昨年、the year 2017。それは、アメリカ史上初めてヒップホップ/R&Bがロックを抜き、「全米最強の人気ジャンル」となった年。フィジカルCDどころかアルバムのダウンロード購入すら減少する中、ストリーミングや楽曲単位セールスで勢いを見せつけるラッパーやシンガーが躍進した年でもあった。社会の変化とテクノロジーの進歩に伴って消費のありかたは変わっても、チェンジング・セイムな魅力を放ち続ける我らがジャンル。そんな2017年のシーンを振り返って、bmr編集部員、執筆陣、ゲストが、それぞれの観点からベスト10を選出した。
文責/bmr編集部
(⇒P5:「金子穂積のベスト・オブ・2017」より)
アメリカの中学生のベスト・ヒップホップ・ソング・オブ・2017 (presented by 堂本かおる)
1. A Boogie wit da Hoodie ft. Kodak Black “Drowning (WATER)”
4. 6ix9ine “GUMMO”
5. Lil Peep “Better Off (Dying)”
6. XXXTentacion “Depression & Obsession”
7. Lil Uzi Vert “XO Tour Llif3”
10. PnB Rock, Kodak Black & A Boogie wit da Hoodie “Horses”
■ 「死んでしまいたい」ラップ
以上はニューヨークで中学生をやっている筆者の息子と、その友人たちによる2017年のヒップホップ・ベスト10だ。個々人の好みとニューヨークという地域性による偏りがあるだろうし、年頭に流行った曲などもう忘れているかもしれない。そのわりに3年も4年も前の曲も平気で挙げてくる。「人の話はちゃんと聞け」と思うと同時に(先生の苦労がしのばれる)、アメリカでは良い曲はいつまでも聴き継がれることの実証でもあった。
息子によると「いずれも甲乙つけがたい」が、2017年の曲限定で10曲を選び、順番を付けてもらった。その10曲を通して聴くと、母の世代とはもはやヒップホップの定義が違うのではないかとさえ思え、軽いめまいを感じたのであった。
まず「emo rapper」(情緒的ラッパー)というカテゴリーに驚かされる。6位のエクスエクスエクステンタシオン“Depression & Obsession”では「鬱と強迫観念は相性が悪いよね」と、なんとギターの弾き語りなのである。5位のリル・ピープ“Better Off (Dying)”は恋人に秘密でコカインをやっていることに罪悪感を感じて「オレたち、ダメだ」「死んだほうがマシ」と切々と歌う。このリル・ピープ、昨年11月に薬のやりすぎで本当に死んでいる。まだ21歳だった。ちなみに息子の中学は黒人とラティーノが半々だが、リル・ピープ(白人)の死で大騒ぎになったそうだ。
堂々1位に選ばれたエイ・ブギー・ウィット・ダ・フディ“Drowning (WATER)”はなるほど耳に残るキャッチーな曲だが、やはりアンニュイだ。ブロンクスのゲトーから身を起こして大成功し、ブリンブリンな指輪も買い放題だが、それらを身に着けたまま深い水の中に溺れていくのである。今年のグラミー賞で最優秀新人賞にノミネートされていた7位のリル・ウージー・ヴァート“XO Tour Llif3”もやはり曲はキャッチーだが、「オレをギリギリまで追い詰めてくれ」「友だちはみんな死んでしまった」と切ない。ビデオにはグロい死体もどきが何度も出てくる。9位のトリッピー・レッド“Love Scars”はタイトルどおり、傷心の曲だ。一度は相思相愛だった恋人とうまくいかなくなり、「どのみちおまえなんか必要ないんだ」とつぶやく。10人中、唯一の英国人である3位のスカーロード“Haunted”はサウンドこそデスメタルでかしましいが、リリックは「お前の美しい未来などクソ食らえ/俺をとことん恐れさせるからだ」で終わる。今時の中学生はなぜ、こんなにメランコリックなのだ? お母さんは心配になってきた。
弱冠17歳で「ビッチをファックした、女の名前は忘れた」と冷淡に言い放ち、高校の廊下で無機質に「グッチギャンググッチギャング」と唱え続ける8位のリル・パンプ“Gucci Gang”も別の意味で空恐ろしい。いっそレインボーカラーに染めた髪と前歯でNワードを連発するギャングスタ、シックスナインの“GUMMO”(4位)のほうが、ぶち切れ過ぎて手の施しようはないとはいえ、“伝統的”で、もしかすると健全なのだろうか……お母さんにはもはや分からない。
■ 凄まじい生い立ち
上記のアーティスト、全員が17~23歳だ。若い。中学生もアメリカ人=英語話者であり、当然ながらリリックを聴き取る。自分と年齢が近く、不安定に揺れまくる気持ちをリリックとサウンドでうまく代弁してくれる曲に大いに共感する。かつ自分にはできない破天荒なライフスタイルと、ロレックスだの、キューバン・リングだの、バルマンのジーンズだの、桁違いに高額でスーパークールなファッション。憧れないはずがない。
他方、25歳を過ぎたラッパーには一種の安定感が滲み出てくる。10位のPnB・ロック“Horses”は映画『ワイルド・スピード ICE BREAK』サントラ収録曲だが、リリックは映画の内容に合わせて書いたものと思われる。大人の“仕事”である。そして今やニッキー・ミナージュをしのぐ勢いで大人気のフィメール・ラッパー、カーディ・Bの“Hectic”。「私はホーよ! ワッハッハ!」「胸とヒップは手術でデッカくしたのよ」と、普段の喋りもリリックもあけすけ、豪快だ。ストリッパーからリアリティTVスターを経てラッパーとして大成功。人生酸いも甘いも嚼み分けている。自殺もオーバードーズも絶対にありえない、頼れる姐さんなのだ。だからこそ男女関係なく人気がある。
アメリカでは、ラッパーとて芸能人であり、スキャンダルやバックグラウンド、本人のインタビューもSNSによってすぐに拡散する。ここに挙げた多くのラッパーがゲトー生まれの厳しい生い立ちを背負っていることは中学生たちも知っている。3歳で父親が殺された、もしくは刑務所に入った、貧しさゆえに子供の頃からドラッグを売った、学校を何度も退学になった、ギャングになった、ホームレスになった、武装強盗や恋人への暴力、または未成年への性的虐待で逮捕された、刑務所に入った……そんな話がいくつも出てくる。
こうしたエピソードは今に限ったことではなく、昔からラッパーたちの定番で、かつ黒人やラティーノの中学生たちにはリアルだ。実生活で同様の人間を知っているどころか、中には「まんま、オレじゃん」な生徒もいる。これも共感を持って聴かれる理由だ。もっとも、10人の中で唯一白人のリル・ピープだけは異なる。両親揃って名門ハーバード大卒のエリート一家だ。しかし10人の中でただ一人、すでに死んでしまっている。なんとも皮肉だ。
■ もはや「ラッパー=黒人」ではない
今回の10人のうち、結構な数のラッパーが影響を受けたミュージシャンとしてニルヴァーナやマリリン・マンソンなどロックを挙げている。その影響は彼らの曲から十分に窺える。また、幼い頃には親からナズなど、親の世代にとってのスーパースターを聴かされている。だが、息子によると友人たちは「古いヒップホップ? ジェイ・Zなんて誰も聞いてない。何人かは2パックとビギーを聴いているけど」らしく、ケンドリック・ラマーすら「あんまり」とのこと。
ちなみに中学生は切ない/ぶち切れたヒップホップだけを聴いているわけではなく、明るい「ブルーノ・マーズ、ビヨンセ、リアーナは定番大人気」とも。やはり今回のリストからは外したが、トロピカルいけいけどんどんセクスィな、ルイス・フォンシ ft. ダディ・ヤンキー“Despacito”は年間を通じて大ウケだったらしい。
ラティーノの生徒も多く、彼らにはレゲトンも人気なわけだが、この曲はジャスティン・ビーバーによるリミックス・バージョンによってスペイン語を解さない黒人の生徒にも一気に広まったのだと思える。ちなみにジャスティン・ビーバーをナメてはいけない。息子の小学校時代、イベントのたびにDJが“Baby”を回していたのだが(BBQ、クリスマス、ハロウィンにDJを雇うのである)、すると一年生や二年生のちびっ子が夢中になって踊りまくるのだ。黒人音楽の殿堂ハーレムで白人のティーン・シンガーが黒人の子供たちを踊らせる図に「時代は変わった……」と当時、母は息を呑んだものだ。
なにより驚くべき現象として、10人のうち両親揃ってアメリカ黒人と思われるのは、おそらくひとりかふたりだ。ハイチ系、トリニダードとドミニカのミックス、メキシコとプエルトリコのミックス、アメリカ黒人とジャマイカのミックス、キューバとメキシコのミックス……。
当人たちには祖国のプライドと、マイノリティの中のマイノリティであること/移民もしくは移民の子としての葛藤が共存する。リリックに「オレはハイチ人だ」とあったり、ビデオで「MEXICO」のシャツを着ていたり、カリブ海系の英語の訛りを直す気が全くなかったり。ライトスキン(色白)のラティーノはNワードの多用を非難されてもいる。いずれにせよ、こうした若者たちが現在の、そして次世代のアメリカン・ヒップホップの作り手なのである。ゆえに、トランプが推し進める移民排斥が実際に徹底されれば、やがてはアメリカン・ヒップホップも死滅することになるだろう。
■ アメリカの親の葛藤
最後に親としての感想をば。息子の小学生時代にはカースワードが含まれた曲は聴かせない、見せない努力をしたが、中学生ともなると完全ブロックは不可能。無理に禁じればアメリカの今の中学生としてのリアリティを欠いてしまい、友人たちとのコミュニケーションも難しくなる。
そこで我が家では、どんな曲を聴いても制止はしないが、家庭内ではカースワード禁止のルールを設けている。度を越したフレーズやショッキングな内容の曲は、親が気付いた時点で話し合うこともしている。改まって家族会議を開くのではなく、iPadで曲を聴きながら親子で「これは酷い!」などと喋り合うのである。息子も今のところは適正なバランスを保っているように見える。
それでも今回の10曲を聴いて驚かされた。あまりにも頻繁に「死」が語られるからだ。息子は「死にたいわけじゃないけど、落ち込んでいる時に聴くと落ち着く」そうだ。一方、ビジュアル的には日本のアニメの強い影響がみてとれ、そこは微笑ましくもある。
さて、こうしたヒップホップを聴いて育つアメリカの中学生たち。アメリカのヒップホップと、アメリカという国そのものの行く末やいかに。
(P7:「末崎裕之のベスト・オブ・2017」へ ⇒)
堂本かおる
ニューヨーク・ハーレム在住のフリーランスライター。
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