心のベストテン

驚きのブルーノマーズ、無念のジェイ・Z、MVPのケシャ……やっぱりU2!【グラミー2018】

2018年の1月28日にニューヨークで開催された、音楽界のアカデミー賞とも呼ばれるグラミー賞の授賞式。結果は、ブルーノ・マーズが主要3部門を独占しました。けれど、見るべきは賞レースの結果よりも、彼らのパフォーマンスにあるそうで――
芸人、DJとして活躍されているダイノジ・大谷ノブ彦さんと、音楽ジャーナリストの柴那典さんの響きあうナビゲーションをお楽しみください。
なお、本日2/9 27:05より、フジテレビにて、「心のベストテン」特別版がオンエア! 併せてお楽しみください。

柴那典(以下、柴) 今回は今年のグラミー賞を振り返りましょう。

大谷ノブ彦(以下、大谷) 結果はブルーノ・マーズが最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞の主要3部門を独占でしたね。どうでした? 柴さん。

 これは正直、ちょっと予想外でした。

大谷 ノミネートの数でいうと、ジェイ・Zが一番多くて8部門、次がケンドリック・ラマーの7部門でしたからね。

 しかも事前の予想ではケンドリック・ラマーが本命視されていた。

大谷 今はヒップホップが完全にポップ・ミュージックの主流になっているわけだから、二人とも獲るかなって思ったんですけど、主要3部門は獲れなかった。

 一番かわいそうだったのはジェイ・Zですよ。ケンドリック・ラマーは主要部門は逃しても最優秀ラップアルバム部門とか他の5部門で受賞してるんですけど、ジェイ・Zの結果はゼロ。

大谷 しかも授賞式は15年ぶりにジェイ・Zの地元のニューヨークで開催されたわけですしね。

 最優秀レコード賞なんて、プレゼンターのアリシア・キーズが「エンパイア・ステート・オブ・マインド」というニューヨークを歌ったジェイ・Zの代表曲をバックに登場していて。それでブルーノ・マーズに決まって、「ええー!?」って(笑)。

大谷 もちろんブルーノ・マーズはすごいアーティストですけどね。スピーチも素晴らしかったし。

ケシャが示した「#MeToo」や「#TimesUp」の本質

 ただ、グラミー賞で注目すべきなのって、結果よりもむしろパフォーマンスなんですよね。授賞式は単なる式典じゃなくて、世界最大の音楽番組でもある。特にここ数年は、アーティストがそこで社会的なメッセージを込めたパフォーマンスをするようになっていて。

大谷 毎回ですよね。以前も触れたように、トランプ大統領が就任して初めてのグラミーだった去年もそうだった。
波乱を呼んだトランプ後のグラミー賞|心のベストテン

 グラミー賞の授賞式を見てると、アメリカ社会が今どんな問題を抱えているのか、それをアーティストたちがどう乗り越えようとしているのか、ということが伝わってくるんです。それを踏まえて考えると、今回、受賞はしていないけれど最終的なMVPだったのはケシャだと思ってます。

大谷 たしかに、ケシャの「Praying」のパフォーマンス、たまらなかったなあ!

 今、アメリカのエンタテインメント業界ではセクハラや性暴力が大きな問題になってるじゃないですか。それに立ち向かう「#MeToo」や「#TimesUp」の運動が巻き起こっている。で、プロデューサーのドクター・ルークに性的暴行や虐待を受けていたケシャは、まさにその当事者だった。

大谷 しかも彼の元じゃないと音楽活動できない契約だったんですよね。それで裁判も起こしていた。

 「Playing」という曲は、彼に受けた仕打ちと、そこから立ち直った自分自身のことを歌った曲で。しかも、歌詞の中で最終的にはドクター・ルークのことを許してるんです。

大谷 そうそう。「あなたは今ちゃんと祈れてるかしら」ってね。

 で、グラミーでは、カミラ・カベロやシンディ・ローパーらが女性が白い服を着てこの「Praying]を歌って、ジャネル・モネイが最高のスピーチをした。


@KeshaRose|13:41 - 2018年1月29日|Twitter

大谷 彼女は『ドリーム』でも素晴らしい演技を見せてくれました。

 「私たちは文化を変える力がある。差別やハラスメントの時代はもう終わったんです」って言うんですよ。つまり「Me too」や「Time's Up」というのは、単なるセクハラの告発じゃない、と。

大谷 社会全体の構造の話なんですよね。

 女性と男性は対立しあう敵同士なんじゃなく、協力して古い因習を乗り越えていこうという話なんですよね。そういうことを示したのがジャネール・モネイとケシャだった。

パフォーマンスと賞レースが乖離する理由

大谷 ロジックのパフォーマンスもすごかったですね。自殺志願者の相談窓口の電話番号を曲名にした「1-800-273-8255」を、実際に自殺未遂から立ち直ったサバイバーたちと歌った。

 しかもTシャツに「ユー・アー・ノット・アローン(あなたは一人じゃない)」と書いて。今回のグラミー賞は、そういった今のアメリカが抱える社会問題をクローズアップして、それに回答を示していくようなパフォーマンスが目立ったと思います。

大谷 ケンドリック・ラマーのパフォーマンスも最高でしたよね。

 めちゃめちゃかっこよかった! ケンドリック・ラマーは毎回歴史に残るパフォーマンスをしてるんですけど、今回もそうでしたね。星条旗の前で軍服を着たダンサーたちが踊って、その真ん中にケンドリック・ラマーが登場して、バックに「これは風刺だ」という文字が浮かび上がる。

大谷 授賞式のオープニングでいきなりこれをやったんですよね。

 度肝ぬかれましたよ。しかも後半では和太鼓が出てきて、貞子みたいな謎の人がこれを叩いてる。何度も観ると3回目くらいに「なんだろう、これ…?」と思い始めて。

大谷 あははははは。わけがわからないけど、とにかく格好いいっていうね。ヒップホップはこういうこともできるっていうことですね。

 そういう意味ではケンドリック・ラマーもグラミーの勝者だったと思います。

大谷 たしかに。ただ、賞は獲るべきだったかなって気もしますね。ケシャだって、あれだけ圧巻のパフォーマンスをしたのに、賞は獲ってないんですよ。女性アーティスト自体、ほとんど賞を獲ってない。

 たしかに。それは思ってしまうなあ。

大谷 日本のテレビ番組でグラミー賞を取り上げるときだって、やっぱり賞を獲ったものしか放送されないから。話題が広まっていかないんですよ。

 なんでこうなったかということを僕なりに考えたんですけど、おそらく、グラミー賞がガチの投票制だからなんですよね。だいたい1万2千人くらいの全米レコーディング芸術科学アカデミーの会員の投票で決まる。その中には音楽業界人の、いわゆる権威というか年配の世代の人たちも多くて。だから、どうしても結果は保守的になる傾向がある。

大谷 なるほど。

 だから現場のムードやパフォーマンスの印象と賞レースの結果が乖離しちゃうんじゃないかと思うんですよね。

ブルーノ・マーズは「正しいより楽しい」

大谷 でも、やっぱりブルーノ・マーズはすごいアーティストですよ。

 そうなんです。ブルーノ・マーズも賞を獲っただけじゃなくて、パフォーマンスが最高だったんですよ。社会問題に向き合った感動的なパフォーマンスがあれだけあったのに、最終的に全部をかっさらったのは女性ラッパーのカーディ・Bと一緒に「Finesse」を歌った彼だった。

大谷 いやあ、あれは完璧なエンタテインメントだった!

 とにかくかっこいい、とにかく楽しいという。

大谷 受賞スピーチもよかったですよね。15歳のときに、地元のハワイで観光客相手のショーの前座をやっていたときに歌っていたニュージャックスイングのアーティストの名前を挙げて、彼らをリスペクトしていると語った。

 当時歌っていた曲はすべてベイビーフェイス、ジミー・ジャム、テリー・ルイス、テディ・ライリーが書いたって言ってましたね。

大谷 ショーではエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンの曲も歌っていた。でもブルーノ・マーズが15歳だったのは2000年くらいで、その頃はニュージャックスイングもエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンもすでに昔の音楽だったんですよね。

 そうそう。懐メロになっていた。

大谷 最初は大人から真似しろって言われたんでしょうね。でもそれが血肉になって、彼の音楽のバラエティの深さにつながっていった。

 そう。ちなみにグラミーでカーディ・Bと一緒にやったパフォーマンスも、ちゃんと元ネタがあるんですよ。

大谷 えっ、なになに?

 あのステージのカラフルなデザインって、90年代にあった『イン・リヴィング・カラー』というコメディ番組をモチーフにしているんです。

大谷 は〜! おもしろいなあ。

 つまり誰もが忘れていた90年代のコメディ番組を引き出しに持っている。ただ単に楽しいだけ、格好いいだけってわけじゃないんですよ。

大谷 ポップスターってそうなんですね。一流のエンターテイナーは誰よりも沢山音楽を聴いているし、編集力があるという。

 で、これは結果論ですけど、彼が主要3部門を独占したというのも、すごく納得がいったんですよね。この連載でも、何度も「正しいよりも楽しい」が今の時代のモードだっていう話をしたじゃないですか。彼がグラミーで賞を獲ったのも、そういうことの象徴と言えるかもしれない。

大谷 啓蒙だけじゃなくて、エンターテイメントに落とし込むほうがよっぽど人に届くっていうのは僕もすごく思いますね。

やっぱりU2が好き!

大谷 最後、もう一個だけ、U2のパフォーマンス見ました?

 U2も今回のグラミー賞では目立ってましたね。まずはケンドリック・ラマーの「XXX」のパフォーマンスのときにちょっとだけ出てきて歌って。「チョイ役かよ!」って思ったんですけど(笑)。

大谷 で、そのあとにニューヨークの自由の女神像の前で「Get Out Of Your Own Way」を演奏した。

大谷 これもいわゆるトランプ政権批判の歌なんですけど、まあ……寒いんでしょうね(笑)。

 めっちゃ寒いですよ、今の時期のニューヨーク!

大谷 寒い中手袋して頑張ってギター弾いてるのを見ると、つい笑っちゃって。(笑)。この曲、久々にU2らしいアンセムで格好いいと思ったんです。原曲ではケンドリック・ラマーが参加してるんですけど。

 今回はその部分をボーカルのボノが星条旗模様の拡声器で叫んでましたね。あれもちゃんとエンタテインメントになっていた。

大谷 しかも、最近この曲をアフロジャックというEDM界のスターDJがリミックスしてるバージョンが公開されてて。あれがまた最高なんですよ。

 そうそう! あれだけシリアスな曲が一気にEDMのパーティーチューンになってる(笑)。

大谷 すごい失礼な言い方ですけど、節操ねえなって(笑)。そういうタフなところを見て「やっぱりU2大好きだわ!」って思いました。

本日2月9日の27:05より、フジテレビにて、「心のベストテン」特別版がオンエア!
併せてお楽しみください。


心のベストテン

構成:柴那典

この連載について

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大谷ノブ彦 /柴那典

「音楽についてパァッと明るく語りたい! なぜなら、いい音楽であふれているから!」。ハートのランキングを急上昇しているナンバーについて、熱く語らう音楽放談が始まりました。 DJは、音楽を愛し音楽に救われてきた芸人、ダイノジ・大谷ノブ...もっと読む

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コメント

itarumusic やっぱ音楽は芸術だな〜 約6時間前 replyretweetfavorite

shiba710 ダイノジ大谷さんとの対談連載「 約11時間前 replyretweetfavorite

nijuusannmiri 「女性と男性は対立しあう敵同士なんじゃなく、協力して古い因習を乗り越えていこうという話なんですよね。そういうことを示したのがジャネール・モネイとケシャだった」 約11時間前 replyretweetfavorite