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慰安婦問題否定論の中には、きわめて無知であるがゆえになしうる否定論が存在している。
その無知の一つが「奴隷」に関する無知である。


 西岡力は
「奴隷とは、「主人の所有物」となり、金銭の報酬なしに働かされ、殴られても文句を言えない存在だ。」『よく分かる慰安婦問題』p131)
と書き


 朴裕河は
しかし、慰安婦=「性奴隷」が<監禁されて軍人たちに無償で性を搾取された>という事を意味する限り、朝鮮人慰安婦は必ずしもそのような「奴隷」ではない。たとえそういう状況にいたとしても、それが初めから「慰安婦」に与えられた役割ではないからである。
『帝国の慰安婦』p143)
と書き

熊谷奈緒子は
奴隷とは、一般には他人に所有物として扱われ、強制的支配の下、労働に対価を与えられず、時に売買の対象になりうる存在である。『慰安婦問題』p32)
と書いている。

それぞれ「慰安所=性奴隷制度」を否定する文脈の中で、「奴隷」の定義または「奴隷」の要件として、金銭の報酬なしに働かされ」「無償で性を搾取された」「労働に対価を与えられず」としており、金銭報酬の有る無しが、「奴隷であるか否か」の基準のように書いている。

こういう人たちは、おそらく今日までの人類の奴隷史について、まったく調べないでこうした記述をしているのである。
奴隷史研究の中には、「報酬のある奴隷」がいたことが知られているからである。

この件についてはすでに幾度か言及している。


今回、2015(平成27)年3月10日の吉見裁判における吉見義明陳述書を入手したので、これによって見解を完成しておこう。

    奴隷には収入はないか

まず、収入があれば、奴隷とはいえないという見解について検討しますと、アメリカの黒人奴隷も一定の収入を得る場合があったことは否定できません。ノースカロライナで奴隷だったハリエット・アン・ジェイコブス氏の回想によれば、彼女の父は、腕の良い大工でしたが、「父を所有する女主人は、年間二〇〇ドルを支払い、自分で生活の費用をまかなうのであれば、あとは自由に商売をしてもよいと言ってくれていた。」といいます(H. A.ジェイコブス『ある奴隷少女に起こった出来事』大和書房、2013年、19頁)。奴隷でもかなりの収入があったのです。また、彼女の祖母は奴隷主の食事の支度、乳母、お針子の仕事をしていましたが、クラッカーをつくって売り、300ドルのお金を貯めていた、といいます(同上、20-21頁)。

カリフォルニア大学バークレー校のケネス・M・スタンプ教授(アメリカ史)は次のように述べています。

  • 奴隷の中には、主人から「自前で働く」特権を得た者が少数ながらいた。このような奴隷は、かなりの移動の自由を持ち、自分で仕事を探すことを許されていた。毎年所定の金額を主人に納める義務はあったが、その額以上に稼いだ金は自由に使うことができた。自前でやっていた奴隷は、ほとんど全員が熟練した職人で、高南部の都市に集中していた。……奴隷主としては、信頼できる職人奴隷に自前でやる権利を与えておけば、食料や衣類の心配とか、仕事を見つけてやる苦労を免れることができたわけである。
  • ケネス・M・スタンプ『アメリカ南部の奴隷制』彩流社、1988年、73頁)


自前で働き、賃金を稼ぐ奴隷もいたのです。
また、エドウィン・グールド児童教育財団のトーマス・L・ウェッバー博士は、次のように述べています。

  • 個人割当制が一般的であったプランテーションでは、ひとたび畑奴隷が割り当てられた仕事を首尾よく完了すれば、彼らはしばしば自由に奴隷居住区に帰ったり、あるいは、もし彼らが望むなら、畑に残って働き、割り当て分を超過した分の報酬を受けた。豊作の場合には、しばしばクリスマスの施し物がすべての畑奴隷に分配された。オームステッドが訪問したあるルイジアナ州の砂糖栽培プランテーションでは、畑奴隷は毎年に生産された砂糖一ホッグスヘッド〔六十三ガロン〕ごとに一ドルが与えられた。
  • トーマス・L・ウェッバー『奴隷文化の誕生』新評論、1988年、81-82頁)


 黒人奴隷は、奴隷主から報酬を受け取ることもできたのです。
さらに、ロバート・W・フォーゲル氏とスタンレー・L・エンガーマン氏は、次のように述べています。

 オームステッドが〔ルイジアナ州の砂糖プランテーションやカロライナ州の漁場で奴隷たちが熱心に働いていると〕再び報告している理由は、彼らが「技術」や「根気強さ」のために特別の報酬を受け取っているからだった。
オームステッドはまたその特別の報酬がいかに高くなるかにも気づいていた。彼は、奴隷労働は自由労働よりどれほど高価であるかを述べようとして、「[バージニアのタバコの]最大の生産者のひとりは」、「奴隷主へ支払う年100ドルから150ドルの〔奴隷〕賃貸料のほかに、各奴隷への支払いは年60ドル以下になることは稀で、時には300ドル以上になると知らせた」と述べている。オームステッドは、ジョージア州の米作プランテーションでは、「実際に贈り物の形で白人の監督者より相当高い給料」をもらっている奴隷の技術者に遭遇した。
R. W.  Fogel, S. L. Engerman, Time on the Cross, W. W. Norton & Company, New York, 1989, p.241.


このような事実を見ますと、収入があるから奴隷ではない、とは言えないことは明らかでしょう。

読者の方々は、上記の西岡力、朴裕河、熊谷奈緒子などの知ったかぶりの知識を振りかざす反知性主義的著作物には、惑わされないようにしていただきたい。




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