(cache)warm me up in your arms

高空には、刷毛で掃いたような白雲が浮かんでいた。
見上げれば澄み切った青空。ここひなた荘の物干し台に流れる風は、わずかに秋を含んでいた。

青山素子は、自慢の黒髪を風に任せたまま眼下に広がる町並みを静かに眺めた。ひなた荘は小高い
丘の上にあるため、物干場からは温泉街の他の部分また市街地を一望できた。

頬に受ける風を心地よく感じながら、素子の心は波紋一つたたぬ水面のように落ち着いていた。
ここ数日の心のざわめきが嘘のようだ。腰に差した愛刀「止水」の鞘をそっと撫でる。

「話って?」

背後から声をかけられ、素子は静かに振り返った。真っ直ぐに相手を見つめ、心中の決心を告げる。

「私に斬られてください」



ぬくもりを、君に





「素子の様子がヘン?」

はるかは煙を吐き出して聞き返した。
喫茶ひなたは今日も閑散としている。いま店内にいるのは店長兼店員のはるかと、彼女の甥である
景太郎の二人だけだ。
カウンタに座る景太郎は、コーヒーを一口すすると話を続けた。

「うん。何だかぼーっとしてるし、話しかけても上の空なんだ」
「何かしたのか?」
「成瀬川と同じこと言わないで下さいよ」

勘弁してくれ、という顔を向けると、はるかは「すまんすまん」と紫煙を吐き出した。

「他のみんなは何て言ってるんだ?」
「誰も理由が判らないって。急に口数が少なくなって、ここ一週間ばかり一人で考え事してるみたい。
 スゥちゃんも相手にしてもらえなくってなんか機嫌悪いよ」

ひなた荘の住人の一人であるカオラ=スゥはとりわけ素子になついている。夜は素子の布団に潜り
込んで人形代わりに抱きついているらしいが、小柄な割に怪力の持ち主であるためこの役目は素子
以外にはかなり荷が重い。

「ストレス発散にヘンなメカを造っては爆発させるもんだから、えらい迷惑だよ」
「ゆうべ屋根を吹き飛ばしたのもカオラか」
「メカタマ3号の起動実験に失敗したんだとさ」

カオラは、景太郎のペットである温泉ガメのタマをなぜか気に入っていて、隙あらばカメ鍋の具に
しようと虎視眈々である。カオラの母国ではよほどの珍味なんだろうと景太郎は想像するが、肯定
されるのも恐い気がして訊ねたことはない。

「いい加減にしとかないとそのうち警察が来るぞ」
「もう来たよ。ついでに市役所と温泉管理組合も。他の民家から離れてるからいいけどこれ以上騒ぎを
 起こしたら温泉の利用権を停止するって脅されて、往生したよ」
「素子一人のことでえらい騒ぎだな」
「みんなの雰囲気もなんとなく悪いしね。ムードメーカーの逆っていうか、引き締め役がいないもん
 だから逆に騒げないみたい」
「で?どうするんだ管理人」

新しい煙草を取り出すと、短くなった煙草から火を移す。文字通りのチェーンスモークだ。
おっさんくさいからやめたら、と注意しようかとも思う景太郎だが、黙っておくことにした。

「原因が分かんないことにはなんともしようがないよ。聞いても逃げられるし。叔母さんはなんか
 心当たりない?」
「原因はわからんが、関係あるかもしれんな」
「なに?」

藁にも縋る思いで身を乗り出す景太郎。住人達にも問題解決をせっつかれてるので必死だ。

「2,3日前だけどな、素子がウチに来たんだよ。何か用かと思ったんだが、店に入るでもなくただ
 じーっと私を見るばかりでな。『何か用か?』と聞いたらぷいっと行っちまったよ」
「叔母さんのとこに?相談に来たのかな」
「いや、あの時の目は少し違ってたな。なんていうのか、探るような感じだった。気にはなってた
 んだが、あれ以来一度も来なかったし、私もひなた荘に寄る機会がなかったからな」
「でもなんで叔母さんが関係あるのさ?」

景太郎がひなた荘に来る以前ははるかが管理人をしていたし、景太郎が引き継いだ後もなにくれと
なく面倒を見てもらっている。素子が何か悩みを抱えているとして、それをはるかに相談するなら
分かるが、今の話でははるかが原因のようにも思える。

「叔母さんが素子ちゃんに何かしたの?」
「まったく覚えがない」

開き直るように高々と煙を噴き上げるはるかに、喫茶ひなたの換気扇は料理よりも煙草の煙で汚れ
てるんじゃないだろうかと景太郎は眉をひそめた。

「そもそもこの二週間ばかりの間であいつに会ったのはその時だけだしな」
「俺だってここしばらくは予備校が忙しかったから飯時くらいしか顔会わせてないんだよ。今度
 ばかりは俺が原因とは思えないのに、成瀬川のヤツ・・・」

空になったコーヒーカップを握りしめて愚痴を垂れる景太郎。かなりしつこく疑われたらしい。

「素子ちゃんが俺の方を睨んでるって言うんですよ。それで成瀬川、俺が何かしたんじゃないかっ
 てうるさくて」
「お前を?」
「僕には直接何も言ってこないんですけどね。ほら、いつもの素子ちゃんだったら気に入らないこ
 とがあればすぐに言ってくるじゃない。だから俺じゃないと思うんだけど・・・」

言いつつも最後は自信がなくなったのか、語尾が消える。
はるかは大きく煙草を吸い込むと、煙と共に小さく言葉を吐き出した。

「景太郎と私を見ていた、ね・・・」

はるかの呟きはカウンタで頭を抱える景太郎の耳には届かなかった。


*************


「あれ、素子ちゃんは?」

食堂に入った景太郎は、テーブルで朝食を待つ面子が一人欠けているのに気付いた。

「まだ降りてこないのよ」

みそ汁を運んでいる成瀬川が答える。今日の朝食当番は成瀬川だったか、と景太郎はテーブルに並ぶ
料理を見た。
成瀬川の料理は味はともかく見た目はかなり前衛的だ。従って見れば彼女の料理だと分かるが、テ
 ーブルの上には至極まっとうな料理が並んでいた。
ほっと胸をなで下ろす景太郎に、すでに自分の席を占めているキツネが声をかけた。

「素子のヤツ、まだなんや悩んどるんか?」
「そうみたいですね。昨日も全然話せなかったし」
「素子さん、昨夜も食事してなかったし、心配です」

制服の上にエプロンをつけたしのぶが表情を曇らせる。どうやら彼女が今朝の食事当番らしい。

「なー、はよ飯くおーでー」

割り込むようにカオラが箸を鳴らす。いささか不機嫌に見えるところからすると、昨夜も素子に添
い寝してもらえなかったようだ。

「分かった。俺が呼んでくるよ」
「あたしも一緒に行くわ」

皿をおいた成瀬川も景太郎と連れだって素子の部屋に向かう。階段を登りながら、成瀬川がため息
をついた。

「ほんとに素子ちゃん、どうしたのかしら」
「誰にも相談してないんだって?」
「あたしやキツネなんかがそれとなく聞き出そうとするんだけどね、全然教えてくれないの。
 キツネなんかは恋わずらいじゃないかっていうんだけど・・・」
「コイワズライ!?素子ちゃんが?」
「失礼な言い方ね。素子ちゃんだって女の子なんだから恋くらいするでしょうに」
「そりゃそうだけど・・・ほんとにそうなの?」
「わかんない。あたしは違うと思うんだけどね」
「ふうん」

気がなさそうに返事をする景太郎の横顔を、成瀬川はそっと見つめた。
彼女も素子の悩みはもしかしたら恋愛関係ではないかと疑っていた。「違う」と言ったのはその相
手のことだ。
キツネは面白半分で「素子は景太郎に惚れたんちゃうか」と言っている。成瀬川はとりあえず否定
したが、必ずしもそう言いきれない部分はある。
それは素子の視線だった。景太郎が話しかけてもそっぽを向いてしまう素子だったが、その後でじっ
と彼の方を見ていることがあるのだ。
その視線の真剣さに気付いたのは今のところ成瀬川一人だが、その目を見るとキツネの言葉もあな
がち的はずれではないと思えた。
でも、あの素子ちゃんがねえ・・・疑惑が浮かぶ度、そうやって心中で打ち消す。結局、成瀬川は素子の
相手が景太郎ではないと分かっているのではなく、そうではないと願っているだけだった。
もちろん、何故そう願うかの理由を深く考えることはしない。

素子の部屋の前につくと、障子を軽く叩いた。

「素子ちゃん、起きてる?ご飯の時間だよ」

景太郎の呼びかけにも返事はない。中の様子を伺うが、物音一つ聞こえてこない。
二人は顔を見合わせると、もう一度呼びかけた。それでも返事がないので、「開けるよ」と声をか
けて障子を引いた。

「素子ちゃん・・・?」

ひなた荘の住人は二間を一部屋にして使っている。二人が覗いたのは居間として使っている方で、
奥が寝室になっている。二つの部屋を仕切る襖は開いていた。
素子は寝室の方にいた。いつもの袴姿のまま文机に向かって正座している。

「どうしたの、素子ちゃん」

成瀬川が声をかけても素子は目を閉じたまま振り向きもしない。近づいてもう一度声をかけると、
初めて気付いたように返事をした。

「ああ、成瀬川先輩・・・おはようございます」
「おはよう・・・どうしたの?」
「いえ、少し考え事を」
「そ、そう」

素子の後ろには布団が敷かれたままになっていた。シーツが乱れていないところを見ると昨夜は眠
らなかったようだ。

「朝ご飯なんだけどどうする?」
「申し訳ありませんが、今日は遠慮させていただきます。すこし考えたいことがありますので」
「素子ちゃん大丈夫?昨夜も食べてないみたいだけど、食事だけは取った方がいいよ」

おそるおそる話しかける景太郎を、素子は黙って見上げた。少しやつれたような表情が、何ともい
えない凄味とある種の色気を醸し出している。
じっと見つめられて景太郎は何も言うことが出来ない。この一週間、こうやって睨まれるか無視さ
れるかのどちらかだ。

「あ、えーと・・・」
「浦島」
「は、はい?」

端座した素子に見つめられて固まってしまう景太郎。しかし素子は何を言うでもなくただじっと見
つめるだけだ。
ただならぬものを感じた成瀬川も睨みつけてきた。
うう、俺が一体何をしたっていうんだぁ
前からと横からの視線で金縛りにあった景太郎は泣きそうになる。
立ちすくむ景太郎から視線を外すと、素子は「なんでもない」と言ってまた文机に向かった。
これ以上の会話を拒絶された二人は、為す術もなく部屋を後にした。

「一体何だったんだろう・・・」
「あんた、ホントに何もしてないんでしょうね?」
「なんべん言えば分かるんだよ。なんにもしてないってば!それより素子ちゃん何を考えてたんだ
 と思う?」
「え?さ、さあ・・・」
「さあって、素子ちゃんの表情見てなかったの?」
「いや、私は・・・」

景太郎を見てました、とは言えない。

「俺を見る目がおかしいっていうから一緒に来たんじゃないの?素子ちゃんの様子見ないでどうす
 るんだよ」
「う、うるさいわね!」

八つ当たりに尻を蹴飛ばして階段から落とす。
派手に前転しながら転がっていく景太郎の叫びを聞き流して、成瀬川は素子の部屋の方を振り返った。
素子ちゃん、やっぱり景太郎のことを・・・?何故そのことが気にかかるのか、やはり成瀬川は考えなかった。



*************



素子からはるかの店に電話があったのは、午後2時を回った頃だった。
「ひなた荘に来て下さい」とだけ告げると素子は電話を切ってしまった。どうやら学校も休んだらしい。
切断音を繰り返す受話器を下ろし、はるかはいよいよ来たな、と思った。話の内容は大体想像がつく。
しかしどういう展開になるかは読めなかった。
エプロンを外すと外に出る。店先には休業の札を出しておいた。昼時の客は引いたので、どうせ大
した損失にもならないだろう。
石段を登りながらひなた荘を見上げると、物干し台に人影が見えた。素子だった。自分を真っ直ぐ
見つめているようだが、逆光で表情は判らない。

物干し台に出ると、涼やかな風がはるかを迎えた。素子は手摺りを持ったまま背中を向けている。
白い道着に赤い袴をつけ、腰には剣を差している。黒髪を風になびかせたその姿は決闘前の剣士そ
のものだった。
こりゃ拙いことになったかな、とはるかはそっとため息をつく。堅物の素子相手だから話がこじれ
ると面倒になるとは思っていたが、どうも初手から面倒そうだ。

「話って?」

距離を置いて立ったはるかは、静かに佇む素子の背中に声をかけた。
ゆっくりと振り向いた素子の表情は穏やかだったが、目は異様に澄んでいる。わずかにやつれた顔
が狂気と正気の危うい境界上にいることを教えた。
素子はしばらくはるかを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「私に斬られて下さい」

ほう、と呟きながら、はるかは内心の動揺を悟られまいとする。いきなりこう来るとはさすがに予
想外だ。

「また唐突だな。結論の前に理由を言え」
「納得すれば斬られてくれますか」
「その変な日本語には納得できんがな」

余裕を見せるはるかに、素子は口許をゆるめた。

「そういうはるかさんでいて欲しかった。なのに・・・」

素子がわずかに視線をずらした。その隙にはるかは先手を打つことにした。

「景太郎とのことか」

びくりと肩を震わせる素子。それを見てはるかは自分の推察が正しかったことを確信した。

「いつ?」
「十日ほど前です。浦島を捜して店の方を訪ねた時に・・・」
「ああ、景太郎がお前のスカートを引きずり下ろしてぶっ飛ばされたとかいう時のことか」
「あの時は私がタマになつかれてしまって、逃げ回っていたんです。浦島はタマを抑えようとした
 んですが、躓いて、その・・・」
「スカートに手が掛かったってか。あのお約束男め」
「恥ずかしさでつい秘剣を振るってしまいましたが、もともとあいつは私を助けようとしてしたの
 で・・・謝ろうと思って」
「それで店に来たというわけだ」
「はい。まさか・・・二人がそういう仲だとは・・・」

十日前の夜、あちこちに擦り傷をつくった景太郎がはるかの店に逃げ込んできたことがあった。
店の方で飲んでいたはるかはその時、酔った勢いもあって景太郎にしなだれかかってしまった。そ
のまま店の中でずいぶんと濃厚なセックスをしてしまったらしい。らしい、というのは彼女にその
時の記憶が全く無いためで、翌日景太郎から聞かされて恐縮したことがあった。
素子はその場面を偶然目撃してしまったというわけだ。

「何故ですか?はるかさんは浦島のことが、その・・・好きなのですか?」
「別に惚れてるわけじゃないよ。でも行きがかり上な、セックスはしてる」

素子の質問をはるかは柳に風と受け流す。それが素子を激高させた。

「行きがかり上って・・・二人は親戚でしょう!?そんなの、そんなの・・・許されません!」
「ま、結婚はできんけど、するつもりもないよ。それにちゃんと避妊はしてるよ」
「だったら構わないと言うものではないでしょう!」
「いけないのか?それとも、私と景太郎が愛し合ってるとでも言えばお前は納得したのか?」
「聞いてるのは私です!」

剣を握りしめて詰め寄るが、はるかは鷹揚な態度を崩さない。

「何を聞きたいのかいまいち分からないな。私たちが好きあってるかどうかというなら、答えは
 ノーだ」
「好きでもないのになぜ、そんなことをしてるんです?」
「私たちがセックスしてる理由を聞きたいのか?だったら教えない。一応理由はあるが、個人的な
 ことだ。他人には言いたくない」
「理由を教えてもらわねば、納得できません」
「納得してもらうつもりはないよ。どんな理由があっても叔母と甥の関係が世間的に認められると
 は思ってないからな」
「なのに何故!?」
「教えないって言ったろ」
「教えて下さい!私は、はるかさんのことを尊敬しています。物事に動じない胆力、強さ、私たち
 が困っていれば助けてくれる優しさ、全てです。そんな人が理由もなく甥と許されない関係を持
 つなんて、信じられません!」

信じられない、か・・・
はるかを見つめる素子の視線は、あくまで澄んでいる。素直で、純粋な。
こいつは、何を信じたいのだろう。
『許されざる関係』とやらが存在しない世界か。
素子の中にある私という像か。
きっとそれは綺麗なんだろうな、とはるかは思った。そう思うと、意地悪をしたくなってくる。

「セックスしたいからさ」
「・・・!」
「独り身の夜は寂しくてね。ときおり男の肌が無性に恋しくなるんだよ」
「な、なにを・・・」

わざとらしくしなまでつくってみせる。二の句が継げなくて肩を震わせる素子に、はるかは悪戯っ
ぽく片目をつぶって見せた。

「という理由では、納得できないか」
「からかわないで下さい!」

真っ赤になって怒る素子を、はるかは軽くいなした。

「悪い悪い。でもな、半分は本当だよ。お前が私をどう見るかはお前の勝手だけど、私だって女だ
 からね。時には身体が疼いて男が欲しくなることもある」
「そんなこと・・・一般化しないで下さい!」
「おや、素子はそんな気になったことはないのか?」
「ありません!そんな、そんな不潔なこと・・・」
「不潔ってお前、高校生にもなって珍しいな。陳腐な言い方だけど、お前だってその不潔なことの
 結果生まれてきたんだぞ」
「問題は行為ではありません。意図が問題なのです。好きでもない相手と、ただ欲望を満たすため
 だけに身体を交えるなど・・・言語道断です!」
「だから、私を斬るのか」

感情の荒波を抑えるように大きく息を吐くと、素子は頷いた。

「浦島は・・・ああいう奴です。いまさらどうでもいい。でもはるかさんは、はるかさんだけは
 変わらないままでいて欲しかった。変わってしまうあなたが、許せなかった」
「姉さんのようにか」

はるかの一言に、素子は虚をつかれる。

「不思議に思っていたんだ。修行とはいえなぜ故郷から遠く離れたこんな所にやって来たのか。親
 元を離れるだけなら他にいくらでも場所はあるだろうし、親類がいるところの方が何かと便利だ
 からな」

素子の家の事情は断片的ながら知っていたし、素子が姉に対して複雑な感情を持っていることもは
るかはおぼろげに感じ取っていた。
はるかはポケットから煙草を取り出すと火を点けた。一つ煙を吐くと、黙ったままの素子に再び語
りかける。

「姉さんから離れたかったんだろ?結婚して神鳴流を棄てた姉さんから。お前にとって命より大切
 な剣を棄てて男を選んだ姉さんが理解できなかったから」

腕を組んで素子を見つめた。素子は刀を掴んだまま俯いている。肩が震えているのは悲しみのためか
怒りのためか、はるかには区別がつかなかった。
じっと素子の言葉を待つ。やがて素子はぽつりぽつりと話し始めた。

「姉上は、私の目標でした。剣士としても、人間としても、強く気高く美しい姉を誇りに思い、姉
 上に少しでも近づくためにどんな辛い修行にも耐えてきたんです。それなのに・・・」

声を震わせる素子。はるかは言葉を差し挟まない。

「ある日突然、姉上が一人の男を伴って家に戻ってきました。退魔師として全国を回っていたときに
 知り合ったと言うその男と、結婚するのだと。巫女でもある私たちは、結婚すれば退魔師を辞め
 ねばなりません。あれほど苦しい修行を経てようやく免状を得たというのに、姉はそれをあっさ
 り返して退魔師を引退してしまったのです」

息を継いで再び口を開く。

「私は理解できませんでした。なぜ姉がああもあっさりと引退を決意できたのか。夫となった人は
 確かに良い人ではありましたが、神鳴流と引き替えに出来るほどの人間とはとうてい思えなかった。
 いえ、私にとって神鳴流を天秤に掛けることなどできないんです。だから、簡単に剣を棄てるこ
 とが出来た姉上を見たくなくて、それでひなた荘に来たのです」

顔を上げた素子の目はわずかに潤んでいた。吸わないままに短くなった煙草を携帯灰皿に捨てると、
はるかは新しい一本を抜き出す。
話を聞いているのか聞いていないのか分からないその自然な仕草に、素子は泣き笑いの表情を浮かべた。

「はるかさんは、姉上に少し似ています。飄々としていて、自然と相手の心に分け入っていける。
 そのくせ容易に心中を覗かせない。常に自分を見失わず我が道を行く姿勢を、私は尊敬していた
 んです」

そんな大層なもんじゃないよ、とはるかは火の付いていない煙草を指で弄びながら素っ気なく笑った。

「お前は自分の姉さんと私を重ねて見ていたわけだ。そして私が姉さん同様男といちゃついている
 のがお前は許せなかった、と。だから私を斬るなんて言い出したのか」
「愚かなことだとは分かっています。すべては自分の未熟さ、狭量さの故。この1週間眠らずに考
 えました。ひなた荘を出ようとも思いました。しかしいつまでも姉上の影に怯えるわけにはいき
 ません。自分で解決できないなら、この胸のもやもやをそのままぶつけようと思ったのです」
「いい加減な奴だな。自分でケリを付けずに私に尻拭いさせるつもりか」
「それは・・・」

心の片隅では気付いていても敢えて考えようとしていなかった事実をズバリと指摘され、素子は答
えに窮した。
どこから見てもこれは素子のわがままに過ぎない。分かっていてなおはるかに問題の解決を委ねた
ということになる。これはもはや子供の駄々である。

「申し訳ありません」

そういって項垂れる素子に、もはやはるかに斬りかかる気力は残っていなかった。いや、剣を抜く
前に斬られたと言っても良い。
悄然とする素子を慰めるように、はるかは「お前は、剣だな」と言った。

「鋭く研ぎ澄まされた剣は岩をも切ることができる。だけど、刃以外に力が加わると、脆い」

指に挟まれた煙草が二つに折れるのを見て、素子は目を伏せた。睫毛がわなないている。

「でも、それでも・・・私は剣でありたいのです。脆くても鋭い剣で」
「お前の姉さんは、結婚して弱くなったのか?」
「いえ。未だに私は姉上の足元にも及びません」
「でも、嫌いなんだ」
「そんなこと・・・」
「お前は、強さよりも鋭さを求めている。結婚して鋭さを失った姉さんが嫌いなんだ」
「違います。私は姉上を誰よりも尊敬しています」
「じゃあ何故認めない。結婚し、剣道以外の幸せを見つけ、なお強く在ることができるということを」
「恐いんです。これまでの自分が否定されそうで・・・恐いんです」
「大丈夫だ。お前は、ひなた荘に来てから、景太郎が来てから、弱くなっていない。お前自身は強
 くなっているよ」

今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を溜める素子に、はるかは柔らかい笑みで答えた。

「あとはお前がそれを認めるだけだ。手段は違っても、それも修行の一つだったんだよ」

素子の脳裏に景太郎の顔が浮かんだ。以前には、彼のおかげで成し得なかった秘技を会得できたこ
ともあった。
軟弱で頼りなくてドジでスケベでバカで、でも東大を諦めない。彼は自分より弱いが、脆くはない。
素子は自分の負けを認めた。

「申し訳ありませんでした」

素子はやおら膝をつくと、刀を後ろに回し平身低頭してはるかに詫びた。

「己の弱さを棚に上げ、はるかさんに非あるが如く難詰しあまつさえ剣を向けようとするとは、言
 語道断の愚行。今のお言葉で私やっと眼が醒めました。かくなる上はいかようにしてもお詫びい
 たします。腹を切れというならこの場で見事切って見せます」
「なんちゅう台詞回しだ。おまえ、時代小説の読み過ぎだよ」

切腹という発想もすごいがそれよりもあまりに大時代的な口上に、はるかは止めるよりもまず呆れ
てしまった。

「子供を教え諭すのは大人の仕事だよ。それが親御さん達からお前達を預かっている私の仕事でも
 あるし」

正座する素子の前に胡座をかいて座ると、はるかは素子の黒髪をくしゃりとやった。

「切腹なんて一回しかできないんだ。そう簡単に口にするもんじゃない」

腹に剣を突き立てても即死するわけではない。昔ならいざ知らず、現代なら手当が早ければ命を落
とさずに済むかも知れない。
しかしそれを言うと素子が本気で切腹しかねないので、はるかは黙っていることにした。伝家の宝
刀は一回しか抜けないから脅しにはならないが、たびたび抜かれる剣は十分恐い。

「せっかく自分が強くなったと分かったんだ。もっと強くなれよ」
「ありがとうございます」
「ま、悩むのは若い奴の特権だから構わんけどな、今度からは真剣勝負なんて物騒な手段を選ぶの
 はやめてくれ。寿命が縮むよ」

そう言ってはるかは新しい煙草に火をつけると、生きながらえた事を実感するように美味そうに吸
い込んだ。

「大体だな、そういうのは自分より強い奴に向かって仕掛けるもんだ。私がお前とマジに勝負して
 勝てるわけないだろう」
「しかし瀬田さんは私と互角以上の腕前。はるかさんもそれに劣らぬ腕前と聞きましたが」
「誰がそんなこと言ったんだ。私は武道に関しては素人だよ。アイツはなにやら拳法もかじってい
 るらしいが」
「はるかさんは中国拳法の八極拳とやらを修めているのではないのですか?」
「昔格闘ゲームにはまったことがあってな、見よう見まねでそれらしいことをやっただけだ。
 冷静に考えてみろ、女の私が中国武術でも秘伝とされる八極拳を修得できるわけないだろ」
「そうなんですか?」

中国武術にも格闘ゲームにも疎い素子にはいまいち得心がいかない。が、伝統武術においては女に
免許皆伝の切り紙を渡すものなど多いはずもないことは分かっていた。神鳴流はあくまでも退魔と
いう特殊な役割があるから女の自分が修行を許されているのだ。

「それでもはるかさんは瀬田さんには負けないのでしょう?」
「人間誰にでも負けたくない奴相手なら実力以上のものが出るもんだよ」
「はあ、そういうものですか」
「そういうもん」

後ろ手をついて上に煙を吹き上げる。立ち上る紫煙をそよ風が運んでいった。煙の流れを追ってい
た素子は、青空を見上げて心が晴れ渡るように感じた。
ここしばらくふさぎ込んでいたことも今日の悲壮な決意も、きれいさっぱり拭い去られていた。
久しぶりの笑顔を見せる素子に、もう大丈夫だと感じたはるかは意地悪く訊ねた。

「なあ素子、私にも聞かせてくれよ。どうしてお前は私と景太郎とのことを聞きたがったんだ?」
「それは、別に・・・」
「ずるいじゃないか。私も理由を言ったんだから、お前も教えろよ」
「言ってないじゃないですか」
「言っただろ、半分ホントだって。お前だって半分は姉さんのことがあったとしても他に理由が
 あったんじゃないのか?」

ニヤリと笑いかけられ、真面目に考え込む素子。冗談で受け流せないあたりが人生経験の差か。

「本当に、これといった理由なんてありません。ただ叔母と甥であんな事をするなんて、と思った
 だけで・・・」
「納得できないな」
「あらかじめ言っておきますが、実は浦島のことを好きなんだろう、というのはやめて下さい」
「違うのか?」
「違います!」

力をこめる素子に、はるかは「なんだ、つまらん」と一服した。

「そういう安易な展開は嫌いです」
「男と女なんて安易なもんだと思うけどな。ロマンチックなことなんてそうそうないぞ。そういう
 のを期待してるあたり、素子も可愛いな」
「期待してなんかいませんよ」
「でも、何となく好きになったり何となく身体を合わせたりするのは嫌いなんだろう?変に理由を
 求めるなよ」
「理由もなく、そういうことをしたくはありません」
「そこがロマンチストだって言うんだ」
「真面目と言って下さい」

ふくれ面をつくってぷいとそっぽを向く素子。ひねくれたところがあるはるかは、素直な反応を示す
素子を見ると景太郎に対するのと同様の感情が湧いてくる。

「じゃあ、言おうか?私と景太郎がセックスする本当の理由」
「え・・・」

急に真剣な視線を向けられ、素子はどぎまぎしてしまう。それでもきちんと見つめ返すと、はるかは
大事な秘密を打ち明けるようにそっと呟いた。

「愛しいからだよ。好きだとか、ずっと傍にいて欲しいという気持ちとは別に、アイツが堪らなく
 愛しくなって、抱きしめたくなる瞬間があるからだ。その時には、他の人間のこととか社会的な事
 なんて頭から消えるんだ。ただ、抱きしめたぬくもりだけがすべてになる。後悔することになって
 も、その感触は離したくない。セックスは、その延長に過ぎないよ」
「・・・・・・」
「素子は、そんな気持ちになることはないのか?」
「私は・・・私は、そんなことありません。まだ・・・」
「ふうん」

頬を赤らめて俯く素子の背を軽く叩いた。

「ま、そう慌てることもないやな。よし素子、今日は家に来い」
「へ?」
「私が人生の先輩としていろいろ教えてやろう」

素子は急な話の展開についていけず慌てるが、はるかはすっかりその気になったようですでに立ち
上がっていた。

「いや、でもはるかさん、お店があるのでは・・・」
「何言ってる。お前のせいで臨時休業にしちまったんじゃないか。今さら開けたってしょうがないよ」

自分のせい、と言われては素子も断れない。渋々立ち上がると、はるかが肩に手を回して耳元で囁いた。

「景太郎とのこと、じっくり聞かせてもらうぞ」
「なっ、だからあいつは関係ありませんってば」
「いやいやどうかな?お前も素直じゃないから意外と自分で気付いていないことがあるかもしれんぞ」
「それはないです!」

そうやって二人は肩を組んだままひなた荘の中へ降りていった。



*************



景太郎はひなた荘を出て喫茶ひなたに向かっていた。
時刻は午後7時を回ったばかり。西の空はいまだ陽の光を映している。
夕食の時間になっても素子が戻ってこないので、ひなた荘はちょっとした騒ぎになっていた。キツ
ネなどは「外で考え事してるんとちゃうか」と楽観論を述べるが、今朝方の思い詰めた表情を思い
出すとそうそう呑気に構えてもいられない。
手分けして探しに行こうかと言い始めた矢先に、はるかから景太郎に呼び出しの電話がかかったのだった。

「一体なんだってんだろう」

呼び出された理由を考えてみるが、さっぱり思いつかない。とりあえず「素子のことは心配ない」
というはるかの言葉を確かめなければならない。
成瀬川などは一緒に行くと言って聞かなかったのだが、「必ず一人で来い」と言われたことと、は
るかが乗り出しているなら大丈夫ということで何とか説得した。
実際、電話口のはるかの声はずいぶんと明るかった。叔母を信頼している景太郎は問題は解決した
のだろうと素直に安心したが、それにしては声の調子が妙にも思えた。

まずは会うに如かずと喫茶ひなたに向かう。店の方は閉まっているので母屋に向かった。チャイム
を鳴らすと、「開いてるから入ってこい」とでかい声で呼ぶ声がした。

「お邪魔します」

勝手知ったるなんとやらでさっさと奥に入る。が、居間の襖を開いた景太郎は目の前の光景にあん
ぐりと口を開けた。

「・・・何やってんですか?」
「おー、来たか景太郎。ま座れ」
「遅いぞ浦島ぁ。呼ばれたらさっさと来んか」

そこには、すっかり出来上がったはるかと素子が赤い顔で座っていた。
二人とも風呂上がりなのか、はるかはTシャツにホットパンツというラフな格好。素子はいつもの
袴姿ではなく、これははるかのものを借りたのだろう薄いピンク色のパジャマ姿だった。

「まま、ここに座れ」

陽気な声で自分と素子の間をばんばんと叩いて示す。その後ろにはすでに空になった一升瓶が転がっ
ていた。

「ちょ、ちょっと叔母さん、一体何やってるんですか!」
「な~にやってるって見りゃ分かるだろーが。宴会だよ宴会」
「宴会って・・・」
「ごちゃごちゃ言ってないで座れってば浦島ぁ、ヒック」

立ちつくす景太郎の腕を真っ赤な顔をした素子が引っ張って座らせる。

「うわ、酒くさ・・・叔母さん、未成年になに酒飲ませてんですか」
「堅いこと言うな。ほれ、お前も飲め」
「ちょっと、どういうことか説明・・・」
「いいから飲めってば。駆けつけ三杯って言うだろう」
「いい加減にして下さい!ひなた荘じゃ素子ちゃんがいなくなったってみんな心配してるんですよ!
 それを呑気に酒盛りしてるなんて何考えてるんですか!」

押しつけられたコップをテーブルに戻して語気荒く問いつめる。しかし酔っぱらいにはのれんに腕押し。
「それを今から説明するから飲めって言ってるんじゃないか」とコップを押し当てられる。
ただでさえ景太郎より強い二人に酒の力を借りて挟み込まれれば、抵抗できるものではない。結局
本当に三杯飲むまで説明して貰えなかった。

「・・・で、きっちり説明してもらいまひょーか」

一気に日本酒を飲んで呂律が怪しくなった景太郎がじろりと睨む。

「一体何がどーなってこんなとこで酒飲んでンスか」
「結論から言えばだな、素子の悩みは解決済み、宴会はそのお祝いってとこだ」
「んな説明で納得できるわけないっしょ。もっと順を追って話してくらさいよ。そもそも素子ちゃんは
 何を悩んでたの?」
「それは、だな・・・」

首を巡らせる景太郎に、いつもは歯切れのいい素子も言葉を濁らせる。ここははるかが助け船を出した。

「んー、つまりだな、素子は青春特有の悩みを抱えていたわけだ」
「青春特有?なんなんですかそれ」
「野暮なことは聞くなよ。お前も覚えがあるようなことだ」
「はあ・・・」

きょとんとする景太郎のコップに酒をつぎ足すと、はるかが続ける。素子はおとなしく酒を飲んでいた。

「でも、それなら俺達に相談してくれたってよかったじゃない素子ちゃん。俺じゃなくても成瀬川や
 キツネさんなら相談相手になれただろうに」
「バカ」

呑気な台詞を吐く景太郎を素子が睨み付ける。まあまあ、と取りなしてはるかが続けた。

「親しい間だと逆に遠慮するような事ってのもあるだろうが。それに悩みってのはまず自分で解決
 するもんだ。お前みたいにすぐ人に頼るようじゃ成長しないんだよ」
「なんだよそれ・・・で、今日になって叔母さんに相談したってこと?」
「ま、亀の甲より年の功ってな」
「カメは嫌いですから」

よく分からない合いの手を入れてコップをあおる素子。止めさせようとする景太郎を制してはるかが
さらに新たな酒を注いだ。
諦めたように自分の酒を干した景太郎は、酌をするはるかを睨む。

「とにかく、素子ちゃんの問題は解決した、と。いや、まだ完全には解決してないんですね?」
「なんでそう思う?」
「ここに俺だけ呼ばれたって事は何かあるんでしょ?」
「おお、珍しく冴えてるじゃないか」
「ふざけないで下さい。素子ちゃんのことはみんな真剣に心配してるんですよ。それを何ですか、
 こんなとこで二人だけで酒盛りして。冗談にもほどがありますよ」
「酒が入ってこそ腹を割って話せるってもんじゃないか。日本人の伝統だよ」
「酒がないと話せないようなことなの?だったらもう十分飲んだから教えてよ」

膝を立ててやぶにらみする。するとはるかは急に真剣な表情になった。

「景太郎」
「なに」
「素子を女にしてやれ」
「なにー!」

勢いよく酒を吹き出す景太郎。はるかは顔をしかめると、

「あーあーもったいない。これ福井の『花垣』っていって高いんだぞ」
「おお叔母さん、今なんて言ったの」
「聞こえなかったか?素子を女にしてやれって言ったんだ」
「そそそれって・・・」
「そういうこと」

あっさり言うとはるかはのどを潤した。素子は頬を染めながらも黙ってテーブルを拭いている。

「叔母さん、冗談もほどほどにしてよね」
「こんな事冗談で言うわけないだろ。それがお前一人をここに呼んだ理由だ」
「一体全体、なんでそう言うことになるのさ。それが素子ちゃんの悩みと関係あるの?」
「青春の悩みと言えば異性のことに決まってるだろうが。だからこそひなた荘の連中には相談でき
 なかったんだよ」
「それはそうかも知れないけど・・・それがなんで僕が素子ちゃんを、その・・・抱くことになるのさ」
「つべこべ言わないでやれよ。素子みたいな美少女を抱けるチャンスなんて7回生まれ変わっても
 お前には巡ってこないぞ」
「訳わかんないこと言わないでよ。だいたい理由も分からずできるわけないでしょ!」
「なんだ、理由があれば誰とでもやっちゃうのか?」
「叔母さん!」
「浦島・・・」

景太郎がはるかに詰め寄ろうとしたところへ、素子が割り込む。

「私では、不満か?」

正座した素子が上目遣いに見上げてくる。袴姿を見慣れた景太郎にとってピンクのパジャマ姿の素
子は新鮮だった。それにほんのり朱に染まった顔で恥ずかしげに訊ねる様は男殺しの一撃と言って
よかった。

「い、いえ不満だなんて・・・こちらこそ、よろしいのでしょうか・・・?」

聞き返す景太郎にこくんと頷く素子。その様におもわず抱きしめたくなる衝動を覚えた。

「浦島なら・・・いや、浦島だからこそ私の初めてをもらって欲しい。はるかさんが感じたぬくも
 りを、私も感じてみたいのだ・・・」
「え・・・」

「今なんて言ったの?」と聞き返そうとするが、素子は

「あ!お酒臭いから、歯を磨いてきます!」

バタバタと駆けて行ってしまった。
「洗面台の下に客用の歯ブラシがあるぞ」と怒鳴るはるかに、景太郎はうろたえたように訊ねた。

「い、いま素子ちゃん、はるかさんのこと言ってたけどまさか・・・」
「落ち着けよ景太郎」

二人のコップに酒を注ぎ直す。

「つまりだな。私たちのことが素子にばれたんだよ」
「ええっ!?」
「でかい声出すな。あいつ、私たちがセックスしてるところを目撃したんだ。それでずっと悩んで
 たんだよ」
「どど、どうしよう?」
「何今さらうろたえてるんだバカ。そっちは解決したって言ったろう」

コップをあおりながら、おろおろする景太郎を冷ややかに見つめる。

「しかし問題はそれだけじゃないんだ」
「それだけじゃないって・・・他に何か?」
「実はな、素子はお前に惚れてるんだよ」
「ええっホント!?」

ウソだ。
話を早くするためのでっち上げだが、はるかは知らぬ顔でしゃあしゃあと続けた。

「いや、正確に言えばあいつ自身も気付いていなかったんだけどな、私とお前がセックスしている
 ところを見て初めて自分の秘められた感情に気付いた、と言うわけだ」
「そ、そうだったのか・・・」

まじめな顔して考え込む景太郎に、はるかは笑いを噛み殺す。

「剣道一筋でやってきたあいつにしてみれば重大な悩みさ。それにお前に惚れたみたいです、なんて
 ひなた荘の連中に相談できないしな」
「それはそうかも・・・でも、だから素子ちゃんを抱くなんて飛躍してない?」
「あいつにとって大事なのは、自分が剣道だけじゃなくて恋もする女の子だと自覚することだ。
 それには男と肌を合わせるのが一番だろ」

それはそうだろうが、手さえ握ったことのない相手と惚れているからというだけでセックスすると
いうのはやはり突飛な発想に思える。

「ごちゃごちゃ考えるなよ。お前だって別に素子が嫌いなわけじゃないんだろ?」
「そうじゃないけど・・・」
「景太郎よ」

座り直したはるかが、踏ん切りのつかない景太郎を見据える。

「あいつは悩んでいるんだ。不安だといってもいい。このまま剣一筋でやっていってもいいのか、
 女である自分を認められるのか。その不安を少しでも軽くしてやれ」
「そう大袈裟に言われるとこっちが不安になるよ」
「別に悩みを解決してやる必要はないんだ。一緒に傍にいてやれ。そこからあいつは自分で道を開く」
「でも・・・本当に俺でいいのかな?」
「お前じゃなきゃ駄目なんだよ。私が教えてやったみたいに、お前も素子を教えてやれ」

ウィンクするはるかに、景太郎は目を伏せた。彼の初めては、2年前の合格発表の日にはるかに捧
げたのだ。

「大丈夫。お前は、自分で考えているより少しいい男だよ」
「・・・微妙な評価だね」

軽くキスを交わす。その時、素子が居間に戻ってきた。

「素子ちゃん・・・」

かしこまっている素子を見上げる景太郎。薄いピンクのパジャマは、普段の堅い雰囲気を和らげ素
子を年相応の少女に見せていた。
さらしを取っているため、胸は本来の豊かさを示している。シャツのサイズが合わないのか、合わ
せ目がピンと張っていてそれが胸の大きさを強調しているようだった。
見とれる景太郎をはるかがつつく。

「ほら、行けよ。布団はもう隣に敷いてある」
「う、うん」

素子の手を取り、隣の部屋に入る。手を握られても素子は恥ずかしそうに顔を伏せるだけだった。
8畳敷きの客間の電気は消され、枕元の行燈型スタンドが黄味がかった灯りを投げかけている。連
れ込み宿みたいだな、と景太郎は感想を浮かべるが、もちろん本物の連れ込み宿などは知らない。
とりあえず布団の横に向かい合って座った。

「よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」

まるで剣道の試合前のように互いに礼をする二人。
こう改まってしまうとどうやって展開したものかわからない。リードしろと言われても、景太郎は
はるかしか知らないのだ。気まずい沈黙が流れる。

「「あの」」

同時に口を開き、また沈黙。
こほん、と咳払いして素子が口を開いた。

「い、言っておくがな、別に私はお前が好きとかそういうわけではないのだ。勘違いするなよ」
「そうな・・・の?」
「そうなの!これも修行の一つ。人間を磨くということは、女を磨くということでもあるからな」
「はあ」

はるかから聞かされたこととは少し違う気もするが、それも素子なりの照れ隠しなのだろうと景太
郎は納得することにした。

「で、では参ります」
「よよし、来い」

これでは乱取りである。

「お前らな、もうちょっとムード出してできないのか?」
「ははははるかさん!?」
「きゃっ」

振り返れば襖のところに一升瓶を抱えたはるかがちょこんと座っているではないか。
驚いた素子が景太郎の胸に飛び込む。

「ちょっと、何見てんですか!」
「いやほら、素子の大事な貫通式だからな、失敗しないように見ていてやろうかと」

ぜってーウソだ。
素子を胸に抱いたまま、不信感丸出しで睨む。

「俺が責任もってちゃんとやりますから、はるかさんは出てて下さい!」
「・・・だそうだ、良かったな素子」

恥ずかしさで景太郎の胸に顔を埋めている素子に一声かけると、それでも名残惜しそうに視線を残
しながらはるかは襖を閉めた。

「も、素子ちゃん。はるかさんはもう行ったよ」
「浦島・・・」

素子は景太郎の胸に凭れたまま、シャツの裾を小さく握りながら見上げた。

「優しく・・・してね」

潤んだ瞳で見つめられ、景太郎の内に激情があふれ出してきた。抱きしめる腕に力をこめる。

「素子ちゃん!」
「きゃっ、浦島、いたい・・・」

小さく抗議するが、構わず胸に押しつけられた。
力はもちろん身長も体つきも景太郎よりしっかりしている素子だが、今は子猫のように抗えない。
押しつけられた胸板からは汗の匂いがした。男の汗を感じるなど、いつ以来だろう。父親に抱き上
げられたときの遠い記憶が刺激される。
だが今自分を抱いているのは父親ではない。つと顎を持ち上げられ、自分を包み込む男と見つめ合った。
真剣な眼差し。普段は馬鹿よ軟弱者よとコケにしている男と同一人物とは思えない。それは、はる
かと抱き合っているときに見たのと同じ、男の目だった。
恐怖に似た感情に、唇をわななかせる。そこに景太郎の唇が重ねられた。

「ん・・・」

目を閉じ、初めて知る男の唇を受け止める。
けっこう、柔らかいんだ・・・
押し返すように、力をこめる。ちゅっちゅっと音を立てて小さな攻防戦が繰り返される。おずおず
と開いた唇を挟み込まれ、ようやく二人の顔が離れた。

「さ、素子ちゃん。横になって」
「うん」

布団に横たえられる。パジャマの上からでも女らしい曲線が透けて見えた。無防備な身体の上を景
太郎の視線が走り、素子は恥ずかしげに身を縮めた。

「そんなに見ないでくれ・・・」
「あんまり綺麗だったから、見とれちゃったよ」
「ばか」

添い寝した景太郎の手が胸に伸び、びくりと身体を震わせる。だが優しく撫でさすられるうちに、
だんだん甘い感覚が広がっていった。

「ああ・・・」
「素子ちゃんって胸大きいんだね。普段はさらしを巻いているから判んなかった」
「そういうことを言うな、あっ」
「すごく柔らかい。胸、気持ちいい?」
「うん、あっそこダメ・・・」
「乳首気持ちいいんだ」
「やっ、つまんじゃダメぇ!」

鞠のように柔らかい膨らみが、景太郎の手の中で自在に形を変える。服の上からでもはっきり判る
ほどに屹立した突起を指でつままれると、電流が走ったように背中を反らせた。

「直接触るよ」
「うん・・・」

ボタンを外すと、ノーブラの白い双乳が弾けるように現れる。景太郎は左胸を揉みしだきながら右
の膨らみにしゃぶりついた。
舌先で先端を転がしながら吸い上げる。その度に身体を震わせる反応が初々しい。谷間に浮かんだ
汗を舐め取りながら、ゆっくり下の方へと唇を這わせた。

「おへそも可愛いね」
「ばっバカ、変なとこを触るな!くすぐったい、ってばぁっ!」

くりくりと身体の中心を刺激されて甲高い声をあげる素子。何もかもが初めての感覚に早くも融け
そうになる。
景太郎の方も、いつもは男勝りな素子の可愛らしい反応にすっかり心を奪われていた。普段はバカ
だドジだと小突かれている分、もっと責めてやりたいという欲求に駆られてしまう。

「さて、こっちの方はどうかな?」

胸を揉みながら股間に手を伸ばす。

「いや・・・」
「大丈夫だよ。そっと触るから、足開いて」

パジャマの上から指を上下に動かす。割れ目をなぞるとしっとり濡れているのが服の上からでも分
かった。

「どんな感じ?」
「分からない・・・」
「自分で触ったことないの?」
「そ、そんなことするわけないだろ!」
「でもその割にずいぶんと気持ちよさそうだね。ほら、これどう?」

指で擦りあげるスピードを速めると、「きゃあっ」と叫びながら腰を跳ね上げる。それでも景太郎
の手から逃げようとはしなかった。

「じゃ、そろそろ素子ちゃんの大事なところを見せてもらうよ」

景太郎は足の方に回ると、パジャマのズボンに手をかけた。素子が押さえようと手を伸ばす前に、
ショーツごと一気に引き下ろしてしまう。バタバタと足を振ってむずかるのをあやしながら脚を抜く。

「恥ずかしい・・・」

白いシーツの上に黒髪を扇のように広げ、生まれたままの姿で横たわる素子に景太郎はしばし目を
奪われた。胸と股間に手をやって隠そうとするが、魅惑的なラインは隠しようもなく晒されている。

「綺麗だよ、素子ちゃん」

素直な感想を述べる。

「ほんと・・・?」
「うん。肌は透き通るようだしスタイルもいいし、なんだか・・・女神様みたいだ」
「・・・ボキャブラリーが貧困だな」
「ちぇっ」

傷ついたような表情をつくる景太郎に、素子はぎこちない笑みを浮かべる。緊張を隠せない素子の
太股をそろりと撫でながら、景太郎はゆっくりと、しかし確実に脚を開かせていく。

「手、どかして」
「恥ずかしい・・・」

そう言って腕で顔を覆うが、逆らったりはしなかった。景太郎は両脚の間に身体を入れると、素子
の秘所をじっくりと眺めた。
前人未踏のそこは、恥毛でうっすらと覆われている。まばらに生えた下草をかき分けると、まだ誰
も触れたことのない花弁が秘やかに息づいていた。
襞を開いていくと、ピンク色の内壁が顔を覗かせた。上方には小さな肉芽がぴょこんと芽吹いている。
誘われるように、景太郎はそこに吸い付いた。

「きゃっ」

身を捩って逃れようとする素子の腰を押さえつけ、クリトリスを唇で挟んでやる。充血して小指の
先ほどになったそれは、嬲られるたび快感の電流を発する。
割れ目に沿って移動すると、奥からこんこんと湧き出る蜜が舌先を潤した。処女とは思えないほど
の感度の良さだ。
内部に舌を差し込むと、入り口がきゅっと締め付けてくる。すぐ壁に当たり、それ以上の侵入を拒
否した。
スポーツをやっている女性の中には運動で処女膜が破れてしまう人もいると聞くが、素子のそれは
しっかりと門を閉ざしている。景太郎はそれに感動に近いものを覚えた。彼にとっても処女を相手
にするのは初めてのことなのだ。
少しでも痛みを和らげるためによくほぐしておこうと、さらに愛撫を重ねる景太郎。浅く中指を差
し込みながら親指の腹でクリトリスをこね回す。高く掲げられた白く細い脚にキスすると、浅黒い
小さな跡が残った。

素子の方は、繰り返し押し寄せる波に翻弄されもはや声をあげることも出来なくなってきた。眼を
開いても白い靄がかかったように視界がぼやけている。
その向こうで景太郎が脚を抱え込んで口付けている。巧みに自分を操るその男は、ひなた荘の住人
達の尻に敷かれる浦島景太郎ではなく、今の自分同様にはるかを啼かせていたもう一人の浦島景太
郎だった。

二人の濡れ場を目撃して以来、素子ははるかのことでだけ悩んでいたわけではなかった。もう一人
の姉とも慕ったはるかが剣を捨て男を選んだ実の姉と重なって見えたことはもちろんショックだっ
たが、それ以上にこれまで意識したこともなかった景太郎が「男」であることを見せつけられたこ
との方がより衝撃的だったのだ。
景太郎は「男」であり、はるかも姉も、そして自分も「女」であるということ。性別に関係なく自
分を「剣士」と捉えていた素子にとっては、改めて性を突きつけられる思いだった。

はるかは、女であることを怖れることはない、と言ってくれた。女を捨てることなくなお強くある
ことが出来ると。だが、文字通り裸で男の前に投げ出されるとやはり不安が先に立つ。
きゅっと目をつぶる。身体の中心からぴりぴりとした甘い痺れが全身を駆けめぐり、少しでも気を
抜くと快楽に流されてしまいそうになる。一度この流れに身を任せれば、二度とこれまでの自分に
戻れなくなる。そんな予感が素子を最後の一線で踏みとどまらせていた。

「素子ちゃん」
「きゃっ」

目を開けると、いつの間にか服を脱いだ景太郎が覆い被さるように見つめていた。白い肌と華奢な
体格。もしかしたら自分の方が「男らしい」のではないかと素子は自虐的になる。

「浦島・・・」
「なに?」
「私は・・・女らしいか?」
「え?」

怪訝そうに問い返す景太郎を真剣な目で見返す。

「とっても可愛いよ」
「はるかさんより?」
「うん」
「成瀬川先輩より?」
「断然」
「しのぶより?」
「ああ」
「じゃあ・・・」
「素子ちゃん」

それ以上の言葉は、景太郎の指で封じられた。眼鏡を外して顔を寄せる景太郎に息を飲む。

「素子ちゃんは、誰よりも可愛くて女らしいよ。今見せてくれたようにね」
「それは浦島が・・・」
「違うよ。もともと素子ちゃんは充分女の子らしいんだ。それが今素直に出ただけだよ」
「そうかな」
「そうだよ」

『女の子らしい』も『素直』もこれまでなら言われても嬉しくない形容詞だった。でも今は反発す
る気持ちにならない。
これは景太郎のおかげだろうか、それとも男に抱かれると女はみんなそうなるのか?

「素子ちゃんなら、もっと可愛くなれるよ」

姉上や、はるかさんみたいに?素子の脳裏に、夫の隣で艶やかに微笑む姉、景太郎に組み敷かれながらなお余裕を見せるはるかの
笑顔が浮かんだ。羨ましくて、でも自分にはなれそうにもなくて妬んだ、あの笑顔が。

「ありがとう」

腕を景太郎の首に巻き付け、体を引き寄せる。背中に回された腕から、乳房を押しつぶす胸から、
すりあわされた頬から、景太郎のぬくもりが伝わってきた。それが身体の奥に移ったようにだんだ
んと全身が熱くなってくる。

「もっと・・・」

腕に力をこめ、耳元に囁いた。

「もっと、して・・・くれ」
「素子ちゃん」

唇からもぬくもりが伝えられてきた。舌先でノックされ、ゲートを開く。素子がおずおずと出した
舌も絡め取り吸い取られていく。

「んっ・・・うん」

景太郎の手が再び胸に伸びてきた。舌を絡ませあいながら乳首をつままれると、素子の内で燻って
いた火がもう一度噴き上がった。股間から熱い液が滲みだしてくる。

「ああ、いい・・・」
「俺も我慢できなくなっちゃった」

体を起こした景太郎が、大きく屹立した自らのものを誇示するように1,2度しごく。

「すごい・・・」

初めて目にするペニスに、素子は目を見張った。学校の保健体育で一応の外形は知っているつもり
だったが、実物は教科書の図とはまったく違う。へそまで反り返ったそれはまるで別の生き物のようだ。

「触ってみる?」
「え?ば、ばか!だ、誰が・・・」

顔を背けても、ついちらちらと目がいってしまう。景太郎はそんな素子の手を取って強引に握らせた。

「わ、熱い・・・」

掴んだそれは、重ねられた景太郎の手よりもさらに熱を発していた。何だか擂り粉木にも似ている
な、と素子は変な連想をするが、それが今から自分の体内に入るとは信じられなかった。
景太郎が素子の手の上からゆっくりとしごき始める。先端から溢れ出したカウパー腺液が素子の手
と男根をぬめらせていく。

「入れるよ?」
「う、うん・・・」

いよいよだ、と思うとさすがに緊張で体が強ばる。布団の上で目をつぶりその瞬間を待っていると、

「あ、そうだ」
「え?」

景太郎が素子の上に覆い被さったまま手を伸ばす。スタンドの横に付いている小物入れからなにや
ら取り出してきた。

「これ、付けとかないとね」

小さな包みを示すと、封を切って中から半透明のものを取りだした。それが避妊具であることは素
子にも分かった。
だが、さあいよいよと身を固くしていたのに間を外されて肩から力が抜ける。いそいそとコンドー
ムをかぶせる様は滑稽だ。

「じゃ、今度こそ行くよ」

気を取り直すようにもう一度キスをする。リラックスした素子は少しだけ自分から舌を入れてみた。
「行くよ」と目で確認する景太郎に、頷いてみせる。

「初めは少し痛いと思うけど、我慢してね」
「わかった」

景太郎が自らのものを掴み、膣口に導いていく。指よりもはるかに巨大な感触に、素子の体がびく
りと震えた。
亀頭がめり込んだところで、先端が膜に当たる。腰を進めようとすると素子が苦痛に呻いた。

「力抜いて」
「うらしま・・・」
「大丈夫、俺に任せて」

分かっていてもつい力がこもってしまう。
ぎゅっと目を閉じる素子を抱きしめると、景太郎は耳元で囁いた。

「深呼吸して」
「うん」
「息を吐いて」

素子の胸が下がった瞬間、ぐっと腰を突き込んだ。素子は顔をゆがめるが、構わず奥へと侵入していく。

「痛・・・」
「もう少しだから、我慢して」

何物も迎え入れたことのない素子の秘道は、侵入者を押し返そうと絞り込むように締め付けてきた。
そのささやかな抵抗を蹂躙し、花を散らす。

「はあ・・・ぅ」
「入ったよ、素子ちゃん」
「うん」

目の端に滲んだ涙を唇でぬぐい取る。眉根を寄せて破瓜の痛みに耐える素子の顔さえも、景太郎は
美しいと思えた。
しっかと抱き合ったまま、肉と肉を馴染ませるように動きを止める。

「なんだか・・・ピクピク動いているみたいだ・・・」
「素子ちゃんの中に入れて、喜んでるんだよ」
「へんなの」
「動かしてもいい?」
「うん・・・」

ゆっくり、ゆっくりと出し入れする。強すぎる収縮でとても楽しむどころではないが、素子の処女を
奪ったという思いが景太郎を陶然とさせる。
痛みを分散させるように素子の胸を揉む。そこが性感帯なのか、乳首をいじってやると喘ぎ声をあ
げて素直な反応を返してきた。
徐々にピッチを上げながら左右の乳首を口に含む。同時にクリトリスを刺激すると素子の息がだん
だん荒くなってきた。

「ああ、熱い・・・浦島、なんだかヘンな感じだ」
「気持ちよくなってきた?」
「分からない・・・けどあそこがじんじんとして、痛いんだけどなんだかむずむずする・・・」

自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。初めての感覚を表現する言葉を持たない素子
が、必死に言葉を探す。

「それがすぐに気持ちいいに代わるよ」
「怖い・・・」
「気持ちいいことは、悪い事じゃないよ」

景太郎がピストンの勢いを早めていく。痛みと、それとは別にわき上がってくる素子の思考力を奪って
いった。
景太郎の肩に爪を立てながら本能的な叫びを上げる。

「ああっ、くぅ・・・浦島、うらしまぁっ!」
「素子ちゃん、いいよ素子ちゃん!」
「痛い、痛いよ・・・」
「もう少しだから、我慢して」

景太郎も、労るような動きを捨て自分の感覚に没頭する。汗を滴らせながら腰を動かす。二人の間で
湿った音楽が奏でられる。白い肌に打ち込まれる自分のシャフトを見ながら景太郎は気持ちを高ぶ
らせていった。

「ああ、いいよ素子ちゃん。もうすぐイッちゃいそうだ」
「うん、ああ・・・はっああっ」
「出すよ、素子ちゃんの身体でイクよっ」
「ひっ、ああああっ!」
「ああっでる出るっ!」

ひときわ深く腰を突き出す。沸騰した精が駆け抜け、一気に迸った。
素子の脇に肘をつき、ぜいぜいと荒い息を吐く。そんな景太郎を、ぼんやりと霞のかかった目で見
上げた。

「達した、のか・・・?」
「う、うん・・・」

まともに言葉も出ず、刻々と頷く景太郎。頭を振るたびに額の汗がぱたぱたと降りかかった。
それを嫌がる素振りも見せず、素子は汗で張り付いた景太郎の前髪を払ってやる。

「ありがとう、素子ちゃん」
「お礼を言うのは私の方だ。ありがとう浦島」
「最後はゴメンね。夢中になって、痛かったでしょ?」
「少し・・・な。でもその、ちょっとだけ・・・気持ちよかったぞ」

枕元のティッシュで素子の身体を拭いてやる。起きあがれないのか、素子はされるがままに横たわっ
ていた。

「でもびっくりしちゃったよ。素子ちゃんすごく感度いいんだもん」

股間を拭いながら思い出すように話す景太郎。愛液と汗に混じった赤い血が初めての証だった。

「これならすぐにもっと気持ちよくなれるよ。あ、別にまたしようって言ってるわけじゃないんだ
 けど・・・?素子ちゃん?」

見ると素子は軽やかな寝息を立てて眠っていた。ここ1週間ほとんど眠っていなかった疲れが一気
に出たのだろう。
身体が冷えないようにともう一度丁寧に汗を拭ってやると、シーツを掛けて景太郎はそっと部屋を出た。

「お休み、素子ちゃん」


 * *


「しっかし、まさか素子ちゃんとセックスすることになるとはねえ」

シャワーで汗を流しながら、棚ぼたで得た我が身の幸運を振り返る。はるかの家は慣れているので
風呂も勝手に使っていた。

「これで素子ちゃんが目覚めちゃって、毎晩求められちゃったりなんかしちゃったら・・・」

にへへ、と腑抜けた顔で笑う。頭からお湯をかぶっていたら、「なに笑ってんだ気色悪い」とはた
かれた。

「おわっ、は、はるかさん?」
「思い出し笑いなんかしてんじゃないよ。間抜け面がいっそう間抜けに見える」

振り向けば、裸のはるかが腰に手をあてて立っていた。湯気の向こうから意地の悪そうな目で見つ
めてくる。

「な、なにやってんですか。出てって下さいよ!」
「首尾を聞こうと思ってな。素子をよけい男性恐怖症にしたりしなかっただろうな」
「大丈夫ですよ。ちゃーんと責任もってやらせていただきました」
「一回やったからって惚れられたなんてうぬぼれるなよ」
「う・・・そんなこと思うわけないでしょ」
「どうだか」

心当たりがあるだけに景太郎は言い返せない。
はるかは景太郎の肩に手を置いてしなだれかかった。

「なあ景太郎・・・私は女らしくないか?」
「へ?」
「素子より、女らしくないのか?」
「き・・・聞いてたな!?」
「他人のセックスってけっこう興奮するもんだね」

真っ赤な顔をする景太郎をバスマットの上に押し倒していく。

「他人のを聞いてて火が付いちゃったの?」
「お前だって初めての素子じゃ満足できなかっただろ。相手しろよ」

折り重なったまま唇を重ねる。絡み合う二人の上にシャワーがさんさんと降り注いだ。
跳ね返る水の音が喘ぎ声を吸い込んでいく。

もう一度、夜が始まった。


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