
→ 教養として必要・不要のレベルであれば,ジャンヌ=ダルクと大差なく言及される人物と思う。
◯普墺戦争・普仏戦争
→ ドイツの統一戦争は一切教えなくて良いということか。「鉄血政策」も無いし。
◯モンロー・ジャクソン
→ それぞれ「モンロー宣言」「ジャクソニアン=デモクラシー」はあるので,人名の方がないというのは2000語以内を目指す上でカットしたとしか思えず,欺瞞である。
◯ヴェルディ
→ 私は日本代表の応援チャントを作曲者の名前も知らずにするような日本人を育成したくない。その他,そこら辺まで考えて削ったのか,機械的に「全員要らない」としたのではないかと思うような大雑把な文化史圧縮には大いに疑問がある。
◯台湾出兵
→ 琉球の地位問題で日本が有利になった決定打では。
◯康有為
→ 梁啓超は残っている。学説に変化があったなら説明が欲しい。
◯武断政治・文化政治  
→ 日本史の方にもない。「日本は朝鮮統治で朝鮮人の識字率を向上させた」というようなまやかしに対抗する上で,きっちりと内情を教えておくべきであろう。その上で用語は必要であるし,覚えてもらった方がよい。
◯張学良・重慶・汪兆銘・ノモンハン事件
→ 日本史の方にはある。にもかかわらず世界史で無いのはバランスが悪い。


【大戦後・現代史】
◯キリスト教民主同盟
→ 現代政治に生き残っている政党は残すべき。
◯九・三〇事件・ルワンダ内戦・アジア通貨危機
→ 事件自体の知名度や現代への影響を考えるとあっていいだろう。