シリーズ 欲望の経済史〜ルールが変わる時〜最終回「欲望が欲望を生む」[字] 2018.02.09
産業革命始まりの地…この町にイギリス屈指の名門大学がある。
その教室から響いてきたのは…。
今の教育は現実の社会問題を無視してるわ。
問題に取り組むチャンスを逃すうちにその問題を重要だとも感じなくなる。
卒業する頃にはもう関心を失ってレールに沿って仕事を探すようになるわ。
近代経済学の在り方に異議を唱えるサークル。
結成のきっかけはリーマンショックやユーロ危機など世界的な金融危機だった。
大学で学んでいる事に私たちは大きな疑問を持ちました。
経済学でなぜ今の大切な問題を扱わないのだろうと。
次の危機がいつ起こりどう防ぐかも教わらない。
政策課題の多くは歴史に遡って学べる。
危機に過剰反応してしまうのは歴史を俯瞰できていないからだ。
僕はルーマニア出身だけど僕の国で今起きている汚職や格差貧困の問題だって本当は学問と無縁じゃないはずなのに。
教育改革や経済の問題を一般の人たちも巻き込んで解決していけたらいいな。
世界へと議論を広めていこうとしている学生たち。
今資本主義の在り方が問われている。
やめられない。
とまらない。
欲望が新たな欲望を生む資本主義システム。
それはいつの時代も欲望を導くルールによって築かれていた。
時代のルールを6回にわたり読み解く異色の経済史。
最終回は数百年にわたる欲望のドラマを駆け抜けながら資本主義の未来を問う。
その実態は中世イタリアに遡る事で見えてくる。
商人たちの欲望がさまざまな取り引きのルールを模索した時代。
ある金貸しの帳簿には…。
「1385年6月6日マルコは私ことドメニコに70フィオリーニを支払わなければならない」。
ただし借用書には「1月1日90フィオリーニにして返済し加えて小麦14スタイオも渡す」と書かれています。
記録から高利貸しの実態が分かります。
偽の借用書を書かせ利子を受け取っていたのです。
そもそも「利子」は長らく神が禁じたルールだった。
キリスト教社会で掟を破ったものは地獄に堕ちると考えられた。
この金貸しが半年の利子で得たもうけは当時の庶民の8年分の年収に相当する。
利子への欲望は神の戒めをも恐れぬほどに強いものだった。
形骸化したルール。
転機が訪れたのは16世紀の宗教改革。
その指導者はプロテスタントの新たなルールを宣言した。
「5%の利子を認める」。
「ただし貧困者に高利で貸してはならない」。
更にカトリックでも変化が。
利子が公認されるのは1745年のローマ教皇ベネディクト14世による回勅のあとです。
…という考えが広まり始め利子が認められたのです。
時が富を生む。
利子の欲望を解き放つルールの書き換え。
資金を貸し利益を得る。
その欲望は当時活況を呈した「貿易」の金融を支え時代の常識となった。
次なる時代のルールには「国家」が深く関わる。
海洋国家イギリス。
大英帝国はある商社に独占貿易を許す。
1600年創業…最盛期には植民地インドの統治機関でもあった。
東インド会社こそ…インドや中国オーストラリアアフリカアメリカを相手取り世界中で貿易を行いました。
7つの海を全て支配していたのです。
世界の共通語として英語が話される理由は東インド会社です。
世界の25億人以上が東インド会社と感情的なつながりがあると言ってもいい。
文明の潜在意識にしみ込んでいるのです。
世界の海を制し得られる富の果実。
それは安い場所で買い高い場所で売る空間による価値の差異を巧みに利用したものだった。
貿易差額によって貨幣や貴金属を蓄積し国家を富ませようとする。
いわゆる…しかしその裏側には熾烈な欲望のドラマがあった。
重商主義の重要なポイントは富を増やす事。
そしてもう一つ軍事力です。
植民地や貿易のルートを意のままに独占するためヨーロッパの国々は軍事的な競争を繰り広げました。
富を得るには軍事力が必要で軍事力を得るには富が必要だったのです。
更に自国の利益を追求する運動の中で人々にある感情が芽生える。
「愛国心」。
グローバル競争の中で「ナショナリズム」が芽生えた。
重商主義は危険で乱暴な政治経済システムです。
重商主義は完全になくなったわけではなく消えたと思ったら別の形で戻ってきたりします。
時代のルールの変更には時に宗教的な信念が関わっている。
プロテスタントによる「天職」の教え。
神に与えられた「勤労」という使命が自らの魂を救う。
職業労動に励み天職を全うする倫理が人々に教え込まれた。
その教えが実を結んだともいえる産業がスイスを代表する時計づくりだ。
アルプスの山々に閉ざされた環境でその勤勉な仕事ぶりは遺憾なく発揮された。
更に稼いだお金を投資し増やす事が美徳となった。
カトリックでお金持ちはどこかしら不誠実な人々だと見なされていました。
しかし富を持つ事は恥ではなくむしろ誇りにしてよいと社会の意識が変わり始めたのです。
プロテスタントの思想はヨーロッパ社会を根幹から変えていったのです。
重商主義の本家イギリスでも近代化に向けルールの書き換えが進む。
経済学の父アダム・スミスの功績だった。
スミスは軍事力を背景に独占貿易で富を得る東インド会社の在り方を痛烈に批判した。
アダム・スミスは重商主義の大いなる批判者であり自由主義資本主義システムの生みの親でもあります。
彼は貿易が帝国同士の衝突に発展する事を懸念しました。
植民地を増やし収益を増やそうとする過程で戦争が避けられなくなると。
スミスは国民の労動によって価値を生み富を増大させる必要を説く。
土地の改良。
分業を進め生産性を上げる。
国内の産業を育て価値ある商品を自由に売買し富を得る。
こうしたスミスの主張は産業革命の夜明けを迎えたイギリスで時代の精神として支持されていく。
産業革命は歴史上の岐路でした。
それが起こった時人類には2つの道がありました。
1つは享受した富でいい家や車などを買う事。
もう1つは働く時間を減らす事。
産業革命以降どの社会でもものを買う方向を人々は選びました。
その結果人は産業革命以前と同じぐらい働いています。
もはや働く事を減らす道は閉ざされ我々の本性は忙しく働く事であると定まったのかもしれません。
運命を分けた産業革命。
イノベーション大規模化効率化そして過酷な労働…。
だがその変化は一夜にして起こったわけではなかった。
産業革命は労働者を犠牲にしたと考える人が多くいますが統計に基づいて分析すれば違います。
競争によって価格が下がり最終的に利益を得たのは労働者でした。
つまりイギリスの産業革命は…
(クラーク)機械化によって人間の雇用が奪われると心配されていたわりに実際はそうした事はさほど起きていませんでした。
産業革命は一夜の劇的な変化ではなく社会をじわじわと変える持続的な成長だったと指摘されている。
産業革命の始まりから1世紀余り。
世界の工場イギリスはドイツやアメリカの猛追を受ける。
国が技術を振興し産業を育て重工業を基盤とした経済発展でしのぎを削る。
その後技術の力は劇的な変化を生む。
舞台は20世紀初頭アメリカの自動車産業。
一人の男の発想が生産と消費のルールを変えた。
高級品だった車を大衆の足にする事に成功したのだ。
ベルトコンベヤーを導入した流れ作業を取り入れ低コストの大量生産を実現しました。
更に彼はT型フォードを購入できるよう従業員に高い賃金を支払ったのです。
(ヘルマン)これぞ現代の資本主義のモデルです。
技術革新と同時に製品を買ってくれる客をも生み出すのです。
生産とともに消費をもつくり出す。
高賃金によって大衆消費社会のサイクルが回りだした。
1900年代のアメリカ。
人々の旺盛な欲望は土地や株式へ流れだす。
投資は「社会に価値を生む」本来の目的から「マネーの増殖」つまり「投機」へと過熱。
価格は膨張を続けるかのように思われた。
ところが…。
バブルが生まれ崩壊する。
悲劇のサイクルは循環するのです。
なぜなら人間から欲望が消え去る事はないからです。
終わりは突然やってくる。
株の大暴落。
1週間で国家予算の10年分もの富が失われ未曽有の「世界大恐慌」へと拡大した。
誰もが冷静さを欠いた熱狂の中で一体何が起こっていたのか?大衆心理の本質を言い当てる男が現れた。
希代の経済学者ケインズ。
彼は株式市場を一風変わった美人投票に例えた。
このルール設定こそ人々を惑わせる。
「株式市場」の本質を言い当てている。
投資先に選ばれるのはたくさんの人が「好きであろう」会社だ。
最も有利なのは女性を見る事じゃない。
投票者たちの出方をうかがう事。
(セドラチェク)誰の好みでもない女性が選ばれてももう誰にもとめられない。
こうしてバブルがつくり出される。
つまり最良の企業だから優勝するというわけではないんだ。
株式市場では本当の価値は計れないとすら言える。
自分の欲望ではなく他人の欲望を模倣し合う。
錯綜する思惑。
それが市場の本質なのか?繰り返すバブル。
それは時代を超え寄せては返す波のように現れる。
皮肉にもその後の未来を予言していたのか。
ケインズはこんなふうに警告している。
「投機は企業活動の堅実な流れに浮かぶ泡ならば無害かもしれない。
しかしその投機の渦巻きに翻弄されてしまうようではことは重大な局面を迎える。
一国の資本の発展がカジノでの賭け事のようになりなにもかもが始末に負えなくなるだろう」。
欲望に突き動かされる人々。
そこには各時代に書き換えられてきたルールがあった。
利子。
貿易。
勤勉。
技術。
バブル…。
人々の欲望を核としてあらゆるものを飲み込み続ける資本主義という名の運動体。
10年前世界金融危機の発生源となったアメリカ・ニューヨーク。
ある投資銀行では600人いたトレーダーが今は僅か2人。
人工知能が株の売買を行う。
技術によって自動化された欲望が更にスピードを増している。
改めて問う。
資本主義の本質とは?
(取材者)What’scapitalism?いい質問ですねぇ。
私の意見は資本主義は何千年も前から存在していて近代の発想ではありません。
人によって資本主義の定義はバラバラです。
搾取。
権力とコネを持つ人々の勝利。
開かれた社会。
能力主義。
血筋や家柄に影響されない社会。
国家から逃れられるシステム。
自由に我が道を進める社会など。
しかし私が思うに資本主義とは人々が交流しビジネスが行われよりよい結果を生もうとする事だと思います。
このような経済のルールはずっと存在してきたもので産業革命以前にも例えば日本でも見られました。
ですので資本主義とはいつでもどこでもいろいろな形で存在しています。
マルクスが発明したものではないのです。
誰もが使う言葉ですが人々によって概念が異なり定義は困難ですね。
アダム・スミスが最初に資本主義の本質を捉えました。
彼は言ったのです。
「お金を稼ぐ目的は教養を学ぶため」だと。
これだけは言っておきたいです。
人文学つまり哲学宗教歴史文学を学ばないかぎり安定した持続可能なシステムにたどりつく事はできません。
問題を解決するのに必要な見識なのです。
ウーバーのように効率的な配車システムをつくるといった小さな問題ではありません。
社会のビジョンの話です。
それは教養ある想像力豊かな人間から生まれます。
資本主義の未来にかけるのなら人々に夢を与える芸術や人文学に投資すべきです。
自らの歴史や文化を深く理解している国は財政もうまく統制できています。
そして資本主義に「トリクルダウン」は存在しません。
資本主義が非常に魅力的な事は明らかです。
人類が考案した…
(ヘルマン)それは成長を生みますが残念ながら永久に成長し続けられないのも事実です。
現在の消費社会はいわば地球を2つ分必要としています。
実際は1つしかないのにね。
つまり今の資本主義社会の終焉は見えているのです。
資源の限界と環境の限界。
2つの限界がその理由です。
一方に目覚ましく成長し続ける資本主義他方にエコロジーな循環型経済。
いまだこの2つが結び付いていません。
悲劇的な事に両者の結び付きに関する研究が全く進んでいないのです。
車は発進しているのにどうブレーキをかければいいのか研究されていないという状態ですね。
資本主義の進む方向をかなり言い当てる事は可能です。
人々の仕事は…今より効率化を求める企業の在り方は働き手に更に過酷な競争を強いるでしょう。
21世紀のユートピアは…失業が精神的なダメージとなり社会に混乱を招かないように保証する事です。
大学が人々に対して開かれているようなシステムを考えてみる事も大切です。
卒業した若者を大学がもう一度迎え入れ卒業後20〜30年学びの場を提供するのです。
人々は皆途方に暮れている。
工場は閉鎖されコミュニティーが消え全てを失ってしまう。
だからこそ大学でさまざまな世代が毎年再会できるような永続的な養成システムをつくる事が大切です。
フランスや日本のようなヒエラルキーの社会では生涯を通じて得られる養成の仕組みが本当に大切です。
今困難な状況にいる人々に研修などの機会を与え援助すべきです。
寛大になる事です。
困難な状況に置かれている人々を理解しなければなりません。
進歩とは歴史を繰り返すのではありません。
そうではなく歴史を越える事なのです。
資本主義がなくなるという人がたくさんいますよね。
でもその先に何があるかははっきりしないのです。
資本を蓄積する仕組みがさほど重要でなくなった時既存のシステムは必要なくなります。
「もうける」というモチベーションが重要ではなくなるのです。
物質的な欲求が満たされると良い生き方とはどんなものかなど他の事を考えられるようになります。
資本主義がこの先どうなるか答えはまだ見えません。
…とだけ言っておきましょう。
その中身についてはまだ言い当てられる段階にはないと思います。
資本主義後の世界のルール。
それは進歩か安定かはたまた後戻りか。
私たちはこの先どんな欲望を選び取ってゆくのだろう。
記憶と忘却の中でルールは今日も書き換えられてゆく。
2018/02/09(金) 22:30〜23:00
NHKEテレ1大阪
シリーズ 欲望の経済史〜ルールが変わる時〜最終回「欲望が欲望を生む」[字]
欲望が駆動する資本主義。そこにある時代ごとに異なるルールのポイントをつかみ出す異色の経済史。最終回は数百年のルール変更を俯瞰(ふかん)、資本主義のこれからを読む
詳細情報
番組内容
今、経済の混迷にさまざまな声が世界に広がる。経済学を学ぶ若者たちも現実を説明できない学問のあり方に疑問の声をあげ始めた。現代の複雑な資本主義システムは、長い時をかけ時代の欲望と共にルール変更がなされてきた結果だ。利子の誕生、重商主義の全盛、勤勉という美徳、技術革新が主導した産業革命、繰り返すバブル…。リーマンショックの悲劇から10年、我々は何を学んだ?資本主義はどこへ向かう?世界の知性が語る最終章
出演者
【出演】ドイツ経済ジャーナリスト…ウルリケ・ヘルマン,カリフォルニア大学デービス校教授…グレゴリー・クラーク,イギリス上院議員、ウォーリック大学名誉教授…ロバート・スキデルスキー ほか
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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