2013年の流行語の一つにも選ばれた「ブラック企業」という言葉。日本で会社勤めをする社会人なら、誰もが避けて通りたい問題ですが、今の日本社会とは切っても切れない関係だといえるでしょう。そこで、労務のプロフェッショナルである社労士の栗本裕司さんに、仕事上で起こりうる小さなトラブルの事例を労務法の観点で、正当かどうか教えていただきました!

 

【ケース1】社員旅行の積立として、毎月のお給料から天引きされて、半ば「強制参加」……。これは労務的に問題アリ or ナシ?

回答:問題アリ

労働者が会社に従わなければならないのは、勤務時間の間だけという原則があります。あくまでも労働契約として働いているわけですから、指示・命令ができるのは契約時間内だけです。したがって、土日や休業日など本来休日であるはずの時間に行われる会社の行事は自由参加ということになり、労働者には参加の義務がありません。ただし、社員研修を兼ねた旅行など、業務上必要とされる場合、参加を強制することが可能です。もちろんオーバーワークとなる時間については会社は割増賃金の支払いが必要です。

給料の中から天引きされている旅費などの積立金の場合、法的には社内預金などと同じ扱いになります。つまり所有権は労働者にあり、会社はそれを預かっているという形です。このようなケースでは労働者が参加を辞退した場合、会社側に全額返金の義務があります。自動で天引きされていた場合でも、参加辞退の際に、個人に払い戻しされれば問題はありません。

 

【ケース2】「社内恋愛禁止」という就業規則。これは労務的に問題アリ or ナシ?

回答:問題アリ

社員が誰とどういう交際をするかということは私的な問題のため、会社といえども口出しできるものではありません。たとえ交際相手が同じ社内の人間であっても恋愛は私的な領域に属する事項であるということに変わりはありません。従業員の「私的領域の確保」、「人格権・自己決定権の尊重」という観点から、就業規則に社内恋愛禁止の条項を設けても無効となります。ですから、社内恋愛をしているからといって解雇や制裁処分の対象とするなどということはできません。

ただし、社内恋愛をすることによる影響が、就業規則に定めてある服務規律に違反するような影響を及ぼす場合には、制裁処分の対象となる可能性があります。つまり、社内恋愛をしている従業員同士が、「痴話げんかのたびに職場全体の雰囲気が悪くなり風紀を乱す」といった場合や、逆に「仲が良過ぎて仕事中でも度を超えた振る舞いをする」など、具体的に業務上の支障が生じていれば注意・指導の対象となり、その程度によって制裁処分を受けることがあります。

 

【ケース3】業務時間外、深夜に上司からの電話に出ないと怒られる。これは労務的に問題アリ or ナシ?

回答:業態や雇用契約による

会社と労働契約を結んでいるにすぎない個人が命令に従う義務があるのは勤務時間の間だけというのが大原則です。したがって基本的に労働者は残業を命じられることはあっても、業務から解放されたのちに、こうした深夜対応などを求められる場合、命令に従う義務がありません。仮に終業後の時間や夜間に何らかのトラブルが発生し、その仕事を担当している労働者に連絡が取れなかった結果として会社が大損害を被っても、それはバックアップ要員を確保しなかった会社の責任であると見なされます。

とはいえ24時間動いているコンピューターシステムの管理をするSEなど、仕事によっては勤務時間外だから関係ないでは成り立たない仕事もあります。労働契約に緊急時の対応が含まれる場合には、会社は労働契約に緊急時の対応を含めることで労働者に命令を下すことが可能になります。ただし、勤務時間外に労働させるわけですから、当然それに見合った割増賃金や手当なども必要です。

 

【ケース4】有給休暇を消化する際、行き先や使い道について事細かに会社に報告しないといけない。これは労務的に問題アリ or ナシ?

回答:報告しなければいけない要素の度合いによる

労働者が年次有給休暇をいつ使うかについては原則として自由になっており、労働者の判断に任されています。したがって使用目的を会社側に詳しく報告する必要もなく、原則としては労働者から有給休暇の申請があったときには会社はこれを認めないわけにはいきません。理由を聞いて却下するということがもしあれば法律違反です。

しかし会社側には事業の正常な運営を妨げる場合に限って、有給休暇を使用する日を変更できる時季変更権というものがあるため、休暇の理由を聞いて別な日に変更できるような用事かどうか判断しなくてはならないときもあります。例えば社員全員同じ日に申請した場合は、「業務の正常な運営が妨げられる状態」にあたりますから、優先順位の高い理由の人から休ませるということが可能になるのです。ですから、理由を聞くこと自体は違法ではありません。

 

【ケース5】振替休日の取得が、会社の規定で1カ月間しか有効期限がナシ。これって労務的に問題アリor ナシ?

回答:場合により問題アリ

そもそも振替休日というのは、事前に同一週内に特定の営業日を休日に指定し休ませ、その代わりに本来の休日の日に出勤させるものなので割増賃金等は発生しません。振替休日以外の休日はすべて代休ということになり、代休を取った場合でも取らない場合でも、当然ながら会社はその週の総労働時間が40時間を超えた分の時間外労働に対する割増賃金(125%)の支払いが必要になります。

ただし、有効期限をいつまでにするかは会社が自由に決めることが可能です。仮に同月に代休を取った場合、基本賃金(100%)は所定労働時間なので通常の賃金に含まれるため、差分の25%のみが支払われ、翌月以降に代休を取った場合、割増賃金(125%)がすでに支払われているため、基本賃金(100%)が引かれることとなります。

 

トラブルを未然に防ぐために、知っておくべきポイントは?

そもそも、こうした労務の事例と会社内で常識とされるルールには少なからずズレというのが生じるものです。例えば、会社の旅行や運動会が強制参加ではないからといって、欠勤すると心証は少なからず悪くなるでしょうし、退社後であろうが仕事のトラブルが発生したら、電話に出るのが良識ある大人の対応というもの。あまりに労務のルールに忠実過ぎて、一般常識を欠いた言動をすると評価に響く可能性があるというのは、致し方ないことかと思います。

ただ、自分が不条理な状況に追い込まれないためには、業務上困ったことが起こったら、社会のセーフティネットである労働基準監督署に相談するという対応も必要です。トラブルに巻き込まれたら、必要以上に思い詰めないで、セーフティネットを利用して、会社の対応が法の下で正当かどうかを確かめる必要があります。

また、会社と個人間で結ばれた雇用契約書や労働条件通知書をしっかりと保管・管理して、そのルールにそぐわないところがないかどうかチェックする、という習慣を付けておけば、ブラック企業に対するリスクを避けられると思いますよ。