2018年02月11日
高大連携歴史教育研究会の「歴史系用語精選案(1次案)」について
この高大連携歴史教育研究会の,「歴史系用語精選案(1次案)」(pdf注意)について。アンケートの締切が2月末なので,三連休を活かしてそろそろ書いておきたい。このブログ記事の改定版をアンケート回答として投稿する予定。1週間ほど,ひとまず本ブログ読者の反応を待ちます。
・用語を減らす動き自体について
私は高大連携歴史教育研究会の,教科書に載せるべき用語を減らす活動について,受験世界史研究家としての立場から,基本的に賛同の方針を示してきた。それは拙著の終章で1巻・2巻ともに繰り返して主張したように,「単純な暗記科目化させた方が受験生も高校教員も大学教員も(表面的には)楽」ということから負のスパイラルが生じ,いつの間にやら高校生にとっては苦行でしかないような量の用語数に膨れ上がてしまったことによる。それも,細かすぎて専門外の大学教員が扱えばすぐさま悪問や出題ミスに直結する用語が増えた。また高校生側の視点で言えば,まず間違いなく覚えても人生の豊かさに直結しない用語が多く,その点から言っても苦行である。
その意味で,この「歴史用語精選案」の動きはすばらしい。拙著の最終章(2巻であればpp.408-409)で書いた「専門家や知識人がきちんと声をあげること」「各教科書会社は,潔く収録語句を減らすこと」という提唱に完全に合致する動きであるから,私が反対するわけがない。また,現段階においては小異を捨てる姿勢であるべきで,参加プレイヤー間に多少の意見の違いがあろうとも,ひとまず実感として明確に教科書や大学入試の側が変わったと思えるようになるまでは,このまま走っていくべきであろうと思う。
ということを前提としつつ,「歴史用語精選案」を精査したのだが,実際のところ不満点はかなりある。以下に項目別に列挙しておく。
・大学入試の観点から言えばこの用語リストは片手落ちで,難関私大の入試に影響を与えにくい。
私の立場からすると,これが最も強い不満点になる。このリストの影響を受けるのはセンター試験(あるいは新センター試験)までで,ほとんどの私大・国立大には影響を及ぼさないとかんがえられる。世界史の無意味に多い暗記量に苦しめられているのは多くが私大専願の受験生であり,あの地獄から逃げるために世界史は受験者を減らしてきたという現状がある。国公立二次・難関私大の出題に制限をかけないと,本質的には解決しない。
ということを踏まえると,学習内容の多様性を失わせないためとはいえ,「リスト外の用語を教科書に掲載することを否定していない」等という生ぬるい主張では根本的な問題の解決は難しいのである。特に,難関私大の範囲外からの出題,あるいは「教科書や用語集に記載があれば,1字1句でも範囲内と見なす」「知らないよりは覚えている方がよい」という理屈を使った出題の悪辣さを理解していない。その悪辣さについては私が散々糾弾してきたところである。「歴史の暗記科目化を克服し、思考力育成型科目に転換することが目標」というのをもう一度思い出してほしい。あるいは,「大学入試で出題していい用語リスト」を全く別に作るということであれば,本精選案はこのコンセプトでもよいと思う。御一考願いたく,提案する。
・「2000語」という総数に大した根拠がなく,無理やり収めた印象が強い。
2000語という縛りは「高校教員の経験を参考にして、1時間(50 分)で十分な説明をしながら教えられる用語を15 個程度として見積もっている」ということだが,実証的に証明された数字ではあるまい。また,そこを基準にすること自体に違和感がある。高校教員にも個人差はあろうし,高校生の側にも当然個人差はある。何かしらの統計をとって平均値や中央値を調べてから,語数を設定すべきではなかったか。
また,これに伴って無理くり2000語に収めた印象が非常に強い。少なくとも,地名・民族名・国名を世界史用語ではないとして消しているのは卑怯である。高校世界史で初出,あるいは深掘りする地名・民族名・国名は,高校生にとっては事実上の世界史用語であり,それで「用語の総数を減らしました」と言っても説得力がない。上述の「1時間で15語」の1語レベルの負担になっている。つまり,実態としては2000語オーバーになり,高校生の負担は減っていない。あるいはそれらは中学や高校の地理で触れているはずのところであるから追放した,という発想なのだとすると,結局負担を他科目に移転しただけであり,世界史のことしか考えていないという批判は生じるところだろう。真摯に用語を減らしたいのであれば,こういうことをやってはいけない。アンフェアである。
また,「一般的な文章で説明すればよい事柄は採録しなかった」ということであり,これは現行の高校世界史の学習が用語ベースであるという弊害が表面化したものであるから,高大連携歴史教育研究会としては用語ベースの風潮自体を破壊したいという考えが現れたところなのだと思う。しかし,後述するようにこのリストはあまりにも説明不足であり,研究会に参加していない他の高校世界史のプレイヤーからすると,「現行の歴史学で重要ではなくなったから消した」のか「用語とはみなしていないから消した」のか区別がつかず,論評しようがない状態である(私自身は『市民のための世界史』等を参照にしながら当てをつけた)。特に,こう言ってはなんだが本研究会の動きを全く知らないような高校教員・予備校講師からすると「用語から消えたのなら教えなくていいんだな」という手抜きの手段に使われかねない。用語の精選案をせっかく世に問うたのだから,「学習内容改善案」も合わせて世に問うべきではなかったか。上述の別リスト案とあわせて提案する。
・消された用語に対する説明が無く,英断と言える用語が多い一方で,なぜ消されたのかわからないものがある。
上述の通り,消された理由が説明されている用語が少なく,なぜ消えたのか理由をこちらから推察しなければならず,その作業が非常に煩雑であった。とはいえ,作業をやってみると消えた理由がよく理解できる用語がほとんどであった。まずは,その英断を評価したい。せめてこれくらいの説明は付してほしかったという意味合いを兼ねて,私が消された理由を推察したものを別記事に挙げておくので,適宜ご参照されたい。ここでは,その中でもさらに一部分をピックアップして書いておく。
◯アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
→ これらに限らず,現行の世界史の文化史は収録基準がぐちゃぐちゃで非常に気持ち悪いので,再整理が必要。少なくとも古代ギリシア・ヘレニズムは明らかに多すぎる。
◯占田・課田法
→ これに限らず,実施や実態が怪しい法律・制度は全廃で良い。天朝田畝制度とか。
◯「貞観の治」・「開元の治」
→ それぞれ善政としての実態がなく,「実態がないのに善政と見なされてきた理由は何か」というところまで踏み込むなら「思考力を養成する歴史の授業」としての意味もあろうが,高校世界史の段階としては深掘りしすぎの感があり,不要ということだろう。あわせて「武韋の禍」を消したのも良い。
◯タラス河畔の戦い
→ 近年,製紙法はそれ以前から伝播していたという異説がある。
◯ギリシア正教会
→ 「正教会」に置き換えるとのこと。「ギリシア」がついていることでかえって誤解を生むので。すばらしい判断。
◯「1054年の東西教会分裂」
→ 実際には両教会とも全く重視していない年号。この年号をひどく重視するのは高校世界史の特殊ルールと思われる。
◯ジョン=ケイ・ハーグリーヴズ以下綿織物産業関係者
→ これは大賛成。世界史は綿織物産業史ではない。
◯五港通商章程・虎門寨追加条約
→ 「南京条約の付随条約」と教えてよいということなら,大いに賛成する。
一方,消えた全く理由がわからないものがそれなりに多くあった。こちらも別記事に書きつつ,ここでもピックアップして述べておく。
◯アンコール=ワット
→ ボロブドゥールが残っているのにアンコール=ワットが消されているのは意味不明。
◯郷挙里選
→ これも「九品中正」が残っているので,郷挙里選がなくなるとかえって説明が難しくなる。あるいは「推薦制」という一般名詞(?)で置き換えて教えてよいということか。いずれにせよ説明が欲しい。
◯アイユーブ朝
→ ファーティマ朝・マムルーク朝・サラディンとあって,アイユーブ朝だけ無いとなるとさすがに説明がないと全く理解できない。
◯ヴェネツィア・フィレンツェ
→ 「地名だから」で機械的に消された最たる例だと思う。高校生なら世界史をやらなくてもヴェネツィアやフィレンツェくらい知っているだろう,ということであれば反対する。
◯ガリレイ
→ 報道で話題になった部分だが,やはり必要と思う。ただし,配置はルネサンスではなく科学革命にすべき。そうであれば尚更,高校世界史で触れる価値が出てくるので。
◯ルター派
→ 「ルター」があるから不要,とはちょっといかないだろう。こういうところに「無理に2000語に収めた感」が強く出る。
◯バロック(・レンブラント・ルーベンス)
→ ここを削るくらいなら古典主義もロマン主義も印象派も消して「高校世界史では美術史を一切扱いません」と言ってもらった方がまだ納得が行く。個別の画家・作品名はともかく,バロックという概念はヨーロッパ文化を理解する上で必要では。ロココがなくなるのはまだ理解できなくもない。
◯マリ=アントワネット
→ 教養として必要・不要のレベルであれば,ジャンヌ=ダルクと大差なく言及される人物と思う。
◯普墺戦争・普仏戦争
→ ドイツの統一戦争は一切教えなくて良いということか。「鉄血政策」も無いし。
◯モンロー・ジャクソン
→ それぞれ「モンロー宣言」「ジャクソニアン=デモクラシー」はあるので,人名の方がないというのは2000語以内を目指す上でカットしたとしか思えず,欺瞞である。
◯康有為
→ 梁啓超は残っている。学説に変化があったなら説明が欲しい。
◯武断政治・文化政治
→ 日本史の方にもない。「日本は朝鮮統治で朝鮮人の識字率を向上させた」というようなまやかしに対抗する上で,きっちりと内情を教えておくべきであろう。その上で用語は必要であるし,覚えてもらった方がよい。
◯張学良・重慶・汪兆銘・ノモンハン事件
→ 日本史の方にはある。にもかかわらず世界史で無いのはバランスが悪い。
・同様に増えた用語に対する説明が無く,いくつか疑問点がある。
今回提示されたリストは,基本的に既存の用語を削減したものであるが,新たに収録された用語もある。これらも基本的には新期収録の理由がよくわかるものが多い。たとえば中華民国の「訓政」を入れたのは英断だろう。あれはあったほうが圧倒的に説明しやすい。「アジア間貿易」「財政革命」「権威主義」あたりもありがたい(財政革命・権威主義は元々あるが用語集頻度が�)。「国旗・国歌」「義務教育」「文明化の使命」が入っているのもおもしろい。一方で,やはり一部には疑問がある新用語もある。「勤勉革命」を日本史用語ではなく世界史用語として入れるのは時期尚早であろうし,「貧困の共有」もまだ扱いが難しい用語だろうと思う。無論のことながら,概念を教えてはいけないということではなく,教えて高校生同士に議論してもらい理解を深めるのであれば,もっと固まっている概念だけでも十分なはずである。
「核の平和利用」「人間の安全保障」あたりになると,高校世界史と言っていいかどうか議論があろう。「積極的平和主義」は,安倍さんが言っているものと本来の概念は違うということを言いたいのだろうか。気持ちはわかるが,これらは公民的である。科目が分かれている意味を考えたいところ。「コミュナリズム」は重要ではあるが,高校世界史の範囲であればまだターム化する必要を感じない。また,あれだけ過去の文化史の用語を消しておいて「言語論的転回」が新収録というのも違和感がある。「ラロトンガ条約」が増えているのも,なぜ南太平洋だけが特権的に取り上げられているのかわからない。「条約による非核地帯化」ということを教えたいのであればそう教えればよく,ここで具体的な条約名を挙げるのはリストの趣旨に反していないか。
以上。
・用語を減らす動き自体について
私は高大連携歴史教育研究会の,教科書に載せるべき用語を減らす活動について,受験世界史研究家としての立場から,基本的に賛同の方針を示してきた。それは拙著の終章で1巻・2巻ともに繰り返して主張したように,「単純な暗記科目化させた方が受験生も高校教員も大学教員も(表面的には)楽」ということから負のスパイラルが生じ,いつの間にやら高校生にとっては苦行でしかないような量の用語数に膨れ上がてしまったことによる。それも,細かすぎて専門外の大学教員が扱えばすぐさま悪問や出題ミスに直結する用語が増えた。また高校生側の視点で言えば,まず間違いなく覚えても人生の豊かさに直結しない用語が多く,その点から言っても苦行である。
その意味で,この「歴史用語精選案」の動きはすばらしい。拙著の最終章(2巻であればpp.408-409)で書いた「専門家や知識人がきちんと声をあげること」「各教科書会社は,潔く収録語句を減らすこと」という提唱に完全に合致する動きであるから,私が反対するわけがない。また,現段階においては小異を捨てる姿勢であるべきで,参加プレイヤー間に多少の意見の違いがあろうとも,ひとまず実感として明確に教科書や大学入試の側が変わったと思えるようになるまでは,このまま走っていくべきであろうと思う。
ということを前提としつつ,「歴史用語精選案」を精査したのだが,実際のところ不満点はかなりある。以下に項目別に列挙しておく。
・大学入試の観点から言えばこの用語リストは片手落ちで,難関私大の入試に影響を与えにくい。
私の立場からすると,これが最も強い不満点になる。このリストの影響を受けるのはセンター試験(あるいは新センター試験)までで,ほとんどの私大・国立大には影響を及ぼさないとかんがえられる。世界史の無意味に多い暗記量に苦しめられているのは多くが私大専願の受験生であり,あの地獄から逃げるために世界史は受験者を減らしてきたという現状がある。国公立二次・難関私大の出題に制限をかけないと,本質的には解決しない。
ということを踏まえると,学習内容の多様性を失わせないためとはいえ,「リスト外の用語を教科書に掲載することを否定していない」等という生ぬるい主張では根本的な問題の解決は難しいのである。特に,難関私大の範囲外からの出題,あるいは「教科書や用語集に記載があれば,1字1句でも範囲内と見なす」「知らないよりは覚えている方がよい」という理屈を使った出題の悪辣さを理解していない。その悪辣さについては私が散々糾弾してきたところである。「歴史の暗記科目化を克服し、思考力育成型科目に転換することが目標」というのをもう一度思い出してほしい。あるいは,「大学入試で出題していい用語リスト」を全く別に作るということであれば,本精選案はこのコンセプトでもよいと思う。御一考願いたく,提案する。
・「2000語」という総数に大した根拠がなく,無理やり収めた印象が強い。
2000語という縛りは「高校教員の経験を参考にして、1時間(50 分)で十分な説明をしながら教えられる用語を15 個程度として見積もっている」ということだが,実証的に証明された数字ではあるまい。また,そこを基準にすること自体に違和感がある。高校教員にも個人差はあろうし,高校生の側にも当然個人差はある。何かしらの統計をとって平均値や中央値を調べてから,語数を設定すべきではなかったか。
また,これに伴って無理くり2000語に収めた印象が非常に強い。少なくとも,地名・民族名・国名を世界史用語ではないとして消しているのは卑怯である。高校世界史で初出,あるいは深掘りする地名・民族名・国名は,高校生にとっては事実上の世界史用語であり,それで「用語の総数を減らしました」と言っても説得力がない。上述の「1時間で15語」の1語レベルの負担になっている。つまり,実態としては2000語オーバーになり,高校生の負担は減っていない。あるいはそれらは中学や高校の地理で触れているはずのところであるから追放した,という発想なのだとすると,結局負担を他科目に移転しただけであり,世界史のことしか考えていないという批判は生じるところだろう。真摯に用語を減らしたいのであれば,こういうことをやってはいけない。アンフェアである。
また,「一般的な文章で説明すればよい事柄は採録しなかった」ということであり,これは現行の高校世界史の学習が用語ベースであるという弊害が表面化したものであるから,高大連携歴史教育研究会としては用語ベースの風潮自体を破壊したいという考えが現れたところなのだと思う。しかし,後述するようにこのリストはあまりにも説明不足であり,研究会に参加していない他の高校世界史のプレイヤーからすると,「現行の歴史学で重要ではなくなったから消した」のか「用語とはみなしていないから消した」のか区別がつかず,論評しようがない状態である(私自身は『市民のための世界史』等を参照にしながら当てをつけた)。特に,こう言ってはなんだが本研究会の動きを全く知らないような高校教員・予備校講師からすると「用語から消えたのなら教えなくていいんだな」という手抜きの手段に使われかねない。用語の精選案をせっかく世に問うたのだから,「学習内容改善案」も合わせて世に問うべきではなかったか。上述の別リスト案とあわせて提案する。
・消された用語に対する説明が無く,英断と言える用語が多い一方で,なぜ消されたのかわからないものがある。
上述の通り,消された理由が説明されている用語が少なく,なぜ消えたのか理由をこちらから推察しなければならず,その作業が非常に煩雑であった。とはいえ,作業をやってみると消えた理由がよく理解できる用語がほとんどであった。まずは,その英断を評価したい。せめてこれくらいの説明は付してほしかったという意味合いを兼ねて,私が消された理由を推察したものを別記事に挙げておくので,適宜ご参照されたい。ここでは,その中でもさらに一部分をピックアップして書いておく。
◯アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス
→ これらに限らず,現行の世界史の文化史は収録基準がぐちゃぐちゃで非常に気持ち悪いので,再整理が必要。少なくとも古代ギリシア・ヘレニズムは明らかに多すぎる。
◯占田・課田法
→ これに限らず,実施や実態が怪しい法律・制度は全廃で良い。天朝田畝制度とか。
◯「貞観の治」・「開元の治」
→ それぞれ善政としての実態がなく,「実態がないのに善政と見なされてきた理由は何か」というところまで踏み込むなら「思考力を養成する歴史の授業」としての意味もあろうが,高校世界史の段階としては深掘りしすぎの感があり,不要ということだろう。あわせて「武韋の禍」を消したのも良い。
◯タラス河畔の戦い
→ 近年,製紙法はそれ以前から伝播していたという異説がある。
◯ギリシア正教会
→ 「正教会」に置き換えるとのこと。「ギリシア」がついていることでかえって誤解を生むので。すばらしい判断。
◯「1054年の東西教会分裂」
→ 実際には両教会とも全く重視していない年号。この年号をひどく重視するのは高校世界史の特殊ルールと思われる。
◯ジョン=ケイ・ハーグリーヴズ以下綿織物産業関係者
→ これは大賛成。世界史は綿織物産業史ではない。
◯五港通商章程・虎門寨追加条約
→ 「南京条約の付随条約」と教えてよいということなら,大いに賛成する。
一方,消えた全く理由がわからないものがそれなりに多くあった。こちらも別記事に書きつつ,ここでもピックアップして述べておく。
◯アンコール=ワット
→ ボロブドゥールが残っているのにアンコール=ワットが消されているのは意味不明。
◯郷挙里選
→ これも「九品中正」が残っているので,郷挙里選がなくなるとかえって説明が難しくなる。あるいは「推薦制」という一般名詞(?)で置き換えて教えてよいということか。いずれにせよ説明が欲しい。
◯アイユーブ朝
→ ファーティマ朝・マムルーク朝・サラディンとあって,アイユーブ朝だけ無いとなるとさすがに説明がないと全く理解できない。
◯ヴェネツィア・フィレンツェ
→ 「地名だから」で機械的に消された最たる例だと思う。高校生なら世界史をやらなくてもヴェネツィアやフィレンツェくらい知っているだろう,ということであれば反対する。
◯ガリレイ
→ 報道で話題になった部分だが,やはり必要と思う。ただし,配置はルネサンスではなく科学革命にすべき。そうであれば尚更,高校世界史で触れる価値が出てくるので。
◯ルター派
→ 「ルター」があるから不要,とはちょっといかないだろう。こういうところに「無理に2000語に収めた感」が強く出る。
◯バロック(・レンブラント・ルーベンス)
→ ここを削るくらいなら古典主義もロマン主義も印象派も消して「高校世界史では美術史を一切扱いません」と言ってもらった方がまだ納得が行く。個別の画家・作品名はともかく,バロックという概念はヨーロッパ文化を理解する上で必要では。ロココがなくなるのはまだ理解できなくもない。
◯マリ=アントワネット
→ 教養として必要・不要のレベルであれば,ジャンヌ=ダルクと大差なく言及される人物と思う。
◯普墺戦争・普仏戦争
→ ドイツの統一戦争は一切教えなくて良いということか。「鉄血政策」も無いし。
◯モンロー・ジャクソン
→ それぞれ「モンロー宣言」「ジャクソニアン=デモクラシー」はあるので,人名の方がないというのは2000語以内を目指す上でカットしたとしか思えず,欺瞞である。
◯康有為
→ 梁啓超は残っている。学説に変化があったなら説明が欲しい。
◯武断政治・文化政治
→ 日本史の方にもない。「日本は朝鮮統治で朝鮮人の識字率を向上させた」というようなまやかしに対抗する上で,きっちりと内情を教えておくべきであろう。その上で用語は必要であるし,覚えてもらった方がよい。
◯張学良・重慶・汪兆銘・ノモンハン事件
→ 日本史の方にはある。にもかかわらず世界史で無いのはバランスが悪い。
・同様に増えた用語に対する説明が無く,いくつか疑問点がある。
今回提示されたリストは,基本的に既存の用語を削減したものであるが,新たに収録された用語もある。これらも基本的には新期収録の理由がよくわかるものが多い。たとえば中華民国の「訓政」を入れたのは英断だろう。あれはあったほうが圧倒的に説明しやすい。「アジア間貿易」「財政革命」「権威主義」あたりもありがたい(財政革命・権威主義は元々あるが用語集頻度が�)。「国旗・国歌」「義務教育」「文明化の使命」が入っているのもおもしろい。一方で,やはり一部には疑問がある新用語もある。「勤勉革命」を日本史用語ではなく世界史用語として入れるのは時期尚早であろうし,「貧困の共有」もまだ扱いが難しい用語だろうと思う。無論のことながら,概念を教えてはいけないということではなく,教えて高校生同士に議論してもらい理解を深めるのであれば,もっと固まっている概念だけでも十分なはずである。
「核の平和利用」「人間の安全保障」あたりになると,高校世界史と言っていいかどうか議論があろう。「積極的平和主義」は,安倍さんが言っているものと本来の概念は違うということを言いたいのだろうか。気持ちはわかるが,これらは公民的である。科目が分かれている意味を考えたいところ。「コミュナリズム」は重要ではあるが,高校世界史の範囲であればまだターム化する必要を感じない。また,あれだけ過去の文化史の用語を消しておいて「言語論的転回」が新収録というのも違和感がある。「ラロトンガ条約」が増えているのも,なぜ南太平洋だけが特権的に取り上げられているのかわからない。「条約による非核地帯化」ということを教えたいのであればそう教えればよく,ここで具体的な条約名を挙げるのはリストの趣旨に反していないか。
以上。
Posted by dg_law at 04:45│Comments(0)